マッドサイエンティスト


 周囲の安全確保を行い、簡単な野営地を作った翌日。


 俺は朝からテンションのクソ高いアリカを見て頭を抱えていた。


 普段は“お兄ちゃんお兄ちゃん”と言って本当の妹の様に可愛いあのアリカだが、表の社会に適合できずこちら側に流れてきたヤツである。


 俺の仲間になってしまっている時点で、彼女も良くも悪くもネジがぶっ飛んでいる部類であった。


「見て!!グレイお兄ちゃん!!この薬草滅茶苦茶毒性が強くて、液を抽出しただけで人を容易に殺せる毒薬になるぞ!!ついさっき私の体で試したが、実に面白かった!!三途の川が見えたよ!!」

「オーケー、アリカ。一旦クールになろう。クールの意味はわかるな?」

「興奮するって意味だろ!!あー!!本当に楽しい!!」

「あぁ、ダメだ。頭がお月様までぶっ飛んでやがる。おい誰かこの頭のイカれた科学者マッドサイエンティストを止めてくれ。俺じゃ無理だ」

「自分を被検体にするやつの奇行を止められるわけねぇだろ。ちょっと絡んだら俺達が実験動物ラットにされるぞ」


 今までに見たことが無い植物のオンパレードでテンションがクソ高いアリカ。


 サラッと死ぬ可能性のある毒物を自分に注入して効力を確かめている辺り、かなり頭のネジが緩んでしまっている。


 と言うか、容易に人を殺せる毒物を自分に使ってなんで生きてんのこの子。え?事前に中和薬を作って投与してた?凄いね。


「アリカ、凄く楽しそうだね。あんなにはしゃぐ姿は初めて見たかも」

「こうしてみると年相応の可愛い子供に見えなくもないが、内容が笑えないな。自分の体を実験に使うとかどうかしてるよホント........」

「私が変わりにやってあげてもいいんだけど、大抵の毒は私効かないからねぇ........アリカに色々な毒を作ってもらって飲んだけど、どれも意味なかったし」

「ごめん、その話も初耳なんだけど?」


 サラッと明かされる新情報に頭が混乱する俺。


 今なんて?


 アリカが毒を作ってそれをリィズが飲んでたって?


 ウチの組織はイカれたやつしか居ないのか?何奴も此奴も頭のネジがぶっ飛んでるのか?


 何から何までボスを困らせる部下たちに、最早呆れを通り越して何も思わなくなってきてしまった。


 もうアリカが楽しそうならそれでいいかな。みんな我が子を見るような優しい目でアリカを見てるしさ。


「この2つの薬草を混ぜると面白い反応が起きるんだな!!見て!!火を使ってないのに煙が上がり始めてるぞ!!」

「わー凄い(棒)。ところで可愛い可愛いアリカちゃん?その混ぜた薬草から火が上がり始めているように見えるのは俺の気のせいかな?」

「お!!本当だ!!やっぱりダンジョン産の薬草は面白いな!!とっても楽しいぞ!!」

「それは良かった。ところで、なんで更に火種を追加してんの?キャンプファイヤーをやるにはまだ時間が早いよ?」


 あはは!!と笑いながら、燃え上がる薬草を見て更に草木を追加していくアリカ。


 これは暫くアリカが使い物にならんな。


 まさかダンジョンに来て真っ先に悩むのが、アリカの変態的趣向だとは思わなかった。


 あぁ、神よ。どうして人はこんなにも業が深いのですか。


 俺はアリカを正気に戻すのを諦めると、取り敢えずキャンプ地としているこの場所の調査を始めようと言うことで皆を集める。


 流石にアリカを放っておくとヤバそうなので、監視にリィズとレミヤを付けておいた。


「えー、皆さんみての通り、ウチの医療を担当してくれるロリっ子が使い物にならないので暫く待機で。周辺の調査を軽くしつつ安全確保に務めてくれ。2人1組でペアを組んで、探索よろしく」

「アリカがヤクを決めたかのようにアタマが可笑しくなっちまってるもんな。暫くすれば落ち着くと思うが、それまではこの環境に慣れるとするか。しかし、まぁ、楽しそうに遊んでやがる。あれが積み木とかの玩具なら可愛らしいが、扱っている物が激物なだけに怖ぇな」

「あんなに楽しそうなアリカちゃんは初めて見たわん。アリカちゃんは元々研究員だったのだし、当然と言えば当然だけれどねん」

「........あまり言いたくは無いっすけど、虐められてたのってあのぶっ飛んだ性格が原因なんじゃないっすかね........年齢なんかもあるとは思いますけど」

「いいじゃないですか。こうして楽しそうに笑顔を浮かべている子供は可愛いですよ。羨ましいです」

「フォッフォッフォ!!子供は元気なのが1番じゃよ。まぁ、少々度が過ぎておるがの」


 普段から何かと人懐っこく、可愛がられてきたアリカなだけあって、皆“ま、可愛いからいいか”みたいな雰囲気になっている。


 これもアリカの才能の1つかもしれんな。同じ研究者同士からしたら嫌な目で見られるのかもしれんが、少なくともウチの組織ではアイドル的存在である。


 でも、もう少し落ち着いてね?リィズですら軽く引いちゃってるから。


 同じ研究職をしていたレミヤだけは、気持ちが分かるのかアリカの話をニコニコとしながら聞いている。


 良かったレミヤが居てくれて。アリカの制御はレミヤに任せよう。


「じゃ、誰が誰とペアを組む?」

「俺はレイズと行くぜ。ボスとペアを組んだら嫌な予感しかしないからな」

「私はお爺さんと行こうかしらねん?ボスの護衛は元PMCのエリートちゃんに任せるわん」

「では、私はボスと共に行きます。よろしくお願いしますボス」


 こういう時の組み分けがあっさり決まるのも、この組織のいい所だ。


 ジルハードとレイズはミルラに俺を押し付けた感がすごいが。


「じゃ、解散。間違っても死ぬんじゃねぇぞ。それと爺さん、エルフを見かけたとしても今は手を出すなよ。大人しく引け。ここで戦っても利益がない」

「フォッフォッフォ。分かっておるわい。二度挑んできて失敗しておるからの。主の言うことに従うぞ」


 そう言いながらも、刀に手をかける吾郎爺さん。


 祖国への愛が強すぎるがあまり、先走られると絶対にどこかで失敗する。


 ゆっくりでもいいから着実に、一歩一歩しっかりと進んで行く事こそ最も大事な事であると俺は思っている。


「行くぞミルラ。護衛はよろしく」

「かしこまりましたボス。ところで、アリカちゃんはあのままでいいのですか........?目が完全にキマッてますけど」

「人間、諦めも肝心だよ。それに、純粋に自分の好きなことを楽しんでるやつに何を言っても無駄だ。少しすれば正気を取り戻してくれるさ........多分」

「“多分”なんですか。不安ですね」


 ミルラは少しだけアリカを羨ましそうに見たあと、天使たちを呼び出して俺の周りをガチガチに固めながら護衛を開始するのであった。




【リバー草】

 アリカが自分を実験台にしながら効力を確かめていた薬草。すり潰した液は猛毒で、簡単に人を殺せる程の威力を誇るがとある工程を挟むと万能薬になる。特に病に関しての効き目が良く、使い方次第で人を助ける事も殺す事も出来る素晴らしい薬草。(アリカ命名)




 みんなの可愛いアリカちゃんの頭が狂ってしまったが、俺たちがやることは変わらない。


 取り敢えずは情報収集。特に、このダンジョンに出てくる魔物に関しての情報や地形については自分達で調べるしかないのだ。


 ミルラを連れた俺は、のんびりと歩きながら欠伸を噛み締める。


 そして、初めて俺と二人っきりになって緊張しているのか、若干動きが硬いミルラに声をかけた。


「緊張しすぎだぞミルラ。もっと力を抜けよ」

「一応護衛ですので。それに、ボスに傷一つでもつけた日には、リーズヘルトさんに殺されます。よくあの狂犬を制御できますよね」

「まぁこの中だといちばん長い付き合いだしな。大体のことは分かってるつもりだよ」


 長い付き合い(半年未満)なのだが、それは言わないでおく。


 何せ、俺はこの世界との付き合いも半年未満だからな!!


 気づけばテロリスト兼マフィアなんてやってるんだから、人生何が起きるのか分かったものでは無い。


 どうしてこうなった?俺は普通に生きていただけのはずなのに。


「この天使かっこいいよな。いいなぁ、俺も天使とか召喚できる能力が欲しかったよ」

「あまり使い心地は良くないですよ。守りには向いてますが、攻めにはあまり向きません。何より、私が操れるのは三体までです。ほかは自動操作になるので、思っているよりも戦術の幅もないですから」

「でも一体一体がAランクハンター並の強さを持つって聞いたぞ?この天使一体に、俺負けてるからね?なぁ?天使ちゃん」

「........」


 つんつんと天使ちゃんを触ってみるが、何一つ反応が帰ってこない。


 ミルラが指示を出さなければ動かないお人形さんなので、別に反応は期待していないが、ガン無視されるとちょっと悲しいな。


「何をしているんですかボス。その子たちに意思はありませんよ」

「分かってるけど、ここまでかっこいいとちょっと触りたくなるのが男心ってもんよ。ほら、男の子ってガシャガシャしたロボットとか好きじゃん?アイアンマンとかさ」

「私はホークアイの方が好きでしたね。ただの人間でありながら、弓で闘う姿は結構好きでしたよ」

「お、いいセンスしてるじゃん。まぁ、俺デップが一番好きなんだけどね。あのギリギリを攻めたジョークが好きだったよ」

「アメコミの中では私はバッドマンが1番ですかね。ダークヒーロー物は心が揺さぶられますよ。何せ、自分だけの道を歩く修羅に進むのですから」

「ハハッ!!その点で言えば、今の俺達もダークヒーローだぜ?世界最悪の悪党が、自らの正義のために世界を救おうとしてるんだからな!!」

「ふふっ、それとこれとでは話が違いますよボス。私達はどちらかと言えば敵役ヴィランですよ」


 こうして2人でガッツリ話すのはなんやかんや初めてかもな。ミルラはどうやらアメコミ系の話はいける口らしい。


 共通の話題が見つかると、人との距離はグッと縮まる。


 俺とミルラはその後も仲良く話しながら、エルフの森の中を歩いていた。


 すると、トコトコと前を歩いてくる小さな影が1つ。


 何かと思って見てみれば、可愛いウリ坊であった。


「ブッ!!」

「........こんなところにウリ坊とか居るんだな」

「排除いたしますか?」

「いや、流石にいいかな。あれを殺して今日の晩御飯メインディッシュに並ぶ訳でもないし。無駄な殺生は俺のポリシーから外れるよ」

「FR(フランス)で一千万人以上を殺したテロリストが言うセリフとは思えませんね。あれも必要な殺しだったのですか?」

「馬鹿言え、あれは事故だ。俺が意図してやったわけじゃねぇって」


 そんなことを言いながら、俺は警戒心もなく寄ってくるウリ坊を撫でる。


 うーんかわいい。やはり、小さくて可愛い生き物は癒されますな。


 ミルラもちょっとソワソワしていたので、ウリ坊を抱き上げてミルラの目の前に持っていく。


 警戒心がないのか、ウリ坊は全く抵抗することなく俺に捕まった。


「ほら、撫でてみろよ。気持ちいいぞ」

「わ、私は護衛の任務があるので........」

「素直になれよミルラ。べつに可愛い動物が好きでもいいじゃねぇか。ほら、撫でてやれよ」

「ブー?」


 くりくりとした可愛い目のウリ坊が、ミルラを見つめる。


 ミルラは少し悩んだ後、ウリ坊を抱き抱えて優しく撫でた。


「はわっ........可愛い........」

「ブー」


 優しく撫で撫でするミルラと、ちょっと力が強いためか居心地悪そうにするウリ坊。


 へぇ、ミルラって結構好き可愛い顔できるんだな。普段は凛としているのに。


 これがギャップ萌えってやつですか。


 そう思いながらミルラがナデナデする姿を見ていたが、居心地が悪かったウリ坊がミルラの腕から抜け出して何処かへと消えて行ってしまう。


 バイバイウリ坊。今度はもう少し警戒心を持とうな。


「可愛かったな」

「........そうですね」


 思わず素が出てしまったのが恥ずかしかったのか、弱冠顔をあからめるミルラ。


 ここにジルハードが居てくれれば限界まで煽ってくれただろうに。おれは英国紳士を目指してるから何も言わないぞ。


「それにしても、普通に動物とか居るっぽいな。ダンジョンに近づくにつれて数は減るだろうが、意外とかここら辺は平和かもしれん」

「かもしれませんね。とは言えど、油断大敵です。気を引き締めましょう」

「そうだな。もう少し見て回ったら一旦帰るか」


 その後も特に問題なくグルグルと周辺を探索し、見たことの無い木の実をいくつか持って帰ってその日の探索は終わりを迎えた。


 木の実を見たアリカがまたテンション爆上がりしていたが、いつになったらこれは治まるんだろうな........不安しかないぜ。

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