ジョーズ一家


 俺を食い殺そうとしてきたサメちゃんだったが、なんか可愛かったのでうちの国に誘ってみた。


 つい数分前まで食い殺されそうになっていたが、かの有名な合気道の達人塩田剛三はこう言っている。


“合気道で1番強い技、それは自分を殺しに来た者と友人になることだ”と。


 俺は結構この言葉が好きである。


 世界中の人間と友人になれば、自分の外敵はいなくなる。


 それ即ち、護身となるわけだ。


 勝つ負けるでは無く、守る。それが伝説を生きた塩田剛三の歩んだ道でもある。


 まぁ、現実は人の話も聞かないマザーファッカー共が多すぎてそんな事など言ってられないのだが、意外と人間よりも魔物の方が人の話を聞く。


 湖に帰してやったサメちゃんは“ちょっとまってて”と言わんばかりにヒレをフリフリとさせると、水の奥深くへと消えていった。


 吾郎爺さんとか実は塩田剛三を見たりしてないかな?今度帰ったら聞いてみるか。


「ボス、本当に仲間を連れてくると思うか?と言うか、なんで魔物の言葉が分かるんだ?」

「え?感情豊かで人間より分かりやすいじゃん。あの仏頂面のミスシュルカよりも分かりやすかったよ」

「何を言ってるのかさっぱりだ。こうしてなんか仲良くなって変なやつを連れ帰ってくるのは四回目か。今回はまだマシだということに喜ぶべきなのか?」

「ボスは凄いわねん。あんなサメとも仲良くなるなんて」

「殺しに来たやつと仲良くなることが最大の護身術。俺の尊敬する数少ない御仁が残した言葉さ。現実はそう上手くは行かないけどな」

「大抵頭を弾いてるもんねぇ」

「全くだな。少なくとも、グレイお兄ちゃんが言うべきセリフではないぞ」


 マリファナキメてる奴とは話ができないからしょうがないよ。


 俺は煙草に火をつけると、サメちゃんが帰ってくるまでのんびりと湖の近くに座って煙を吐く。


 国防に関しては世界樹の加護とやらがあるから問題ないとは思うが、それでも戦力があるに越したことはない。


 陸軍戦力は世界樹の人々である程度は賄えるが、海軍空軍はまだまだ不足している状態であった。


 空軍が本当は欲しいんだけど、先に海軍を集めてしまっても問題ないだろう。


 何万と言う海軍を用意できなくとも、それなりの戦力にはなってくれるはずだ。


 もう日本を魔物の国として作り上げるか?人間よりも魔物の方が話が分かるし。


 今国民となっている人々も、ほぼ全て魔物なんだよなぁ。


 ダンジョンを攻略したと言うのに、何故か国民が魔物だらけとかいう矛盾。


 エルフやドワーフ達も結局のところ魔物という扱いではあるし、真面目に魔物の国になり掛けている。


 その国の王として何故か担ぎ上げられている俺とか最早魔王じゃん。世界征服でもしてアーサーに“世界の半分をくれてやろう”とか言ったらノリノリで“欲しい!!”とか言ってきそう。


 アーサーも魔物は好きだしな。フェルは元気に育っているのだろうか。


「マリー、僕は今凄まじい光景を目の当たりにしているよ。これが神の奇跡と言うやつかな?」

「あながち間違ってもないから何も言えないわねん。私たちのボスは、いつもこんな感じで滅茶苦茶している癖に神の如き采配を見せるのよん。それにしてもいい言葉ねん。確かに護身においては、友人となる事が一番の技かもしれないわん」

「ねぇ、グレイさん。その方は他に何を言っていたの?」

「んー、有名なのだと、“歩けばそれ即すなわち武”とか、“武道は一生であり一瞬だ”とか言ってたかな。知ってる?塩田剛三って言う合気道の達人なんだけど」

「んー、僕は知らないかな。マリーは?」

「知らないわねん。名前からして、吾郎おじいさんと同じ名前な気がするわん。日本出身なのかしらねん?」

「あー!!俺知ってるぜボス。ケネディのボディーガードをぶっ潰してたジジィだろ?」


 日本は500年ほど前に一度滅んでいる国。突如として現れたダンジョンによってその全てを蹂躙され、あまり多くの文献が残っていないとされている。


 特に、記録媒体が紙しかなく、日本にしかないものは外国ではなかったりする。


 が、塩田剛三は映像にも残っている人物であり、メジャーでは無いものの知っている人は知っていた。


 と言うか、武術家である二人は知らなくでジルハードは知っているんだな。


「ボスの国を調べていた時にたまたま見つけたぜ。見た時は何らかの能力でも使ってんだろとか思ってたけど、あれってダンジョンが産まれる前の話だから能力者じゃないんだよな?」

「そうだ。人体の構造を理解して、それを技として使っているのさ。あれこそ伝説の武人だと思っているよ。マリー、ちょっと手を出してみ?」

「ん?何かしらん?」


 なんの警戒もなく手を出すマリー。俺は、その手を掴むと少しだけ左右に振ってからマリーの重心を崩して投げた。


 小学生の頃、合気道を知った俺が“こんなの詐欺やろ”と思って親に頼んで道場に連れていってもらったことがある。


 で、当時ヨボヨボのおじいさんがやっていた道場だったのだが、あれは本物だった。


 握手をしたかと思えば、いつの間にか地面に倒されていたのはいい思い出である。


 それから一年ほど、俺は武術として合気道を学んだのだ。


 まぁ、相変わらず最初だけ覚えが良くてあとはダメダメなのだが。


 それと、この世界では全く使い物にならない。


 能力者という存在がいるのもそうだし、相手が人間でない時だってある。そして、俺達がやる殺し合いは基本的に武器を持つ。


 人間としてのスペックが普通の俺にとって、相手を投げ飛ばすよりも銃を撃ってしまった方が早いのだ。


 後、当時の武道は実践で使うと言うよりはあくまでも心を磨くためのものであり、殴られたら痛い。殴ったら拳が痛いと言うのを理解するための場でもある。


 実際に喧嘩で使うようなことなんてなかったし、そもそも俺は喧嘩ができるような友人もほぼ居なかったので道場で決められた動きを決まったようにやるだけであった。


 現代の武術というのは、あくまでも護身用。そして、平和な日本でそれを使う機会などまるでない。


「........へ?」


 重力が消えたかのように投げられたマリーは、パチクリと目を見開くと何が起きたのか分からない顔をする。


 そりゃそうだろう。マリー達が使う気功術は、打撃系の武術で投げ技はほとんど使用しない。


 と言うか、魔物を想定して組まれた武術なので人間の関節や人体構造を利用した武術ではそもそもないのだ。


「これが合気道。ま、所詮はクソの役にも立たない悲しい武術だよ。少なくとも、この時代には合ってない」

「グレイちゃんのこれ、油断してると普通に引っかかるよねぇ。向こうの力を使って投げるから、投げられる前に離脱すればいいだけなんだけどさ」

「昔はそんなことできる人間なんていなかったんだよ。俺も実践で使ったことなんてないし、そもそも使えないし。パンチを避けて投げられるわけないだろ。俺は普通の人間だぞ」

「ボスって本当に多彩ですよね........まぁ、確かに実践では役に立ちませんが。これをやるならそもそも近づかせるなって話ですよ。それと、今のはローズさんが完全に油断していたからできたことに見えます」

「そういうこった。本物なら話は違うかもしれんが、所詮基礎を少しだけ学んだ俺には無理な話だよ。でも、ワイヤーをどう使えば人の動きを封じて力を出させないようにするかは、合気道の知識が多少役に立っているかもね」


 人間の体は弱点だらけ。関節を狙うだけで簡単に動きを封じてしまう。


 もちろん、例外も沢山いるこの世界ではそれだけでは足りないが。


 そんなことを話していると、サメちゃんが戻ってきた。


 よいしょよいしょとヒレを使いながら陸へと上がってくると、俺に甘えるように身体を擦りつける。


 ついさっきまで殺しに来てたくせに、現金なヤツだ。でも、可愛いから許す。


 俺はそんなことを思いながら、サメちゃんの顔(クソデカ)を撫でてやる。


 サメちゃんは嬉しそうにヒレをパタパタさせた後、俺達に“これが家族!!”と言わんばかりに水の中を指さした。


「........なぁ、ボス。俺の見間違いじゃなければ、とんでもなくでかいサメが見えるんだが。なんだあれ。本当にサメか?デカすぎるだろ」

「このサメちゃんは子供だったのか。なんか倍以上の体格があるやつらがわんさかいるんだけど」

「ジョーズがこんなに沢山いたら、観光客は血塗れの浜辺を歩くことになりそうですね。で、ボスはこの子達の面倒を本当に見るのですか?」

「餌は割となんとでもなるし、この狭苦しい湖の中で済むよりも大海原に出た方が楽しだろ。食糧なんざ、そこら辺歩いているだけで何メートルもあるイノシシとか歩いてたんだしな」


 俺はどうしてこのサメが俺に懐いたのか理解した。


 子供だったんだ。で、俺に負けて助けられたから感情の切り替わりが激しい子供は懐いてしまったと。


 いやね?20メートル以上もあるサメを子供だと思えというのが無理なんですよ。正直、このサメが親で子供をいっぱい連れてくるのかと思ってたし。


 つーか、当たり前のように上陸してんだけどこのサメちゃん。呼吸とか大丈夫そ?


「........湖からでてきたいた魔物たちは、ほんの一欠片に過ぎなかったんだね。こんなのが出てきた日には、僕でも殲滅できるかどうか怪しいや」

「水の中に一つだけ凄まじく大きな反応があります。100メートル級の魔物ですよ」

「多分そいつが親だな」


 俺がそう言った瞬間、海面が一気に上昇してヌシが現れる。


 デッッッッッッカ。


 至る所に傷を作りつつも、その威厳ある姿は正しく海の王者。シャチ?そんなのちゃっちすぎて話にもなりませんわ。


 あまりにも大きすぎたそのサメは、さすがに陸地によることが難しいのか少し離れた場所で俺を見つめる。


「フゴー」

「あれがお前のママか?でっかくてかっこいいな」

「フゴー!!」

「へぇ、あれらが兄弟や家族なんだ。みんなまとめてうちで面倒見てやるから、来ない?」

「フゴ」

「あ、お母さんに聞けばいいのね」


 子供は感情豊かで何を言っているのかわかりやすいなぁ。


 俺はそんなことを思いながら、サメちゃんの背中に乗せてもらってボスサメの前まで行く。


 このこの上に乗っていれば、多分食われることは無いでしょ。子供も食う親なら終わりだけど、その時はピギー仲間たちに助けてもらえばいい。


「........」

「あー、初めましてお母さん。早速だけど、ここよりも広い大海原で、泳ぎながら俺達の国を守ってくれないか?きっと楽しいぜ?」

「ゴフー」

「んー、なるほど。子供たちが安全に暮らせるかどうかか。海の中がどうなっているのか分からないんだよなぁ........ジルハード!!海の中にヤベー奴とかいるのか?!」

「少なくともそんな話は聞いたことがないな!!ダンジョンは基本的に陸地に出来るものなんだよ!!」


 湖の中にダンジョンがあるここが珍しいのか。


「だ、そうです。ま、やばそうでも俺が何とかするんで、来ます?もし合わなかったら、こっちに返すよ」

「ゴフー!!」


 ママサメは俺の提案に納得してくれたのか、うんうんと頷きながらバシャバシャとヒレを動かす。


 ちょ、やめて。貴方体が大きすぎて少し動くだけで大波が起きるから。


 こうして、俺はジョーズ一家を国に招くことになったのであった。


 ところで、この湖からの移動はどうしよう?何も考えずに誘っちゃったんだけど。



後書き。

マジで移動手段を悩んでる。サイクロンにしようかな。どうしようかな。

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