???


 アーサーの愛玩魔物になりうる存在をようやく見つけたと思ったその瞬間、世界が切り替わった。


 比喩的な表現などでは決してない。


 文字通り、世界が切り替わったのだ。


 スマホの写真が海から山に変わるように、ゲームをやっていたら迷惑行為ハックで急にホラー画像が出てくる時のように。


 森の中に居たはずの俺達は、どこかの洞窟へと飛ばされてしまっていた。


 何が起きたのか理解できない。


 否、理解するよりも早く、俺の本能がここから逃げろと叫ぶ。


 ヤバい。絶対にヤバい。


 この場にいたら死ぬ。そう予感させる何かがそこにはあった。


「ピギッ........」


 小さく呟かれたその声を聞き、アーサーやリィズも本能で全てを察したのか即座に行動に移る。


 そこに言葉は必要ない。


 言葉を発する間に死んでしまうから。


英雄に齎す勝利の剣エクスカリバーぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「伏せて!!」


 腰に添えた剣を引き抜き、地面に突き刺すアーサーと俺を守ろうと近くに居たアリカも纏めて地面に伏せさせるリィズ。


 ここで、俺はようやく冷静さを取り戻した。死の恐怖は何度も感じてきているし、別にそこまで焦る必要なくね?と。


 死んだらんだで残念でしたと言うだけであって、恐怖を覚える必要は無いのだ。


 ただ、本能がそれでも危険を察知している辺り、この真っ暗闇の洞窟の中にある“”はヤバい。


 相手の強さとか、気配とか圧とかを感じとれるほど俺は感覚が鋭くないが、それでも感じ取ってしまうほどの“死”の圧力。


 俺よりも敏感にその圧を感じられる仲間達は、もっと“ヤバい”と感じていることだろう。


 アーサーが剣を地面に突き刺した事により、聖なる光が俺達を包み込む。


 すると、体が一気に軽くなり、とても楽になった。


「ナイスアーサー」

「早く逃げて!!コイツは........アレはヤバい!! 」


 本気で焦るアーサーと、この状況に慣れていつものテンションに戻る俺。


 ダメだぜアーサー。人間、切り替えの速さは大事にしないとな。


 そう思い、アーサーの視線の先を見ると聖剣の光によって照らされた漆黒の剣が目に入る。


 ドス黒いオーラを身に纏い、誰が見ても聖剣とは真反対の存在である事は分かった。


「なんだアレ........真っ黒な剣?」

「え、私には無数の目玉に見えるんだけど。グレイちゃんには剣に見えるの?」

「え?」

「へ?」


 俺には剣に見えるのに、リィズには無数の目玉に見えるだと?


 俺は軽く混乱しながらも、今ある情報を即座に頭の中で纏める。


 この状況から察するにここはおそらくどこかのダンジョンの中。そんなダンジョンの中には、見る人によって姿を変える何かがある。


 そして、その何かから発せられる黒いオーラをアーサーが受止め、ミルラと吾郎爺さんが出口を探している。


 うんうん。なんとなく現状を把握できたぞ。


 これはアレだな。絶体絶命って奴だな。


 パッと見ここに出口はない。となると、あのやべー剣をなんと無ければならないのだが、相手は英雄王とまで呼ばれたアーサーを守りに徹させる程の相手である。


 多分、一人だけなら戦いに行ったかもしれないが、アーサーの腕の中には弱った可愛い狼もいるのだ。


 折角苦労して少し懐いてくれた可愛い犬っころを、こんな所で失いたくないのだろう。


 さて、どうしたものか。


 そう思っていると、漆黒の剣は嘆く。


 その嘆きは想像以上に煩く、そして英雄王のタテを貫通するほどであった。


「ビギェェェェェェェェェェ!!」

「ぐっ........!!」

「うっ........!!」

「あっあっ........」

「むっ?!」

「くっ........!!」


 聖なる光に守れていたはずの仲間達が、全員苦しそうに膝を着く。


 あまりにも圧倒的な実力差。声を上げただけで、誰もがその圧に押しつぶされ始めている。


 もちろん、俺もその圧に押しつぶされそうになっていたが、それ以上に今の嘆きが気になって仕方がなかった。


 寂しそうで嬉しそうだったのだ。その嘆きは。


 何百何千何万何億年と孤独に過ごしてきたソレが、久々に誰かに会えたかのような喜びと、どこか諦めを感じる寂しさ。


 ドス黒いオーラを纏っており、いまも嘆くだけでもアーサーやリィズ、吾郎爺さんの足を止めてしまうほどの強さを持っているが、それはそれとして悲しそうに聞こえたのだ。


 もしかして、ただ誰かと話したいだけ。誰かと一緒に居たいだけにでは無いか。


 そう思うと、不思議とその圧すらも剣の抱擁に思えてくる。


 俺は、ゆっくりと立ち上がるとタバコに火をつけながら、影の中で震えていたナーちゃんと俺の頭の上でぷるぷるしていたスーちゃんをその場において歩き始める。


 立っているのもやっとだが、それでも、あの悲しい嘆きに答えてやらなければならない。


 そう、思ってしまった。


「グレイちゃん?!」

「グレイ!!ダメだ!!僕の領域からでたら死ぬぞ?!」

「お兄ちゃん!!」

「ボス!!」

「主!!」

(ポヨン!!)

「ナー!!」


 俺を心配する声が聞こえる。だが、それでも俺は聖なる結界の外へと踏み出した。


 一歩踏み出しただけで、全身が重くなり心臓が止まるほどの恐怖を本能が感じ始める。


 慣れろ。俺はこの世界でテロリストにされた挙句、全世界から命を狙われてきただろ。その時の方が、命の危険を感じたんだ。


 死への恐怖を鈍らせろ。1度死んでんだから、死後の世界があるのは知ってるだろ。


 本能を強引に作り替えろ。その環境に素早くなれる術は前世でみにつけただろう?人間関係だけは上手くいかなかったが。


 あー、なんだか慣れてきたぞ。うんうん。大丈夫。適応してきたわ。


 最初は亀よりも遅い足並みであったが、慣れ始めてくるとサクサクと歩けるようになっていく。


 亀から牛へ牛から人へ。


 最終的には恐怖すら感じること無く、その寂しそうな嬉しそうな感情だけが俺に伝わってきていた。


「ピギ........」

「俺と一緒に来るか?寂しいなら、俺が一緒にいてやるよ。ただし、周りに迷惑をかけるのは無しだぜ」

「ピギ?」

「そうそう。そんな感じでできる限り力を抑えてくれよ。そしたら、この世界でもお前と一緒に居てくれるやつがいらはずだ。寂しかったんだろ?何となくだが、お前はずっと一人でここにいた気がするし」

「ピギィ?」

「何となくな。で、どうする?俺と一緒に来るか?」

「ピギィ!!」


 圧に耐え、恐怖を強引に慣らしてここまでやってきた者は居なかったのだろう。


 その剣は、かなり嬉しそうにしつつ“自分に触れてくれ”と言ってくる。


 なので俺は触れてやった。握手をするかのように、新たな友人を得た時のようにその剣の鍔を触ると剣は楽しそうにしながらどこかへと消えていく。


 そして、俺の右手の甲に黒い十字架が刻み込まれた。


 わぉ、俺も遂にタトゥーデビューか。右手の甲に十字架のタトゥーとか、厨二病もいい所だな。


 この右手を通して、あの何かとの繋がりも感じる。呼んだら出てきてくれそうだし、なんなら俺が呼ばなくとも出てきてくれそうだ。


「終わったぜアーサー。その弱った子犬をサッサとレミヤに見せに行こう。今ので相当なストレスがかかっちまっただろうしな」

「........そうだね。その世界も崩れてきてるし、元の世界に戻れるはずだよ」


 いろいろと疲れきった顔をしたアーサーは、そう言うと剣を収めて腕の中でぐったりとしている白い狼を撫でるのであった。




【???】

 本来この世界に存在してはならない何か。世界を3度滅ぼし、見る人によって姿が変わる。現在は封印されており、封印が解かれることは無い。

 万が一、億が一にでも封印が解かれたその日、この宇宙は滅びを迎えるだろう。




 を見た時、アーサーは自分が何故この地を訪れたのかを思い出した。


 彼の役目は世界を守護する事。そして、その驚異となるものの排除である。


 そして今回、相棒であるエクスカリバーが示したのはこのグダニスクの街であった。


 グレイと出会い、ストレスの解消法を教えてもらったのは全て偶然であり、真の目的はアーサーを持ってしても立つことすら許されない“何か”の排除。


 伝説の聖剣を持っていたとしても、立ち向かう事すら許されない存在を相手に、アーサーは死を覚悟した。


 が、しかしである。


 アーサーの親友となった世界最悪のテロリストは、いとも容易くこの状況を打破してしまった。


 その何かの排除ではなく、その何かを手懐けることによって、この場を丸く収めたのだ。


 これはアーサーでは真似出来ない芸当である。


 しかも、その何かの脅威すらもすっかり無くなり、何かによって世界が滅ぶ未来すらも回避されている。


「どうしたアーサー。やっぱりさっきのは辛かったか?」

「いや、この子が大丈夫かなと思って。かなり弱ってるから、僕の魔力をゆっくりと分け与えているんだ。でも、適切な処置をしないと本当に死んでしまいそうだよ」


 確かにこの子犬も心配である。だが、アーサーさそれ以上に隣の男の事が不思議でたまらなかった。


 自分すらも凌駕し、最も平和的な方法で物事を解決してしまった天才。


 きっと彼は、深く考えて行動はしていなかったのだろう。


 だが、それで最前の選択肢を選んで居るのだから凄い。


「なら、急ぐか。リィズ。俺とアリカのふたりを抱えるぐらいできるよな?」

「もちろん!!グレイちゃんとアリカを抱えて走ればいいんでしょ?」

「そうだ。爺さんとミルラは走れ。お前ら足、早いだろ?」

「フォッフォッフォ。ジジイを走らせるとは、中々に厳しい主じゃのぉ........儂、さっき心臓が止まりかけておったんだぞ?あの世に戦友が見えたわい」

「きっと帰ってくんなって言ったんだよ。まだやるべきことが沢山からな」

「フォッフォッフォ!!確かにそうじゃの!!わしはまだ死ねぬわい!!」

「え、私も走るんですか?」

「雇い主命令。ファイティン」

「あぁ、私ま死にかけたんですから、少しは優しくしてくださいよ」


 リーズヘルトに抱き抱えられ、到底組織のボスとは思えぬ姿になるグレイ。


 つい先程まで死と隣り合わせの場所にいたと言うのに、ここまで普段通りに戻れるのも才能の1種だ。


(全く。僕も勘違いを起こしてしまいそうだよ。君は何も考えていなかっただらうけど、僕達から見たら、いまさっきの君は英雄になり得る行動だったんだよ)


 もちろん、グレイが死ぬほど嫌そうな顔をしそうなので何も言わない。


 だが、アーサーも確実にほかのメンバーと同じくグレイのことを尊敬してしまっていた。


「じゃ、レッツゴー!!アーサー、その子犬の負担にならないように走れよ!!」

「もちろんさ!!せっかく助けたのに死なれたら目覚めが悪いからね!!」


 全く違う世界に生きる2人でありながら、似た道を歩む正義と悪。


 アーサーは、こんな友人も悪くない思いつつ、優しく抱き抱えた白いオオカミと共にダンジョンの中を駆け巡るのであった。








 作中最強キャラ登場(封印解除状態の場合)。今後どんなヤベーキャラが出てこようが、コイツが最強です。

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