香港上陸


 戦艦って人間一人で沈められるものなんだな........


 日本と中国の狭間にある日本海の上で、生きた伝説は更なる伝説を作り出した。


 戦闘開始から僅か一分。気づけば、20隻近くあったはずの戦艦達が全て一刀両断されて海に沈んでしまっている。


 化け物かな?一体何をどうやったら、あの刀でバカでかい戦艦を沈められるのだろうか。


 俺に訓練をつけてくれていた時とか、相当手加減していたのが分かる。あれこそが、生きた伝説の真の力なのだろう。


「今の時代は老いぼれた爺さんが戦艦を沈める時代なのか........凄いな。ジルハード、お前も真似してみてくれよ」

「ふざけんなよ。あんなサーカスの曲芸みたいな事が出来るわけねぇだろ。まだリーズヘルトに言った方が可能性がある」

「いや、さすがに私も無理だよ?沈めるのは出来るけど、ぶった斬るのは無理かな」

「沈めることは出来るのか........」


 サラッと自分も戦艦をぶっ壊すことぐらいは出来ると豪語するリィズ。


 何気にリィズも滅茶苦茶な性能をしてるしな。九芒星エニアグラムの中では、爺さんに並ぶレベルの戦闘力を持ってるし。


 爺さんとリィズ。本気で殺しあったらどちらが強いのだろうか。誰か、組織内の最強ランキングでも作ってくれよ。


 あ、一位二位は決まってるか。ピギー(封印解除状態)とピギー(封印状態)だわ。


「凄いわねん。剣の頂きを見ているわよん。神速の剣技による飛ぶ斬撃。魔力を剣に宿して飛ばすようなパチモンではなく、本当に飛剣よん。全世界の剣士が目指すべき姿ねん」

「戦艦ってあんなにも綺麗に真っ二つになるんだな。と言うか、てっきり船の中の人間だけを殺し回るかも思ってた。船ごと斬るとは、流石は頭のぶっ飛んだおじいちゃんだ。グレイお兄ちゃんには敵わないけど」

「戦車を真っ二つに切り飛ばした時もあんな感じに笑ってましたね。兵器をぶった斬る姿を見るのは二度目ですが、あれ、本当に私達と同じ人間なんですかね?人間業とは思えませんよ」

「........この私の目を持ってしても、剣の動きが全く見えませんでした。機械が認識できないほどの速さで剣を振り抜いていますよ。化け物です」

「うへー........間違っても敵に来て欲しくないっすね。いやほんと。ボスのお仲間で本当に良かったっすよ。どう足掻いても勝てる気がしないっす」


 年甲斐もなくはっちゃける爺さんを見て、思い思いの感想を口にする仲間たち。


 もう滅茶苦茶だよあの爺さん。レミヤよりもよっぽど人間兵器をしてやがる。


 神速の抜刀によって斬撃を生み出して飛ばすとか、漫画の世界じゃねぇんだぞ。いや、漫画の世界でももう少し現実味のある事をやってくれるはずだ。


 まだかめはめ波を撃ってくれた方が納得できるね。一応、この世界はそういう世界だから。


「船にいれば斬り殺されて海に逃げればサメ共に食われる。空に逃げるしかないけど、爺さんがそれを許すはずもない。この船に乗っていたやつは運がなかったな。いや、ボスと同じ時代に生まれたのが運の尽きだ。もし次があるなら、こんな化け物達が集う世紀末な世界じゃなくてもっと平和的な世界に行くことを願うよ。さすがに同情するわ」

輪廻の神ザグレウスにでも祈るか。もし次があるなら、平和な世界に転生できますようにって」

「まぁ死後の世界なんて誰も見た事は無いけどな。基本なんでも出来るこの世界だが、神は生命という神秘に愚者の手が入ることを嫌うらしい。死者蘇生の秘術は未だに完成することは無く、神の領域とされているからな」

「........そうだな。死後の世界なんざ誰も知らんわな」


 俺、知ってますけどね。


 一度死んで、神に出会って、このクソッタレの世界に飛ばされてきてますけどね。


 マジで覚えてろよあのクソ神。媚びを売って揉み手までしたと言うのに、こんなにもクソッタレな世界に転生させやがって。


 気づけば第三次世界大戦に巻き込まれてんだぞ、こっちはよ。


 もし、次に会う機会があったら絶対に文句を言ってやる。


 しかし、ジルハードは俺が転生者だということは知らない。俺の秘密を唯一知るのはリィズのみ。


 この秘密は、今後誰にも言うことは無いだろう。だって頭を疑われそうだし。


 自分たちのボスが、急に大真面目に“俺、転生者なんだ”とか言ってみ?


 新しいギャグの練習かと思われて爆笑されるだけのオチになるよ間違いなく。


 そんなことを思いながら、燃え沈む戦艦を眺めているとサメちゃんが話しかけてくる。


「ゴフー」

「海に散らばった中国人チンク共を食べてくれて助かるよ。これで確実に殺せる」

「ゴフー!!」

「え?おやつ感覚?別にそれは構わないけど、うちの国の連中は食べないでね」

「ゴフ?ゴフー!!」

「あはは。さすがにその区別は着いてるか。冗談だよ」


 不味い。サメちゃん達が人の味を覚えちゃった。


 やったね!!これで今日から君もジョーズだ!!


 まぁ、サメちゃんたちは賢いので好き勝手に人を襲うことは無いだろう。うちの国民や商売相手を殺さなきゃ好きにしてくれていい。


「さて、それじゃ爺さんを迎えに行くか。この調子で爺さんにはCHの主要都市で暴れ回ってもらおう。1937年の時は南京だけだったが、今回はCH全土で大虐殺を引き起こしてやるよ。別に土地も人も要らんしな。害虫は駆除するに限る」

「取引相手にもなりませんしね。同じ民族として生まれた私が言うのもアレですが、基本的に救いようのないクズばかりですから。もちろん、私のように心優しく女神の生まれ変わりのような存在もいますけど」

「寝言は寝てから言え。このポンコツメイド。このお飾りの高性能AIがマトモに動いてくれることを願うよ」

「えぇ、もちろんですよ。全て私の計算によって破壊して差し上げましょう」


 うわぁ。不安しかねぇ。


 俺はこのポンコツが更にやらかすんじゃないかと思いながら、爺さんを回収しに向かうのであった。




【南京大虐殺】

 日中戦争中の1937年12月に日本軍が中国の南京市を占領した後、数か月にわたって多数の一般市民、捕虜、敗残兵、便衣兵を虐殺した事件。南京虐殺事件や南京大虐殺とも呼ばれる。

 犠牲者の数は正確には不明であるが、日本の研究者の多くは数万人から10数万人と推定しており、中国政府の見解では30万人とされる。




 沈みゆく戦艦の上で、かすり傷一つすらない吾郎爺さんは呑気に黄昏ていた。


 僅か1分足らずで20隻をぶっ潰し、日本帝国の力を見せつけたのだ。化け物過ぎてちょっと引く。


 そんなお爺さんを回収した後は、特に接敵することも無くのんびりとした航海が続く。


「フォッフォッフォ!!ちいと暴れすぎたわい!!」

「楽しそうでなによりだよ。滅茶苦茶だったな」

「フォッフォッフォ。儂は本当に楽しくて仕方がないぞ。第二次世界大戦の続きを戦えていると思うとな。ほんとうに主に会えて良かったと思っておる。儂が生かされたのはこの時のためだと確信したわ」

「そりゃ良かった。その調子で都市でも暴れてくれよ」


 サメちゃんに回収された爺さんは、本当に楽しそうであった。


 かつて敗戦した苦い記憶。更には故郷まで失い、自分の帰るべき国を失った爺さんに帰る場所ができたのだ。


 愛国心が強いなら尚更、今の故郷を失いたくは無いのだろう。多分、この中で誰よりもこの戦争にかける想いがある。


「のぉ、主よ。やはり天皇の地位に付かぬか?」

「本当にそれだけは勘弁してくれ。俺は熊沢寛道じゃないんだ。自称天皇になるつもりは無いよ」

「フォッフォッフォ。そういえばそんな不敬な者もおったのぉ。GHQは本当に面倒なことをしてくれたわい。儂の手で何度殺そうかと思ったか数え切れんわ」


 少し懐かしそうに思い出に浸る吾郎爺さん。


 そうか。爺さんはその時代を生きてきた人だから、実際に自称天皇がいた時のことを見てきたのか。


 日本が第二次世界大戦に敗北したあと。神とも呼ばれた皇族はただの人へと成り下がった。


 戦争時は皇族を自称することは不敬罪として処罰の対象であったが、GHQの体制に代わり取り締まりが緩くなった一時期に皇位継承者を名乗るものが出現。


 結果、自称天皇が生まれたのである。


 なんともまぁ恐れ知らずな連中だ。俺は日本に生まれ日本で育った為か、そんな恐ろしい事をやろうとは欠片も思わないね。


 たとえ、この世界に日本人が一人しかいなかったとしても、名乗る勇気はない。


 だって色々と怖いし。


 ちなみに、熊沢寛道はその自称天皇の中で最も有名な人物だ。彼の父が頭のイッちゃってるヤベー奴であり、彼もまた被害者だと言えるだろう。


「俺はこの馬鹿共を纏めるのに精一杯だ。神の成り代わりは荷が重すぎるよ」

「そうかの?儂からすれば、この全世界を手中に収めたとしても、主は余裕だと思うのだが?」

「買い被りすぎだ。あんたは今まで、俺の何を見てきてんだよ」


 大抵巻き込まれてなんやかんや丸く治まっていると言うだけであって、俺が本当に自信を持ってできるのはゲームとイカサマぐらいだ。


 その他は全部パッパラパー。多少ゲームの知識で国の運営とかやっているが、どうせできないので全部王達にぶん投げてるんだぞ。


 俺は、ただの人でありただの青年なのだ。


 16歳の高校生だぞ俺は。一般高校生が何故か一国を代表する人物になっているけども。


 そんなことを話しながらサメちゃんの背中に揺られていると、ついに陸が見えてくる。


 大都市香港。ダンジョンによって滅びたこの世界でも、この場所は変わらず大きな都市らしい。


 残念ながら、魔物ではなく人の手によって今から滅びを迎えることとなるが。


「着いたな。あの戦艦だけが防衛戦力だったのを見るに、どうも向こうは俺達のことが眼中に無いらしい。随分と舐めた真似をしてくれる」

「消します?」

「当たり前だろ。害しかない隣国は、戦争によって消すに限る。あのちょび髭オヤジヒトラーだってユダヤ人を悪として虐殺したんだ。今の時代にやっても問題ないだろ。俺達が勝てばな」

「歴史は勝者によって作られる。まさか、私が生きている時代にその事実を体験できるとは思いませんでしたよ」

「全くだ。とんでもない時代に生まれちまったな。もし次があるなら、ボスのいる時代には生まれたかねぇ。絶対世界を巻き込んだ戦争が始まるぜ?」

「ボス。私はお爺さんの護衛および介護に回ります。長年バディをやっているので、扱い方は分かってますしね」

「頼んだよミルラ。このイカレジジィを上手く扱ってくれ。俺の護衛は他に任せるか」


 さて、香港。


 俺達がやってきたんだから、精々手厚い歓迎をしてくれよ。


 中華料理は要らないから、お前らの命をよこせ。


「........観光したい人とかいる?」

「グレイちゃん?気が抜けることを言わないで欲しいわん。観光なんて要らないわよん。と言うか、今は戦争中よん?」


 いや、お前達なら“観光したい”とか言い出しそうだし。


 どうした。急にまともになるなよ。俺が変人みたいになるじゃないか。

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