世界樹下層


 世界樹同盟が結ばれてから一週間後、それぞれの種族ができる限りの戦力を持ってして世界樹の下層へと集まっていた。


 わずか一週間で戦う準備を済ませることが出来るとは、この世界の人々はここぞと言う時の団結力がすごいのかもしれない。


 兵士の徴収に食料等の準備。更には国家の防衛までしっかりと済ませて来ているのだから、やはり王達は普通に優秀なのだろう。


 絶対的な命令権を持つ王の采配で国の行く末は決まる。ドワーフの国は議員制なので少々時間がかかるかもしれないと思っていたが、彼らまでほぼ完璧に物資や兵士を集めてきているのだから驚きだ。


 それだけ、技術の進歩に心を打たれたのか、それとも根喰いヘッグ及びニーズヘッグの討伐に危機感を持っていたのか。


 理由は分からないが、ともかく有事の際は凄まじい判断力と行動力を持っていることが分かる。


 おれが居た頃の日本とはえらい違いだな。“検討に検討を重ね”とかほざいているジジィ共も見習って欲しいぐらいには。


 この世界には絶対的な上位の存在が居るし、ドワーフ達は金よりも技術を欲する。


 見た感じ腐敗した政治も行ってなければ、多くの人々が自国のことをしっかりと考えているからこそやる時はやるのだろう。


 共に戦う仲間としては、頼もしいねぇ。


「凄まじい数だな。マフィアの抗争でも持つ少し慎みを持つぞ。合計で何人ぐらいいるんだ?」

「エルフが約12000。ドワーフが約11000。ダークエルフが約17000。タイタンが約10000だ。全部合わせりゃ約50000人もの兵士たちが集まってる。ニーズヘッグと戦っている時に本国を攻撃されて帰る場所がなくなったら困るから、戦える兵士の半数を持ってきたって感じだな。ダークエルフだけは自国の掃除が終わったからなのか、六割近くの兵士を動員してる。ちょっとした小国の軍隊レベルで兵士が集まっていると考えると、今からやるのはガチの戦争なんだなって思うよ」

「で、人間がたった九人という訳か........なんか少し申し訳なくなってきたな。と言うか、最初はこれだけの数のエルフ達を相手にしようとしていたって事だよな?どうやっても正面からじゃ勝てねぇだろこれ」

「正確にはこの倍だ。そりゃ爺さんが数人引連れて暴れたとしても勝ち目が無いだろうよ。幾らこの世界では個が軍を圧倒する場合があるとは言えど限度がある。最低でもAランクハンター以上の実力を持っているエルフ二万人相手にひとりで立ち向かって勝てたら、そいつは最早人間じゃねぇ。化け物だ」

「コマンドーのようにたった一人で軍を相手に出来るやつなんざいないもんな。映画の世界だってもう少しリアリティーを求めるってもんだ」


 下層に集まった兵士達は総勢約5万人。


 五個師団に相当するこの数の人々が、いまから邪神ニーズヘッグの討伐と根喰いの殲滅に向かう。


 それぞれの軍の七割近くがニーズヘッグとの戦いに挑み、残りは根喰い達を殲滅。


 エルフが遠距離攻撃でタイタンが近接。ダークエルフが奇襲を仕掛け、ドワーフは全体のサポート。


 そんな簡単な役割分担が決められており、基本は四人一チームで戦うことになっている。


 数の関係上もう少し増えるだろうが、やることは変わらないな。


 そして俺達人間は状況次第で上手く立ち回るように言われていた。“グレイ殿は好きなように動いてもらいたい”との事だったので、本当に好き勝手にやらせてもらうとしよう。


 人間の強さを見せてやるよ........もちろん、俺じゃなくて仲間がな!!


 そんな訳である程度のことは決まっているのだが、幾つか問題もあったりする。


 かなり急いで部隊を編成し、動いている為に相手の場所がよく分かっていないのだ。


 ニーズヘッグは大体の予想が付いているらしいが、根喰い達の拠点は何処にあるのかが分からないと言う。


 少なくとも、この世界樹の下層に位置していることは分かっているらしいが........詳しい場所までは分からないそうな。


 行き当たりばったり過ぎない?まぁ、大体の予想は着くけどさ。


 下層には3つの世界が存在しており、死と霧に覆われた凍てつく大地と燃え盛る業火の世界、そして死と霧に覆われていない凍てつく大地が存在している。


 呼称はないが恐らく“ヘルヘイム”“ムスペルヘイム”“ニヴルヘイム”の3つのことを言っているのだろう。


 ものによってはヘルヘイムとニヴルヘイムは同一視されることがあるが、どうやらこの世界では違う世界として認識されているらしく、下層には3つの世界があると書かれていた。


 そして、ニーズヘッグがいるのは凍てつく大地のニヴルヘイム。


 ムスペルヘイムは生命が生きることが難しいとまで言われる程に過酷な環境であり、エルフやドワーフたちも例外ではない。


 そして死と霧の世界“ヘルヘイム”は、あまりの霧の濃さに真っ直ぐあることすら出来ないとされている。


 そんな中に拠点を立てて道に迷いましたとか言うテロリストがいたら、そいつはきっとドリフ出身だ。


 となると、彼らもニーズヘッグと同じニヴルヘイムに居ることになる。


 凍てつく大地の中で唯一食物が育つ地があるらしいので、ほぼ間違いなくそこにいるだろう。


 確定している訳では無いから、分からないとしているが。


 ちなみに、俺達が今居るのもニヴルヘイムだ。ほかの二つの国はどうやっても人が生存できる場所ではない。


「じゃ、行くか。世界樹の根を喰らうニーズヘッグを討伐しに」

「私達で倒せるかな?まぁ、倒すんだけど、最悪アレを使えばなんとでもなりそうだし」

「フォッフォッフォ。久びさに本気で刀を振るうかのぉ。世界樹ごと切っても怒られぬよな?」

「人の武がどこまで通用するのかを確かめるときが来たわん。こんな機会が来るなんて、ボスに着いてきてよかったわねん」

「私は援護と護衛に回ります。主人マスターに万が一の事があれば、この戦いは敗北です。」

「私も護衛に回ります。天使達では護衛が限界なので」

「回復薬は死ぬほど作ったから、何かあれば言ってくれ。大抵の傷は治せるぞ」

「俺、一番いらない子じゃ........ま、まぁ、頑張るっす」

「安心しろレイズ。俺も同じ気持ちだ。まぁ、俺らはテロリスト共の相手だな。ニーズヘッグとか言う神に抗うのは、俺たちの役目じゃない」

「ナー!!」

(ポヨン!!)

『ピギー!!』


 仲間達もやる気満々であり、多少の緊張こそしているもののそこに不安はない。


 頼もしい限りだ。お前達に出会えてよかったと思っているよ。


 残念なことに、そのボスはどうせ何も出来ないが。


 どこまで行っても俺は逃げることしか出来ないし、ピギーに頑張って貰うとしよう。


 というか、俺の持ちうる攻撃手段がピギーの嘆きしかない。


 広範囲強制スタンの力を見せてやれ!!


 俺はタバコに火をつけると、どうせ使い物にはならないものの用意したパイプ爆弾の本数を確認してから凍てつく大地“ニヴルヘイム”を歩き始めるのであった。


 このエルフの森のダンジョン最後の戦いだ。どうせ俺はそこら辺の草にも劣るんだし、生き残ることだけを考えながら頑張るとしよう。




【世界樹下層】

 世界樹の下層には3つの世界が存在しており、呼称こそ無いものの“ムスペルヘイム”“ヘルヘイム”“ニヴルヘイム”に似た世界が存在している。

 滅多に誰かが来ることは無いが、ムスペルヘイムだけはドワーフが稀に訪れることがあり、灼熱の炎を取りに来ることがある。

 ちなみに、ニヴルヘイム以外は人(エルフ達も含む)の生存が不可能と言われているほどであり、ニヴルヘイムもごく一部の小さな場所でしか人が生きることは出来ない。




 薄暗い世界を行軍していく5万の軍勢。


 その速度は軍隊としては凄まじく早く、タイタンの言う種族が如何に優れているのかを表していた。


 人が増えればそれだけ進む速さは遅くなる。しかし、それは人間の話でありこの世界に住むもの達にも適応されるとは限らない。


 何故ならば、こちらにはタイタンとか言う乗り物があるからだ。


 歩くのが早いやつに乗せてもらえば、俺達は楽をしながら先へと進めるのである。


 タイタンタクシー最高!!お金とってもいいレベルだよコレ。


「グレイ殿。おそらく邪神ニーズヘッグはこの場所にいると思われる。兵士達の体力も考えると、明日戦闘になると思うがどう考える?」

「いいんじゃないですかね?兵士の運用法などは分かりませんので、各国の王にお任せしますよ」

「休むこともまた戦い。アバートも偶にはマトモなことを言うんだな」

「うるさいぞカルマ。この世界で1番最後に戦争したのは我々だからな。その知識と経験は語り継がれているのだ」

「その知識と経験の下に、グレイ殿の同胞達の死体が転がってなきゃ手放し褒めてやれたがな。グレイ殿がいる隣でその発言は配慮が足らないんじゃないか?」

「アッハッハ!!あいにく500年前の先祖の事を“同胞”と思うほど人は賢くないんでね。そこまで配慮しなくていいよ。戦争なんて、始めた時点で正義も悪もありゃしないから........あぁ、あの爺さんにだけは配慮してくれ。彼は500年前の戦争の生き残りだしな」


 俺はそう言いながら、他のタイタンに乗る吾郎爺さんを指さす。


 彼はこの世界で唯一、エルフとの戦争で失った人々を“同胞”と呼ぶ権利がある。


 何せ、本当に共に戦い、国を守ろうとした偉大なる先祖だからね。


「........500年もの間生きてきたのか?人類というのは寿命が短いと聞いたが........」

「なんか、戦争していた時に湖に落っこちたらしいね。そしたら、不老の体を手に入れたのだとか」

「湖?まさか、三種の泉のどれかに落ちたのか?!」


 あぁ、やっぱりこの世界にもあるんだね。


 世界樹ユグドラシルの話では幾つかの逸話があるが、その中には泉の話もある。


 世界樹ユグドラシルの根の下にある三つの泉“フヴェルゲルミル”“ミーミルの泉”“ウルズの泉”が神話の世界で語られていた。


 この世界が世界樹をモチーフに作りている世界だと判明したその時に、なんとなく推測はしていたがおそらく間違っては無いのだろう。


 どの湖に落ちたのかは知らないが、どの湖も凄まじい力を持っているのは知っている。


「泉に落ちて生きている者など初めて見た。どれも世界樹様によって作られたものではあるが、あまりにも力が強すぎて一滴でも口に含めば我々のような生命では耐えられずに死ぬとされているのに........」

「道理で強いわけだ。あの泉に入った者は万能なる力を手に入れるとされているしな」

「確か、タイタンの始祖は泉を一口飲んで王へとなったという言い伝えがあったなぁ。その辺はどうなんだ?」

「言い伝えではそうなっていますが、事実かどうかは分かり兼ねるな。ただ、始祖様は全知全能の知識を持っていたとされている。予言書を残し、そこに書かれていることは全て的中させていたとも」

「この事は予言に書いてあったのかい?」

「全く。と言うよりも、エルフが人類と戦争を始める前までしか予言がない。始祖様と言えど、グレイ殿の来訪は予言できなかったのかもしれんな」


 巨人の始祖........泉を飲んだと言えばオーディンか?


 でも、あれって神だったし巨人ではなかったような。となると、ミーミルか?泉の所有者であり、巨人とされていた記憶があるぞ。


 しまったな。神話の話とか割とふわふわで覚えているから、しっかりとした推測が立てられない。


 帰ったら少し勉強しておくか。五大ダンジョンの1つ“黙示録”とか間違いなく神話がモチーフだしな。


「そう言えば、ニーズヘッグがいるとされているのも泉の近くだったな。グレイ殿、間違っても入るなよ?アレは生者が入っていいものでは無い。水に殺されたい趣味でもなければ、泉には触れない事だ」

「勿論そんなことはいないですよ。俺も命は惜しいんでね」

「........なぁ、少し思ったんだが普段通りに話してくれていいぞ?その微妙な敬語はやめてくれよ。共に戦う仲じゃないか」

「そうだな。先程少しだけ砕けた話し方をしていたが、それ他の方が好ましいな。普段通り話して欲しいものだ」

「対等な王。敬語は不要」

「あれ?儂、王じゃないから対等じゃなくね?」

「じゃぁ、お前だけ敬語だな。王と名乗らなかった自分を恨むといい」

「いや無理だって。ドワーフは議会制の国なんだから。王なんて名乗ったら、その日のうちに革命が起こるよ」

「くははははははっ!!それはそうかもしれんな!!」


 共通の敵が現れると人は敵味方問わず団結するとは言うが、どこの世界でもその理論は変わらないらしい。


 俺は、王でないことを弄られるデリックスを見て、タバコの煙を吐き出しながら笑うのであった。

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