慣れろ


 ゴリアテ道場は思っていたよりもマトモで普通であった。


 多種多様な人種が集まるこの地は、世界のあるべき姿があったのだ。


 人種、性別関係なくお互いを助け合い、仲間と共に切磋琢磨して自らの力を磨く。


 辛い出来事や訓練を乗り越えた先にあった人々の団結力というのは、それだけで力となるのである。


 やはり、選民思想や差別的思想を持つものを排除すれば世界って平和になるんだな。問題は、全世界でそれを行うには銃弾の数が足りないという事ぐらいか。


 人々の在り方とは本来こうあるべきなのだが、人の数だけ思想はある。生まれたその瞬間に洗脳にも近い教育をすれば別だろうが、そんなことができるのは人類が生まれたその瞬間から始めなければ意味は無い。


 思想の統一をするには、人類の歴史は長くなりすぎた。


 何千年と生きていく中で歪み、歪んで来たこの人類の歴史を修正することなどできやしない。


「精進料理とか出てくるのかと思ったら、割と普通に美味しいご飯で驚いたよ。こういうのって、肉とかあまり食べないイメージがあるんだけどな」

「健康的な食事と健康的な生活が、体を育てるのに最も必要な要素よん。そんな紀元前のような考えを持ち込むほど、初代様も馬鹿ではないのよん。栄養バランスを考えてたべて、よく動きよく眠る。それが、強靭な肉体を作る第1歩となるのよん。私のようにねん」

「そういう割に、お前の兄貴は女みたいな見た目だけどな。何をどう遺伝子を組みかえたら、あんなにも違う兄弟が生まれるのか不思議でならないぜ。ローズが突然変異体なのか?それとも、兄貴が突然変異体なのか?」

「兄さんは母の血を濃く受け継ぎ、私は父の血を濃く受け継いだのねん。ちなみに、この美しい格好をしているのは母の影響よん。男であろうとも美しくあれと言われてきたわん」

「それで出来上がったのが、バイオハザードに出てきそうなゾンビ見てぇな野郎か。美しくある前に、合う合わないを考えろよ。美しさにも、もっと別のものがあるだろ?」


 それは確かにそう。


 ジルハードの言う通り、美しさにも色々な形があるだろうに。なぜ一番ローズに似合わない“外見”を選んだのやら。


 まだ精神や心の方が、ローズにも似合いそうだったのにな。今では、単なる人殺しだ。


 正確には、クズを殺す人殺しか。


 そういう意味では、世界の浄化をしているのだから美しいと言えるのかな?思想が強すぎる気もするけど。


 そんな話をしながら俺達がやってきたのは、クレーターレイク国立公園である。


 せっかくUSA(アメリカ)に来たのであれば、一つぐらい観光地を見てみたい。


 現在は関係者以外立ち入り禁止区域となってるこの国立公園だが、ローズの関係者ということで話を通してもらっていたのである。


「いやーこうしてマリーと一緒にドライブするなんて何年ぶりかな。楽しいよ」

「それは良かったわん兄さん。ところで、道場の方は大丈夫なのん?」

「問題ないよ。僕にだって家族と一緒に過ごす時間ぐらいは与えられているんだからね。門下生達もそこら辺は理解してくれているよ」


 今回の観光には、シャールにも限界付いてきてもらった。だってそっちの方が話が早いし、色々な話が聞けるだろう。


 ゴリアテ道場では、年に1度実践訓練ということで、このクレーターレイク国立公園へ遠征に行くらしい。


 今回はその下見も兼ねていると言うので、完全な休暇とはいかないようだ。


「マリー、家を出て暫くだけど、事で何をしていたんだい?」

「最初は武者修行。父が消えたと聞いてからは、様々な国を巡って探したわん。悪魔のダンジョンにも足を運んだわよん。上陸すら許されずに船を吹っ飛ばされたけどねん」

「悪魔のダンジョンと言えば、五大ダンジョンの一つだね。そんなところに行ったのかい?」

「えぇ行ったわよん。その後はまた国を回って、アリカちゃんにあったのよん。ちょっと毒使いと殺し合った時に死にかけてねん。助けてもらったわん」

「そう言えばそんなこともあったな。女装したおっさんが死にかけていたのを見た時は、幻視でも見ているのかとも思ったよ。おかげで、私も色々と助かったがな。もう一年近くも前の話か?時の流れは早いな」


 そう言えば、この2人は俺たちと出会う前からバディを組んでいたな。


 ローズがアリカに助けられたという話は聞いていたが、そんなことがあったのか。と言うか、毒使いと殺しあったって何?物騒な世の中だなおい。


「アリカちゃんはマリーの命の恩人なんだね。家族の代表としてお礼を言うよ。ありがとう」

「気にするな。私も元は人の為に薬を作っていたからな。本職に少しだけ戻れた気がしたよ」

「今でも感謝しかないわん。ま、そんな訳でアリカちゃんと旅をするようになって、POL(ポーランド)にやってきたのよん。そこで、ボス達とは出会ったわん。兄さん。グレイちゃんの顔を見て、なにか思い出せないかしらん?」

「........んー、有名人なのかい?僕はテレビも携帯も殆ど触らないから分からないなぁ」

「本当に?半年........いや、今から七ヶ月ほど前にFR(フランス)を月の向こう側まで吹き飛ばしたテロリストにして、五大ダンジョンの一角エルフの森を攻略した伝説の人よん」

「あー、あぁ!!門下生達が騒いでいたよ!!確かにその人物の名前はグレイだったね!!」


 門下生タチ騒いでたんか。大丈夫かな?俺、今回全く変装してないんだけど。


 不味ったな。世界各地からやってくるこの道場にFR出身の人も多く居たはず。


 大丈夫かな?CIAに通報されてないかな?


 ま、その時は全力で逃げるか。シャールさんの迷惑にならないように、ちょっとだけ情報操作だけしてもらって。


「へー、それじゃ、世界的な大犯罪者って事?」

「言っておくが、俺はテロなんてやってないし絡まれたから頭を吹っ飛ばしただけだぞ。世間がそう言っているだけだ。明確な犯罪を犯したのは、五大ダンジョンの攻略に行った事ぐらいだからな」

「いや、相手が悪人だろうが人を殺したらそれは犯罪だよ。少なくとも、今の司法ではね。それにしても、マリーは面白い人の下に着いたんだね。ボスがいるって聞いた時は驚きのあまり思わず声をあげちゃったよ。だって、父さんの言うことすら聞かなかったじゃないか」

「それだけボスには惹き付けられる何かがあったということよん。それに、この組織は面白いのよん?毎度どこかへ行くたびに街が吹っ飛ぶわテロに巻き込まれるわ、ギャングと抗争するわ。挙句の果てには国に喧嘩を売るんだもの。身内に喧嘩を売るだった私は可愛いものねん」


 好きで巻き込まれている訳じゃないんですけどね?


 毎回運命の女神に確率を操作されているんじゃないかってほどに、悪運が強いだけで。


 テーマパークに遊びに行けばテロリスト共と鉢合わせるし、ギャングを潰したらなんか知らんけどUSAが真っ二つに割れるし。


 英雄王とダンジョン潜ったら、なんかヤベー存在に出会うし、二回目のダンジョンに潜ったら女の子を助けてテロリストになってやがる。


 ハチャメチャすぎるだろ俺の人生。大人しくしていても向こうから厄介事が舞い込んでくるんだから、もうやってられないよ。


 慣れたけども。


「なんというか、楽しそうだねマリー」

「ふふっ、楽しいわよん。何せ、ボスの頭はイカれているからねん」

「僕も楽しそうなマリーを見られて嬉しいよ。グレイさん。こんな弟ですが、今後もよろしくお願いします」

「貴重な特攻役なんでね。重宝させてもらってるよ。弾丸を当たり前のように弾いて突き進む戦車タンクをそう簡単には手放さないさ。なんか殴ったら人の上半身が吹っ飛ぶし、頭が弾けるけども」

「ちなみに、ボスは私より強いわよん」

「え?!マリーより強いの?!そうは見えないんだけど........」


 ローズ、余計な事を言うな。お前それ、ピギー込みでの話をしてるだろ。


 確かにピギーを使えば、俺の隣で機嫌良さそうにゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくるリィズや一部の例外を除けば勝てるだろうけど、それは俺の力じゃ無いからね?世界を三度滅ぼしたヤベー奴がヤベーのだ。


 間違っても俺の力では無い。


『ピギー?』

「俺の力ではないだろ?ピギーの力なんだからさ」

『ピギー!!』

「え?自分を恐れずに仲良くしてくれるのもひとつの強さ?それはそうだが、それとこれとは話が別だよ。褒めてくれるのはありがたいけどな」

『ピギッ!!ピギー!!』

「ナーちゃんやスーちゃんも俺の力だって?それは言い過ぎたよ。俺の力は所詮、そこら辺の賑やかし要因程度なんだから」


 俺の右手に宿るピギーが励ましてくれるけど、どう見ても俺の力では無いからね。


 手懐けた事に関しては確かに俺の力とも言えるが、戦闘における力でピギーや魔物組を入れてしまうのはちょっと違う。


 俺の膝の上で眠たそうに欠伸をするナーちゃんや、頭の上でプルプルしているスーちゃんも俺の力とは言えないのだ。


 いつも助かっているけども。


「ねぇ、マリー。急にグレイさんが独り言を話し始めたんだけど。かれ、マリファナとかやってる?」

「やってないわよん。あれは、多分ボスの中にある存在と話しているのだわん。この組織ではよく見る光景ねん。最初の頃は慣れなかったけど、もう慣れたわん」

「???」


 ピギーの存在を知らないシャールは、首を傾げる。


 そりゃ首を傾げるよ。俺の右手の中に英雄王アーサーですら耐えることしか出来なかった圧を放つ化け物が住んでいるなんて。


 仲間たちは俺が独り言を話していても、“あぁ、ピギーと話しているんだな”と理解して無視するが始めてみる人からすればそりゃ幻覚が見えているヤベー奴になるか。


 出すか?


「ボス。間違ってもここで出すなよ。事故るぞ普通に」

「本当にお願いですからやめてください。紹介するにしても、離れた場所でお願いします」

「なんだ。出さないのか。てっきり出すと思って精神抵抗薬を飲んだのに、無駄になってしまったな」

「ボス、本当にそれだけは勘弁してください。悪い存在ではないと分かっていますが、耐えられませんので」

「お前ら、仮にも仲間なんだぞ?そのぐらい耐えてみろよ情けない」

「誰もがボスのような精神構造をしてないんだよ。ボスは恐怖と言う人に必要な感情が欠落してるから平気なんだ。一緒にすんな。俺達は人間だよ」

「少なくとも機械である私の方が人間らしいと思ってますよ。ボスは機械ですらない超越体とでも思ってますし」

「分かります。あれの中を平然とできるボスはおかしいです。リーズヘルト先輩は頑張ったんだなと思いますが」


 あれれ?おかしいぞ?なんでこんなに殴られてるんだ俺は。


 俺だって毎回ピギーと遊ぶ時は死の恐怖は感じるよ!!慣れちゃったけどさ。


 だからお前らも慣れようぜ。今度、ピギーの圧に耐えよう合宿でもするか?


 俺はそんなアホなことを思いながら、ピギーに“ごめんな”と謝っておくのであった。

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