亀裂


 ブロス・リーエス。


 大セルビア主義を掲げ、このバルカン半島の統一を目論む男。


 今から25年ほど前から仲間を集め、活動を始めた彼は20年前のセルビア政治家暗殺で一躍有名人となった。


 その後、15年間で殺した政治家の数は20を超え、大統領暗殺に乗り出すも失敗。


 囚われの身となり五年間も獄中に繋がれていたのが彼である。


 よく生きていたな。いやまじで。


 その鍛え上げられた肉体には幾つもの拷問された跡が見え、あちこちに傷がついているのがわかる。


 この国に死刑制度は無いが、それはあくまでも表向きの話。


 獄中でが起こっても不思議では無いのに生き残っているという事は、それだけセルビア政府の対応が甘いのかそれとも彼の運が単純にいいのか。


 どちらにせよ、ブロスと言う男は旧ユーゴスラビア再建の夢を諦めてなどいなかった。


「さて、早速だがミスターグレイ。君に聞きたいことがある」

「なんだ?」

「私が居ない間にこの組織を下に置いたそうだが、一体何を目論んでいる。場合によっては........」


“お前を殺す”


 とでも言いたいのかコイツは。


 ピシッと場の空気が固まる。


 名前は忘れたがジジィとチャラ男の幹部2人は頬から汗が流れ出し、俺の隣にいたシュルカもここまで心音が聞こえてくる。


 対応を間違えれば、俺の後ろにいるリィズがこの場にいる者達を皆殺しにするだろう。


 要は俺の返答次第で全てが決まるというわけだ。


 この男、最初からデカイ賭けを持ってきやがった。


 ガ、俺の答えは決まっている。


 答えは簡単。“興味ねぇ”だ。


「別に何も。その場の流れでこうなっただけだ。気に入らないなら、俺達は帰ったっていい。ミスシュルカとそれなりの親交があったから、そちらの幹部が馬鹿をやったからこうなっているだけだ」

「........そうか。では、我々を使ってどうこうするつもりは無いと?」

「あったら既に捨て駒にでもして使ってる」

「多額の上納金は?」

「てめぇの所の黒人野郎マザーファッカーに面倒事を押し付けられた迷惑料だ」

「なるほど。聞いた話では、私が居ない間に幹部となったものが随分と迷惑を掛けたらしい。それに関しては、申し訳なかった」


 ペコリと、ブロスは頭を下げる。


 おぉ、ちゃんと頭を下げられるだけの人間なんだな。


 これだけで俺の中での好感度は爆上がりだ。何せ、この世界には謝ることすらも出来ない馬鹿が無数に存在しているのだから。


 特に、頭を下げる事が組織的な意味を持ってしまうトップと言うのは、兎に角謝りたがらないからな。俺もおばちゃんに口うるさく言われたっけ。


「ミスターグレイの武勇伝は獄中にも届いている。出来れば、力を貸してほしい。我々だけの戦力では、どうしても限界があるのだ」

「そのつもりで来てるからいいよ。それで、何をすればいいんだ?」

「先ずは国民が政府に対して怒りを向けるようにコントロールする。我々は国民にとって正義でなければならない。情報統制されつつある中で、政治家達の裏金や腐敗を明らかにし国民と言う基盤を味方につけるつもりだ」


 思ってたよりもマトモな案だなおい。


 そういえば、似たような助言をシュルカにした覚えがある。これはシュルカの入れ知恵か?


 チラッとシュルカを見るが、彼女は静かに自分達のボスを見ているだけ。


 まぁ、もし助言していたとしてもその事は言わないでおこう。お前の手柄でいいよ。興味無いし。


「情報を流す手段と情報はあるのか?」

「我々は一部の政府との繋がりが強い。そこからある程度の情報が流れてくる。情報を流す手段も今は多彩だ。が、ミスターグレイ貴方の意見が聞きたい」


 おっと、どうやら俺は今試されているらしい。


 ここで俺がなんと答えるのかによって、彼からの信頼が大きく変わるだろう。


 好感度稼ぎと革命ゲームが始まったな。情報統制している国で、1番効果的な情報の暴露はなんなのか。


 幸いセルビアの情報統制はそこまでガチガチでは無い。親子で権力を持つどっかの頭の悪い北の国ではないのだ。


 国民も軍を恐れて声をあげないなんてことは無いだろう。ましてや、この国は国民が声を上げやすい国でもある。


 流石にUSAのように毎日毎日デモをやるほどでは無いが。


 となれば、やり方は幾らでもある。ネットは検閲があるだろうから却下。情報統制下にある国でネットを使用しても欲しい情報は手に入らない。


 こういう時、1番確実なのは新聞である。


 どっかの新聞社を制圧して新聞を作らせ、そしてそれをばらまくのだ。


 ネットの時代になった今でも、紙の媒体をを好む人は多いから新聞社は幾つか残っているしな。


「新聞社ってある?」

「........大手ならば三社程」

「そこにツテがあったりする?」

「無い。新聞社は我々の敵だったからな」

「なるほど、それじゃどっかの新聞社を装って記事でも書くか、新聞社を丸め込んで記事を書かせよう。リーク内容はあるんだよな?」

「もちろん」

「なら、新聞を刷らせて首都にでもばら蒔いてみるといい。2日後にはきっと政府に対して疑問と不信感を抱いた人達が声を上げてくれるよ。今は戦時中だからね。家族が亡くなって国を恨む人も多い。そんな中で政府の不祥事が暴かれれば、ちょっとした火種が出来るだろうよ。あとはその火種を大きくしていくだけさ」


 俺はそう言うと、手をパッと開いて爆発するジェスチャーをする。


 最初からドデカいリークをするのではなく、ちょっとづつちょっとづつ不信感を募らせていけばいい。


 新聞社に圧力がかかる前に、全部新聞を剃らせて口封じでもすればあとは勝手に火が燃え上がる。


 国民と政府の戦争程、起こしやすいものはないんだよ。この世界は。


 国民による革命でも起こしてやれ。




【革命】

 権力体制や組織構造の抜本的な社会変革、あるいは技術革新などが比較的に短期間で行われることである。対義語は守旧、反動、反革命など。




 政府は国民がいなければ意味が無い。権力者とは下で支える国民がいて初めて権力を持つのだ。


 たった一人しかその場にいないのに権力を握るということありえない。


 これは、人間だけに言える話ではなく、この世界における全てに言える話である。


「家族を返せ!!我々は!!お前達の奴隷では無い!!」

「金を返せ!!」

「腐りきった政府を打倒しろ!!」


 セルビアの首都ベオグラードにあるセルビア国会議事堂。


 そこには多くの国民が集まって、政府に対して講義を行っていた。


 つい2日前。セルビアには政治家の腐敗の報道が流れ始めた。


 いくつかの与党議員の裏金問題と数々の悪行。


 政治家と言うのは自分の立場を守るために金がかかる。そして、その金はどこから生み出されるのか?


 簡単だ。国民の血税からその金は支払われている。


 国民達は法律によって搾取され、上に立つ権力者たちに甘い汁を啜らせる。そして彼らはそれに気づかない。


 彼らが愚かなのではない。彼らには知る術がないのである。


 国がその気になれば、警察組織だって黙らせられる。警察だって人間なのだ。守るべきものもあれば、その目の前に積み上げられた金貨によって口を噤むのである。


「クソッ!!一体どこの新聞社だ!!我々が大手は買収していただろ!!」

「私達の苦労も知らず、好き勝手に声を上げるとはやはり国民は頭が悪い。これは、円滑に物事を進めるために必要なお金だと言うのに」


 政治家の腐敗を暴露された与党議員の1人が、そんなことを言う。


 今この言葉を国民に聞かれれば、火に油を注ぐこととなっただろう。だが、この場に国民はいない。


 いるのは、金に目の眩んだ売国奴だけである。


「裏金はまだいい。定期的にどこからともなく情報が流れ、そいつが痛い目を見るからな。だが、政府が主導でやっていた能力者研究に関しては不味い。人道的では無いだの人権だのに関しては、国民どころか世界が我々を非難する」

「........間違いなく裏切り者がいるな。このことを知っている物は数少ない。絶対に見つけられないような場所で行っていたにも関わらず、その情報が流出したということは内部で誰かが口を開いたのだ。面倒なことをしてくれる」


 各国に言えることだが、今の時代は能力者というものが世界のバランスを保っている。


 意図的に強い能力者を生み出すことが出来れば、それだけその国の戦力は強くなるのだ。


 場合によっては国が豊かになると考えれば、多くの国が手を出すだろう。


 そして、それにおあつらえ向きの隠れ家だって用意されている。


 ダンジョンだ。


 侵入口もたった一つ。魔物の脅威こそあれど、そのリスクを飲んででもダンジョンで研究するというのは大きなメリットとなる。


 もちろん、国によっては地下や人里離れた場所に施設を構えることもある。が、少なくともセルビアはダンジョンにその施設を立てていた。


「リークされたダンジョンにハンター達が向かい、警備兵たちと押し問答になっています........我々はどうすれば........」

「チッ、そんな正義感を出すならば、最前線にでも行って死んでくればいいものを」

「それと、国民を率いる者達として、旧制人民解放軍チトーパルチザンが名乗りを上げています。多くの国民が彼らを支持し始めているとの事です」

「テロリストが正義を語るだと?笑わせるな。今すぐに鎮圧........はできないな。それをすれば、さらに反発が大きくなる」

「でも、放置していたらさらに酷いことにならない?」

「そこが問題だ。結局、この情報が漏れた時点で国民との衝突は絶対。決められた運命になってしまったな」


 と、ここで議員の1人がある可能性に気がつく。


 急にリークされた情報と、復活したテロリスト。あまりにもタイミングが良すぎないか?と。


 もしかしたら、全て彼らが仕込んだことなのかもしれない。


 その情報は、国民にとって真実かどうかは割とどうでも良かったりする。何故ならば、彼らは失った家族を財産を取り戻すための口実を探していただけに過ぎないから。


 そして、テロリスト共はそれを使ってる自らを正義として勝者になろうとしている。


 つまりは、革命を装った国家転覆だ。


「........国外に逃げる準備はしておこっかな。俺も裏金問題には関わってたし」


 結果から言えば、彼の判断は正しかっただろう。


 その三日後には、テロリストに主導された国民が本格的な革命を開始したのだから、





 後書き。

 情報が揃っていたとはいえど、たった二日で政府と国民の間に亀裂を生み出す天才。

 グレイ君、新興宗教の教祖でもやってた方が似合いそう。

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