心理の悪用


 痛い。


 いや、マジで痛い。


 ダンジョンから逃げる民間人を演じるためとはいえど、自分の体を自分で傷つけるのはやはり痛いものである。


 そこら中に砂を撒き散らし、服を切り裂いてボロボロにするのだが、その際に血も流させるべきかと思ってちょこっと傷をつけたらこの有様だ。


 アリカが上級ポーションを作れるのでこのやり方を選んだが、アリカが居なかったら間違いなく他の手段を取っただろう。


 ちなみに、俺が異様にボロボロなのは普通に転んで草むらに入ってしまったからである。


 ここら辺の草木、痛ぇわ。先端が尖っているのが多いのか、転んだ時にも怪我をするし抜け出そうとした時も怪我をする。


 それを見て仲間達は“演技にここまでリアルな傷を付けるなんてさすがボス!!”とか言ってたけど、違うから。


 普通にドン臭くて転んだだけだから。


 その後はちょっと足の遅い植物魔物をアリカに出してもらって、逃げるだけの鬼ごっこが始まる。


 SHE(スイス)軍から射撃が来るかもしれない可能性を考慮し、アリカにスーちゃんを着せてジルハードとミルラを正面に立たせておいた。


 流石に大丈夫やろとは思っていたが、ここの指揮官が容赦なかったら打たれてたからね。


 それと、流石にアリカだけはちょっと汚れさせるだけにしてある。


 俺達野郎共と元傭兵のミルラはともかく、ただの研究家で普通の女の子(疑惑)のアリカに怪我をさせるだなんてきっと神ですら許さない。


 とまぁ、こうして俺達は魔物から逃げていたら戦場に来てしまった一般人を演じているわけだ。


 近くにダンジョンもあるとこは分かっていたし、そこまで大きな違和感を持たれることは無いだろう。


 なお、ここがグダニスクなら間違いなく俺たちごと撃たれてたね。あの街は弱いやつから死んでいく。


「ほら、温まりな」

「あ、ありがとうございます........」


 ミルラに穴だと言われた兵士の1人が俺に暖かいココアを出してくれる。


 結構貴重な甘味だと思うが、優しい心をの持ち主だ。


 俺はココアを受け取ると、周囲を見渡しながらココアを啜った。


 警備にいる奴らは大体300人程度。殆どが前線で戦っているらしいな。


 まぁ、こんな方法で後方に来るやつなんていないし、何より空からの偵察である程度の動きが感じで来てしまう時代だ。


 敵が来てるとわかった際に、素早く撤退できるように人数は絞っていたのだろう。


「アンタらどこから来たんだ?」

「DEU(ドイツ)の片田舎から........FR軍の奴らが俺達の故郷を燃やしちまった」

「あぁ........その、済まない」


 今の俺達はDEU(ドイツ)の片田舎に住んでいた村人。


 FR(フランス)軍によって村を滅ぼされ、新たな土地を探すために逃げ惑う戦争の被害者である。


 意外と辻褄が合うんだよこの話。くそ適当に考えた割にはな。


 それと、故郷を失ったとなればさすがの相手も気を使う。


 そうすれば、身の上話はほぼ聞かれない。少なくとも、相手が指揮官とかでない限りは。


「彼らかね?」


 気まずい空気が流れる中、ほかの兵士達とは違い胸に幾つもの勲章を携えたちょび髭のおっさんがこちらにやってくる。


 情報にあったな。


 ゲーリッヒ少尉。この戦場の責任者にして、この戦場全体を指揮する司令官だ。


「ゲーリッヒ少尉。恐らくですが、彼らは戦争の被害者です。村を破壊され、その後新たな地を探す過程でダンジョンから溢れた魔物に襲われたのかと」

「なるほど。身元の確認をハッキリとさせたいところだが........流石に今聞くのは酷と言うものか。空いているテントが幾つかあっただろう?あそこに案内してあげなさい。今の彼らは軍人も敵に見えてしまうだろうからね」

「ハッ!!了解いたしました」


 随分とお優しい指揮官だ。SHE(スイス)は上の連中がとにかく馬鹿で下はいい人が多いのかもな。


 俺はどうしてもグダニスク基準で物事を考えてしまうから、この光景には慣れないよ。


 グダニスクなら“神への祈りは済んだか?”って言って頭を弾いてる。


 俺ならそうする。


 だって怪しすぎるもん。


 本当に戦争難民だったとしても、この場で軍以外のものが入り込むのはリスクでしかない。


 ならば、最悪を想定して処分してしまった方が確実で面倒がないのだ。


 そっちの方が楽だし。


 しかし、彼らは軍事国際法をしっかりも守るお行儀のいい連中らしい。


 馬鹿かな?戦争に法律を持ち出したら、そもそも戦争そのものが法律違反だろうが。


「こっちに来るといい。テントに案内してあげよう」

「あ、ありがとうございます」


 こうして、俺達は適当なテントに案内される。


 あぁ........体が痛いよぉ!!


 ドン臭く転んだせいであちこちが痛い。このまま傷を放っておいたら、多分膿むかウジが湧くだろうな。


 早く助けてアリカちゃん。


 殴られる痛みには慣れているけど、流石に切り傷の傷みには離れてないのだ。


 この地味にじわじわ痛むのが結構キツイ。人の体ってやっぱり不便だな。


 そんなことを思いながら、ようやくテントに入る。


 そして、仲間達も全員集まり兵士達からの視線が完全に切れた。


「上手くいったな。相変わらずボスは人の心理を簡単に操るらしい。魔物から逃げる民間人だなんて、普通は思いつかないぞ」

「お陰であっという間に敵陣地のど真ん中に入れましたね。体を傷つけた甲斐があるってもんですよ。ボスに至っては自然な傷をつけるためにわざと転んだんッスよ?きっとハリウッドにも出られるっす」

「ダニエル・デイ・ルイス顔負けの演技力ですよ。ハリウッドの主演男優賞を取れますよ」

「さすがに無理だろ。いいとこ二流役者が限界だ」


 お前ら、毎回俺を過大評価しすぎだ。


 神算鬼謀の策略家の次は、ハリウッドかよ。


 俺はウィル・スミスでもなければ、レオナルド・デカプリオでもねぇよ。


 宇宙人と戦うことも無ければ、タイタニック号に乗る訳でもない。


「怪しまれている様子はなさそうだな。私が汚れているだけで怪我をしていないのが怪しまれてないか不安だが........」

「大丈夫だよアリカ。奴らはそこまでじっくりと俺たちを観察する暇はない。それに、子供を守った為に大人が傷ついた。自然だろう?」

「そうか?私の親は自分が助かるためから子供を差し出すような屑だったぞ?」

「そいつと比べちゃいけねぇよ。少なくとも最低限の良識がある大人なら、子供を守るべきなんだ」


 そう言えば、アリカの親はガチの屑だったな。


 生粋のヤク中ジャンキーで、娘から金を巻き上げる屑。


 救いようのないゴミと言っても過言じゃない。


 良くもまぁ、そんなに親からこんなにも可愛い女のコが生まれたもんだ。


 ちょっと頭のネジがぶっ飛んでいるが、基本的には素直でいい子。可愛らしく、仲間達を笑顔にするのが得意な女の子にどうやったら育つんだ?


 しかも、家庭環境どころか天才過ぎたが故に周囲からも不遇だった。


 そして今はテロリストの一員として、こうして戦場に立っている。


 わずか11歳の少女が歩む人生ではない。どう見ても、イカれてやがる。


「んで、ここからどうするんだボス」

「取り敢えず、体の怪我を直そう。さっきからあちこちが痛いんだ。いや、まじで痛い。早く治したい。治したあとは準備をして暴れるだけだ。アリカ、楽しい実験のお時間だぞ」

「その前に怪我を直せ。はいこれ。上級回復ポーション。これで傷は完全に消えるはずだ。失った血までは戻らないが、そこまで血は流してないようだし問題ないだろう。念の為にこれも飲んでおくといい。鉄分の入った栄養ドリンクだ。味は保証しないけどな」


 アリカはそのたわわな胸の中に隠した空の試験管を取り出すと、ポーションを作ってくれる。


 男連中はせいへきが終わっているので普通にしていたが、ミルラだけは若干息が荒くなっていた。


 こいつほんま........


「レイズ、そこの変態の頭をひっぱたいとけ」

「了解っす」


 スパーン!!と結構いい勢いでミルラの頭をぶっ叩くレイズ。


 女を殴ることに抵抗がないなんて、レイズはなんてやつなんだ!!(すっとぼけ)


「いで!!何するんですか!!」

「ボスの命令なんで。後、普通に気色悪いんで辞めてください。人の癖にどうこう言うつもりは無いですけど、場所を考えましょう」

「それについては同感だな。猿じゃねぇんだぞ?」

「ん?どうかしたのか?」

「アリカは知らなくていい話だ........おぉ、痛みが消えたぞ。やっぱりすげぇなポーションって」


 何処ぞの変態は一旦置いておいて、俺はアリカから貰ったポーションを口にする。


 するとあら不思議。あっという間に傷は治り、気がつけば体の痛みも消え去っていた。


 なんというか、久々にここが異世界なんだなって感じた気がする。


 ダンジョンに初めて潜った時のようなちょっとした感動がそこにはあった。


「こんな怪我に上級ポーションを使うとか、勿体なさすぎるな。これ一本で数百万ゴールドするんだぞ?」

「うわぁ。そう考えるとマジで勿体ないですね」

「幾らでも作れるから、湯水の如く使うといいさ。さて、これで全員傷は治ったな。これからどうする?」


 1本数百万の回復薬か。あ、そう言えば能力を使用出来る機械を作る研究をしていたし、もし製造が可能になったら上級ポーションも作り放題じゃん。


 あれ?もしかして、滅茶苦茶やばい技術を手に入れようとしている?


 その気になれば、世界中のポーションの流通を支配できそうだな。まぁ、アリカが嫌がるだろうからやらないけど。


 アリカが俺の元にいてくれるのは、こういう金の成る木を見ても利用しようとはしなかったからだ。


 その約束は守らないとな。


「ナーちゃん」

「ナー」

「影にしまった服を全部出してくれ」

「ナー!!」


 俺はナーちゃんを呼び出して、影の中にしまったコートを取り出す。


 これができるからナーちゃんは強い。麻薬の密入とかクソ簡単そう。


 愛銃と俺専用に作ってもたらった軍用銃の確認しよし。手作りパイプ爆弾よし、グレネードよし。


 それじゃ、人間狩りマンハントと行きますか。


 最初の奇襲で全部終わらせるぐらいの勢いでぶっ飛ばしちゃいましょう。

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