修学旅行じゃないんだが?


 結局、死ぬほど断りたかったクソみたいなお誘いを受けることになってしまった俺は、翌日からROU(ルーマニア)へと行く準備を進めていた。


 この世界にに来てから約四ヶ月。何気に自らの意思で他国へと行くのは初めてである。


 だって、この世界に来てから三日目にして国際指名手配を喰らったからね。


 DEU(ドイツ)を渡り歩いていた時は、観光なんてする余裕なんてなかったしPOL(ポーランド)に来た時もまず真っ先にこの街に来たらからゆっくりしている暇なんて無かった。


 しかし、今回は誰かに追われて国を出る訳では無い。


 クソファッキンなご招待を貰ったとは言えど、自らの意思で国を出ることになるのである。


 まぁ、その理由が軍団とのコネクション作りという時点で全く楽しくないのだが。


 あぁ、1度ぐらいのんびりと観光とかしてみてぇよ。


 このクソッタレな街ではそもそも観光地なんてものは無いし、白昼堂々と街中を歩けるとは言えど護衛を付けないと普通に死ねる。


 右と左も分からぬヤク中ジャンキーに、小さいながらも多少の勢力を持つギャング。更には当たり前のように銃を振り回すマフィアに、薬物を売りさばく教会。


 こんな街を観光して何が楽しいんだ。俺は命の危険を感じながら観光する趣味もなければ、人の死体が山となる場所を観光名所と言い張る街を見て回りたくない。


 せめて命の危険を感じない観光をしたいね。出来れば、大通りを1本逸れただけで死体が転がるような道を歩きたくない。


「ねぇグレイちゃん。ROUって言えば、ドラキュラの元となった串刺し公ラウド三世が居た国だよね?私、ドラキュラは見た事ないから見てみたいなぁ........!!」

「なぁボス。ROUにダチが居るんだから、一緒に遊びに行っていいか?俺のボスが世界最悪のテロリストだと知ったら、アイツ絶対驚くと思うんだよ。あ、安心してくれよ。俺のダチはここにいる連中ほど頭のネジが外れてないから、仲間になることは無いと思うぜ」

「グレイお兄ちゃん、グレイお兄ちゃん!!私達がこの国に行く時に、丁度ミスターレナックスの無料講義が開催されるんだって!!私は過去の栄光に縋り付き、その威厳を振り回すジジィ共はいけ好かなくて嫌いなんだが、長年生きてるだけあって知識や視点は面白いんだ。一緒に行こうよ!!」

主人マスター、この国の管理ダンジョンの1つに、ゴミクズの集まり場中国では中々手に入らない魔物が出てくるダンジョンがあるらしいのですが、行ってもいいですかね?2.3体程生け捕りにして実験したいのですが........」

「グレイちゃん。この服私に似合うと思わないかしらん?今ROU国内で流行しているファッションなんですって!!私の趣味からは少し外れているけど、こういうのは着てみないと分からないわよねん」


 ........お前らは修学旅行を前にはしゃぐ中学生か?


 コレからまず間違いなく抗争ドンパチが繰り広げられるであろう国へと行くのに、全く危機感を持たずにROUの観光名所やオススメの食べ物を検索しては俺に勧めてくる。


 俺は既に面倒事が嫌で嫌でブルーな気分に陥っているというのに、実に彼らは楽しそうであった。


 と言うか、ラウド三世はまだ分かるけどミスターレナックスって誰だよ。え?薬草研究で多大なる貢献を残した人物で、その界隈では知らない人は居ないほどの有名人?へーそうなんだ。


 普段ゲーム以外でここまで騒がしくなることがあっただろうかと思うぐらいに騒がしい事務所。


 ねぇ、みんな?今回は仕事でROUに行くって理解してる?観光で行くんじゃないんだよ?


「みんな盛り上がってますね。マフィアってこんな感じなんっすか?」

「俺に聞くなレイズ。お前だけはマトモで安心してるよ。なんでこんなに皆楽しそうなんだ?」

「そりゃ、有名な観光地や普段とは違う景色を眺められるとなれば、皆テンションも上がりますよ。ちなみに、俺は三度程プライベートでROUに行ったのでテンションが上がってないだけで、行ったことがない国だったらあの輪の中に混ざってますよ。ところでボス。ROUにもカジノがあるんすけど、一緒に行きませんか?ボスの手腕なら荒稼ぎできると思うんすけど」


 結局お前も楽しみにしてんじゃねぇか。


 ねぇ、君達仕事で行くんだよ?仕事のついでに観光すること自体は別に何も言わないけど、君達の場合は観光のついでに仕事に行く気でしょ。


 と言うか、俺はそもそも観光も出来るかどうか怪しいよ。


 国際指名手配を貰って世界に顔が割れている状況で、観光させてくれる国がある訳が無い。


 国に入るのも密入国らしいし、少しでも目立ったらアウトなんですけど。


 しかし、俺の心の声が彼らに通じるはずも無く。俺の部下達は心の底から楽しそうに計画を練り始めた。


「確かにROUに来たらブレカレストは見ないとな。俺は昔見た事があるが、そのデカさは流石だったぞ。何せ、ダンジョンに壊される前の建造物だしな。能力や魔力を使わずに人力だけだアレを作ったのかと思うと、凄いぜ」

「あー懐かしいっすね。俺も初めて見た時はその大きさに驚きましたよ。よくダンジョンに侵食されずに残りましたよね」

「あ、このダンジョンではリエール草が取れるらしいですよ?」

「本当か?!私の能力で同じ成分のものを作れるとは言えど、薬草自体を作れる訳では無いからな。幾つか確保して実験に使いたいなぁ........出来れば、被検体も確保したいんだが何とかなるかな?」

「被検体ならこの街にゴロゴロ転がってるじゃないですか。死んでも誰も文句を言わないクズ共が集まるのが、この街ですよ。適当に攫って人体実験しちゃいましょう」

「リーズヘルトちゃんはこの辺のお洋服が似合いそうねん。どうかしらん?」

「私、服とか興味無いよ?それに動きにくそうだからヤダ」

「ダメよん!!リーズヘルトちゃんは可愛いんだから、しっかりとお洋服を着ればグレイちゃんが更に惚れてくれるはずだわん!!」

「本当?なら着てみようかな?」


 更にワイワイとしだす事務所の中で、俺は頭を抱えた。


 計画を立てるのはいいが、俺は行けないからな?俺が行けないからって拗ねるなよ。いやマジで。


 仲がいいことは別に悪いことでは無いし、下手に緊張されるよりはいいのだが、流石に緊張しなさすぎであることを除けば頼もしい仲間である。


 もう何を言っても無駄だし、好きにさせるかと思いつつタバコに火をつけながらスーちゃん達を見る。


 すると、スーちゃん達は器用に携帯を使いながら何かを調べていた。


 スーちゃんもナーちゃんもすごく賢いから、人の言葉を理解するどころか文字すら読めるんだよな。


 俺なんて神様から特典を貰わないと英語すらまともに話せないと言うのに、このスペックの差はなんなんだ。


「........何してんだ?」

(ポヨン)

「ナー!!」


 携帯を覗き込むと、そこには“ルーマニアの絶品料理三選”というサイトが。


 俺は僅かに嫌な予感を覚えながらスーちゃんとナーちゃんを見ると、二匹とも“これ食べたい”と言いたげにこちらを見ていた。


 スーちゃん、ナーちゃん、お前らもか。


 思わず口からタバコを落としてしまいそうになりながらも、俺は魔物でありながら新たな国へと行くことを楽しみにしている二匹を見て優しく頭を撫でてやる。


 まぁ、この二匹にはいつも護衛ばかりさせているしな。


 今回の仕事の報酬として、美味しいご飯をご馳走してあげるぐらいはやってあげてもいいかもしれん。


 お金にも困ってないし、ある程度のものは買ってあげるかと思ったが、よくよく見ると料理を出すこの店は三ツ星レストランで警備もガチガチであった。


 ........俺はこの店で食えそうにないな。


 国際指名手配め。こんな所でも俺の邪魔をしてくるのか。


 結局、俺も最後は“楽しめるだけ楽しもう”と言うマインドになりROUの観光(俺が出歩いても大丈夫そうな人目の少ない場所)を調べるのであった。


 仕事もちゃんとやらないと、シュルカに怒られそうだな。




【ラウド三世】

 通称ドラキュラ公。または串刺し公は、15世紀のワラキア公国の君主(ワラキア公)。諸侯の権力が強かったワラキアにあって中央集権化を推し進め、オスマン帝国と対立した。

 ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』に登場する吸血鬼・ドラキュラ伯爵のモデルの一人として知られる。




 ROU(ルーマニア)の中でも治安の悪い都市であるスラティナ。


 ROUは世界的に見ても比較的治安の良い国ではあるものの、それは首都の話であってそれ以外の都市では割と治安は悪い。


 とは言えど、流石にグレイ達が住むグダニスク程では無い。


 確かに殺人や強盗も起こるが、毎日発生する訳でも無く大体週に1~3回ほど起こる程度。


 グレイがこの街に来れば、“なんて平和な街なんだ”と目を輝かせるほどにはグダニスクとスラティナの治安の差はあるのだ。


 しかし、世界的に見ればこの街はもちろん治安が悪い。


 マフィアやギャングも住んでいるし、ヤク中ジャンキーだって勿論いる。


 が、グダニスクに比べれば可愛い物だ。大通りを逸れた道を歩けば死体がゴミのように転がっている街と比べる間でもないが。


 そんなスラティナの街では、かつて大統領暗殺に失敗したテロリスト集団が集まり始めていた。


 旧制人民解放軍チトーパルチザン


 旧ユーゴスラビアの再建及び、バルカン半島の新たな秩序を創り出さんとする彼らは、大統領暗殺失敗から1年の歳月を経て再び動き出そうとしている。


 そんな“旧制人民解放軍チトーパルチザン”の本部が置かれている建物の一室。


 そこには、裏社会では“伝説”とまで言われる御仁と若めの女が暇つぶしに将棋を嗜んでいた。


「この仕事はいつまで受けるつもりですか?ゴロウさん」

「フォッフォッフォ。気分じゃのぉ........金は稼いでおるし、特に困りゃせん。暇つぶし程度じゃろうて」

「また気分ですか。貴方と出会ってから既に一年。その気分で何度痛い目を見てきたのやら........」

「え?何度額を叩いてきたかって?儂ゃ知らんのぉ」

「耳が遠くなったんですかクソジジィ。いや、事実クソジジィなんですがね」


 その男を知るものからすれば、この女の態度は余りにも無礼であり冷や汗ものだろう。


 彼のが伝説と呼ばれる所以は、その横に置かれた刀を持った時に現れる。


 いちばん有名な話は、たった一人でとある一大マフィアを壊滅させた事。


 構成員三万人以上。そのボスはSランクハンターですらも殺したとされる強者であり、国ですら手を焼くほどの相手であった。


 しかし、この男の怒りを買ったが為に一夜にして全てが消え去ったのだ。


 彼が暴れたその街は最早街と呼べるものではなく、あるのは瓦礫の山と死体の山のみ。


 それでいながら、組織とは関係の無い人間だけは誰一人として殺さなかったという技量。


 何とか生き長らえた者の話によれば、“何もしていないのに全てが切り刻まれた”と言われるほどである。


「王手。後12手で詰みますよ」

「フォッフォッフォ。それはちと早計じゃろうて。まだまだ若いのには負けぬわい」

「もう現役引退どころか、人生を引退していなければならないはずなんですがね。なぜあなたは生きているのですか........それが、伝説たる所以ですか?」

「かもしれんなぁ........ホイ。まだまだ死なぬぞ」

「........チッ、耳は遠いくせして頭は冴えてる。羨ましい才能ですね」

「お主も随分と恵まれた才を持っておるだろうに。儂が若かった頃は、“能力者”なんぞ一人もおらぬかったのだぞ?」

「若い頃って500もの話でしょう?第一次世界大戦期の話をされても困りますよ」

「あのころは良かった。まだ忠誠を尽くすべきお国が残っていたからのぉ........第二次世界大戦でくには負けてしもうたが、それでも祖国があると言うだけで幸せだったという事を気づくべきじゃった」

でしたっけ?今は五大ダンジョンの一角となっている」

「そうじゃのぉ........またあの地を踏みしめ、我が祖国に帰るまでは死ねんのぉ」


 その男........“上泉 吾郎かみいずみ ごろう”はそう言うと、天を見上げて静かに呟く。


 第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして、第1次ダンジョン戦争を生き抜いた“伝説”は500年以上もの間その地に恋い焦がれてきた。


「誰か、儂をあの地に........かつて二度挑み拒絶された地に再び日の丸を立てたいものじゃ」

「........ゴロウさん。ぼやきながら詰ませて来るのやめてくれません?」

「フォッフォッフォ。油断した罰よな」


 その伝説が、唯一の同郷にして別世界から来た未来の子孫と出会う日はそう遠くない。






 明日、新作をあげます(火曜0時ごろ)。良かったら読んでね。

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