マッチで火を付け、ポンプで消す


 やはり、人を操ると言うのは簡単である。


 民意を味方に付けさえすれば、それがこの世界では正義となる。そして正義とは、不幸や暴虐と相反するのだ。


 ちょっと悲劇的な情報を出すだけで、あら不思議。


 昨日まで政府を支持していた者達は手のひらを返して声を上げる。


 こういうところは、グダニスクの方がやりにくかった。奴らは正義などと言う二文字を気にすることなどない。己の欲に従って動くのだから正義もクソもありゃしないのだ。


「面白いほどに予想通りの結果だな。ここまで手のひらの上で転がってくれるとみていて気分がいいよ」

「相変わらず人を扇動することに長けてるな........たった三日で打倒政府の流れができてやがる。聞いたか?ダンジョンにあった能力者研究所にハンターたちが突っ込んで、その情報が事実だったことが確認されたらしい。大手テレビ局や新聞社も、見て見ぬふりができなくなったわけだ」

「情報が正しいのは間違いないって言ってたし、ちょっと小細工をしてハンター達の中に革命軍を紛れ込ませたんだが........証拠を処分されるまでに発見出来てよかったな。おかけで正義も大義も思うがままだ。正義という言葉を作ったやつに感謝したいね。これほど万人に好かれて、便利な言葉もない」


 セルビアの首都ベオグラードのとあるマンションの屋上で、俺はデモ隊と軍が衝突している様を眺めていた。


 情報を流したことにより、国民の怒りは政府に向いている。


 正義という武装は人々にとって最も強く、そして勇気をくれるものであり、相手が銃を持ってようが持ってなかろうがその正義によって罰を下す。


 俺はその人の心の中にある正義を煽っただけ。それだけで、こうも簡単に国民と政府の間に亀裂が生まれてしまった。


 謙遜が美徳の日本じゃ見られない光景だな。日本でデモとかやってた時期なんて、いつだったっけ?


 日本赤軍が健在だった頃とかその辺だったかな?少なくとも、21世紀に生まれた俺にとっては、過去の遺物でしか無かったはずだ。


「軍は発砲しないね。撃っちゃえばいいのに。死人に口なんてないんだし、殺せばそれだけ脅威を見せつけられて黙るよ?」

「そんなことをすれば、政府は賊軍として国民に認識されるようになるよ。旧制人民解放軍が正義となるし、支持してくれる人も増える。俺はどっかのバカがそれをやってくれないかなーって期待してるんだけど、流石にそこまで馬鹿じゃ無さそうだな」

「100人死んで、1000人味方に付くなら儲けもんってことか。ボスってこういう時、人を数字でしか見ないよな」

「そんなもんだろ。自分のなんの関わりのない人間なんて所詮数でしかないよ。同情はするけどな。お前、どっかの知らない子供が無惨に殺されたからと言って、犯人探しをしたいと思うのか?」

「全く。可哀想だとは思うが」

「それが自分の娘だったら?」

「例え神の教えに逆らったとしても、殺しに行くだろうな」

「そういうことだ。結局、自分と関わりのない人間の価値なんて、そんなもんなんだよ」


 俺はそう言うと、マンションの屋上からデモを眺める。


 一体どこから用意したのか、火炎瓶とか投げ込まれてるな。能力者がこの世界にはいるし、水を出すことの出来る能力者はそこそこいるからあっという間に鎮火されてしまうが。


 この調子では大きなドンパチは起こらない。ならば、無理やり引き起こすしかない。


 旧制人民解放軍達が望んでいるのは、自分達が正義だと国民に知らしめて絶対的な支持を得る事だ。


 正義なき戦争に国民は着いてこない。


 だから、俺はちょっとした仕込みをしている。


 出来れば軍人の手によって波乱を巻き起こしてくれた方がリスクが少ないのだが、それが無理なら別の手段を用いるだけだ。


「で、俺達は何をするんだ?」

「この国の転換点を見に来たのさ。喜べよジルハード。歴史の証人になれるぞ」

「悪い顔してますねボス」

「レイズ、一向に手を出さない軍人達だが、奴らは一方的に殴られることが好きなマゾだと思うか?」

「いえ。思わないっすよ。俺も元軍人なんで分かりますけど、相当イラついていると思います」

「そうだ。奴らも好きで殴られているわけじゃない。実に可哀想なことに、彼らは仕事で殴られているんだ。で、仕事だろうが我慢できない奴もいる。俺達は、そんな沸点の低いやつを作り出すんだよ」

「........まさか────」


 レイズがある可能性にたどり着いたその時、デモ隊の前線で大きな爆発音が鳴り響く。


 ドカァァァァン!!


 舞い上がる煙。そして、その煙の中に転がる死体。


 何人死んだかは分からないが、少なくとも数人は即死しただろう。


「衝突が起きないなら作り出せばいい。幸い、旧制人民解放軍には元軍人も多いから、軍人のフリが上手いな。しかも、あれだけの数の軍人が集まれば何人か紛れ込んでもバレやしない。態々潜伏に優れた人選をしてもらったし、捕まることもないだろう」

「うわぁ........容赦ねぇな。これで軍を悪に仕立て上げて、自分たちを正義にするのか?酷いマッチポンプだぜ」

「巷じゃ9.11だってUSAのマッチポンプだって言われてるぐらいだ。このぐらいは可愛いもんだろ。飛行機をジャックしてビルに突っ込んだわけじゃない」

「あんなマッチポンプ大国と一緒にしちゃダメだよ。たしかにこっちの方がまだ可愛いかもね」


 遂に手を出した軍人と、それを見て逃げ始める人々。


 国民の政府の間に入っていた亀裂は、遂に完全に砕け散った。


 まだヒビが入ったガラス程度だったと言うのに。ざんねんながら、二度と修復できないまでに粉々に粉砕されてしまったのだ。


 これで、旧制人民解放軍は正義となる。軍と戦うには少し戦力が乏しいだろうが、それでもかなりの数の国民が彼らを味方してくれるだろう。


 何せ、このデモはテレビ中継させれいる。デモが映し出されたタイミングで爆破。放送事故は免れない。


 バラバラと飛ぶヘリから、ニュースキャスターの悲鳴が聞こえてきそうだ。マイク片手に煩い悲鳴を奏でていることだろう。


「さて、俺達も少しばかり手助けしてやるか。面倒な敵だけ排除して、残りは全部旧制人民解放軍に丸投げしよう。明日になれば、もっと過激な戦争が始まるぞ」

「国民が銃を持って軍と戦う時代が来たわけだ。どの時代も、やっていることは余り変わらないな」

「そんなもんだ。人は、愚かにも繰り返す生き物なんだよ」


 俺達はそう言うと、マンションの屋上から消え去る。


 明日の目覚ましは、きっと硝煙の匂いが混じる銃声だ。




【9.11マッチポンプ】

 アメリカの陰謀論のひとつ。テロを自作自演し、それを口実に戦争を始めたと言う。真実は我々には分からない。が、アメリカならやりかねない........かもしれない。




 翌日から、革命の火は灯された。


 テレビ局は何とかこの話題に触れないようにしているものの、それが逆効果になって国民を逆上させる。


 最早メディアも敵だとして、国民達はテレビを叩き割った。


 信じられるのは、どこからともなく降ってくる新聞1つのみ。情報統制されているネットの中は意味が無いとして、彼らは新聞を手に取るようになったのである。


 インターネットが発達したこの時代で歴史に抗い、人々は過去の姿を取り戻したのだ。


 どこの話題も昨日のデモ隊に対する軍人の対応の話ばかり。元々権力を持っていたものに対して、国民の当たり方は厳しい。


 既に旧制人民解放軍はこの国の救世主として祭り上げられ、今すぐにでも革命を始めて欲しいという声が多く上がった。


 そんな革命の中、最前線に立つブロスはある男の手腕に驚きを通り越して呆れている。


 史上最悪のテロリスト、グレイ。


 彼は、20年近くも戦ってきた旧制人民解放軍がやりたかったことを僅か三日で達成してしまったのである。


「まさか、守るべき国民を使うとは。奴は悪魔かなにかか?」

「間違ってはいないでしょうね。グダニスクにいた時も、ありとあらゆる手を使ってその頂点に上り詰めた男です。我々の計画を利用し、気づけば我々は彼らの下になっていた。稀代の策略家にして、神算鬼謀。たとえ神であろうとも、彼は嬉々として神を殺す計画を立てることになるでしょう」

「ある意味、我々のやり方が甘いと指摘来てきたわけだ。当の本人は“20年の頑張りがあったからできたこと”だと謙遜していたがな」

「そこが奴の悪いところですよ。威張り散らされた方がまだマシです。何故でしょうね?ミスターグレイが謙遜する姿を見せる度に、私はイラッとしてしまいます」

「奇遇だな。俺もだ........」


 実際、グレイは謙遜ではなく心からの言葉を口にしている。


 長い間政府とのパイプを作って情報を仕入れ続けたのは、彼らの努力のおかげだ。


 やり方さえ間違えなければ、二ヶ月後ぐらいには同じようなことが起きていただろう。


 グレイは、あくまでもその時間を少し早めただけに過ぎないと思っている。


 あまりにも時間を早めすぎなのだが。


 ブロスは、あの平凡な冴えない青年の顔を思い出すと、タバコに火をつける。


 5年ぶりのタバコは、あまり美味しくなかった。


「まぁ、とにかく、これで戦争の準備は整った。思っていた以上に国民が味方になってくれたのは、ありがたい限りだな」

「そうですね。これで我々も多少好き勝手に暴れられます。他国からの干渉もないでしょうしね。戦争中で、それどころでは無い」

「そうだ。撃鉄を上げ、引き金を引く時が来たのだ。ここまでお膳立てされたからには、何がなんでも成功させるとしよう」


 ブロスはそう言うと、タバコはもういいやと思い灰皿に押し付ける。


 そして、ゆっくりと席を立つと同胞達に声をかけた。


「これより、革命戦争を行う。正義は我々にある。かつての栄光、ユーゴスラビアを取り戻しに行くとしよう」


 長年テロリストとして扱われていた旧制人民解放軍。


 彼らは遂に国民を守る大義を敵にして、正義の鉄槌を振り下ろす側に回ったのであった。





 後書き。

 グレイ君、人の心がない。

 グレイ「道徳はグダニスクに置いてきた」

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