英雄の始まり


 ピギーを鳴かせてしまいエルフの国中に死をばらまいてしまったが、結果としていい方向に転がってくれたっぽいのです取り敢えず良しとしよう。


 エルフの王の周りに転がる呪殺用の道具を拾い上げて見てみると、そこには複雑な魔法陣が刻まれていた。


 この魔法陣がエルフの王を苦しめていたのかな。王を暗殺しようと目論むとはとんでもない連中がエルフの国にも居たものだ。


 完全にテロリストじゃん。怖っ、近寄らんとこ。


「お?おぉ、急に身体が軽くなったぞ!!死を感じたかと思えば、生き返ったのか!!」


 呪いが解かれた為か、急に顔色が良くなったアバート王は元気そうに自分の体を見つめる。


 下手をしたら相手を殺しうるレベルの絶叫を聞かせてしまったが、どうやら不問にされそうだな。


 良かった。不敬罪で死刑とか言われたらドンパチが始まるところだったぜ。


「グレイお兄ちゃん。やるならやると言ってくれ........三途の川の向こうで、優しかったおばあちゃんの姿が見えたぞ」

「悪い悪い。ピギーがやる気だったから任せちゃったんだよ。ピギーも反省してるから許してくれ。ずっと凹んでるから」

『........ピギ』

「あ、いや、べつにピギーを責めているわけじゃないからな。失敗は誰にでもあるし仕方がないよ。それに、こうして王の治療も終えれた。私の出番は無かったな」


 初めての出番で張り切りすぎてしまったピギー。しかし、あまりにも力の制御をしなかったが為に周囲まで怖がらせてしまった。


 俺の傍に控えるピギーは今までに無いほど落ち込んでおり、どうやって慰めてやればいいのか分からないほどである。


 俺の言葉から、ピギーが本気で凹んでいるのを察したアリカは、慌ててピギーをフォローした。


「ほら、ピギーのお陰で王の呪いも解けた。お手柄だよ」

「そうだな。ピギーが鳴かなければ、これだけの呪いを無力化できることは無かったんだから元気を出してくれ。お手柄だぞ?」

『ピギ?』

「そうそう。俺を守ってくれたし、ピギーは自分の仕事をしてくれたよ。偉いぞ。後でいっぱい構ってやろう。リィズと一緒にな」

『ピギー!!』


“偉いぞ”と褒めてあげると、あっという間に機嫌を治すピギー。


 単純なヤツだな。でも、ピギーのお陰で俺と王の命が助かったのは事実。偶々影の中が揺らいだのが見えたから手を出してみたが、結果的には上手くいったようで何よりだ。


「まさか呪殺を試みる勢力が存在していたとは........流石はボスですね。一目見てそれを見抜くとは恐れ入ります」

「いや、さすがに呪いが掛けられているとは思ってなかったから。偶々だよ偶々」

「はい。分かっていますよ。ダンジョンの入口から遠い場所に降りたら都合よく改革派のエルフ達と出会い、その村長が長老と呼ばれる偉いエルフで難なくダンジョンの中に入れたり、エルフの王に謁見し借りを押し付けたのも全てですものね。わかっていますとも。えぇ」


 絶対わかってねぇ。途中から棒読みだったぞ。


 顔に書いてあるよ“また謙遜して自分の評価を下げようとしている”って。


 レミヤちゃん?その無駄に高性能なAIは飾りか?


 どんな計算をしたら、この偶然を俺の計画と言い張れるのやら。


 エルフに派閥があるとか知らなかったし、ノース村長がお偉いさんだと言うのも知らなかったのに。


 ウチのファミリーはボスを過大評価し過ぎだ。もう少し客観的に物事を見ようぜ。


「心臓が止まるかと思ったわん。初めて見た時もそうだけど、凄まじい圧力ねん。しかも、呪いすらも解除できるとは流石だわん。それを食らって平然としているグレイちゃんもねん」

「ピギーも褒められて喜んでるよ。あと、こう言うのは慣れだ。心を殺して慣れればどうにでもなるよ」


 慣れるのだけは早いからな。それを極めるとなると無理だけど。


 あと、言語も無理。アレだけはどうしても頭に入ってこないのだ。


「........普通、生き物としての本能を制御できる訳が無いんですけどね。ローズさん、あの人おかしくないですか?」

「大分おかしいわねん。でも、それが出来てしまうのが私達のボスよん。人としての本能すら理性で押し殺せるのは最早神の領域ねん」


 ミルラとローズが何やらボソボソと話しているが、俺はそれよりもアバート王の容態を確認する。


 顔色が元に戻り、かなり元気に見えるが念の為確認しておくべきである。


「アバート王。調子はいかがですか?」

「ありがとう命の恩人よ。身体が羽のように軽くなった。今なら天まで羽ばたけそうだ」

「辞めてください。それ、死にますよ。しかし、呪殺ですか。エルフの国も人間の国と変わらずこのようなことがあるのですね」

「お恥ずかしい限りだが、思考を持つ個体が存在する限り争いが止むことは無い。世界樹様の問題を解決するよりも先に、エルフの国の内部のことを解決せねばならぬとは、頭が痛い話しだ」


 そう言って頭を抱えるアバート王。


 病気かと思ったら暗殺されかけていたんだから、そりゃ頭も痛くなるわな。


 恐らく、彼はエルフの民を信用しすぎたのだろう。呪殺されるとは思っておらず、体調が悪くなったのを病気と勘違いした。


 俺は魔法の事はさっぱりなので、エルフの医師が王が呪われているかどうかを知っていたのかは分からない。先ずは、その医師から話を聞くのが先になりそうだ。


 と、ここでバン!!と扉が開かれる。


 部屋の前で王の護衛に当たっていた二人の兵士が、よくやくピギーの鳴き声から復帰して王の容態を見に来たのだ。


「陛下!!ご無事ですか?!」

「問題ない。それどころか、私の病気が治ったぞ」

「真でございますか?!」

「そこにいるグレイ殿には感謝だ。私の病気の原因をみつけ、あっという間に治療してしまった。彼は私の........いや、このエルフの国の恩人だよ」

「なんと........!!ありがとうございますグレイ殿。陛下の病を治していただいて感謝しかございません」

「ありがとうございます!!」


 ぺこりと頭を下げる2人の兵士。


 このタヌキエルフめ。早速犯人を炙り出そうとしているよ。


 呪いに使われた木の棒を素早く隠し、呪いのことは一言も言わず“病”という。


 彼は王だ。相手が嘘をついているのかどうかを見極める自信があるのだろう。先ずは、最も近くにいた存在をふるいにかける。


 実に強かな王様だ。ついさっきまで殺されかけていたと言うのにね。


 ちなみに、この2人は嘘をついていない。嘘つき特有のわざとらしさや、白々しさもなければ不自然さもない。


 目の動きが初めて見た時と変わらないし、声色も普通。彼らは本当に何も知らないんだろうな。


「いえ、偶々人間の知識が役に立っただけです。ですが、まだ王は完全な状態ではないので、外の人に言いふらすのは辞めてくださると助かります。ですよね?アバート王」

「うむ。病が治ったとは言えど、まだまだ安静の身。不用意に民を喜ばせて再び私が弱るようなことがあってはならないので、口は慎むように」

「「ハッ!!」」

「では、仕事に戻ってくれたまえ。このことはここにいるもの達だけの秘密だぞ?お主らを信用しているからこそ、話すのだ」


 嘘つけ。怪しんでいたから呪いの話をしなかったくせに。


 俺はそう思いながらも、口を出さず兵士たちが戻っていく様子を見届ける。


 2人の兵士は俺達に“ありがとうございます”と再びお礼を言うと、自分たちの仕事に戻った。


「どう見る?」

「彼らのことはよく知りませんが、少なくとも俺の目からは普通に喜んでいるように見えましたね。流石は王。切り替えが早い」

「フハハ。それを言うなら君もだろう?私のやりたいことを察して話を合わせたくせに。今のこの状況で信頼できるのはグレイ殿達のみだ。今日この場に来たばかりの君たち以外は現在信用出来ん。だから、1つ頼まれてくれないか?」

裏切り者ユダの捜索ですね。ですが、俺達も外から来た部外者。下手に動けば目立ちますよ」

「軽く調べるだけでいい。次いでに、王の客人を表すこの首飾りもくれてやろう。もし、何かあればそれを見せるだけであっという間にことが収まるぞ。この首飾りをした者を攻撃するという事は、王を攻撃するということだからな」


 それ、俺達も暗殺されませんかね?


 既に王が攻撃されているんですけど。


 俺はそんな不安を抱きながらも、取り敢えず人数分の首飾りを受け取り王の体力回復を待つことになったのであった。




【エルフの首飾り】

 客人を表す為に使われる首飾り。長老や王等、位の高い人達以外は持つのを禁じられており、エルフの国を訪れたエルフ以外の種族に一時的に貸し出される。嘲弄の場合は世界樹の葉を模した形であり、王の場合は世界樹そのもの。特別な魔法がかけられており、確認用の魔法を使うことで本物がどうかを判別することが出来る。




 呪いが解けたエルフの王アバートは、ベッドに寝転がりながら今日来た訪問者のことを考えていた。


 アバートも世界樹の異変には気付いており、どう対処すればいいのか悩んでいた。


 王という立場上ハッキリと公言こそしないが、彼は改革派よりの考えを持っている。


 この問題はエルフ達だけで解決できる問題では無い。少なくとも、ドワーフやタイタン達とも力を合わせる必要がある。


 人間との協力だって考えには入っていた。が、それは保守派を刺激するので却下していたのだ。


 しかし、今日自分の前に現れた一人の人間。王はパッと見冴えない男だと思いつつも、藁にもすがる思いで治療を許可。


 そして、あろう事か彼はエルフですら見抜けなかった呪いを見抜いて解呪してしまったのである。


 はっきり言って、これは異常だ。


 エルフですら察知できなかった呪い(おそらく隠蔽の魔法がかけられていた)というのももちろん、それを見抜くだけの洞察力と強引ながらもその呪いを解呪するだけの実力。


 何が起きたのは分からなかったが、彼は“死”を完全に操っていたのだ。


 呪いを強引に殺して解呪するなんて聞いた事がない。


「とんでもない人間にであったな。ノースめ。私を驚かして殺す気だったんだじゃないだろうな?」


 アバートが王になる前からの古くからの友人であり、兄のような存在であったノース。


 彼はエルフの権力争いに嫌気が差し、長老という立場を持ちながらもダンジョンの外で暮らすことを選択した変わり者だ。


 そんな変わり者な友人が連れてきた規格外の人間。これは、エルフにとって、否、この世界にとっての転換点かもしれない。


「私も覚悟を決める日が来たという訳か。新たに王が指名されなかったのは、あの人間に出会う為だったのですね世界樹様」


 外の世界から来た救世主。


 本人にその気が無いとしても、担ぎ上げられればその者は救世主として敬われるのが世の常。


「新たな英雄の始まりを、私は見たというわけか」


 アバートはそういうと、しばらくは自分の身体を本調子に戻さなければならないなと、思いゆっくりと目を閉じるのであった。








後書き。

ごめんなさい。昨日は更新していなかった訳ではなく、飛ばしてしまっていたお話を投稿してました。これで二回目だぞ私。

“保守派と改革派”が昨日更新したお話なので、読みたい方は是非お願いします。ほんと、すいませんでした。

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