生きた伝説
腕試し
MEX(メキシコ)及び、中央アメリカ諸国からもガッツリ狙われると言うクソ程も嬉しくない情報を貰った翌日。
またダンジョンに潜ってないという事実から目を逸らしつつ、俺達は新しくできた地下室に集まっていた。
周囲をコンクリートで固められたバスケットコートぐらいの広さのある地下室は、当然ながら何も無いが運動をするには丁度いい。
俺の能力を使えば遊び道具は補充できるし、どうせなら本当にバスケットコートでも作ろうかと思える程には、この空間は大きいのだ。
で、この地下室で何をしているのかと言うと、お互いの実力の確認である。
正式に仲間となったアリカとローズは勿論、その他の面々の実力ももう一度見ておきたい。
何が得意で何が不得意なのか。
お飾りのボスとは言えど、命を預かる立場としては知っておかなければならない重要な事である。
「ゴフッ!!」
「遅い。グレイちゃんなら最低限の防御は取れるのに........」
「ゴホッゴホッ!!俺とボスを一緒にしないで下さい。俺の能力は、戦闘向きじゃないんですよ?」
「それで言えば、ボスも同じだろ。見ろよ。レイズとリーズヘルトが遊んでいる傍ら、ボスは能力を使いまくって猿の合唱団を作ってるんだぞ」
リィズに腹を殴られ、膝を着くレイズ。
もちろん、ドラゴンを一撃で殴り殺せるリィズなので多少は手加減をしている。
軍人として鍛えられているレイズも、かなり善戦はしていた。
流石にこの地下室の中で軍用魔弾を乱射されると、また修理を依頼しなければならなくなるのでそれは禁止にしているが、軍用魔弾が無くともレイズは強いのである。
ただ、相手が悪すぎるだけ。生物相手ならほば100%勝ち越せる能力を持ちながら、身体を改造されて人ならざる力を持つリィズが強すぎるだけなのだ。
「........なんか顔怖くないっすか?それ」
「わんぱくスージーだ。カシャンカシャンとシンバルを叩くだけの玩具なんだが、能力を鍛えるには意外と役に立つんでな」
「こんなのが夜中に耳元でなった日には、トラウマになりそうだな。グレイお兄ちゃんの能力の多彩さには驚かされるよ」
「こんな猿が役に立つことなんて滅多にないけどね。ホラー映画のエキスタントとして、出演をお願いするのが精一杯さ」
まだこの世界に来て間も無い頃、相手を足止めする為に活躍してくれたわんぱくスージーだが、こいつも所詮は何も出来ない玩具。
だが、意外と能力を鍛えるには適したおもちゃであり、特に操作をするには持ってこいなのだ。
決められた動きしかできないはずなのに、上手く操作すると本当に生きているように聞こえる。複数体具現化させて、操作をすればシンバルのコーラスだって奏られる。
問題は、顔が怖すぎるぐらいだ。
「やっぱりレイズは微妙だね。戦闘になると肉壁ぐらいしか使い道がなさそう」
「ヒデェ........俺もBランクハンターぐらいの強さはあるんすよ?」
「最低限自分の命が守れる程度じゃん。グレイちゃんみたいな頭もなければ、アリカのように傷を癒すことも出来ない。契約だけが取り柄だね。戦闘ではゴミほど役に立ちやしない。まだ、戦場でパスタを茹でるイタ公の方がマシかも」
本当にボロカスに言われてんなレイズ。
一応エリート軍人だから、俺よりは断然強いはずなのに。
それに、レイズの強みは強制的に契約を履行できる点だ。
その能力だけで、そのファミリーにいる価値がある。
まぁ、リィズの言う通り、戦闘では役に立たないけれどね。
「次は誰だっけ?」
「私よん。リーズヘルトちゃんとは1度戦ってるし、私が選んでもいいかしらん?」
そう言って手を挙げたのは新入りのマリー・ローズ・ゴリアテ。
相変わらず見る人によっては吐き気を催すようなその格好からは想像できないほどに、彼女は強い。
このファミリーの中ではいちばん強いリィズが“Sランク並の実力がある”と言うぐらいには、彼女(?)は強かった。
実際に戦っている姿を見たが、確かにローズは強い。
“気功術”とか言う、魔力を“気”に変換して力に変える武術を使うらしく、その動きは確かに武人であった。
そんな武人は、一体何があったらゴスロリを着るようなことになったのやら。
その強烈な見た目さえなければ、割と常識人枠っぽいんだけどなぁ。
俺の周りにはどうして変人ばかり集まるのだろうか。
そんなことを思いながら、“どうせ俺は戦わないし”と思っていると、ローズは俺に向かって指を指す。
「ボス。あなたの実力を知りたいわん。人の強さは人それぞれだけれども、私たち新入りにもこの武力を見せて欲しいのよん」
「え?俺?言っておくが、俺は弱いぞ」
「いいのよん。実力を知りたいだけだから。アリカちゃんから大まかな話は聞いているけれど、実際にこの目で見てみたいのよん。いいでしょ?可愛い部下のお願い事だと思って聞いて頂戴な」
「そんなゴリゴリのオッサンがメルヘンチックな服を着ているのに“可愛い”だと?鏡でも具現化して貰ったらどうだ?」
「あら、私にボコスカに殴られた自称
ローズに突っかかるジルハードと、それに対して煽り返すローズ。
2人って結構仲がいいんだよな。ゲームとかも2人でよくやるらしいし、もしかしてジルハードにもそっちの気があるのでは無いだろうか。
ところで、マーベル映画の先駆けとなった“アイアンマン”が公開された年は2008年のはず。
冷戦時代にダンジョンよって世界が滅茶苦茶になったこの平行世界で、いつ公開されたのやら。
毎度毎度思うが、この平行世界のパラドックスは頭がおかしくなりそうである。深くは考えないようにしているが。
「いいよ。やろうか。でも、弱すぎてガッカリするなよ?俺はこのファミリーの中でも最弱だからな」
「行け!!グレイちゃん!!グレイちゃんの凄さを知らない
いや、格の違いを見せられるのは俺なんですが。
「あの、リィズちゃん?人の話を聞いてた?」
「うん?グレイちゃんがローズをボコボコにするんでしょ?頑張って!!」
「........んー、人の話を聞かないねぇ君」
俺はリィズの耳には都合のいい言葉しか入らないのかと呆れながらも、ボスの弱さを自覚してもらうためにローズと戦うことになったのだった。
即、負けは流石にダサすぎるから、頑張って少しは耐えないとな。
【アイアンマン】
マーベル・コミックの同名キャラクターをベースにした、2008年のアメリアスーパーヒーロー映画。
巨大軍事産業“スターク・インダストリーズ”の社長である“トニー・スターク”がパワードスーツを着て戦うお話。
今も尚数多くのファンが付く、MARVELを代表するような映画でもある。
地下室でグレイと向き合ったローズ。
彼女はつい先日行われた教会と麻薬カルテルを巻き込んだ抗争で、グレイの頭の良さは認めていた。
グレイ達よりも先に教会へと辿り着いたジルハードとローズは、一旦様子見として潜伏。
その後、グレイがやろうとしていた事を理解し、わずか一日で全てを終わらせて教会を下に敷いたことに関しては素直に賞賛を送っている。
だから、彼女もグレイファミリーに入ったのだ。
ローズに足らなかったものを持つ男。
千里を見通すその目と頭脳は、確かに五大ダンジョンを攻略するにあたって必要なものである。
特に、五大ダンジョンの1つに挑んだことのある彼女はそれを理解していた。
ただ腕っ節が強いだけでは、五大ダンジョンを攻略するのは不可能。
戦略や戦術までもが優れていなければ、ダンジョン攻略をするのは夢のまた夢である。
しかし、五大ダンジョンを攻略するのであれば、最低限自らの身を守れなければ話にならない。
そんなわけで、ローズはグレイの戦闘技術を見てみたかったのだ。
「よろしくお願いするわん。ボス」
「よろしく。できる限り手加減してね。俺、弱いし普通に死ねるから」
静かに闘志を燃やすローズに対して、グレイは普段と変わらぬ自然体。
今回はグレイが従えている魔物、スーちゃんとナーちゃんが護衛についていないので、グレイだけの実力を見る事が出来る。
ローズはスっと拳を構えると、開始の合図も告げずにグレイへと襲いかかった。
初手は様子見の左ハイキック。
ローズからすれば様子見であるが、傍から見れば目で追うのがギリギリな速さだろう。
「あっぶね」
戦闘に関しては普通程度しか力のないグレイもそれは同じで、ローズの攻撃をしゃがんでギリギリ回避した。
ローズは続け様に振り上げた足でかかと落としを狙うが、グレイはそれを許さない。
お得意のワイヤーを使って振り上げた足とクビにワイヤーをまきつけて行動を制限する。
これが並の相手であれば、このワイヤーを引きちぎる事も出来ずにグレイの勝ちが決まっただろう。
しかし、ローズは並所ではない。
「フン!!」
ローズは強引に振り上げた左足を下ろすと、ワイヤーを引きちぎる。
「嘘だろおい。リィズみたいに強引に引きちぎるんかい」
「もう少しスピードを上げるわよん」
さも当然のようにワイヤーを引きちぎってくるローズを見て、半笑いをうかべるグレイ。
彼の主な戦術は、ワイヤーによる相手の拘束の為この手が使えないとなるとかなりやれる事が限られてしまう。
一旦距離を取ろうとするグレイ。
しかし、ローズはそれを許さない。
「やべっ」
「捉えたわよん」
素早く懐に入り込んだローズは、グレイの腹に向かってできる限り手加減した正拳突きを繰り出す。
これは決まった。
そう確信したのもつかの間。ローズがバランスを大きく崩した。
更には視界に捉えていたグレイの目の前に真っ白な壁が出来上がり、その上頭上から何が降ってくる。
「........へ?」
ローズは素早く正拳突きを止めて横へと回避すると、頭上からはボウリング玉が落ちてきていた。
さらに足元を見れば滑りの良さそうな粘液がいつの間にか敷かれており、グレイはマットのようなものを持っている。
「危ない危ない。と言うか、割と完璧なタイミングで反撃したつもりだったんだけど、あっさりと避けられたな。うーん。完全に死角だったはずなんだけど........何かの能力で察知されたか?」
「........それはどうかしらねん?」
正解だ。ローズはボウリングの玉を能力を使って避けた。
“
直接的な戦闘に関与する能力では無いが、自身の発した音からの反響で周囲の空間を把握できる能力。
これが、ローズの能力だ。
レイズやグレイと同じく、攻撃力は無いものの、彼女の能力は戦闘ではかなり有用なものである。
先程のように死角からの攻撃にも対応できるだけでなく、暗闇の中でも自由に動ける。
意外と応用が効くので、かなり重宝している能力であった。
「なるほど。能力か。自身の視界を広げる能力?それとも危機察知ができる能力?」
「........」
アッサリと能力だと見破られたローズ。
今度は無言で答えたが、彼らのボスグレイにとって視線を隠してない以上答えを導き出されてしまう。
彼は、人間の心理や思考に関してだけ言えば天才なのだ。特に、グレイが“これはゲームだ”と認識した時の推察力は、人のソレを超えている。普段はあまりにも規模の大きすぎる戦いばかりしているため、全く役に立たないが、こう言うタイマン戦や少数戦ならばグレイは強い。
本人ですら気づいていない、彼の持つ天性の才能であった。
「両方正しく両方不正解。ってことは、五感のどれかを強化して危機察知したって感じか。視覚で無さそうとなると、有り得そうなのは聴覚か触覚かな?」
「........」
正解。
僅か二度の攻防だけで、能力を見破られてしまった。
あまりにも鋭すぎる観察眼。これが僅か三ヶ月でこの街の頂点にのし上がった男。
「お、正解っぽいね。ローズはポーカーフェイスがあまり上手じゃない。目の動きと僅かに動く口の動きで、バレちゃうよ」
「........ご忠告感謝するわん。でも、私の能力が分かったからって逃げられるとでもん?」
「倒すのは無理だろつけど、あいにく逃げだけは得意でね。リィズに死ぬほど仕込まれたし、逃げるだけならBランクぐらいはあると思ってるよ」
「それは楽しみねん。もう少し本気で行くわよん!!」
その後、グレイとローズの追いかけっこが始まったのだが、結局ローズはグレイに有効的な一撃を当てることは出来なかった。
ずっと玩具にもて遊ばれ、いたずらに体力を消耗するだけ。
ローズ及び、その戦いを見ていたファミリーの面々は、グレイの評価をまた上げてしまうのだった。
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