ビル解体(斬撃)


 いつの間にかアリカに全部食べられていた北京ダックを追加注文し、俺達は食事を続ける。


 美味いねぇ。こう言うのんびりとした時間も悪くない。後30分もすれば、この場所も真っ赤に染ってしまうがそれまではこの空気を楽しむとしよう。


 なんか個室で騒いでいるやつと同業者として見られているが、まぁ、それは仕方がないのでいいや。


 と、思っていた時期が俺にもありました。


「あん?!てめぇ、このお方が誰だか分かってんのか?!」


 先程から個室が本当に煩い。最初はあまり気にしないで食べていたのだが、さすがに5分も怒鳴り声が聞こえれば俺も不愉快になる。


 扉を閉め忘れたのか、声が漏れてんだよな。本当にうるせぇ。


「CHの料理店ってのは先進的だな。ギャーギャー騒ぐ猿の声を聞きながら飯が食えるなんて、感動のあまり涙が出そうだ」

「そんな眉をひそめられながら言われても、説得力がないぞジルハード。だが、気持ちは分かる。マジでうるせぇ。動物園じゃねぇんだぞここは」

「料理店かと思ったら、動物園だったんッスね。入場料が飯っすか?」

「フォッフォッフォ。いつの時代も中国人チンクは変わらんのぉ。本当に不愉快で仕方がないわい。今すぐにでも斬り殺したいのぉ」

「もう少し我慢してくれじいさん。流石に人の血を見ながら飯を食う趣味は無いんでね。ここはグダニスクじゃねぇんだ。こういう時ぐらい、のんびりとした時間を過ごしたい」


 奥にある個室の扉が完全に閉められてないのか声がずっと漏れてきている。


 本来ならば店員が扉を閉めるべきなのだろうが、あんなにガラの悪い連中に近づきたくないのだろう。


 気持ちは分かるが、仕事だろ。せめて扉を閉めるぐらいしてくれよ。


 ガラの悪い客が騒ぎ立てる為か、他の客もさっさと会計を済ませて逃げるように帰っていく。


 気づけば、のんびりと飯を食っているのは俺たちだけであった。


 まぁ、グダニスクなら日常だしね。むしろ、銃弾が飛んできてないだけまだ平和だと言える。


 グダニスクなら、もうドンパチが始まっている事だろう。クソうるせぇ客と、そのうるささに耐え兼ねた客の殺し合いが演じられていたはずだ。


「んー、これはあまり好きじゃないなー。なんと言うか、食感が嫌いだ」

「杏仁豆腐と言って、一応デザートのようなものなんですけどね。アリカちゃんのお口には少し合いませんでしたか。残します?」

「いや、こういう機会ぐらいでしか食べられないしな。ちゃんと完食するよ。別に、食えないほど不味いわけじゃない」


 グダニスクってヤベーよなと思いながら、アリカが杏仁豆腐に若干顔を顰めながらも頑張って食べる姿を眺める。


 いい子だ。好き嫌いはあれど、ちゃんと完食しようとするその心意気はいいぞ。


 やっぱりアリカはこの組織の癒しである。みんな、ゆっくりながらも頑張ってご飯を食べるアリカを見て、ホッコリしていた。


「チッ、こんな店に来るんじゃなかったぜ。兄貴、どうしますか?」

「髪が入っていたのは頂けないな。ここの金は払わずに行くか」

「ちょ、困りますお客様‼️」

「うるせぇ!!ぶっ殺されてぇのか!!」


 アリカちゃん、初めての杏仁豆腐。を見ていると、個室からぞろぞろと黒スーツ姿の野郎共が現れる。


 チンピラが吠えているのかと思ったが、あの見た目はマフィアだな。


 この場所で活動しているマフィアと言えば三合会と呼ばれるマフィアぐらい。某黒い港でもでてきた、イカしたグラサンをかけた二丁拳銃のガンマンが所属していた組織である。


 残念ながら、あれぐらいイカしたかっこいいオッサンでは無さそうだが。


 少なくとも、こんな店で権力をチラつかせるほど小さい男ではなかった。


「三合会か。CHマフィアの中でもかなりの権力を持つ勢力。とは言えど、下っ端はこんなもんだよな。勘違いをして権力を振り回す」

「組織が偉いのであって、自分が偉いわけじゃないってのを理解してないからな。あぁ言うのは早死するぜ。長生きしたければ、身の程を知るべきなんだよ」


 三角の中に洪の文字。それが三合会のシンボルマークだ。


 グダニスクに来たら1日も持たずに死にそうな馬鹿どもを他所に、アリカが杏仁豆腐を食べ終わるのを待っていると、今度は俺達にまで絡んでくる。


「あ?見せもんじゃねぇぞコラ!!ぶっ殺されてぇのか?!」

「........なぁ、あいつ頭おかしいんじゃねぇの?今、誰かあいつらの事見てたか?」

「見てないね。自意識過剰の被害妄想者なんでしょ。ほら、昔からアヘンをキメてるから、幻覚でも見えてんじゃない?」

「なるほど。頭のネジがぶっ飛んでんのは、ご先祖さまがアヘンを吸ってたからか。薬物は怖いな。何代も後の子孫にまで副作用を残すんだから」

「全くだ」

「おいコラ!!無視してんじゃねぇぞ!!どこの組織のもんだてめぇ!!」


 先程からギャーギャーうるせぇな。アリカがまだ杏仁豆腐を食べている最中でしょうが。


 ウチの天使ちゃんが飯食ってんだから、お前らは大人しく座ってろ。この犬畜生が。


 俺は若干イラッとしつつ、先程からうるさい奴らに視線を移す。


「黙れ中国人チンク。動物園の猿が人間様に対して一丁前に口を聞いてんじゃねぇぞ。子供がデザート食ってんだろうが」

「あん?てめぇ、三合会に向かってどんな口聞いてんだ?コレはぶっ殺さないとダメだな」


 一気に空気が凍りつく。


 店員達は“勘弁してくれ”と言わんばかりに厨房へと逃げ、俺達は普段通り。三合会の面々はニヤニヤと笑いながらこちらを見る。


 後15秒ぐらいか。アリカが飯を食い終わるまで。


「さっきからうるせぇんだよお前ら。と言うか、戦争中なのにこんなところにいていいのか?バルカン諸国とやり合ってんだろ」

「はっ!!あんな寄せ集めの国家に我が中華民国が負けるわけねぇだろ!!それよりも、さっきから舐めた口を効きすぎなんだよクソガキゃ。男どもは全員ぶち殺して、女はマワしてやる。自分の行いを悔いるんだな‼️」


 わぁ、絵に書いたようなやられ役のセリフだ。映画でれるよ。やられ役の兄貴に付き従うクズで。


 ........いや、まんま今の状況か。


「飯を食いに来ただけなのに、どうして毎回こんな風になるのかねぇ。まぁいいや、アリカも飯を食い終わったみたいだし、爺さんミルラ。あとは好きにやってくれ」

「畏まりました。香港制圧後はどうなさいますか?」

「主要都市は全部壊せ。爺さんならやれるんだろ?」

「フォッフォッフォ!!やってみせるわい。例えSランクハンターが出てこようが、皆殺しじゃ。何せ、今回は街の被害も一切考えんでいいからのぉ」

「なら頼んだ。俺達は施設に行ってみるよ」


 俺がそう言うと、全員がゆっくりと立ち上がる。


 腹ごしらえは済んだし、次は車の確保。丁度よさそうな車に乗っていている奴がいるんだし、譲ってもらうとしよう。


 なんと言うか、昔なら間違いなくワタワタして困っていただろうに完全に慣れちまったな。


 人の慣れとは恐ろしいものだ。まだこの世界に来て一年も経っていないと言うのに。


 巻き込まれても、んじゃこうするかー程度にしか思わなくなってきた。俺もこの世界に染って、頭のネジがぶっ飛んできたのかもな。


 だって今この状況ですら“殺せばいいや”としか思ってないし。


「お?やんのか?こっちにはAランクハンターと同等の力を持つ兄貴が居るってのによ!!」

「はいはいすごいすごい。じゃ、爺さん、ミルラ、頑張って。共産主義者コミー共のケツを引き裂いて、全然ぶっ殺しちまえ」

「フォッフォッフォ!!任された」

「こうして2人で仕事するのは久しぶりですね。規模が馬鹿げてますが」


 次の瞬間。俺達の居たビルがぶった切られて崩壊した。




【アヘン戦争】

 イギリスは、インドで製造したアヘンを、清に輸出して巨額の利益を得ていた。アヘン販売を禁止していた清は、アヘンの蔓延に対してその全面禁輸を断行し、イギリス商人の保有するアヘンを没収・処分したため、反発したイギリスとの間で戦争となった。イギリスの勝利に終わり、1842年に南京条約が締結され、イギリスへの香港の割譲他、清にとって不平等条約となった。

 グレイくん達が“先祖のアヘンが抜けてない”というのはこの為。普通にブラックジョーク(リアルで使うのはやめようね!!)。




 あっぶね。爺さん、いきなりビルを真っ二つにへし折りやがった。


 爺さんが攻撃モーションに入る直前、戦闘慣れしているリィズ達は素早く窓をぶち破って外へと出た。


 俺やアリカのような反応が遅い面子は投げ飛ばされ、空中で回収。


 急な紐なしバンジーはあまりにも心臓に悪いぜ。


「今どきのビルの解体工事は斬新だなおい。9.11も真っ青な解体の仕方だ。テロリストよりもタチが悪い」

「あの爺さん、解体屋に向いてるぜ。それが人なのか、建物なのかはさて置きな........つーか、どうやったらビルが真っ二つになるんだ?」

「なぁ、ミルラは大丈夫なのか?お爺ちゃんは問題ないだろうけど........」

「ミルラはあぁ見えてもかなり強いですからね。きっと大丈夫ですよ。それよりも心配するべきは、あの崩れていくビルの中に車があるんじゃないかってことですよ。マフィアが使っている車なら、防弾仕様の素晴らしい車だったんですがね」

「まぁいいんじゃないっすか?適当な車を2台ほど捕まえれば解決しますよ」


 相変わらず無茶苦茶な爺さんだ。一体ただの刀でどうやったらビルがぶった斬れるのか教えて欲しい。


 サラッと巻き込まれているミルラもちょっと可哀想だが、それなりにバディとしてやってきた経験があるのでなんとかなるだろう。


 俺が心配してもどうしようもないしな。とりあえず、俺たちはこの混乱に乗じて逃げるとしよう。


 人々は急に崩れ始めたビルを見て、一瞬立ち止まり状況を理解した瞬間逃げ始める。


 今は戦時中。きっと、バルカンからのミサイルが吹っ飛んできたと思っている事だろう。


「あ、隣のビルが急に崩れ始めた。また斬ったのか?滅茶苦茶だな」

「あれは俺達の理解出来る範疇を超えてるな。生きた伝説が新たな伝説を作ろうとしてやがる。さて、行こうぜボス。座標は特定してるんだろ?」

「そうだな。サッサと行って、サッサと帰ろう。戦争なんざ、懲り懲りだ」


 俺はそう言うと、崩れゆくビルを見ながら移動用の車を探すのであった。


 年甲斐もなく暴れ回る爺さんを抱えると大変だね。あ、またビルが崩れ始めたぞ。


 爺さん、もしかして試し斬り用の藁とビルを勘違いしているわけじゃないだろうな?





 後書き。

 爺さん大暴れ。なんで人間やってんだこの人。

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