英雄王アーサー
このクソッタレの街で誰かに助けられ、そのお礼をするなんて初めての体験だな。
そんな事を思いながらやってきたのは、俺達がよく使うオシャレなバー。
この前お土産にROU(ルーマニア)のお酒を持っていったらものすごく喜ばれた、気のいいマスターのいるバーである。
ここは内緒話にはうってつけの個室がいくつか用意されている。偶にここに訪れた時は、その個室で酒を飲みながら皆で話すのだ。
バーのマスターは俺がスーちゃんとナーちゃんを飼っているのを知っており、2人のために美味しいご飯を作ってくれる。
魔物だろうが拗ねに傷を持つテロリストだろうが、金を払って最低限の礼儀を持つ限り誰であろうと客として扱ってくれるのが、このバーのいい所である。
1つ問題があるとすれば、酒の代わりに臓器が提供される事もあるぐらいだ。
臓器売買とか言う完全に違法な事をやっているものの、この街じゃ当たり前の事だからセーフセーフ。
俺もこの街に来た頃は、絡んできたヤツらを叩きのめしては(リィズが)金にしてたしな。
マスターに案内され、個室へとやってきた俺と金髪のイケメン。
金髪イケメンは顔を見られるのがあまり好きでは無いのか、フードを被って出来る限り顔を隠していた。
「いつものを10人前で」
「かしこまりました」
既に常連の俺はそれだけ言うと、マスターは頭を下げて部屋から出て行く。
さて、これでもゆっくりとお話できるだろう。
この街で人助けなんてしてくれる変わり者と何を話すのか。俺は少しだけ楽しみであった。
「........10人分も食べるのかい?人は見かけによらないね」
「俺が全部食うわけじゃないさ。所で、タバコ吸っていい?副流煙とかが嫌なら辞めておくけど」
「あはは。構わないよ。僕の職場でも葉巻をスパスパ吸ってる人達は多いからね」
仲間達しか居ないのなら何も聞かずにタバコを吸い始めるが、流石に初対面の相手がいる前で許可もなくタバコを吸うほど俺も非常識ではない。
俺は、許可を貰ってからタバコに火をつけるとゆっくりと煙を吸い込んで金髪イケメンから顔を逸らしながら煙を吐いた。
「態々タバコを吸っていいのか許可を取るなんて、歴史上最も甚大な被害を生み出したテロリストとは思えないよ」
「巫山戯んじゃねぇ。俺がいつ犯行声明を出した?あれは事故だよ事故。ダンジョンの中で傷ついてた女の子を助けたら、いつの間にかマルセイユが吹っ飛んでた。そして、何故かおれがダンジョンをクリアしていることになって、気付けば世界最悪のテロリストだ。名誉毀損でFR(フランス)を訴えたら俺が勝つね」
ホント、どうしてこうなった?
俺はリィズを助けただけだと言うのに、大切な人を失うわ挙句の果てにはテロリストとして国際指名手配を喰らうわで散々だ。
神様。頼むからもう少しマトモな人生を歩ませてくれ。そんなに俺が苦しむ様を見て楽しいのか?
........楽しいだろうな。死した人間を駒にして遊ぶような奴だし。
俺がそういうと、金髪イケメンは目を見開いて固まる。
どうした?真実を知って驚いたのか?
「........言葉にひとつの嘘もない。君がテロを無理やり引き起こした訳では無いんだね」
「当たり前だ。誰が好きでテロリストなんて職業をやるんだよ。俺は政治思想犯でもなければ、神の為に自爆テロを行う崇高な理念もねぇよ。なのに気づけば、世界各国からケツ穴を焼かれそうになってんだからいい迷惑さ。俺は世界の
「あはっ!!アハハハハ!!何一つ偽りの無い言葉!!君は本当にテロをやるつもりじゃなかったんだね!!なのに、気付けば
金髪イケメンはフードを取ると、実に楽しそうに笑う。
グレイ君の壮絶な異世界生活がそんなに面白かったか?俺の十八番ギャグで笑ってくれるなんてコイツは良い奴だな。
何せ、俺の仲間たちは皆“お、そうだな(適当)”と言って俺の話を欠片も信じてくれないんだから。
君達?ボスのお言葉なんだよ?少しは人の話を聞いてくれよ。
リィズを筆頭に誰もが俺のことを勘違いする中で、彼だけはこの言葉が真実だと言って笑ってくれる。
良い奴やな。顔だけでなく心もイケメンだったか。
俺が女だったら惚れてたかもしれんと思いつつ、俺は気になることを言っていたので聞いてみる。
「真逆の人生ってのは?」
「ん?あ、もしかして、僕の事を知らないのかい?こう見えてもかなり有名なんだけどなぁ........」
「生憎、俺は世間の常識に疎くてね。悪いが全く知らないんだ。サインでも貰っておいた方がいいか?高く売れる?」
「あはは!!僕のサインはそこまで高くは売れないだろうね。事ある毎に求められて書いてあげてるから。でも、欲しいならあげるよ。こういう時のために、常に色紙とペンは持ち歩いているんだ」
金髪イケメンはそう言うと、どこからともなく色紙とペンを取りだしてサラサラとサインを書く。
そして、俺に渡してきた。
「アーサー・キンドレッド。これがあんたの名前か。ん?アーサー?」
ごくごく有り触れた名前ではあるものの、“アーサー”と着く有名人はたった一人しかいない。
あまり世間の常識を知らない俺ですら、その名前は知っている。
以前、アリカが少しだけ話していた“木の剣が
確か、その能力者の名前が“アーサー”という名前であったはずだ。
アーサーと名乗った金髪イケメンは、左胸に手を当てると自己紹介を始める。
その名は、この世界に生きる者であれば、誰もが一度は生きた事のある名前であった。
「僕の名前はアーサー・キンドレッド。聖剣エクスカリバーの保有者にして“
間違いない。コイツは、俺とは正反対の存在であり、世界から賞賛を浴び続けた正義化身。
確か、GBR(イギリス)所属の騎士でありながら大統領よりも発言権を持つ実質的な支配者であったはず。
ちょっとそのラウンズとか言うのは知らないが、少なくともSランクハンター並の実力を持ち、下手をすれば全Sランクハンターよりも強いとされている存在。
「改めて、よろしくね。グレイ」
【英雄王】アーサーがそこにはいた。
【
聖剣エクスカリバーを筆頭に、“聖剣”と呼ばれる剣の所持者達の集まり。時としてお互いの強さを確かめ合い、時としてその力を世界の為に使う。
その多大なる功績から国家権力並の権力を持ち、小国なんかは彼らに頭が上がらない。
アーサーは5人の中でもぶっちぎりでトップ。彼がいるから、
アーサーから見て、その男はどう見ても“悪”には見えなかった。
冴えない普通の一般人。圧倒的強さを感じるわけでも、何か油断出来ない物を持っている訳でもない。
ただただ、普通の青年。
それが、目の前でタバコを吸うグレイへの評価であった。
テロリストとして世界各国から狙われ恐れられる史上最悪は、アーサーが思っている以上に普通で捉えようのない男であったのだ。
「名前は知ってるな。こんなにイケメンだとは思わなかったが。写真集でも出したら儲かるんじゃないか?」
「誠に不本意ながら写真集も出てるよ。僕は嫌だったんだけど、望む声が大きすぎてね........」
「あぁ、人気者も大変だな。俺もある種の人気者だから、その気持ちは分からんでもないぞ。俺の場合はサインの代わりに血を求められるがな」
自分がアーサーだと知っでも、警戒する訳でも無く態度も変えない。
こと男は分かっているのだ。今この場でアーサーがグレイに手を出すような真似はしないのだと。
「僕も血を求められるよ。熱心なファンからね」
「........WOW。そいつはやべぇな。ストーカーかセクハラで訴えるべきだ。その内アンタの髪の毛から新たなアーサーが生まれるかもしれんぞ?人は、目的のためなら手段を選ばない残酷な奴だからな」
「僕の
「良くて愛人、悪けりゃ人体実験か、お前の事が大好きな男どもにケツの穴をファックされるだろうな。居るんだろう?それだけイケメンなら、お前に惚れる男の一人や二人ぐらい」
「誠に残念ながらね。でも、手を出しては来ないから法の下では捌けない。人気者も大変だよ。望まずして英雄になったから、尚更ね」
「チヤホヤされるのも、世界各国から憎悪の目を向けられるのも、どちらも大変だよなぁ........アーサーの言う通り、俺達は真逆の人生を歩みながらも、似た境遇にいるわけだ。その気持ちを全部分かってやるのは無理だが、多少は分かるよ。俺も同じだからな」
アーサーはグレイの言葉で少しだけ心が軽くなった気がした。
アーサーの苦労はアーサーにしか分からない。しかし、似た境遇だから、少しは分かってやれる。
“辛かったね。大変だったね”と、全てを知ったかのように共感されるよりも“分からんこともない”と少し距離を置いた励ましの方がアーサーの心に響いた。
彼は、本当に自分の事を理解してくれているのだなと。
まだであって1時間も経ってない。だが、アーサーはグレイの事を好きになり始めている。
もちろん、男色の趣味は無いので、友人としての意味であるが。
「で、こう言うのを仲間に言っても無駄なんだよな。アイツら人の話を聞きやしねぇ。耳におが屑でも詰まってんのかってほど、俺の言葉を拡大解釈しやがる。俺は神のお言葉じゃねぇんだぞ」
「あー、確かにそれはあるね。僕も昔、友人に愚痴を吐いたら“嘘つけ、お前はそんな事思ってないだろ”って言われたよ。普段が品行方正過ぎて、友人も知らぬ間に僕に幻想を抱いてたんだよね。僕だって人間さ。悩むこともあれば、困ることもある」
「で、そういう時は可愛い者で癒される。こんな感じにな」
グレイはそう言うと、影の中と服の中からスライムと猫を呼び出した。
アーサーは一瞬身体が反応するも、この魔物から敵意を感じるどころか好意を受け取り困惑する。
魔物が人間に好意を?
確かにUSA(アメリカ)のとあるダンジョンでは、友好的な魔物が出て来て貿易にまで発展したダンジョンもある。しかし、この2体にそれほど知能があるとは到底思えなかった。
あのダンジョンは人型の魔物。対して、今目の前にいるのはスライムとシャドウキャットだ。
(ポヨポヨン)
「ナーナー!!」
「あはは!!ナーちゃん顔を舐めないでくれよ。擽ったいぞ。スーちゃんも俺の頭の上でポヨポヨ跳ねないで。頭が揺れるから」
「ナー!!」
(ポヨン!!)
「ちょ、人の話を聞けって!!あはは!!コノヤロー!!お返しだ!!」
「ナー!!」
(ポヨン!!)
楽しそうに魔物と戯れるグレイ。
その笑顔は、到底この世界を破壊したとして指名手配されている青年とは思えない。
そして、少しだけ羨ましかった。
こんなにも可愛い魔物と戯れられるグレイが。
「アーサー、触ってみるか?ナーちゃんは気分屋だから分からんけど、スーちゃんは誰にでも平等だしな」
「いいのかい?」
「いいよいいよ。お前、魔物だからって問答無用で剣を抜く奴でもないし、話している感じ“悪”以外に攻撃できないんだろう?正確には、攻撃はできても殺せないってところか?スーちゃんもナーちゃんも“悪”では無いから、気にすんな」
サラッとアーサーの能力について言い当てるグレイ。
人をよく見て聞いている。きっと彼は、いまアーサーが羨ましいと思ったのを感じ取って、魔物に触れることを提案したのだろう。
実に上手い会話術。気づけば、アーサーは目の前でポヨポヨと揺れていたスライムを撫でていた。
「わぁ........!!はじめてスライムを撫でたけど、けっこう柔らかくて気持ちいいんだね」
「そうだろ?枕代わりにもなってくれるから、かなり便利なんだよ。遊び相手にもなってくれるし、基本俺の話を聞いて慰めてくれるから、心のケアにもなってくれるぞ」
(ポヨポヨン!!)
ドヤっと言いたげに揺れるスライム。
心のケア。そういえば、自分の心を癒すような事をした覚えは無い。そう思ったアーサーは、今度生き物でも飼ってみるか考える。
「魔物ってどうやって手懐けるんだい?」
「スーちゃんは飯につられたな。ナーちゃんは........成り行き?たまたま捕まえてなんか仲良くなった。ま、アーサーなら上手くいくと思うぞ。ダンジョンの魔物は意外と話が通じたりするからな。最初にコミュニケーションを取ってみるのも大事かもしれん」
「........なら、僕と一緒にダンジョンにもぐらないかい?ぼくも癒しが欲しいよ」
「ぷははは!!いいぜ。行こうよ」
こうして、アーサーは違うようで似た人生を歩む親友を手に入れた。
この先長い付き合いになる彼らが、この世界をどう変えるのかは誰にも予想出来ないであろう。
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