ダイビーング‼︎


 クソッタレの街グダニスクを飛び出してから約9時間。長い長いフライトも終わりを迎えていた。


 分裂しまくった元ソ連領の国々を渡り、海を超えて見えてくるは我らが祖国日本。


 かつては先進国として栄えた偉大なる日の丸は今や見る影もなく、あるのは数多くの山々とエルフのみ。


 その先何が待ち受けているのかも分からない未開拓の地が、俺達を待ち受けている。


「見えてきたぞ。あれが爺さんの祖国日本だ。北側から飛んできたから、大体北海道辺か?」

「フォッフォッフォッ。懐かしき匂いよ。愛しき我が祖国にこうして再び帰って来られるとは、思っておらんかったわい」

「見た目は普通だね。てっきりもっと木々がわんさか生えた場所かと思ってた」

「ダンジョンの中心地に行けばきっと見渡す限りの森が広がっているだろうさ。俺達が降りるのはもう少し先の場所。本州と呼ばれていた大きな島だ。あと30分ぐらいは時間の猶予がある。心の準備はしておけよ」


 俺達がスカイダイビングするのはもう少し先。大体青森辺に飛び降りるつもりである。


 ダンジョンの入口が存在するのは東京都があった場所らしいが、日本全土に(沖縄は遠すぎるので除く)根を張るこのダンジョンの本拠地に真正面から乗り込むのは厳しい。


 爺さんの話では、撃ち落とされる危険があるらしいので、できる限り離れた場所に降りることとなったのだ。


「遂に五大ダンジョンに挑む日が来たのか。ボスと出会ってからまだ半年も経ってないってのに、早すぎるぜ」

「あはは。夢が叶えられてよかったな。だが、死ぬんじゃねぇぞ?ここで嫁さんと運命の再会をした日には、殴り飛ばされるだろうからな」

「当たり前だ。ここまで来たら、五大ダンジョン全てを見るまでは死ねねぇよ。だから、ボスも死ぬんじゃねぇぞ?」

「お前は自分の心配だけしてろ三等兵アーミー。グレイちゃんは何があっても死なねぇんだよ。ぶっ殺すぞ」

「おぉ、怖い怖い。ボスを狂信するのも結構だが、好き勝手に暴れすぎてボスに迷惑かけんなよ“狂信者ファナティック”。ここはあのファックな街じゃないんだからな」


 エルフの森が目の前に迫ってきて少しテンションの高いジルハード。


 こいつは元々五大ダンジョンを攻略したくて仲間になった口なので、夢に一歩近づけて嬉しいのだろう。


 他の面々も闘志が湧き上がると共に徐々にテンションが高くなり始めていた。


「昔の自分に“五大ダンジョン”の一角に挑むこととなると言っても信じないでしょうね........あぁ、どこで道を間違えてしまったんでしょうか?」

「そうぼやくなよミルラ。上手く行けば私達は侵略者から世界を救った“英雄ヒーロー”だよ。グレイお兄ちゃんに従えば問題ないさ」

「そのポジティブ思考が羨ましいですよ。私はこの世界に入っていてまだ一年のペーペーなので、そこまで諦めが付かないのです」

「何言ってるんですか。ボスや他の皆さんも“裏社会こっち”の経歴は短いですよ。ジルハードとゴロウさんぐらいじゃないですかね?ミルラよりもベテランなのは」

「........え?マジ?」

「マジですよマジ。ボスなんて、こちらの世界裏社会に来てまだ半年足らずの新顔ニュービーですよ?それなのにグダニスクの街を支配下に置き、1つのテロ組織を手駒にしてますからね。素晴らしき手腕ですよ」

「その結果、世界各国から恨みを買いまくってるがな。今はアジアとバルカン諸国がお見合いしてるからいいものの、いつケツの穴をファックされてもおかしくは無いさ」

「そんな刹那的な生き方したくないですね........安定した仕事が欲しいです」


 それに関しては俺も深く同意するよ。


 マフィアなんて仕事クソ喰らえだ。働いて分かる、安定した職の有難み。


 毎日命の危険に晒されるなんて、やってらんねぇよ。


 何奴も此奴も俺の頭にトンネルを開通させたがるからな。平和の3文字がいかに尊いものなのか、失って初めて理解したね。


 そんなことを思いつつワイワイと話していると、遂に飛び降りるべき場所にやってくる。


 ここは青森辺りのどこか。クソ雑ではあるが、現在地の確認は降りてからやれば問題ない。


 ここには高性能AIを搭載した最強兵器ちゃんもいるんだし、なんとかなるやろ。


「よし、それじゃ行くぞ。皆パラシュートの開き方はちゃんと覚えたよな?」

「紐無しバンジーで死ぬなんてアホな真似はしねぇよ。問題ないぜ」

「問題ないよ。と言うか、この高さならパラシュートなくても降りられるけど」

「私も行けます。誰かのパラシュートが開かずとも、私が対応できるのでご安心を」

「も、問題ないっす........」

「大丈夫だ。楽しみだな」

「問題ないわよん」

「パラシュート降下ですか、懐かしいですね。PMC時代に強制的に習わされましたっけ」

「フォッフォッフォ!!儂も紛争地域に行く時にやったのぉ。何年前だったかは忘れたが」

(ポヨン)

「ナー」

『ピギ!!』


 俺を含めて総勢12名全員がエルフの森に挑む。祖国を取り返すため。この12人は全てを捧げるのだ。


 まぁ、大半はなぁなぁでここにいるのだが、それは置いておく。


 ミルラとか完全に巻き込まれただけだもんな。彼女の人生も中々に壮大で波乱万丈に満ちているよ。


 俺はニッコリと笑うと、つい15分ほど前からそわそわし始めているレイズに指示を出す。


 実はレイズ君、高いところがあまり得意ではなくスカイダイビングとか以ての外らしい。


 元エリート軍人とは言えど、彼は陸軍所属。パラシュート降下の実践をやった事も無いそうだ。


 そんな事知ってしまったら、おちょくりたくなるよなぁ?!行け!!レイズ!!先陣はおまえに任せたぞ!!


「じゃ、レイズ。レッツダイブ」

「え?!俺っすか?!ちょ、ちょっとそれはまだ心の準備というか、そのーなんといいますか........」

「玉無し根性無しか?別に飛び降りても死にやしねぇよ。ほら、元エリート軍人様の偉大なるスカイダイビングを見せてくれよ」


 一気に元気の無くなるレイズを見て、全てを察したジルハードもノリノリでレイズを煽る。


 俺達は普段から悪ノリが多いので、こういう時は全員が乗っかってくるのだ。


「大丈夫だレイズ。ビルの6階から紐無しバンジーするよりかは安全だぞ。もし怖いならこの恐怖対抗薬でも飲むか?」

「アリカですらビビってないのに、いい歳したおっさんがビビるとか無いね。恥ずかしくないの?玉も無ければ根性も無いとか、足でまといじゃん。パラシュートも開かずに死んだ方がいいんじゃない?」

「怖いのは最初だけですよ。ちょっとしたら慣れますって。ほら、1番手頑張ってください」

「あまりウダウダしてると万が一の時に助けませんよ?私、主人マスターの命令以外は聞く気ないので」

「あらん?随分と臆病なのねん?私のディープキッスで勇気づけてあげましょうかしらん?」

「フォッフォッフォ。あまり虐めすぎるではない。レイズが泣いてしまうぞ?」


 割とガチでビビっているレイズだったが、ここまで言われるとやらざるを得ない。


 レイズは涙を飲んで立ち上がると、飛行機の扉を開いて飛ぶ準備をした。


「い、行きますっす........すーはー、すーはー。さ、3秒数えてもらっても───────」

「はよ行け」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!?!」


 こういう奴は3秒数えても飛び降りないんだよ。


 俺はレイズのケツを蹴っ飛ばして飛行機から落とす。


 悲鳴はあっという間に遠ざかり、レイズは俺たちの中で一番最初にエルフの森に向けて旅立った。


「........ボスって結構こういう時えげつないよな。3秒ぐらい待ってやれよ」

「チキン野郎が3秒後にちゃんと飛ぶとは思えないんだな。ほら、俺達も行くぞ。レミヤ、レイズを見てやれ」

「かしこまりました」

「じゃ、エルフの森に向けて、GO!!」


 飛行機の中で少しだけ助走をつけ、空中に飛び降りる俺達。


 スカイダイビングなんて初めてだな!!


 そんな場違いなことを思いつつ、俺達の五大ダンジョン攻略が始まるのであった。




【宅急便】

 とある運び屋の名前。どんなものでもどんな場所でも物を運んでくれる有名人であり、口も硬いため各国の政府とも繋がりがある。

 セリフ登場はなかったが、エルフの森に今話題のテロリスト集団を運ぶと聞いて滅茶苦茶嫌そうにしていた。が、報酬が良かったので引き受けた。




 人生初のスカイダイビングは大成功を収め、俺達は誰一人として欠けることなく五大ダンジョンの一つ“エルフの森”へと降り立った。


 いやー、初めての体験だったが結構楽しかったな!!


 下から来る風が少々痛かったが、景色は最高だったしふわふわと空を漂うのも悪かった。


 着陸もしっかり出来たので、個人的には100天満店のダイブである。


「ボスゥ!!酷いじゃないっすか!!なんで蹴るんですかぁ!!」

「どうせお前、3秒後にちゃんと飛ばなかっただろ。時間の無駄だし、なんなら背中を押してやった事を感謝して欲しいぐらいだぜ?」

「押してないっす!!あれは完全に殺しに来てたっす!!」

「あまり騒ぐな。ここはもう戦地なんだからな。既にダンジョン攻略は始まってるんだぜ?」


 ワーワーと文句を言う飛べないチキン野郎の言葉を聞き流しつつ、俺は着陸した浜辺を見渡す。


 世界中どこも変わらない浜辺の景色に見えるが、長年住んできたから何となく分かる。


 この砂浜が俺と爺さんの故郷なのだと。ここが日本の大地なのだと。


「フォッフォッフォ........二度失敗した祖国の回復........再び挑めるとは思わなかった。主よ感謝するぞ」

「礼を言うのは、この国を取り戻してからだ。再びこの地に日の丸を掲げるその日まで、その言葉は取っておいてくれ」


 今にも泣き出しそうな吾郎爺さんは、頑張って涙を堪えながらゆっくりと頷く。


 ただこの地に立つだけでは意味がない。


 目指すはパーフェクトゲーム。即ち、“完全攻略”だ。


「周囲に敵影なし。気配も感じないので、一旦は問題ないかと」

「サンキューレミヤ。お前の索敵能力とリィズ達の察知能力があれば大抵の敵には気づけるはずだ。一旦移動して、今日のキャンプ地を探すとしよう。流石にここだと見晴らしが良すぎるしな」

「その方がいいだろうな。出来れば、洞窟なんかが好ましい。流石にエルフと言えど、穴を掘って出てくる訳でもないんだろう?」

「それは土精霊ノームだな。敵がエルフだけとは限らないし、皆注意はするように。行くぞ」


 パラシュートはその場に脱ぎ捨て、浜辺から離れる俺達。


 一先ず第一関門は突破したので、次は安全の確保と情報収集をしながら東京を目指すことを目標にしないとな。


 ここからダンジョンの入口まではかなりの距離がある。しかも、そこからがようやくスタートラインだ。


 まだまだ先は長いなこれ。下手したら年単位で攻略に時間がかかりそうだ。


 浜辺から少し離れると、そこは完全な別世界。


 かつて人々が住んでいたであろう痕跡は何一つなく、あるのは草木が生えた道無き道のみ。


 アスファルトの痕跡なんかも見つけられないとなれば、原始的な地球に戻ってきた感じがしてしまう。


「アリカ、何かヤバそうな植物とかあるか?」

「少なくとも私が知っている範囲では無い。植物型の魔物の可能性もあるが、必ずそな植物には特徴が出てくるからな。現在その特徴が見られるものは無いが........私の見たことがない植物がいっぱいだ。正直、今滅茶苦茶興奮しているぞ」


 そう言いながら、ハァハァと息を荒らげる変態アリカ。


 アリカ........人の性癖にどうこう言うつもりは無いが、時と場所を考えてくれ。安全の確保をしたら何してようが見て見ぬふりをしてあげるから。


 でも、それを差し引いても植物の知識が豊富なアリカは頼もしい。


 植物型の魔物の存在とか、考えた事も無かったわ。


 以前俺がいた世界でも、昆虫を食べる植物は沢山存在していたのだ。


 この化物溢れる世界では、人間を食らう植物があったとしても不思議では無い。


 俺は、アリカの頭を優しく撫でると素直に褒める。


 その知識はすごいよ知識は。


「危険性のある植物を見つけたら教えてくれ。頼りにしてるぞ」

「任せろ。今から見たことの無い全ての植物は回収して、その成分や効果を調べてやる。被検体は........あー無いから私自身でやるか。これは楽しみだぞー!!」


 そう言いながら早速植物の回収を始めるアリカ。


 普段はいい子なのに、タガが外れちゃったよ。


「........アリカ、ちょっと心配だね」

「ちょっとどころじゃないよね。滅茶苦茶心配だよね。大丈夫かなこれ........」


 俺はアリカが大暴走しないか心配になりつつも、安全確保のためにエルフの森を歩き始めるのであった。

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