クソみたいなご招待


 俺は自分が強いと思ったことは1度もない。


 少なくとも日本で生きてきた時よりも修羅場を潜ってきたとは思っているし、本気の殺し合いに巻き込まれた数も両手両足だけでは数え切れないのは理解している。


 日本にいた頃よりは段違いに強いだろう。


 だが、この世界では平均的な強さしかないと思っている。いや、下手をすれば平均以下だ。


 手先が器用な為か魔力操作は得意だが、それを生かせるだけの能力を持たない。


 リィズのような圧倒的な攻撃力や素早さと言うのは、例え天地がひっくり返ろうとも手にすることは無いだろう。


「あー........疲れた」

「すごいわねん。手加減はしていたと言えど、全部避けるか捌かれたのは初めてよん」

「馬鹿言え。ガードの上から普通にダメージを貰ってるっての。身体のあちこちが痛てぇよ」


 15分もの間、ずっとローズの攻撃を避け続けた俺は疲れ切って地面に倒れ込んでいた。


 ローズがクソザコナメクジのボスを虐めてくるよ。


 誰か助けて。


 ローズは普通に強い。手合わせとは言えど、あのリィズが“強い”と称する程には彼女は強いのだ。


 俺が勝てるはずもない。


「ボスは逃げるのが得意とは知ってましたが、ここまでとは思わなかったっす。あのローズの猛攻をヒラヒラと躱せるなんて、俺じゃ無理ですよ」

「相変わらず能力の使い方が上手い。これにスーやナーの攻撃が加われば、ローズも危なかったかもしれんな。と言うか、玩具なのか?釘とかワイヤーって」

「一応、定義上はその子供が遊んた事のある道具は玩具として扱われる。石だって玩具になると考えれば、釘もワイヤーも玩具と分類できるだろうね。確か子供の頃に遊んだ玩具が具現化できるという話だったから、グレイお兄ちゃんの子供時代が凄く知りたいが。なぁ、普通の子供ってワイヤーや釘で遊ぶのか?」

「いえ、一般的な家庭の子供は釘やワイヤーを使って遊ぶ事なんてまず無いですよ。主人マスターの子供時代がおかしいだけです」


 手加減されていたとは言えど、ローズの猛攻から逃げ切った事でかなり高い評価を仲間達から受ける俺。


 釘は昔忍者になろうとして、釘飛ばしの練習をしていた時期があってだな........クナイの代わりによく使ってたんだ。


 二回ほど壁に穴を開けて怒られたけど。


 ワイヤーは、確かなんかの工作で使っていた記憶がある。何を作っていたのかは思い出せないが、その際に振り回して遊んでた。


 そのお陰で玩具判定になってくれたのは、本当に助かるな。


 特にワイヤーは具現化できなかったら、あの世に行っていた可能性が滅茶苦茶高いし。


「おつかれグレイちゃん。私との訓練が役に立ってたね」

「ローズは逃げやすい部類だったからな。リィズと違って“勘”で全部避けられて反撃されるみたいなことがないからまだマシだったよ」

「えへへ。私は本能にしたがって戦うからね。ローズとは違うんだよ」


 もしかしてまた俺の評価が上がってしまったのでは無いだろうかと心配していると、リィズが笑顔で寝転がる俺に手を差し出す。


 俺はその手を掴むと、ゆっくりと起き上がって疲れた身体をグッと伸ばした。


 ローズはまだ戦いやすい部類だった。手加減してくれていたと言うのもあるが、ローズの戦い方は予備動作が分かりやすい。


 視線の動きや動き出しの瞬間さえよく見ておけば、どこに何が来るのかは大体予想が着く。


 本人もフェイントは多く入れていたが、だまくらかし合いならば俺も負けない。


 ローズのやりたい事を的確に理解し、それに合わせた玩具で対応出来れば、逃げるだけなら何とかなるのだ。


 本気を出されると多分反応すらできずに殺されるか、拳圧で吹っ飛ばされるかさてれいたと思うが。


 ちなみに、リィズは滅茶苦茶戦いづらい。


 魔物の肉体を埋め込まれている為か、本能にしたがった戦い方をしてくるので読みにくいのだ。


 何度も手合わせをする内に何となく行動を先読みできるようにはなったが、初見なら間違いなくボコスカにされている。


 思慮深い人間よりも、本能に生きるやつの方が戦いにおいては手強かった。


 と言うか、リィズのスペックが高すぎるんよ。


 絶対に避けられないタイミングで銃弾を撃っても当たり前のように避けてくるし、こちらが狙っていることを“なんか危ない”で回避してくる奴に勝てるわけないだろ。


 しかも攻撃もローズのように武術の型にハマってる訳でもないから、自由自在だし。


 スパイダーマンの様に天井に張り付いたり壁に張り付いたりしながら襲ってきた時は、あまりの人間離れっぷりに呆れて物が言えなかったね。


 なんだよ、指を壁にめり込ませて張り付くって。


 脳筋スパイダーマンじゃねぇか。


「おい、新入りニュービー。これでグレイちゃんの強さが分かっただろ。次同じ事をしたら殺すからな」

「分かってるわよん。攻撃面は正直弱いけれど、“逃げ”に関しては凄まじいものを持っているわん。これなら、五大ダンジョンに入っても最低限の身は守れると思うわよん」

「そういえば、ローズは五大ダンジョンに挑戦した事があったらしいな。どうだった?」

「上陸する前に船を壊されたわん。私が行こうとした五大ダンジョンはオセアニアに存在するダンジョンなんだけれど、AUS(オーストラリア)に上陸する前に吹っ飛ばされちゃったわん」


 この世界のオセアニアは、既に人類が住めるような環境ではない。


 五大ダンジョンの1つが占拠してしまっているため、人々が近づくことすらも難しい。


 そんな所に挑んで、よく生きて帰ってこれたな。


「船を壊されてどうやって帰ってきたの?」

「もちろん、泳いだわよん。お気に入りの服がビショビショになるわ、お化粧が剥がれて肌も荒れるわで大変だったわん」


 そう言って肩を落とすローズ。


 いや、命の危険を感じるよりも服とか肌の心配をするんかい。


 俺は、こんな危機感の無さそうな奴とダンジョンに挑んで本当に大丈夫なのか?と不安になるが、言うて俺も似たようなもんかと思い直しこのことに関しては深く考えないようにするのだった。




【オセアニア】

 六大州の一つ。大洋州。太平洋上の大陸、島嶼の地域を指し、一般的な解釈では、16か国(オーストラリア連邦、キリバス共和国、クック諸島、サモア独立国、ソロモン諸島、ツバル、トンガ王国、ナウル共和国、ニウエ、ニュージーランド、バヌアツ共和国、パプアニューギニア独立国、パラオ共和国、フィジー共和国、マーシャル諸島共和国、ミクロネシア連邦)、および25の保護領を指す。

 尚、この世界ではこの全ての国が滅び、人が住める様な領域ではない。




 新入りや仲間達の力を地下室で確認していたその日の午後。俺たちの事務所にとある人物がやってくる。


 どこぞの女狐フライフェイスのような、馬鹿でかいコートを羽織ながらやってきた彼女は事務所のソファーに座ると葉巻に火を付けた。


「随分と久しく感じるな。ミスターグレイ。つき三日ほど前の話は聞いたぞ。何でも、MEX(メキシコ)の麻薬カルテルを使って薬物教会に銃弾ブリットを打ち込んだ挙句、聖域の壁をモンゴル辺りまで吹っ飛ばしたそうじゃないか」

「あはは。俺は仲良くするつもりだったんだけどな。どこぞのアホ共が喧嘩を吹っ掛けた挙句、それを真に受ける様なことをしたが為に、酷い目にあったよ。ミスシュルカにも、この苦労を分かち合いたいぐらいだ」

「ハハハ。勘弁願うよ。私はPOL(ポーランド)政府と真正面から事を構える気は無いのでな。程々に相手を打ち負かし、自分たちが有利な状況で全てを終えるのは難しい」


 普段、ダンジョンを管理してくれている軍団のボス、シュルカ。


 毎日その日の収支を報告してくれるロットンと言うやつ以外の人間が、この事務所に来るのはかなり久しぶりだ。


 今日は態々アポを取った上で来ていると考えると、結構重要そうな話だよなぁ。


 レイズ、今からでも席を変わってくれない?........いや、お前そういえば前科(教会との交渉)があるからジルハードが変わってくれ。


 そんな事を思いつつ、俺もタバコに火を付けて大きく息を吸う。


 そして、話を聞くことにした。


「で、今日来た要件は?今日の天気の話しをしに来た訳でもないんだろう?」

「そうだな。時にミスターグレイ。我々がどのような組織なのか覚えているか?」


 シュルカガ纏める“軍団”は、あくまでもこの街での呼び名。


 彼女達は旧ユーゴスラビア再建を目論む極左テロリストであり、“旧制人民解放軍チトーパルチザン”の幹部なのだ。


 えーと、どこだったっけ?セルビア大統領暗殺に失敗して、彼女は今ここに逃げているはずだ。


 3級国際指名手配犯であり、懸賞金は200万ゴールド。


 俺の懸賞金とは二桁も違うなんて羨ましい限りだよ。200万ゴールド程度なら、金に目の眩んだ頭の弱いやつにも襲われないからね。リスクとリターンが見合ってなくて。


「旧ユーゴスラビアの復権を目論むテロリスト組織........だったかな?」

「そうだ。我ら“旧制人民解放軍チトーパルチザン”は、テロリスト組織だ。しかし現在、セルビア大統領の暗殺に失敗し、同志達は散り散りになってしまっている」


 大統領を暗殺しようだなんて、とんでもない連中だな。真っ当なテロリストじゃん。怖いよ、近寄らんとこ。


 俺は、俺が歴史上最大のテロリストとして一昨日テレビで放送されていたことを棚に上げつつ、シュルカの話を大人しく聞く。


 正直、この時点であまりいい感じはしなかった。


 俺の長年(四ヶ月)の勘が言っている。これは、間違いなく面倒事になると。


 うわー断りてぇけど、断れない案件なんだろうなぁ........


「しかし、同志たちは集まった。流石に本国に拠点を築くことは難しかったが、その隣の国ROU(ルーマニア)に新たな拠点を設置したのだ」

「SRB(セルビア)からしたら、死ぬほどいい迷惑な話だろうな。やっとも思いで家から駆除したネズミが、お隣の家に巣を作ったわけだ」


 おい、ジルハード。喧嘩を売るような事を言うな。


 ミスシュルカがこっちを睨んでるぞ。


 俺をチビらせたいのか。


 シュルカは何か言いたげな顔をしていたが、静かに葉巻を吸って煙を吐く。


 怖いよ。なんで俺はこんなにも顔が怖い人と話さなきゃならんのだ。


「........そして、二週間後に同志達が集まる。そこに貴殿らも招待したい」

「........なぜ?俺達はミスシュルカの様な素晴らしい志を持っている訳では無いが?」

「現在、組織の中で最も力を持つのが私達だ。組織も一枚岩ではなく、この集まりでは幹部連中の権力争いが勃発するだろう。その釘刺しとして、貴殿らを雇いたい。我々には、世界最大のテロ事件を起こした者達とのコネクションがあるのだと示したいのだ」


 俺はその事を聞いた瞬間に“嫌なのでとっとと回れ右して帰れやがれください”と言いたくなった。


 ふざけんじゃねぇよ。俺は平和を何よりも望む人間だぞ?


 そんな危ない場所に態々行くなんて嫌です。


 タダでさえ俺はあちこちの国々から狙われているというのに、また恨みなんざ買いなかねぇよ。


 よし、断ろうと思ったその時、ジルハードが耳打ちをしてきた。


「これはチャンスだぜボス。上手く“旧制人民解放軍チトーパルチザン”の連中を抱き込めれば、五大ダンジョン攻略時にも役に立つ。それに、ダンジョン攻略後にその土地を俺たちの物にするにしても人員が必要だからな。拠点の提供をチラつかせれば、手駒になるぞ」

「........え、行かなきゃダメ?」

「最終的にはボスの判断に任せるが、俺は最低限の横の繋がりはあった方がいいと考えるな。ここでミスシュルカに組織の実権を握らせ、上手く恩を押し付けれればダンジョン攻略の手伝いをしてくれるかもしれん。何より、やつもPOL(ポーランド)政府にコネクションがある。そのコネクションを使えるとなれば、先行投資する価値はあるぞ」


 確かに、国の力を借りられると言うのは大きなメリットだ。


 この裏社会では、裏切りは当たり前の様に起こるし油断すれば背後を刺される。


 が、信頼関係と言うのも大事になるのは事実。


 ここで断ると、せっかくそこそこ仲のいい感じになっている軍団に亀裂を入れる可能性があるわけだ。


「それと、上手く革命を手伝えれば、国が丸々俺たちの味方をしてくれる。流石だな。ここまで狙ってたのか?」

「んなわけないだろ.......」


 なんで毎回、俺の計画だと思うんだコイツらは。


 肥大に膨れ上がった俺への評価がそろそろ爆発してもおかしくは無いと思う反面、ジルハードの言っていることにも一理ある。


 結局、部下達に話を聞いてみた結果“参加した方がいい(どこで聞き付けたのか木偶情報屋まで電話してきた)”という結果になったので、俺はこのクソみたいなご招待を受ける事になったのだった。


 うわぁ、本当に行きたくねぇ。

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