エルフの森 上
ピギー
子犬を拾い、上機嫌で帰ったアーサーを見送った俺達。
アーサーの性格が何となく分かってくれたアリカやリィズは、“楽しかったねー”と話していたが、アーサーを必要以上に恐れていたジルハード達はようやく肩の荷が降りたかの様にソファーにもたれ掛かる。
そんなに怖かったか?子犬と戯れるアーサーを見てもなお、警戒し続けるとは人を見る目がないな。
普通に良い奴じゃん。
「もうボスのやる事が滅茶苦茶過ぎて頭がおかしくなりそうだ。ガラスのハートしか持ってない俺たちにとっては、この数日は生きた心地がしなかったぜ........」
「俺はもう全部諦めましたよ。最悪肉盾にされるんだろうなと思ってました」
「表面上の能力値が凄まじかったですね。私の解析能力では、リーズヘルト先輩と同格ですよ。潜在能力の部分は分かりませんが」
「あれでもう少しガタイが良かったら完璧ねん。イケメンだけに価値は無いわん」
なんか若干一名余裕そうだが、それぞれがようやく安寧の地を取り戻したかのようにホッしている。
完全なる悪でなければ何もしてこないと言うのに、臆病な奴らだ。
「そんなに怖かったか?ジルハード達も玉無しだな」
「ふざけんじゃねぇぞボス。相手が誰だか分かってんのか?アノ【英雄王】だぞ【英雄王】。たった一人で当時世界中に手を広げていた極悪の犯罪者組織を壊滅させた化け物だぞ。そこの爺さんよりも怖くて近づけんわ」
「フォッフォッフォ。あの青年と戦ってもどちらが勝つか分からんぐらいには強かったと思うのぉ........まぁ、儂らの主の方が強かったがの」
「........んん?戦ったのか?もしかしてボスは戦っちまったのか?!」
辞めろよ爺さん。俺を持ち上げるような事を言わないでくれ。
確かに俺の右手に宿る“何か”と対峙した際は、俺以外使い物にならないぐらい圧倒されていたが、あれは寂しい感情を感じて可哀想に思ったからであって別にビビってなかった訳では無いのだ。
最初にアーサーが守ってくれなかったら、きっと押しつぶされていたよ。
「別に俺は──────」
「グレイちゃんがあんな奴に負けるわけないだろ。グレイちゃんは世界でいちばん強いんだよ!!そんなことも分からんのかこのド低脳が」
俺が吾郎爺さんの言葉を否定しようとするよりも早く、リィズが余計なことを言う。
やめてリィズちゃん。余計な事を言わないで。
更に場が混乱するじゃないか。
アーサーと真正面から戦ったら絶対に勝てないって。なんなら、真正面からでなくとも勝てないって。
アイツ、その気になれば国家すら動かせるほどの権力を持ってるんだぞ?俺が勝てるのは、人を殺した数ぐらいである。
........いや、テロに関しては俺は何もやってないし、カウントしないとすれば負けてるな。
あれ?俺ってアーサーに何一つ勝ってなくね?
........暇な時間の多さなら勝ってるか。普段から俺は結構暇してるしな。
そんなことを思いつつ、既にリィズの言葉で否定すらさせて貰えなくなってしまったことを悲しんでいると、アリカがポツリと呟く。
「あの“何か”は結局なんだったんだろうな?最終的にはグレイお兄ちゃんの右手に宿ったけど、それ以外はなにも分からなかったぞ」
「その“何か”ってなんだ?昨日から言っているが、結局なんなのかよく分からんぞ」
「昨日はアーサーが犬っころの心配をして、事務所に居座りっぱなしだったから紹介できなかったな。俺も犬にストレスを与えたくなかったし。丁度いいから紹介するか」
俺がそう言うと、リィズ以外の“何か”を知っている3人がビクッと体を震わせる。
あれ程の圧を感じさせる化け物を思い出して、本能的に震えてしまったのだろう。
むしろ、本能に生きるリィズが反応しなかったのが驚きだ。
リィズも俺と同じく慣れるのが早いのかな?
「ちょ、ちょっと待ってくださいボス。心の準備が必要です」
「そうだな。精神的耐性を上げる薬を作るからちょっと待っててくれ」
「フォッフォッフォ。儂はいつでもいいぞ。滅茶苦茶怖いがのぉ」
そう言って本当に薬の調合を始めたアリカ。
あれはマジでビビってるな。気持ちはわからなくもないが、ピギーが悲しむぞ?
え?普通の反応だから全然大丈夫。寧ろ、逃げないだけ嬉しいって?
右手から何となく伝わってくる思念が、自分の存在を知ってもなお向き合おうとしてくれる仲間達に対して好意的な事に驚く。
この子、どれだけ孤独で寂しい人生を歩んできたのだろうか。
そりゃ、人が来たら喜ぶし悲しむわな。何もせずとも恐れられる存在か。
ある意味俺と似ているのかもしれない。
薬の調合を終え、それを飲み干したアリカ。
こっそりミルラもその薬をもらっていたが、俺は何も言わなかった。
「それじゃ、新たな仲間“ピギー”........君?ちゃん?あ、ちゃんの方がいいの?分かった。“ピギー”ちゃんでーす。皆仲良くしようね」
ちゃんがいいのか。親しみを少しでも持ってもらおうとしているのかな?
可愛いねぇ。あ、できる限り圧は抑えてね。皆動けなくなっちゃうから。
俺が紹介し、本来この世界に存在してはならない存在が現れた瞬間、世界は僅かに死を感じた。
【精神抗体薬】
簡単に言うと、精神を安定させる薬。精神安定剤とは違い、魔力によって魂を保護するという使い方をされる。魔物の中には相手の精神を乗っ取る者も存在し、その対策として作られた薬でもある。
副作用もあるにはあるが、市販されているものは軽い眠気を誘うとかその程度。アリカが自ら調合した薬には、一切の副作用が出ないように調合されている。凄い。
“それ”を見た瞬間、レミヤの中に搭載されていた高性能AIは不可解なエラーを吐き出し始めた。
どす黒く実態の捉えられない何かは、自分の情報をすべて遮断するかのように関係の無い情報ばかりが流れ込み全ての機能が意味をなさなくなる。
レミヤは慌ててAIを緊急停止させたものの、次の瞬間には恐怖が全身を支配する。
機械となってから長らく感じなかった恐怖の感情。
それも、死を感じるなんて生易しいものでは無い。
ガタンと膝をつき、思わずその何かから視線を外すものの、それでもなお全身に感じる恐怖は尽きることがなかった。
「うーん。やっぱりダメそう?」
「ま、まだ最初に出会った頃よりはマシだな。ソレでも足が動かないが........」
「同意ですね........この中で歩くのは少々きついです」
「フォッフォッフォ........天から迎えが来そうじゃの。あ、戦友の顔が........」
「おーい!!爺さん死ぬんじゃねぇよ?!まだ祖国を取り戻してないじゃないか!!」
一度この圧を経験している者達は、動けはしないものの話す余裕が感じられる。
しかし、初めてこの圧を体験する者達は何一つ言葉を発することが出来なかった。
「あがっ........カハッ........!!」
「ウグッ........」
「........ウッ」
「........」
全身が重い。顔を上げたら死ぬ。
そう錯覚されされ、機会であるはずのレミヤの心臓すらも痛みを感じる。
なぜ彼はこの中で平然としているのか?なぜそのドス黒い何かに向かって笑いかけられるのか。
それが理解できなかった。
「なんかみんな辛そうだけど、ピギーの挨拶だけは聞いてあげてね」
それは死ねと?
あまりにも容赦のないボスの言葉に、レミヤは“冗談じゃない”と思う。
今すぐこの場から逃げ出したい。しかし、体が言うことを聞かない。
機械で作られた存在ですらこの有様なのだから、ただの人間であるジルハード達は更に辛いだろう。
レミヤはこの日初めてジルハードに同情した。
「ピ、ピギェ........ピギー........」
「え?それだけでいいの?もっと話せるなら話してもいいんだぜ?」
「ピギッ」
「あはは。ピギーは優しいな。なら、戻るか。また後で話そうな」
「ピギェ!!」
何故当たり前のように会話出来ているのか。なぜ彼だけが平然として居られるのかは分からない。
だが、レミヤもひとつだけ確実に分かったことがある。
それは、この何かは存在自体許されてはならない化け物だと言うことだ。
神がいるのであれば、たとえ神ですら殺しうる存在。今、ボスが“邪神の使徒”と言われても納得してしまうだろう。
それほどまでに、その何かの存在は否定されるべきものであった。
そして、ドス黒い闇はどこかへと消えていく。
それと同時に、レミヤの体は正常を取り戻し、彼女の補助をしていたAIも元の姿を取り戻した。
「どうだった?ヤベーだろ?」
「ヤベーの一言で片付けて良い奴じゃないだろ!!ボスは俺達を殺す気か?!」
ヘラヘラと笑うグレイにキレるジルハード。
英雄王に続き、正体不明の“何か”を見せられれば誰だって同じような反応をするだろう。
レミヤだって文句を言いたい気分だ。しかし、このイカれた男が
それが、レミヤの忠誠である。
だから、文句は言わない。だが、その存在が何者なのかは知りたかった。
「殺す気なんてある訳ないだろ。お前らに死なれたら、俺はどうやって生きていくんだよ。俺、なんやかんやここが気に入ってんだぞ?」
「お、おう。それは何よりだが........」
キレるジルハードに対して、スラスラと恥ずかしいことを言うグレイ。
これだ。この人たらしの言葉に釣られ、自分も含めてここへとやってきた。
例え死を感じる化け物がそばに居たとしても、ここは居心地がいい。
溢れた者達を受けいれ、笑ってくれる主人がいるのだから。
「で、それなんなんだよ。絶対やべぇぞ。下手をしたら邪神として崇められるレベルでやべぇ」
「俺にも分からんが、多分相当な時の中を孤独で過ごしてきていると思うぞ。初めて俺達がピギーと出会った時は、凄く嬉しそうで寂しそうな鳴き声を上げてたからな」
「........寂しそうだったか?ミルラ、何か感じたか?」
「私に聞かないでくださいアリカ。分かるわけないじゃないですか。私を読心術の天才とでも思ってます?」
「だよな。やっぱりお兄ちゃんはすごいや」
「誰かこの子の正体を知ってるやつはいるか?」
「「「「「........」」」」」
全員無言。
誰もピギーの正体を知るものは居ない。
と言うか、本人がいるのだから本人に聞けばいいのでは?そう思ったレミヤは声を上げた。
「ご本人に聞けば宜しいのでは?出来れば、私たちがいない場所で聞いてくれた方が有難いですが........」
「それもそうか。でも、ピギーも何も知らなさそうなんだよなぁ。生まれた時からそこにいて、生まれた時から何者かも分からない。そんな存在だと──────あー、やっぱり何も分からんってさ。レミヤ、ちょっと調べてみてくれないか?エルフの森を調べるついででいいから」
「........かしこまりました。何か手がかりがあればお伝えします」
んなもんあったら今頃歴史に乗ってるわ。
そう思ったレミヤだが、もしかしたら微かな手がかりがあるのかもしれない。
個人的にもピギーが何者なのかは気になるので、レミヤは大人しく頭を下げた。
「さて、ちょっとしたハプニングもあったが、俺達が目指すべきはエルフの森の攻略だ。アーサーも手を出さないって言ってたし、サッサと攻略して爺さんの祖国を取り戻しに行くとしよう。日の丸を再びあの地に掲げるためにな」
「フォッフォッフォ。あの英雄王が認めてくれた犯罪じゃ。堂々とやれるのぉ」
「まさかそれを狙ってたのか?俺たちの心臓の強度を測りながら?」
「んなわけねぇだろ。アーサーに出会ったのは偶々だよ。仲良くなったのもな」
嘘だ。
主人はいつも仲間を混乱させるが、結果的に最適を導くお方。
自己評価が低いのが欠点だが、今回のことも全て計算済みのはずである。
(高性能AIが聞いて呆れますね。私よりも先に未来を見る人。本当に面白い人ですよ。なんやかんや、仲間を見捨てる人でもないですし。忠誠を誓って正解でした)
レミヤはそう心の中でそう思うと、一旦“何か”のことは忘れてエルフの森の調査を続けるのであった。
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