ニーズヘッグ討伐


 先手を取ったのは世界樹同盟軍。しかし、その渾身の一撃も虚しく神と騙られるニーズヘッグの前ではほぼ意味を成さない。


 多くのものが死す。そう錯覚させるほどのエネルギーを秘めたその瞬間、神すらも殺す本来この世界に存在してはならない何かの咆哮によって世界は止まった。


 神と呼ばれていようとも所詮はただの生物。生き物である以上ニーズヘッグも死の恐怖からは逃れられない。


 味方すら巻き込みニーズヘッグの破壊を止め、挙句の果てにはテロリスト集団が潜伏していたことすら見抜いたグレイの手腕に、その場にいた誰もが敬意を持った。


 これは、神殺しの英雄だと。これが世界を救う死の王なのだと。


 死が蔓延する世界の中、動けたのはたった2人。


 僅か数分で警戒するべき相手であった根喰いヘッグを殲滅したリーズヘルト・グリニアは、万にも迫る大量の蜂達を従えて戦場へ舞い戻る。


「さすがグレイちゃん!!既にあのテロリスト共がどう動くのかを把握していたんだね!!」

「んなわけないだろ。偶然だよ偶然。それよりも、そろそろピギーを解除するから戦闘準備に入ってくれ。あまり長い時間嘆き続けると、本当に心臓発作を起こして死にそうなやつが出てくるからな」

「分かった」

「それと、よくやってくれたぞ。リィズ。頑張ってピギーの圧になれる訓練をしておいてよかったな」

「........うん!!」


 リーズヘルトはかつてアリス機関に所属していた過去がある。あそこでは任務を成功させようが何をしようが褒められることは無かった。


 唯一自分のことを可愛がってくれていた木偶情報屋はよく褒めてくれていたが、中身は人でも側は人形。


 人の温かみを感じることはない。


 しかし、自分が最も愛するグレイは違う。今もこうして、褒めてくれるだけではなく優しく頭を撫でてくれるのだから。


 グレイの方が身長が小さいので様にはならないが、それでもリーズヘルトからすれば最も欲していた温もりである。


「ピギーを解除した瞬間に動きを止めてみるが、多分無理だ。後はみんなに任せるぞ」

「ふー........私も頑張るよ」

「おう。期待しているが、死ぬんじゃないぞ?もし死んだらこの世界そのものをぶっ壊して俺も死ぬからな。ピギー、お疲れ様」

「ピギッ!!」


 グレイはそう言いつつピギーを解除。


 それと同時にリーズヘルトは走り始め、大量の蜂達をニーズヘッグに向かわせる。


 死の世界が解除された瞬間、ニーズヘッグはグレイをこの場にいる最も危険な存在として認識し攻撃を仕掛けようとするものの、それをグレイ本人が許すはずもない。


 グレイはパイプ爆弾を括り付けたワイヤーを飛ばして、ニーズヘッグの目元で爆発させる事で一瞬だけ動きを封じた。


 人を殺す事が出来ない極小の砂粒1つでも、人の目に入れば激痛が走る。


 それはニーズヘッグも同様であり、ニーズヘッグは反射的に目を瞑って顔を背ける。


 そして、その間に空へと飛び上がりニーズヘッグに接近したリーズヘルトは、今出せる限界の力でニーズヘッグの顔を蹴り上げた。


「オラァ!!死ねや蛇もどきが!!」


 顔だけで100m近くもあるニーズヘッグ。しかし、普通の人間では無いリーズヘルトの常識外れな一撃はその巨大な体格をも吹き飛ばす。


 たった一撃で顎をはね上げたリーズヘルトを見た者達は、ここに来てようやく自分達が何をするべきなのかを思い出して攻撃を再開し始めた。


 空を飛ぶニーズヘッグに向かってエルフ達は矢を放ち、ダークエルフ達は剣を掲げながら少しでもダメージを与えようと走り始める。


 ドワーフ達は先程のニーズヘッグのエネルギーを見てそれに耐えられるだけの防護壁を作り始め、タイタン達も強大な龍へと勇敢に立ち向かう。


 その光景は正しく神話の世界。最終戦争ラグナロクを告げる龍に対して死刑の宣告を下す者達による、世界の命運を掛けた戦いであった。


「あー、死ぬかと思った。ボス。やるならやると言ってくれ。その内マジで驚いて死ぬぞ」

「もしそれで死んだら、ダーウィン賞はお前のものだぜジルハード。ほら、テロリスト共はウチの狂犬ちゃんが片付けたんだから、さっさと行ってこい」

「馬鹿言えあんな高い場所にいるやつをどうやって攻撃するんだよ。俺じゃ無理だ。大人しく観戦だな」

「あの........テロリスト共を全て始末されたら俺の出番ないんすけど」

「その手に待った銃でも乱射してろよ。玩具の銃トイガンじゃないんだから、少しは足しになるだろ」

「なりませんよ主人マスター。援護射撃をしている私の武装がまるで通じていません。一応、私が用意できる最高の武装なんですけどね........」

「........んんん?なんかミサイル飛ばしてない?ミサイルだよね?それ」

「魔発弾道ミサイルです。従来のミサイルに魔力的攻撃力を乗せたものなのですが........当たってもまるで手応えがありませんよ。まだ先に向かったリーズヘルト先輩達の一撃の方が火力が出ているように見えますね。ほら、ゴロウさんとか地上から斬撃を飛ばしたてますよ」


 どうやったらただ剣を振るだけで斬撃が飛ばせるというのか。しかも、そこら辺のエルフがはなつ魔法よりも効果がありそうに見えるのだから、上泉吾郎という人間が如何に規格外の存在なのかがよく分かる。


 そして、それを近くで見ていたダークエルフ達も“こいつおかしくね?”という目で見ながら近くにあった世界樹を素早く登り、ニーズヘッグの背中の上に乗る。


 凄まじい大きさのニーズヘッグの上に乗るのは容易く、ダークエルフ達が次々に剣を突き刺すものの硬い鱗に弾かれて全く剣が通らない。


 そうしている間にニーズヘッグは何とか攻撃の準備を済ませると、最も危険な男に向かって全力で突っ込んだ。


 エネルギー砲はあの訳の分からない存在に止められてしまう。ならば、その体ごと落ちれば物理的なダメージは免れない。


 各種族達が決死の攻撃を仕掛ける中で、ニーズヘッグはたった一人の男を殺すためだけに全身全霊のいちげきを繰り出そうとしていたのだ。


「gyraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

「っ........!!止まらない!!ローズ!!」

「もう何度も殴っているわよん!!でも、こいつ硬すぎるわん!!衝撃が内部へ浸透しても、体が大きすぎて威力が分散されちゃうのよん!!」


 いつの間にかニーズヘッグに張り付いていたローズと全力で攻撃を仕掛けるリーズヘルトだが、ニーズヘッグは止まらない。


 巨大な口が迫り来る中、史上最悪のテロリストにして世界の救世主たるグレイは呑気にタバコに火をつけていた。


「ピギー、アレ止めれる?........あぁ、魔力とか生命エネルギーじゃなくて物理的なエネルギーだから厳しいのか。んじゃ無理だな」

「ちょ、ボス?!タバコに火をつけてないで逃げますよ!!私の天使達でもあれは守れませんって!!」

「まぁまぁそう汗んなミルラ。ピンチの時こそ冷静に。神はいつだって冷静なやつに微笑むものさ。俺を狙って降りてきたな?本能に生きるただの蛇が。空を失った蛇がどうなるかなんざ、ガキでもわかるだろうよ」


 グレイを丸呑みにしようと口を開いたニーズヘッグ。しかし、その口がグレイを飲み込むことは無い。


 何故ならば、空という武器を手放したただの爬虫類を人が見逃すはずも無いのだから。


 ドガァァァァァァァァン!!と鼓膜を突き破るような爆発的な音とともに、ニーズヘッグが吹き飛ぶ。


 そして、黒い影が通り過ぎた瞬間ニーズヘッグの片目は潰され、更には白い矢が鱗を突破って突き刺さり、その矢を金槌で押し込むかのように追撃の一撃が飛んでくる。


 ニーズヘッグの上に乗っていたもの達は吹き飛ばされてしまったものの、何とか食う中で体制を整えて地面に着地。


 今とのとこ、怪我人は出ていても死者は出していなかった。


「gyraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa?!」

「ようやく降りてきたな邪神よ。今のはいい一撃が入ったぞ」

「片目は潰した。グレイ殿がニーズヘッグの気を引いてくれたお陰で潜伏しやすかったな」

「久々に矢を射たが、どうやら体の調子がいいらいしい。矢がしっかりと刺さったな」

「大工で培って来た釘打ちがこんなところで役に立つとはな!!人生とは何があるのか分からんものだ」


 グレイを助けたのは各国の王。


 彼らはその時が来るまでじっと待っていたのだ。最高の一撃を叩き込み、ニーズヘッグの牙をへし折るその瞬間を。


 ニーズヘッグが最も危険な存在だと認識していたが、それ以外にも警戒するべき相手は多く存在している。


 その中でも極めて強い力を持つ王達(1人は議長)。


 彼らはグレイの詐欺に引っかかってしまっているが、実力は本物なのだ。


「おうおう、ボスにいいようにやられた王達が勢揃いだ。ボスはこれが分かっていたのか?」

「真横からドシドシと走ってくる巨大なオッサンを見たらいやでも気づくさ。ほら、態々地上にご降臨なされた神様だぞ。俺達なりに丁重におもてなししてやろうじゃないか。BGMは発砲音。客に出す茶は奴の血だ」

「ったく、行ってくるかぁ!!」

「援護はしますが、期待はしないでくださいね」

「私も動きを少しは封じてやろう。使い物になるかは分からんがな」

「お、俺も援護するっす!!」

「ワイヤーってこの巨体を止められんのかな?」


 地へと落ちた神がどのような結末を辿るのかは、多くの話に書かれている。


 地に落ちた神は人々の手によって滅ぼされるか、さらなる地獄に落ちるかの二択しか存在しない。


 そして、運の悪いことにニーズヘッグはそのどちらも選んでしまった。


 人々の手によって滅され、死したあともさらなる地獄へと落ちることになるだろう。


「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「エルフ共の流れ弾に当たるなよ!!やつを殺せぇぇぇ!!」

「叩き潰せ!!邪神を再び空へと上げさせるな!!」

「頭を抑えろ!!無理矢理にでも殴りつけて指一本たりとも動かさせるな!!」


 その場にいたもの達誰もが理解していた。ここで逃したら次は無いと。


 ここで仕留めなければ、敗北するのは自分達だと。


 誰もが自分達の持ちうる全てを使い、ニーズヘッグをリンチにしていく。


 そして、暴れるニーズヘッグを地上に押しとどめる中、やはりこの男はこういう時に持っていた。


「なぁミルラ。あのクソでかいアナコンダにグレネードって効くと思うか?」

「こんな状況でよく呑気なことを言えますね」

「いや、だって俺はやることないし。ワイヤーを巻き付けて地面を飛ばさせないようにはしているけど、気休めにもなりゃしねぇ。ずっと具現化しては身体を押さえつけさせているはずなんだけど、少し暴れたらあっという間にちぎれちまう。で、グレネードって効くと思う?」

「やってみたらいいじゃないですか。幸い、この戦場にその爆破物一つで死ぬような人はいませんよ。レミヤさんがバカスカ撃ち込んでいるのな誰一人として被害が出ていませんし」

「それもそうだな。んじゃ、適当に投げてみるか。少しは足しになるだろ」


 グレイはそう言うと、ワイヤーにグレネードを括り付けてピンを抜く。


 ニーズヘッグとの距離はかなりあるので、それなりに本気で投げなければ届かない。


 グレイはグレネードを括り付けたワイヤーを本気で振り回しながら投げ飛ばすと、最も飛距離が出るタイミングでワイヤーを消す。


 そうして空を待ったグレネードは、偶々鼻から息を吸ったニーズヘッグに入り、そのまま喉を通って食堂を流れていく。


 そして、最も食堂から心臓部に近い場所でグレネードが炸裂。


 普段のニーズヘッグであれば、小骨を飲み込んで喉に詰まらせてしまった程度の痛みで済んだだろう。


 世界樹の根を食らう邪神がこの程度の一撃を耐えられないわけが無い。


 しかし、とにかくニーズヘッグは運が悪かった。


 最も生命力を感じる場所ということで、心臓部周辺に張り付き気功術を使いながら内部へと攻撃を繰り返していたローズによって肉が柔らかくなっていた事、普段無意識に喉の保護のために覆っていた魔力を今回は全て体外の防御に使っていたこと、そして何より、グレネードの炸裂した破片が最も抵抗の弱い場所に入り込んでしまったことと、息を吸うタイミングでグレネードが投げ込まれたこと。


 どれか1つでも掛けていれば成功しなかったその一撃は、無意味に終わっただろう。


 しかし、天文学的数値すらも操る豪運によって、ニーズヘッグの心臓部に小さな穴を開けたのだ。


 そして、その小さな穴は血液を押し出す圧力に耐えきれず張り裂けていく。


 ニーズヘッグも所詮は生物。最も弱点となる心臓部に直接的な傷が出来れば、自ら崩壊していくのが運命なのだ。


「gr........」


 ごぽっ!!と大量の血を吐き出し、急に動かなくなるニーズヘッグ。


 そして、後ろで援護していたもの達の多くは必死に攻撃しながらも見た。


 人間の王の放った一撃がニーズヘッグを殺したのだと。


「........あれ?なんか死んでね?」

「ボスは相変わらず私達の予測を超えていきますね。さすがです」

「うん?」


 何が起きたのか分からず首を傾げるグレイと、一部始終を見て何があったのかを何となく察したミルラ。


 その後、邪神にトドメを指した死の王として多くの人々に語り継がれるのだが、それはもっと先のお話。


 こうして、何気なく投げた一投が、世界を救う事になったのであった。

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