イカロス


 僅かな報酬、命の危険ありと書かれた空軍に入りたいという死にたがりがこんなにも多いとは思わなかった。


 おかしいな。仕事が無い人達に仕事を与えてこの国はニートを作らないようにしているはずなのに、何故こんなにも人が集まるんだ?


 あれか?お国のために頑張ろうって人が多いのか?勘弁してくれ。日本帝国バンザイとか言って突撃する兵士とか求めてないんだわ。


「技術職は全員合格で。600人程度しかいないなら問題ない。と言うか、こんなに集まって600人しかいないのかよ」

「分かりました。それでは、契約書を作っておきます。レイズに任せますね」

「うへぇ。今から一万近くの契約書を作らないといけないんですか?これ、残業代出ますかね?」

「特別にボーナスを出してやるし、休暇もくれてやるから頑張ってくれ。こればかりはレイズにしか任せられないしな」

「わかったっす。頑張るっす........」


 死にそうな顔をしながらも、早速契約書作成に動き出してくれたレイズ。


 多分国ができてから1番働いてるのはレイズだな。


偽りの契約は真実と化すコントラクト”。


 レイズの持つ能力であり、契約をさせればそれを強制させられる能力。


 これがとにかく強力で、契約を破ろうとする者は決して居ない。


 そりゃMEX(メキシコ)が重宝するわけだ。だってクソ便利だもん。


 この契約書ひとつで裏切りが無くなる。背中を刺される心配が無くなるとなれば、使わないではない。


 しかし、その契約書全てが手書きとなるので、滅茶苦茶大変だ。俺達が手伝えることも無いので、応援してやることしか出来ない。


「レイズの能力を他の人たちも使えるようにするか、能力を付与できる機械が欲しいな。確か、レミヤの能力は植え付けられたものなんだっけ?」

「はい。私の元の能力とは別に外付けの能力を得ています。どこの国も成功した事例がないかなり国家機密の技術なんですよ。だから、他国との関係もお構い無しに私を追いかけてきたんですよね」

「そりゃ、神の領域に手を出しあまつさえ成功した事例が他国に漏れたら大変だわな。と言うか、USA(アメリカ)やその他大国は手を出してないのか?」


 確かにそれさ疑問に思っていた。前の世界のCHならばともかく、この世界のCHは大国と言うには程遠い。


 そんな国がどうして先進的技術を持っているのか不思議だ。


 寝ていたら神の啓示でも受け取ったのか?


「出してはいると聞きました。が、成功したとは聞きませんね。CH(中国)にはとてつもない天才が一人おりまして、彼がそのシステムを作りあげたとされています。厳重な保護の元、一切他国へ情報すら流させない徹底ぶりでしたよ。神の領域に手を出し、あまつさえ人が神の力を手に入れたがためか早死しましたけどね」

「神は常に人が天へと上るのを嫌うからな。そりゃ、殺されるか」

「その力が欲しいんだけどね。俺も早死するかもしれんな」

「アッハッハッハッハッ!!ボスが早死?面白い冗談だな。ボスは神すらも殺す側だろ。神殺しゴットキラーの称号を人類で初めて得る側の人間だ。何せ、今も神として君臨してるじゃないか」

「こんな神がいてたまるか。俺はただの人だよ。CHに攻め込む時は、そこら辺の情報も持ち帰れるといいな。このままだとレイズが過労死する」


 もし、能力を機械や人に付与できる技術を手に出来ればレイズの仕事が楽になる。


 背中から刺されることも無くなるし、使い方によっては世界平和すら実現できるだろう。


 あれ?レイズってもしかしてクソ有能?


 戦闘力に関してはこの組織の中でもかなり低いが、能力だけで言えば超有能だな。


「レイズに勝って良かったぜ。喜べよレイズ。お前のおかげで世界平和が実現するかもしれんぞ」

「勘弁してくださいボス。いったい何枚の契約書を書かせる気なんですか。それと、世界平和の実現は無理ですよ。この世界にダンジョンがある限りはね」

「少なくとも人間同士の争いはなくなるぜ?」

「無くなったとして何になるんですか。争いを引き起こす張本人がこの場にいるってのに。正直、ボスをありとあらゆる契約で縛ったとしても抜け穴を探し出して人を殺すと思いますよ。そして、第四次世界大戦を引き起こす。俺はそう思っています」

「ふざけんなよ。世界大戦を2度も引き起こした火薬になってたまるか。俺は平和主義者だよ。常に神に世界平和を祈る敬虔な信徒さ」

「どの口が言ってんすか。世界平和を祈るなら、ボスが今この場で自殺しなきゃならんですよ。テロして革命戦争を引き起こして、挙句の果てには第三次世界大戦。この100年の歴史は、全てボスの影が見え隠れしますよ」


 そう聞くと俺ってヤベー奴まだな。でも、俺、大抵巻き込まれる側だったんだけど。


 なんで巻き込まれ続けるだけで世界大戦まで引き起こしてんだ?おい、運命の神様、俺で遊びすぎだ。今すぐ加護を外せ。


「それで、グレイちゃん、残りの人達はどうするの?偵察が約5000人。戦闘員が約15000人ぐらいいるんだけど」

「どっちも半分まで絞るか。あー、あの試作機って何台あったっけ?」

「約1000機ですね」

「んじゃ、とりあえず空を上手く飛べなかったヤツら脱落にさせよう。それが一番早いわ」


 もう試験内容とかどうでもいいわ。とりあえず戦える人が増えればそれでいい。


 で、落ちた人達は空軍じゃなくて陸軍として頑張ってもらおう。予備役みたいな感じにして、緊急時の戦力ということで。


 そしたら給料は戦ってる時にしか発生しないしな。


 本当は全員雇ってやりたいけど、流石に今の予算じゃ無理がある。


「んじゃ、テストを始めるぞー。試作機持ってきて」

「あ、そいえばこの試作機に名前をつけて欲しいとドワーフ達が言っていましたよ。どうやら主人マスターに名づけして欲しいみたいです」

「誰だよそんな提案をしたやつは。俺のネーミングセンスを知ってんのか?ナーちゃんとスーちゃんの名前の理由を知ってんのか?」

「私に言われても困りますよ。で、何かいい名前はありますか?」


 そう言われてぱっと思いついたら苦労はしないんだよなぁ........


 アレだな。調子に乗りすぎるなって意味を込めて、傲慢にも太陽へと向かった哀れな人の名をつけよう。


 頭は低く、そして低すぎず。力を過信したものとならぬよう、戒めとして翼の名前はこれにする。


「イカロスでいいんじゃないか?力の過信は身を滅ぼす。いい教訓になるだろ」

「以前も話していましたね。あれ、最後には墜落して落ちるので滅茶苦茶縁起が悪そうなんですけど」

「縁起が悪くたっていいだろ。どうせ撃墜されたら地に落ちる。どの戦闘機だって同じさ」

「とんでもないことを言うな。だが、いいんじゃないか?空を高く飛びすぎて、太陽神の怒りを買わないように気をつけないとな」


 こうして、くそ適当な試験は始まった。


 愚かにも空を飛ぶ手段を手にした人類が太陽神の怒りを買わないよう、戒めとして着けた名前イカロスを背負って。


 これが、後に起こる2度目の戦争時に敵軍から恐れられ“死神のイカロス”と呼ばれるようになるとは知らず。




【イカロス(神話)】

 ギリシア神話に登場する人物の1人。蜜蝋で固めた翼によって自由自在に飛翔する能力を得るが、太陽に接近し過ぎたことで蝋が溶けて翼がなくなり、墜落して死を迎えた。イカロスの物語は人間の傲慢さやテクノロジーを批判する神話として有名である。

 グレイたちが手にした新戦力の“イカロス”は、もちろん蝋出できている訳では無いので太陽に向かってとんでも翼が溶けることは無い。




 試験が始まり、とりあえず空を飛べなかった人は脱落とした。


 空軍として雇うのに、地上でしか仕事が出来ない奴に用はない。


 が、脱落した人たちもどんな理由であれこの国を守ろうとしてくれた戦士。俺は彼らをバカにすることは無い。


 ごめんね。今は予算が足りないから、もう少し余裕が出てきたら雇ってあげるから。


 ちゃんと雇得ない理由を説明し、自分の見通しがあまりにも浅かったことを謝罪していた為かこの試験に対しての反発は殆ど無い。


 なんて出来た国民なんだ。民度があまりにも高すぎる。


 そんなこんなで丸1日かけて何とか選別を終えた俺達。


 後は軍人として経験を積み、軍のまとめ方を知っている人に全てを丸投げすればいい。


 それぞれの種族から騎士隊長やら何やらの称号を持つ人にお願いして、とりあえず訓練をさせることとなった。


 即戦力として使いたいので、期限は2週間ほど。それが終われば正式な空軍として各地に配属されることとなる。


 まだ試作機が少ないので、ドワーフ達にも開発よりも先に生産を優先するようにお願いをした。


 資源は腐るほどあるらしいので、3日以内になんとでもなるそうだ。


「これである程度の防衛準備は整ったな。後は、空軍がちゃんと機能するのかを確認出来れば何とかなるかも」

「そしたら殴り込みだねぇ。どこから行くの?」

「とりあえずはCHを潰す。バルカン諸国連合との戦いが続いているが、そこに参入させてもらうとしよう。海路で行くぞ。と言うか、開発された航空機が1人用だから海から行くしかない」

「サメちゃんたちにまた乗せてもらうんだね。それで、最初の攻撃目標は?」

「最初に殴る場所と言えば、そりゃ大都市だろ。爺さんのストレスを発散させてやらねぇと、海を剣で割って向かっちまう。それに、大都市での虐殺は相手の戦意を削ぎ落とせる」


 試験を終え、色々なところにお願いや根回しをしたその夜。


 ゴロゴロと喉を鳴らしながら俺にベッタリとくっつくリィズの顎を撫でてやりながら、今後のことを考えていた。


 俺達が動かせる戦力は、はっきりいって全くない。


 防衛に使う分で手一杯だし、ぶっちゃけ開発に力を入れたい。


 少しづつ安定し始めた今、国から人材を出したくないのだ。となれば、九芒星エニアグラムの面々で殴り込みに行くのがいちばん手っ取り早く、小回りも効く。


「出来れば、能力を付与する技術については欲しいな。レイズを楽にさせてやる意味でも」

「今も契約書を書いてるもんねぇ........私たちじゃ手伝え無いし。あれはちょっと大変そうだよ」

「だよな。そこをなんとかしないと。ぶっちゃけ、領土とかどうでもいいから技術だけ欲しい」


 中国人が何人死のうが俺の知ったこっちゃない。殺すのは軍人だけで、民間人への攻撃は禁止?知るか。こちとら未承認国家だから国際戦時法とか無視できるんですわ。


 それに、勝ったやつが正義。


 第二次世界大戦で枢軸国が勝っていたら、今ごろ連合国は悪として歴史の教科書に乗っている。


 歴史は勝者によって作られる。いつの時代も変わらない不変の真実だ。


「おばちゃんに連絡を取るか。CHの技術施設の場所を割り出してもらおう。欲しいもんだけ貰ったら、サッサと潰して他の国への対策を考えるぞ。革命も手伝ってやらないと行けないしな」

「シュルカ、今ごろ困ってそう。なんで宣戦布告してきてるんだって」


 俺だって困ってるよ。文句はあのクソポンコツファッキンメイドに言ってくれ。


 俺はそう思いながらベッドに横になると、リィズを抱きしめながら寝るのであった。


 あぁ、政治は疲れる。誰か変わってくれ。

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