エルフの森へ


 英雄王アーサーと仲良くなったり、この世界に存在してはならない存在が右手に宿ってから1週間後、全ての準備が整った。


 あちこちからできる限りの情報をかき集め、五大ダンジョンの一角“エルフの森”についても少しだけ明らかになっている。


 それでもまだまだ未知なる部分が多く存在しているので少しの油断もできないが、攻略の足しにはなる事だろう。


「みんな忘れ物とかしないようにな。忘れ物をしても帰ってこられないから、着替えとか確認しておくんだぞー」

「俺は大丈夫だぜボス。ちゃんと全て揃ってる」

「俺も大丈夫っす。スーツ二着に下着も問題無し。武器のメンテナンスもしっかりとやったので、困る事はないかと」

「フォッフォッフォッ。黒い袴を身に纏う日はいつぶりかのぉ........血が滾るわい」


 今回はROU(ルーマニア)の時とは違い観光に行く訳では無い。いや、ROUの時も観光では無く仕事として行ったのだが、今回は俺達が自らの意思で歩む道だ。


 皆、普段の和気あいあいとした雰囲気から一転して緊張が伝わってくる。


 今回は命懸けだ。いつもの人間との殺し合いとは違い、ひとつのミスで全てが終わる可能性もある。


 この日のために態々もう二着スーツを用意し、やる気満々の俺たちと言えど緊張しないわけが無いのだ。


 俺はあまり緊張していないが、祖国を取り戻すための戦いを再び始めようとする吾郎爺さんなんかは全身から闘志が溢れだしている。


「下着の替えは多めに持ってきたし、これで問題ないかな。念の為に抑制剤も作っておいたから、まだ見ぬ植物に興奮しても発情はしなさそうだ」

「アリカ、貴方かなりヤバいですね?私、ものすごく不安なんですが」

「人間の三大欲求の一つだ。諦めてくれ」

「えぇ........」


 堂々と下着を見せびらかして数を数えるアリカと、それを見て軽く引くレミヤ。


 植物性愛者デンドロフィリアであるアリカは、今回のダンジョン攻略に向けてかなりの数の下着を買い込んだらしい。


 アリカの保護者的な立ち位置であるローズが買い物に付き合ったらしいが、未知なる植物が見られるかもしれないという興奮だけで軽く発情するほどには酷い有様だったのだとか。


 流石に不安である。人な性癖をどうこう言えるような立場では無いが、草木を見て息を荒らげる変態の面倒を見るこちらの気持ちにもなって欲しいとは思うぞ。


 この組織にロリコンが居なくて良かったよ本当に。アリカ、結構可愛いから、発情したアリカを見て発情するみたいなクソ連鎖が起きないのは有難い。


 あぁ、どうして俺の周りには変態しか居ないんだ。


「馬鹿親父の痕跡があったりするかしらねん?あったとしたら、少し調べたいわん」

「確か、ローズさんは父親を探していたんでしたよね?五大ダンジョンに挑んでいると思うのですか?」

「最後の痕跡を見つけたのは“悪魔の国”で見つけたわん。私よりも強いひとだし、死んではないと思うわよん」

「可能性は低そうですが、見つかるといいですね。ですが、本来の目的を忘れてはなりませんよ」

「もちろんよん。とっても楽しみだし、絶対に死なないわん」


 そう意気込むローズと、普段通り凛としているミルラ。


 ミルラはなんか流れで仲間になったが、ローズは父親を探すために五大ダンジョンに挑もうとしていたんだよな。しかも、既に五大ダンジョンの一つ“悪魔の国”には挑んでいる。


 舟で向かい、上陸する前にぶっ壊されてしまったらしいが。


 ローズは二回目の挑戦か。この中では五大ダンジョンについて五郎爺さんの次に詳しい人なのかもしれないな。


「準備できたよグレイちゃん。どう?ちゃんと出来てる?」

「ちゃんと出来てるぞリィズ。やっぱりリィズのスーツ姿は似合うな。どこからどう見ても殺し屋っぽいけど」

「えへへ、今からこの街の人間を何人か殺してこようかな?」

「うん、辞めようね?本当に殺し屋にならなくていいからね?」


 白銀の髪を纏めあげ、宝石よりも赤く輝く目。そして、それとは真逆の黒いスーツに身を包んだリィズは、嬉しそうに俺に抱きつく。


 黒い革手袋もしているからか、その見た目が完全にマフィアだ。


 漫画によく出てくる、女ヒットマンとかこんな感じの見た目をしているよな。クソかっこいい。


 俺のパートナーはこんなにもカッコイイのに、俺はスーツに着られてる側なのが悲しいよ。


 スーツもコートも正直あまり似合って無い。


 アリカですらそれなりに格好が付いているってのに、ボスの俺が1番スーツが似合ってないって悲しくないか?


(ポヨン!!)

「ナー!!」

「スーちゃんもナーちゃんもやる気だな。向こうに言ったら美味しいものが無いかもしれないから、我慢してくれよ。終わったらいっぱい食べていいから」

(ポヨン!!)

「ナーー!!」


 俺達の癒し枠であるスーちゃんとナーちゃんもやる気満々。食い意地だけで着いてきた根性の座ったスライムと、なんやかんや巻き込まれたけど居場所を見つけたシャドウキャット。


 この2人は俺の護衛兼死体処理役だ。エルフは知能が人間並みに高く、仲間意識がかなり強いらしい。


 爺さんの話によれば、少し見た目の違った人間と言っていた程である。


 証拠隠滅が出来るこの2人は、かなり重宝されるかもしれん。頑張ってもらうとしよう。


「お前も一緒だぞピギー。自分の判断で出てきてくれて構わないからな」

『ピギッ!!』


 そして、1番最後に仲間になったピギー。


 未だにこの子がどのような存在なのかはさっぱり分からないが、少なくとも一緒に居てくれる俺や頑張ってピギーに慣れようと努力しているリィズにはとても好意的だ。


 限界まで圧を抑えて出てきてくれれば、リィズや魔物達とはそれなりに仲良く話せる程である。


 それでも、リィズ曰く“死の感覚が纏わりつく”と言っていたが。


 奇襲を仕掛けられた際や、相手を足止めすることに関してこの子の右に出る者は存在しないのでいっぱい活躍してくれる事だろう。


 ごめんな。その確定範囲スタンを有効活用できるだけの力が俺には無いんだ。


 ピギーが剣の見た目をしているから、斬ったりできないかなと思ったけど無理そうだったし。


 やはり火力が足りない。誰か俺に修正パッチを適応してくれ。基礎攻撃力の数値を倍以上にしてくれよ。


「さて、準備が出来たなら行くとするか。ミスシュルカが既に準備を終わらせてくれているし、俺達は俺達の戦場に赴くとしよう。何度も言うが、忘れ物はすんなよ?俺の能力で出せるものはともかく、武器や向こうで使う道具を忘れたらぶん殴るからな」

「大丈夫だぜボス。大体、道具類はボスでなんとでもなるしな」

「その気になればログハウスとか作れそうっすもんね。ボス。丸太とか木の板も具現化できるって聞きましたし。ジルハードさんが“無人島に持っていくならボス一択”と言っていた気持ちが分かるっす」

「食料も水も出せるんだから、グレイお兄ちゃん1人で全て賄えるよな。その能力、便利すぎないか?」

「まぁ、子供の頃食べ物で遊んでいた問題児であったとも言えますがね。子供の頃なんてそんなものですが」


 そこ、煩いぞ。


 フランスパンが硬いからってバット代わりに野球したり、メントスコーラをやったり卵を嫌いな奴に投げつけたりとかしてないから。


 その気になればエッグトーストが作れるとかないから。


 俺は、“俺って子供の頃かなり食べ物を冒涜していたんだな........”と反省しつつ、ミスシュルカの待つ場所へと向かうのであった。




【エルフ】

 ダンジョンに生息する異種族。ファンタジーに出てくるエルフの様に、見た目がかなり整っている事と尖った耳が特徴的。

 思考力もかなり高く、人間と同等かそれ以上の知能を有する。現状、この世界の人々が分かっているのはこれだけ。




 事務所を出てミスシュルカに指定されていた場所に行くと、既に彼女は葉巻を加えながら煙をふかしていた。


 相変わらず怖い顔だ。ナマハゲの生まれ変わりと言われても信じるね。


「........来たか。調子はどうだ?」

「まずまずかな。少なくとも、その期限の悪そうな顔をしている貴方よりはマシだよ」

「元からこの顔だ馬鹿者。それで、本当に行くのか?」


 そう問いかけるミスシュルカの顔は、少しだけ俺たちを心配していた。


 意外だな。俺達は目の上のたんこぶだと思われていたのだが、ここまで気を使われるとは。


「てっきり“サッサと死んでこい”と言われるかと思ったよ」

「抜かせ。私をなんだと思っている?最低限の常識は備わっているつもりだ。流石に死地へと赴く者達に“死ね”と言うほど私も悪魔では無いのでな」

「おおよそ、テロリストが吐く言葉では無いね。落ちてるモノでも食べた?拾い食いは良くないよ」

「冗談を言える余裕はあるらしいな........」


 ミスシュルカはそう言うと、軍曹と呼ばれていた男(名前忘れた)からライターを受け取って俺に向けてくる。


 おっと?いつの間にミスシュルカの好感度がこんなにも上がってるんだ?


 いや、これは嫌な奴が消えてくれると内申感激しているに違いない。何せ、俺達が組織を乗っ取って上に君臨してるからな!!


 なんて心の中で思ってみるが、理由は別のところにあるのだろう。


 例えば、攻略したあとの利益に少しだけでもあやかりたいとか。


 俺はタバコを口に咥えると、ミスシュルカのライターで火をつける。


 そして、ひとつ大きく息を吸って煙を吐いた。


「攻略したら偉大なる祖国、大日本帝国にご招待してやるよ。観光に来るといい」

「........フッ、期待せずに待っておこう」


 それだけを言うと、俺は仲間たちを引き連れて飛行機に乗り込む。


 今回は海ではなく空から行くことにした。


 と言うからシュルカが手配してくれたのが飛行機だったので、自然と空から五大ダンジョン“エルフの森”に殴り込みに行くことになったのである。


 スカイダイビングとか初めてだな。ちょっとワクワクしちゃうぜ。


「健闘を祈る。神の御加護があらんことを」

「神の存在を欠片も信じないやつに言われても加護があるとは思えんが、有難く受け取っておくよ」


 そうして、俺達は空へと旅立つ。


 この世界に転生(転移?)してきて約半年近く。


 遂に五大ダンジョンに挑む日が来たのだ。


 俺は、常に首に掛けている髑髏のネックレスを顔の前まで持ち上げると、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。


「結局、お前は何も調べてくれなかったし一緒に着いてきてもくれなかったな。なぁ?ルーベルト、何時になったらコイツを取りに来るんだ?」


 きっとこのネックレスは持ち主の手の中に帰ることは無い。だが、それでも俺はこのセンスのない痛々しいネックレスを取り戻しに来てくれる日を望んでいるよ。


 なぁ、ルーベルト。お前が生かした小僧は、今から世界を変えに行ってくるさ。


 だから、見守っててくれよ。この馬鹿野郎。

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