そもそも足りない


 長かった第五の審判が終わると同時に、次の審判が下される。


 二億の騎士から逃げ続けなきゃ行けないのが滅茶苦茶面倒。逃げるだけで全てが丸く収まるならまだしも、四六時中ケツを追っかけ回されるのはさすがに勘弁だ。


 俺もリィズも休息が必要。となると、戦う以外に手は無いかもしれない。


 プヲォォォォォ!!と鳴り響く第六のラッパ。


 俺とリィズは周囲を警戒しながら、どこから騎士が出てくるのかを待ち続ける。


 ここに来てようやく命の掛かった試練だ。緊張からか、一秒が1分、一時間にも長く感じる。


 現実時間で2分。体感2時間程過ぎたその時、リィズがピクッと動いた。


「来た。逆側にすごい数の気配がある」

「来たか。ピギー、一応準備しておけ」

『ピギッ』


 緊迫する空気の中で、俺とリィズは出来る限りお互いがカバー出来るようにしながら反対側へと向かう。


 すると、そこには確かに凄まじい数の騎士が並んでいた。


 見渡す限り騎士騎士騎士。


 地平線の彼方まで騎士に覆い尽くされたその光景は、さすがの俺でも“やばいかも”と思わせる。


 イナゴはクソザコナメクジだったからまだしも、彼らは油の雨で死ぬほどヤワじゃない。


 これ、どうするのさ。


 思いつく方法が、転ばせて仲間に踏み潰されての圧死ぐらいしかやれる事ないぞ。


「........逃げるか?」

「んー。んー?なんか、その場で停止してない?動く気配がないんだけど」

「........言われてみれば確かに襲ってこないな。なんでだ?」


 地平線の向こう側まで広がる騎兵の海。しかし、彼らは誰一人として動く気配がない。


 何があったというのだ。てっきり、ここからは生き残るための殺し合いが始まると思っていたんだけどなぁ........


「リィズ、騎兵に関する第六のラッパの文はなんだっけ?」

「ユーフラテス川のほとりにつながれている四人の御使が解き放たれる。彼らは人間の三分の一を殺すために解き放たれ、赤色、青色、橙色の胸当てを着けた二億人の騎兵隊が出陣し、彼らの乗り物の口から出る火と煙と硫黄で人間の三分の一が殺される。だよ。グレイちゃん」


 うーん。騎兵が現れて人々を殺す。それ以外に何が変な点は........あ。


 俺はここで1つの可能性に思い当たった。


“彼らは人間の3分の1を殺すために解き放たれ”


 この文からするに、人類は3分の1が滅ぶこととなるだろう。


 だが、よく考えて見てほしい。


 この黙示録のダンジョンの中にいる人間は、俺とリィズの二人のみ。


 リィズは人間かどうかもちょっと怪しいけど、一応人間とカウントしたとしてもこの世界にいる人間は俺とリィズだけである。


 さて、問題。


 一人の人間を一とカウントした時、2人の人間をどうやって3分の1殺す?


 計算上は行けるだろう。要は3等分すればいいのだから、答えは0.666........となるはずだ。


 しかし、彼らの目的は人を殺す事であり、貧弱な人間の0.6だけ残して殺すなんてことは出来ない。


 自分の体の4割を持っていかれたら、大抵の人間は死ぬからね。少なくとも俺は死ぬ。


 そして死ねば一マイナスされてしまう。それは3分の1にするとは言えないだろう。


 ではどうするのか?


 答えは、そもそも殺さない。


 分母が足りないから、手の出しようがないのだ。


 もしかしなくとも、俺達正解を引いたなこれ。


 もし、もう1人この場に誰かいたら、誰か1人が殺されることになっただろう。


 しかし、この場には二人しかいない。そもそも計算ができないから、俺たちを殺せないし襲えない。


 それが、この光景の答えだとしたら、襲ってこないのも納得である。


「なぁリィズ。多分これまた暇になるぞ」

「なんで?」

「3分の1の人間を殺すとして、相手が二人だけの場合はどうするんだ?人間は、ちょっとした事で死んでしまうんだぞ」

「........あー。なるほど?私達が二人しかいないから、そもそも殺せないって事?」

「多分。これが3人以上なら少なくとも1人殺されただろうけど、俺たちは二人しかいないからな。そもそもの計算ができないんだよ」


 図らずして、俺たちは正解を選んでたんだな。


 とんでもない抜け道だ。こんな方法で二億人の騎士を無力化出来てしまうなんて。


 俺の説明を聞いて大体のことを察したリィズも“確かに”と言いたげな表情で、その場に座る。


「それじゃ、このまま放置でいいか。どうせこのダンジョンに入ってくる人なんて居ないしね」

「だな。最悪そいつを犠牲に逃げるだけでいいし。ヨハネには感謝だな。もし人類の半分を殺すって記載してたら、今頃あの騎士達は俺達と殺し合いを演じることになっていたよ」

「そもそもヨハネがこんな痛々しい黙示録を書かなければ、私達がこんな目に会うことも無かったんだけどね?」

「それはそう」


 俺もリィズの横に座ると、そのまま少し暗くなった青い空を眺める。


 あぁ、今日もいい天気だな。


 二億の兵士達もきっと、日向ぼっこできて気分がいいだろうよ。


「ちなみに、4人で来ていた場合はどうなったのかな?」

「小数点は切り捨てなんじゃないか?人間の何割かを殺すみたいな事はできないんだし。だって普通に死ぬからね」

「なら、1人犠牲にする気で5人で来るぐらいがちょうどいいのかな?水を出せる能力者を一人持ってきて、あとは全員食料とか」

「二ヶ月弱分の食料を持ち込むのか。あの外にいる騎士に追われながら?」

「........やっぱりこのダンジョンクソだよ。動きやすくする為には荷物を減らさなきゃ行けないのに」

「食料を出せる能力者とか居ないのか?」

「居たら今頃かなり話題になってるだろうね。グレイちゃんみたいに、薄暗い世界に生きている人なら別かもしれないけど、少なくともちゃんとした食料を出せる能力者の話は聞いたことがないかな。だから珍しいんだよ」


 俺の能力ってすげーんだな。戦闘ではまるで役に立たないクソザコナメクジ能力でも、ダンジョン攻略においてはぶっ刺さる事もあるんだ。


 戦闘時なんて基本的にワイヤーしか使わないのに。


 それにしても、このダンジョン難易度高すぎ。


 地球が滅ぶことを考えたら、ダンジョンの中で攻略するのは必須なのに被害を出したくなければ入場制限があるとかクソすぎるだろ。


 しかも、拘束時間超長いし。


 もし地球でこのラッパを吹かせたら、人類の3分の1は滅ぶんだぜ?ヨハネもクソ面倒なものを書いてくれたもんだ。


 過去に戻ってその本を燃やしてやりたいね。黒歴史は闇の中に葬り去るに限るよ。


「これ、あと何日続くかな?」

「さぁ?あと何日続くんだろう?預言者が出てきたらやばいかもな。下手したら、四年間近く拘束される」

「あぁ、それは勘弁願いたいね。42ヶ月間も予言を聞かされるのは勘弁かも。でも、五ヶ月のところがひと月だったり、色々と違う点もあるからそこら辺はなんとでもなりそうだけどね」

「そうだな。まぁ、最悪4年間拘束されても問題ないさ。生きるだけなら余裕だしな。預言者達にも手を出すことさえしなければ問題ないと思うし」

「そうだね。みんながちょっと心配だけど、何とかなるにはなるのかな?」


 今頃仲間たちは俺達のことを必死になって探してんのかなぁ。


 それとも、戦争の続きをやっているのか。


 このダンジョンを攻略した後の地球がどうなっているのか、少しだけ楽しみで不安だ。


 大丈夫だよな?何か変なことをやらかしてないよな?




【第六のラッパ吹き】

 リィズのセリフが全て。簡単に言えば2億の騎兵が現れて人類の3分の1を滅ぼし、預言者が42ヶ月間予言をして、反キリストの獣が出てきて預言者達をぶっ殺し、最終的に大地震によって都の十分の一が倒れて7000人が死ぬ。

 今回はダンジョンの中で起こっていることなので特に人類全体に被害は無いが、もし地球でラッパが吹かれたら人口が一気に減って破滅を迎えるだろう。何気にエグい。




 二億人の騎兵が仲良く並んでいる光景を見ながら、俺達は焚き火をしつつ夕食を食べる。


 栄養バランスを考えて大豆を使ったなんちゃってハンバーグを作り食べているが、さすがにそろそろ肉が食いたいな。


 俺も小学生時代の間までに肉で遊んだことは無いのだ。


 遊んだことがないものは、どうやったって能力で具現化することは出来ない。


 野菜ではある程度遊んだことがあると言うのに。いや、そもそも食べ物で遊ぶのはダメなんだけどさ。


「なんか五大ダンジョンに来た気が全くしないね。ずっと平和だし」

「このダンジョンと俺の能力が噛み合いすぎたな。サバイバル向けの能力を持っていて良かったよ。お陰で今を生きられる」

「というか、グレイちゃんの幼少期が可笑しいんだけどね?フランスパンとじゃがいもを使って野球をしたり、トマト投げたり卵投げたり。大豆投げたりってとんでもない問題児じゃん」

「それはそう。でも、大豆に関しては多分多くの人が遊んだことがあると思うぞ」


 俺はそう言いながら、なんちゃって大豆ハンバーグにポン酢をぺたぺたと着けてフランスパンの上に載せる。


 ついでにトマトも乗せちゃうぞ。これでレタスがあったら完璧だったんだけど、レタスで遊んだことは無いんだよね。


「そうなの?」

「豆まきって言う文化が日本にはあってな。爺さんに聞けば同じことを言うと思うが、二月三日に豆をまく風習があったんだ。“鬼は外福は内”ってな。子供の頃の小さなイベントだから、大豆で遊んだことがある人は多いと思うよ」


 リィズはこの世界で唯一、俺の過去を知っている。


 平行世界の地球からやっていた異端者にして、人類の中で唯一神とであったと言う頭のヤベー奴。


 しかし、その証拠にこの世界に無いものを具現化していたりもする。


 仲間達も薄々は気づいているのだろう。俺が何らかの特別な事情がある人間だと。


「へぇ。そんな文化が日本にはあるんだね。他には?」

「日本独自の文化で言えば、正月と盆ぐらいか?あと縁日とかそこら辺か。俺のいた頃の日本ってのは、とにかく祭りが好きでな。正月やお盆といった仏教らしいものから、ハロウィンやクリスマスと言ったキリストの祭りまでやる。最近じゃイースター何かもやってたぞ」

「滅茶苦茶じゃん。無神論者が多いと、色々なことが出来て楽しそうだね」

「まぁ、楽しい世界ではあったかもな」


 こうして、俺はリィズに日本のことを色々と教えてあげるのであった。


 ちょっと遠くに騎士が見えるけど、あれは無視だ無視。





 後書き。

 何気に正解を引き続ける超豪運のグレイ君。

 そもそも分母以下なら殺されない。

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