腹が減ってはなんとやら


 CH(中国)の中でも大都市に入る香港。


 この世界はダンジョンの出現によって俺の住んでいた地球とは違う形となってしまっているが、変わらない部分も多くある。


 そして、香港はそんな変わらない世界の1つであった。


 もちろん、文明の進化により街並みは大きく変わっているが、ダンジョンの被害は全く無いと言う。


 要は、平和な街ということだ。


「普通に上陸できちまった。防衛体制が緩すぎるな。第二次世界大戦以降、人々はダンジョンとの戦いに注力しすぎたらしい。少し監視体制を邪魔しただけで、こんなにも簡単に上陸できるだなんてな」

「この世界じゃ人よりもダンジョンの方が脅威だからな。つねに自国に爆弾を抱えてたんだ。そりゃ外よりも中の警戒の方が大きくなる。ましてや、500年もの間大きな戦争が起こってないとなればな」

「自分の国を守るノウハウすらも忘れただなんて、人はなんて愚かなんだ。忘れたのか?人を殺すのは人だと言うことを」

「そう言ってやるな。ダンジョンの出現は、それだけ世界のあり方を変えたんだよ」


 香港に上陸した俺達は、サメちゃん達に別れを告げて呑気に沿岸を歩いていた。


 中小国へと成り下がったとは言えど、大都市ともなればそれなりの見栄えはある。大きなビルが乱立し、太陽の光を反射しながら光り輝く都市がそこにはあった。


 可哀想に。今からあのビル達はぶった切られることが決定している。


 俺の隣で今にも暴れだしそうな鬼神の手によって、この街は崩壊の道を辿ることになるだろう。


 何せ、戦艦を真っ二つにできる化け物だ。ビルの一つや二つ解体する程度、わけもない。


「香港って言えば、ディズニーがあるよな。今度は俺達が夢の国を壊す番か。存外、kkkの連中を馬鹿にする資格もなかったかもしれんな」

「戦争の真っ只中で夢の国に行こうとするやつが悪いでしょそれ。あのカス共は日常の中で暴れ回ってたけど、私達は戦争をやってるんだよ。少なくとも、アイツらよりはマシだと思うけどねぇ」

戦争時ドンパチ仕掛けた時点で全部一緒だよリィズ。戦争も所詮は殺し合い。大まかな枠組みで見れば、全部一緒なのさ。少女を殺した犯罪者とその犯罪者を殺した父親。心情的には父親は正義だとも言えるが、やっていることは人殺し。法の元に罰せられるのがこの世界だからな」

「厳しい世の中だねぇ」

「全くだ」


 戦争をやっている時点で正義も悪もない。


 結局は、勝ったやつが正義となるのだから。


 この世界は常に弱肉強食。強いやつが正義を名乗り、弱いやつは悪を強いられる。


 その理論で行けば俺は悪なのだが、なんか仲間が強すぎて正義になってるんだよな。なんでだろう?


 そんなことを思いながら、俺達は即座に暴れることはせずにちょっとだけ香港の観光をしてみることにした。


 別に遊ぶ訳では無い。戦争中の国がどんな生活をしているのか、少し気になっただけである。


 砂浜から街へと入ると、そこは俺が想像していたよりも普通の街であった。


 戦争中だからといって、皆が皆防空壕に入って震えている訳では無い。犬の散歩をする主婦や、普通に空いているスーパー。


 世間話をする人々に、兵士の格好をしてあそぶ子供達。


 普段のこの街を見ていないからなんとも言えないが、とても戦争中とは思えないほのぼのとした雰囲気が街には流れている。


 これが戦時国家なのか?想像ではもっとワタワタしていると思っていたんだが。


「なんと言うか、あまり緊張感がないな。自分たちの国が戦争している自覚があるようには思えない」

「まだ香港では大きな被害が出ていませんからね。ここに住む人達からすれば対岸の火事なのでしょう。人は、その危機に身を置いて初めて自分が当事者だと気づきますから」

「でも、私が昔来た時よりも人が少ない気がしますね。徴兵はされていると思いますよ。もしくは、志願兵か」

「香港に住む人からすれば、この戦争は他国同士がやり合っているような感覚なんだろうな。なるほど。確かに危機感を覚えるのは無理があるか」

「フォッフォッフォ。第一次世界大戦の頃を思い出すのぉ。ヨーロッパで戦争が起きた時、当時は欧州戦争として報道されておったわい。まさか、その後に連合国側で参戦するとは思っておらんかった」


 思い出が古すぎるよおじいちゃん。それ、500年近くも前の話でしょ。


 さすがにその思い出話について行くのは無理があるぞ。俺も歴史でちょろっと習ったぐらいだからな。


「今からここが更地になるのか。そういえばグレイお兄ちゃん。私達が目標とする研究所の場所はわかっているのか?」

「木偶情報屋から教えてもらった。車でここから丸一日近く移動した場所にあるらしい。車をどこかでパクるぞ。その為に街に入ったってのもあるしな」


 おばちゃんの情報によれば、研究所は主要都市からそれなりに離れたダンジョンが多く存在する場所の地下にあるらしい。


 大都市に置くと目立ちすぎるからという理由らしいが、それにしてもベタベタすぎる。


 いや、個人的には秘密基地感があるしこういうベタなやつは好きなんだけどさ。


 でも、やるなら衛生とかから見えない場所に立てようよ。一応国家の最重要機密場所なんだろあれ。


 荒野のど真ん中に立つ孤立した研究施設。映画とかではよく見るが、まさか実在するとは驚きだ。


「腹が減ったな。どこかで飯を食ってから暴れるか。腹が減っては戦はできぬって言うしね」

「スーツ姿だからドレスコードはばっちし。どうせなら高級料理店に行こうよ。どうせ食い逃げするんでしょ?」

「死にゆくやつに金は必要ないし、どうせこの街は今日で終わりだ。次いでに車もパクらないとな。出来れば、燃費が良くて防弾仕様のやつがいいんだが........あるのか?」

「さぁ?と言うか、防弾仕様の車に乗ってるやつとかどう考えてもヤベーだろ。香港マフィアとかが乗ってそう」


 サラッと食い逃げすることが決まっている。


 まぁ、飯食ったあとは暴れるんだし間違ってないんだけどさ。どうせすぐに死ぬ相手に払う金なんて持ち合わせていない。


 神に渡す賄賂を送ってやるほど、俺達もお人好しじゃないんでね。


 香港料理か。何食べよっかな。北京ダックとか?いや、あれは北京の料理だからちょっと違うか。


 シュウマイとかスペアリブ(ジェンパイグォッ)とかかな。いい機会だし、色々と摘んでみよう。




【香港】

 東アジア域内から多くの観光客をひきつけ、途中日本による占領を挟むも、150年以上にわたってイギリスの植民地であったことで世界に知られている。

 ダンジョン戦争時にどさくさに紛れて香港を返還してもらったので、今はちゃんとした中国領土。ダンジョンの被害が少なかった都市の一つであり、中国の中でもかなり安全な場所として人気が高い。




 戦時中だと言うのに平和な空気が流れる香港。


 お腹も空いたし、せっかくなら滅びる前に1つぐらい美味いものでも食ってみようという事で、俺達は適当に調べて今すぐに入れる高級料理店に足を運んだ。


 中国でよく見る丸いテーブル。それをみんなで囲みながら、注文した料理を食べていく。


「うめぇな。中華料理って食べたことがなかったけど悪くねぇ」

「高級料理店なのに不味かったら困るだろ。俺は少なくとも困るね」

「あ、それ取ってくれないか?」

「はい。これですね。アリカちゃんアーン」

「自分で食えるから置け。気色悪い」

「ん、美味いっすね。個人的には好きな味っす」

「中々悪くないわねん。でも、グレイちゃんの手料理の方が好きかも」

「何気にボスって料理美味いっすよね。能力で出した食いもんをパパっと料理して、ちゃんと美味いもん作ってくれますし」

「フォッフォッフォ。久々に食ったが、悪くないのぉ」


 全員黒スーツ姿で料理をつまむその姿は、まるでマフィア。


 いや、実際俺達はマフィアのような一面もあるから否定はしないが、どちらにせよとてつもない視線を集めているのがわかる。


 特にジルハードとローズに視線が集まっているな。店員も意図的にそちら側に行くのを避けているのがわかる。


 ジルハードとローズはとにかく体格が大きい。それに黒スーツを合わせるとなれば、ヤクザのように見られてしまっても仕方がない。


 それに、レイズやミルラも問題であった。


 俺は分からないのだが、この2人も元傭兵と軍人で、一般的な人からすればかなり異質に見えるらしい。


 グダニスクにいれば全く目立たない2人も、この場にいると一般人パンピーには見えないのである。


 お陰で俺たち意外に話している客が居ない。


 目をつけられないように静まり返っているのがよく分かる。


 なんかごめんね?今から殺す相手に気を使う必要は無いかもしれないが、最後の晩餐を気まづい空気の中で味合わせてしまう申し訳なさはあった。


「北京ダックあるじゃん。レミヤ。頼んでおいて」

「畏まりました。いいですね。皆さんは楽しそうね。私は味覚こそあれど腹が膨れることはないので、食事の楽しみが少ないんですよね」

「そう言うなよレミヤ。味を感じるだけマシじゃないか」

「まぁ、それはそうなんですけどね。でも、やっぱり食べたら満腹感が欲しいじゃないですか」

「まぁ、わからんことはない」


 そう言いながら、アッツアツのシュウマイを一口で食べるレミヤ。


 いいな。熱い食べ物とか火傷せずに食べられるのはちょっと羨ましいかも。こういうのってアッツアツで食べるのが美味いんだけど、食べると火傷するから無理なんだよね。俺、猫舌だし。


「ん、懐かしい味です。悪くは無いですね」

「レミヤはCH出身だもんな。よく食ってたのか?」

「いえ。滅多に食べませんでしたよ。食事なんて生命維持のための行為としてしか考えてなかったので、栄養補給ができるゼリーやインスタントラーメンしか食べてませんでした。それより研究の方が大事でしたので」

「あぁ、そうなんだ」


 そういえば、レミヤは魔物の研究をしていたらしいな。


 アリカもそうだが、研究者というのは食事を生命を維持する行為としてしか捉えてない節がある。


 もちろん、楽しむ時は楽しむが、研究中とかはほとんど食事も取らない生活をするんだとか。


 俺には無理だな。俺、割と食事は楽しむタイプだし。


 そんなことを思いつつ、運ばれてきた北京ダックを“美味い美味い”と食っている時であった。


「おいコラ!!てめぇ、髪が入ってるじゃないか!!」

「も、申し訳ありません」

「死にてぇのか?!兄貴になんてもんを食わせやがる?!シェフを呼べ!!」


 人が楽しく飯を食っている時に、クソうるさい罵声が聞こえてくる。


 あそこは個室だったな。声が貫通してくるか、どんだけでかい声を出してるんだ。


 そして、何となく理解した。


 あぁ、なるほど。ここの客が俺たちを見て静かだったのは、同業者が既にここで飯を食ってたからか。


 お仲間だと思われたのかもしれんな。


「殺す?」

「後でな。今は飯を食おう」


 俺はそう言いながら、もう1個北京ダックを食べようとして箸が止まる。


 あれ、もうないんだけど。


「これ美味いな!!」

「もっと食べましょう。ボス、北京ダック追加で」

「........分かった。頼んでおくよ」


 アリカに全部食われてた。ま、まぁ。可愛いからいいか。別に頼めばいいだけの話だし。





後書き。

戦争中に敵国の料理店で飯を食うヤベー奴。気づかない側も食う側もおかしいよ。

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