キレたボスは怖い
ミルラ・ルベルストンは元
様々な経験をする中で、ミルラは多くの修羅場を潜り多くの人間を見てきた。
神の愛を叫びながらライフルで子供を撃ち抜く頭のラリった薬厨に、新世界の創造を目的としたテロリスト。
利権と金に目が眩んだ後先を考えない頭の足りない可哀想な子羊まで。
様々な人々を見てきた。
そして、彼女の人生の中で最も頭のネジがぶっ飛んでいた奴は誰だと問われれば、彼女は躊躇いなく今の雇い主の名前を上げるだろう。
世界最悪にして人類の英雄グレイの名を。
わずか3ヶ月近くで悪が蔓延るグダニスクの頂点に立ち、わずか一ヶ月で人類がなし得なかった五大ダンジョンの1つを攻略。
挙句の果てには世界の警察こと
しかし、そんな彼だが基本的には誰にでも優しい。
好意には好意で、悪意には悪意で返すような人間であり、世間が思っているほど自分たちのボスは極悪非道でも慈悲の欠けらも無い悪魔でもなかった。
が、今日ばかりは違う。
まだ短い付き合いでしかないものの、濃密な時間を過ごしてだいたいの事を理解しているミルラですら初めて見るキレたボスはそこら辺のマフィアよりも怖かった。
普段優しい人ほど怒らせると怖い。
そんな迷信を信じたことなど無いが、今日ばかりは信じるしかない。
何故ならば、拷問のやり方があまりにも悲惨すぎるから。
「アリカ、治してやれ」
「分かった」
この夢の国でおきたテロ騒ぎを計画したであろう幹部達は、あっという間に人外じみた戦力によって捕らえられ、今はイラつきを隠さないグレイの手によって拷問をされている。
しかも、話が聞きたいとかそういうものでは無い。ただ単純に痛めつけているだけなのだ。
ゆっくりと爪の間に裁縫針をねじ込み、全部の指を釘で打ち止め、眼球を焼く。
それで居ながら相手を殺すような真似はせず、痛みによる気絶すらも許さない。
あまりにも拷問のやり方が手慣れすぎていた。
そして、ようやく終わったかと思えば、アリカの手によって作られた上級回復ポーションによって傷をすべて再生され地獄を繰り返す。
悪魔の拷問はこんな感じなのだろうかと思うほど、グレイの行う拷問のやり方は悲惨で慈悲の欠けらも無い。
「間違ってもボスを怒らせちゃダメですね........怖すぎるんですけど」
「相手が気絶しないギリギリを狙ってやってるわねん。人のことをよく観察しているグレイちゃんだからこそできる芸当だわん。そして、間違っても怒らせちゃダメなタイプの人間ねん。キレた時は、場所と手段を選ばずに殺しにくるわん........」
「何が怖いって、ずっと無言で拷問し続けていることだよな。まじで怖いわ。普段優しい奴ほどキレた時が怖いって話は本当なんだな」
「全くです。と言うか、アリカとリーズヘルト先輩もちょっとやばいですよね。自分たちの為に怒っていることを知っているから、滅茶苦茶嬉しそうですよ。目の前で
「まぁ、この組織の中じゃ特にボスのことを慕ってる二人だからな。そのボスが自分の為に怒ってくれているのが嬉しいんだろ。今この目の前に映る光景が無ければ、感動的だな」
アリカとリーズヘルトを除き、残りの部下達は全員軽く引き気味だ。
黙々と静かに拷問を続けるグレイの姿に戦慄し、間違っても怒らせるのはやめようと心に誓う。
今回グレイがキレた理由は、リーズヘルトとアリカがせっかく楽しんでいた夢の国を台無しにされた事だろう。
仲間内で多少ふざけ合うならばともかく、全く関係のない人間が全てを台無しにしたらそりゃ怒る。
しかも、不慮の事故などではない。明確なテロによって引き起こされたとなれば、その組織を潰すのは自然とも言えた。
いや、常識的に考えれば、流石にこれはやりすぎな気もするが。
しかし、普段甘い対応をよく見せるボスがここまで厳しくするのに意味があるはず。
そして、それは自分達に向けたメッセージのようにも思えた。
「仲間である限りは守ってやる。そう言いたいのかもな」
「あらヤダグレイちゃん男前すぎて掘れるわん。かっこいいじゃない」
「........なんか意味合いが違いませんでしたか?今」
「冗談よん。流石に私の好みじゃないわん」
「逆に言えば、仲間でなければこういう対応も迷いなくやると。私達の気を引き締めさせると同時に、私たちに安心感を与えてくれるとは
「アリカとリーズヘルト先輩が懐く訳です。この光景を見たら、私の両親も安心してくれるかもしれませんね」
否。グレイは単純にイライラが収まらずキレているだけである。
が、いつものように肥大化したグレイへの期待と評価が、何をどうやってもプラスに働いてしまう。
これは、ある種の宗教なのだ。行き場を亡くしたもの達を拾い上げ、絶対的な庇護下の元で自分のあり方を見せつける。
本人にその気がなかったとしても、周囲がそう捉えれば真実となってしまう。
悲しいことに、これが人の在り方であった。
恐怖による圧政ではなく、飴を与え続け洗脳する。
グレイは無意識の内に、かつて両親から教わった人心掌握術を使ってしまっているのである。
「アリカ、なにか実験したい薬とかあるか?」
「んー、あるにはあるが、人に使う想定をしていない。好きにしていいぞ」
「そうか。なら、後はイエス・キリストのように十字架に貼り付けるか。まだイライラするが、その不満は本部の連中をぶっ殺して発散しよう」
これだけやってまだ怒っているのか。
ミルラはそう思ってしまうが、それだけ仲間たちの事を思っていると考えると少しだけ嬉しくなってしまう。
まだ組織に来て二ヶ月近く。彼女の脳は既にグレイによる洗脳が施されているのであった。
そして、このテロ制圧はUSA世論を大きく動かす。そう。
【アンクル・サム】
アメリカ合衆国政府を擬人化したキャラクター。また、一般的にアメリカ自体をさすこともある。この物語では単純にアメリカとかUSAとか書くとかっこよくないので、ルビで“
あー、まだイライラする。
折角みんなが楽しんでいた夢の国を滅茶苦茶にされた俺は、気が済むまで幹部たちを拷問に掛けたが、それでも俺の怒りが収まることがなかった。
やっぱり、本部もぶっ潰して幹部連中だけでいいからその家族諸共皆殺しにしないと気が収まらない。
俺もグダニスクの思考に染っている気がする。この世界に来る前ならば、相手を社会的に殺すだけで勘弁してやったはずなのに今では物理的に殺したいと思うとは。
人の慣れって怖いな。こんな俺を作りあげた親父とお袋は、子育てに失敗してるよ。
“やるからには徹底的にやれ。復讐したければ、相手の息の根を止めろ”と教えられてきたんだし、俺は教えを守ってるだけだからへーきへーき。
お袋からこっそり聞いた話では、昔親父が働いていた大学教授の同僚が親父の研究結果を盗み出して自分の手柄にしたことがあり、それを知った親父がありとあらゆる手で社会的に潰したとかあるからな。
何をやったのかは知らないが、少なくとも前科持ちにはなったんだとか。
一体何をしたんだ親父。
そんな親父に育てられたら、そりゃこうなるよね。と、俺はいい訳にもならない言い訳をしながら何故か滅茶苦茶機嫌のいいリィズの下顎を撫でる。
ホワイトクランのクソッタレ共を全部始末した後から、何故か部下達がニッコニコで機嫌がいいのだ。
なんだろう。ようやくマフィアらしいことが出来て嬉しいのかな?
特にリィズとアリカは機嫌がいいし、今もリィズは俺にベッタリとくっついて離れない。
可愛いからいいけど、ちょっと暑いぞ。
「次はどうするんだボス」
「決まってんだろ。カルフォルニア州に散らばる差別主義者共を間引く。世界平和が俺達が守ってやろう」
「了解。だが、俺達だけだと時間がかかるぞ?」
「分かってる。だから、神のお導きによって知り合った出会いは大切にしないとな」
俺はそう言うと、5日ほど前に連絡先を交換したブルトニーに電話をかける。
今頃はテレビが中継を流していることだろう。彼も俺がディズニーに行っていることは知っているし、話が早いかもしれん。
「
『今それどころじゃないんだが........大丈夫か?夢の国が血の国に変わっちまったらしいぞ?アンタら、少し前に行くとか言ってたよな?』
「よく覚えているな。その通りだ。そしてガッツリ巻き込まれて、今神の子を天へと送ってやったところだ。ビッグサンダーマウンテン当たりを見に来れば、磔にされたイエス・キリストのレプリカが見られるぞ。新たな観光地だ」
『要らねぇよそんな観光地。と言うか、神の子を天へと送ったって........まさか、やり合ったのか?』
「今頃白装束の連中は自分身体を赤黒く染めて天へと登り、地獄へ叩き落とされている頃だ。そんな話はどうでもいい。ブルトニー、お前、ブラックソードの中ではどのぐらい偉い?」
『一応幹部だ』
「ならそれなりの権限を持っているだろ?今から資料を送ってやる。全組織動かしてぶっ殺してきてくれ。俺達は本部を潰す」
『ちょ、ちょっと待て!!話が見えない!!もっと噛み砕いてくれ!!』
なんだよ要領が悪いな。せっかく二大巨頭であった白と黒がハッキリする時が来たってのに。
おれは簡単な経緯を説明し、ブラックソードが手を貸してくれればカルフォルニア州はお前たちの物だと伝える。
『なるほど。そんな事が』
「そういう訳だ。敗走が決まった鹿を狩るだけで、カルフォルニア州はお前達のもんだ。別に黒人至上主義の国を作ろうとしている訳でもないなら、俺達が手伝ってやるぞ。ただし、本部の連中と家族は俺たちが殺す」
『確か、あそこは本部に多くの家族が住んでたな。なるほど。了解した。今すぐにボスへと伝えて組員を動かそう。もちろん、見せしめのために家族諸共殺してやるさ』
彼らもホワイトクランはかなり疎ましく思っている。そこを着いてやれば、あら不思議。簡単に動いてくれるのだ。
これで味方が増えた。しかも、相当巨大な組織が動いてくれるおかげであっという間に事が片付きそうだな。
しかも、資料提供により恩まで押し付けられる。彼らは今後、俺達に借りが1つある状態となるのだ。
これでカルフォルニア州で動きやすくなる。ついでに言えば、人目もかなり避けられるだろう。
今日は頭が良く回る。適度なイラつきは人の頭を活性化させてくれるのか?
今度からキレキャラで行くか。
「これでよし。ジルハード、車を飛ばせ。今日中に蹴りを付けるぞ」
「恐ろしいったらありゃしねぇ。サラッとブラックソードにまで恩を押し売りやがって。これで実質カルフォルニア州を手元に置いたようなもんだぞ」
「言い過ぎだ。ほら、早く行くぞ。まだちょっとイライラしてるしな」
「怖いねぇ」
ジルハードはそう言うと、強くアクセルを踏み込んでホワイトクランの本部があるロサンゼルスことあるビルへと向かう。
カジノ街からはかなり遠いし、これなら派手に暴れても良さそうだな。もうビルごと爆破するか?
いや、流石にやめておくか。9.11の再来になっても困るし。
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