暴力なき強さ


 昼食を買いに街へと出ていたジルハードとローズは、教会からの奇襲を速やかに処理し終えていた。


 Aランクハンターレベルの実力を持つジルハードと、そのジルハードを一方的にボコしていたローズである。


 教会はそれなりに精鋭兵を持ってはいるものの、他者と隔絶したほどの強さを持たない者達に敵うほど強くは無い。


「この顔、見覚えがあるな。確か、教会で下っ端をやってた奴だ。どうやら、ボスが本格的に動き始めたようだな」

「........ちょっといいかしらん?」


 殺した死体の顔を確認し、自分たちのボスであるグレイが行動を起こした事を察知したジルハード。


 彼もまた、グレイの言っていた言葉の意味を勘違いしていたはた迷惑な奴の1人である。


 レイズ達のように教会と事を構えるはずだと理解していたジルハードがグレイへと連絡を取る前に、グレイの事をよく知らない彼女は一言声をかけた。


「どうした?人を殺して気分でも悪くなったか?俺はお前の姿を見てるだけで気分が悪くなりそうだぞ」

「それは何よりだわん。じゃなくて、真面目な話よん」


 多少の誤解があったとは言えど、この二日間である程度の性格を理解しているジルハードは真面目なローズを見て茶化すのを辞める。


 グレイはローズとアリカを仲間に加えたがっていた。ここで対応を間違えてボスの計画の邪魔をした日には、どこぞの狂犬に食い殺されると理解しているジルハードは静かに目を細める。


 ローズが仲間となれば、貴重な戦力となってくれるだろう。現状、五大ダンジョンを攻略するには戦力が足りていないグレイファミリーからすれば、Sランクレベルの彼女(?)を手中に納めて起きたい。


「なんだ?」

「貴方達は五大ダンジョンの攻略を目指しているのよねん?」

「そうだな。元々、俺がボスの下に着いたのもそれが理由だ」

「でも、この二日間様子を見るに、全くと言っていいほどやる気が感じられないわん。私はね、五大ダンジョンを攻略したいのよん」


 聞く人によれば、大笑いをしながら“面白い冗談だ”と言って追加のビールを頼むだろう。


 しかし、その真面目な眼差しと同じ志を持つジルハードからすれば、追加のビールを頼むよりもその話の続きを聞く方が価値がある。


 ジルハードは黙って話の続きを聞いた。


「私はUSA(アメリカ)のとある武術家系に生まれたのよん。“変幻気功術”っていう聞いたことがあるかしらん?」

「........確か、魔力を“気”とかいう特殊なエネルギーに変換し、体の内部から強化を施す武術だったか?話だけは聞いたことがあるな。極めた者は、腕一本で天変地異すら起こせるとか」

「そうよん。崩れ者マフィアにしては学があるのねん。私の父はその師範代であり、多くの門弟を抱えていたわん」


 気功術。


 魔力と呼ばれる未知なるエネルギーを人類が獲得してから、多くの人々にも“気”の概念が浸透するようになっていた。


 最初の間は武術家の妄言だと笑い飛ばしていた人々も、魔力と同じように気も存在するのではないか。


 そう考えるようになったのだ。


 そして第一次ダンジョン戦争から500年。今となっては気功術は魔力を別のエレルギーに変換した“気”を用いて闘う武術の一種として広く知れ渡っている。


 もちろん、ハンターの中にも気功術を使う者は多く、魔力から気に変換するのに時間がかかるものの身体強化よりも燃費がよく出力の大きい気功術を学びたいと言うハンターは多い。


 そんな気功術の中の一派閥の師範代として勢力を持っていたのが、ローズの父である。


 ジルハードは“そりゃ強いわけだ”と思いつつ、話を続けた。


「で、何が言いたいんだ?ボスが本気で五大ダンジョンの攻略を目指していないとでも言いたいのか?」

「そうよん。貴方達のボスはあまりにも弱い。私よりも明確に強いのは、リーズヘルトちゃんぐらいでしょうねん。私は失踪した父を探すために、1度五大ダンジョンに挑んでいるのだけれど、あの実力では即死ぬわよん」


 五大ダンジョンに挑んだことがある。


 そのセリフを聞いたジルハードは、大きく目を見開いた。


 偶然なのかそれとも必然なのかは分からないが、多くの闇に包まれている五大ダンジョンに挑んだ上に生還している者に出会っているとは。


 一体グレイはどこまで知っているのか。


 これが偶然だとしても出来すぎていると、心の中でジルハードはグレイへの評価をまた上げる。


 グレイからすれば、本当にいい迷惑でしかないが。


「要は、ボスが弱い上に修行をしているようにも見えないから、真面目さを感じないって事だな?」

「えぇ。アリカがこの場所を気に入っているとしても、私は現状この組織に入る気が起きないわん。魅力がないのよん」

「........ぷ、ぷははははははは!!」


 大真面目にグレイを評価するローズに、思わず笑いが零れてしまうジルハード。


 自分達のボスをたった2日見ただけで評価を下すとは、全く持って早計すぎる。


 グレイは確かに弱いが、彼はその弱点を持ってしてもあまりある才覚があるのだ。


 自分が笑われたのかとも思わず顔をしかめるローズ。


 ジルハードは、笑いながらもローズに言った。


「ローズ、お前は盛大な勘違いをしている。五大ダンジョンに挑む際、腕っ節だけが全てなのか?」

「........」

「違うだろ。五大ダンジョンに行くためには、金も物資も戦略もいる。特に裏社会との繋がりは欠かせない。お前、この街に来て何日だ?」

「2週間弱ってところねん」

「なら、今の街の情勢もある都度知ってるだろ?この街には大きくわけて5つの勢力がある。1つは税金泥棒ポリ公共。1つはたる“軍団”。そして、薬物教会とその他諸々。そして、俺達グレイファミリー。この5つの中で、ポリと軍団は既にボスの手駒だ。下手に手出もできず、借りもあるから襲われない。知ってるか?ボスがこの街に来てその地位を手に入れたのは、僅か三ヶ月での出来事だ」

「........三ヶ月」


 ローズも裏社会についてはある程度詳しい。武者修行として、各地を旅して強者と闘うことをしているのだから。


 そんなローズから見ても、わずか三ヶ月でこの悪党達の集う大都会で権力者となれるのは些か手際が良すぎた。


「俺の言いたいことが分かったか?ボスは確かに弱い。それこそ、そこら辺のオークにすら苦戦するような雑魚だ。だが、腕っ節の強さだけが人の強さとは限らない。先を見通す戦略とダンジョンを攻略するに当たって必要な資金。そして、権力。ボスは暴力以外の力を持つ者なんだよ」

「........」

「だから、この騒ぎドンパチが収まるまでその両目をかっぴらいてよく見ておくといい。全てが終わったその時には、ボスがこの街のキングとして君臨しているはずだぜ。そして、それは五大ダンジョンを攻略する際に役に立つ。計画を立てるのはボスの十八番だ。今日中に街の勢力図はさらに変わるだろうよ」

「........なるほど。楽しみにしてるわん」


 腕っ節の強さだけが人の強さを決める訳では無い。


 そう言われたローズは“確かにそうだな”と思うと、もう少しだけこの寄木に止まってみようと判断した。


「─────了解。んじゃ、俺達はその通りに動くよ。ボスから連絡があった。教会に行けとさ。どうする?お前はまだ正式な構成員じゃない。拒否する権限もあるぞ」

「ついて行くわん。それ程までに言うならば、見せてもらおうじゃないのん」


 これが、ローズにとって最良の結果となる。


 彼女は今宵、麻薬カルテルと教会を手玉に取る男の背中を見ることとなるのだ。




【気功術】

 体内にある魔力を“気”に変換し、体内から強化を施す事で身体強化以上の力を手に入れることが出来る武術の一種。

 極めればはかめ〇め波みたいな事も出来たりする為、能力が弱いハンターなどからは希望の星されている。が、かなりの修練と才能がいるためマトモに気功術を使えるのは極わずか。

 大抵の人は基礎すらできずに諦める。



 事務所をロケランで吹き飛ばされ、命からがら逃げ続ける俺とアリカ。


 ジルハードの電話によればどうも相手は麻薬カルテルではなく教会らしく、とりあえず誤解を解くためにも教会に1度皆で行こうと指示を出しておく。


 正直アリカを連れていきたくなかったが、こうなってしまった以上は仕方がない。


 アリカにも事情を話し、彼女には納得してもらった。


 やっぱり誠心誠意お話することが大事だよね。これで“裏切られた”とか思われたら大変だなと思っていたが、俺が包み隠さずに全部話した為かすんなりと首を縦に振ってくれた。


 まぁ、契約の関係上裏切れないというのもあるが、この二日間である程度俺の人となりが分かってきたのだろう。


 少しは信頼関係が築けているといいなと思いつつ、俺達は一旦昨日会の奴らの目から逃れて廃墟の中で身を潜めていた。


「いてて。小さな擦り傷とは言えど、怪我は痛いな」

「この状況でその程度の怪我が痛むという事は、グレイは物凄く冷静なんだな。普通人間なら、アドレナリンが出まくって痛みを感じないぞ」

「言ってるだろ?こういう状況には慣れてるんだ。近所のお菓子屋で駄菓子を買うような気軽さと頻度で襲われるから、いやでも慣れるのさ」

「........やってられないな。家で楽しく遊んでたら飛行機が突っ込んでくるレベルだぞ。殺意がある分尚こっちの方がタチが悪い」

「全くだ。今からでも入れる保険があったら教えて欲しいぐらいだよ」


 毎度毎度望みもしないのに、いつの間にか騒ぎの中心に立っているやつの気持ちも少しは考えろ。


 俺だって好きでやってる訳じゃないんだぞ?このクソッタレが。


 俺がそんな事を思っていると、アリカが何やらゴソゴソとしている。


 何をやっているのかなと覗き込むと、その手は紫色になったり緑色になったりしながらヤバそうな液体を出していた。


「........何それ。今にも悪魔バフォメット辺りを召喚しそうな手は」

「私の能力さ。グレイになら言ってもいいかな。“良薬は時として毒となるメディカルポイズン”。身体から毒や薬草の成分を抽出できる能力さ。この能力があったから、私は研究者になったぐらいだし」

「その能力を使って自白剤も作ったのか。俺の能力と比べて使い道が多そうで羨ましいよ。俺なんて玩具だぞ?玩具。ベビーシッターでもやれってのか」

「あはは。グレイなら意外と似合いそうだな。ほら、子供には優しいし」


 そりゃ、子供が笑う姿を見るのは好きだが、生憎神様がそれを許してくれない。


 本当にクソッタレな神様だよ。


 アリカはその後も色々な色の液体を出しつつ、それらを試験管の中で混ぜ合わせる。


 能力の都合上、試験管とかを持っていた方がいいんだろうな。


「ほら、できた。上級回復ポーションだ。ぶっちゃけグレイの怪我ならそこら辺の薬草でも良かったんだけど、念の為にね」

「じょ、上級回復ポーション........だと?アリカ、お前はこのポーションの価値を分かってるのか?」


 回復ポーションにも、その効力によってランク付けがされている。昔、リィズに使ったポーションは中級。


 骨折程度なら簡単に直してくれるレベルの再生能力があり、お値段なんと50万~100万ゴールド近く。


 それに対して、上級回復ポーションと言えば欠損以外の怪我であれば全て直せるやべー効力を持っており、値段も数千万とかするやつもある。


 そんなものを能力で作れる上に、こんなかすり傷一つに使おうとするとはとんでもないやつだ。


 だってこの能力だけで生きて行けるんだぞ。まず間違いなく厄介事がついてまわるが、それを補ってもあまりあるメリットである。


「分かってるよ。これ売るだけでかなりの金になるだろうしね。グレイじゃなきゃこんな能力は見せないさ。グレイは、金のためにいたいけな少女を監禁して薬を作らせる人間じゃないんだろう?」

「それはそうだが、間違っても他の人に見られるなよ。そりゃ麻薬カルテルが欲しがるわけだ。アリカ1人で金稼ができるんだし........」

「あはは。昔、一度ポーションを人前だ造って問題になりかけてね。その後は人前では作らないようにしてるんだ。グレイは本当に私を対等な仲間として見てるんだね。これを見せたら、てっきり襲われて監禁されると思ってたよ」

「馬鹿言え。ダンジョン攻略するにあたって1番大事なのは、お互いの信頼だ。背中を任せられない奴に背中を任せようと思うバカが何処にいる?それと、契約でできねぇだろ」

「あー、そういえばそうだったね。ま、それが理解できないバカが多いから、私はこの街に流れてきたんだよ」


 そういえば、アリカが小銭稼ぎしながら旅をしていた時もこの能力のおかげで色々と厄介事やら何やらあったらしいな。


 子供ながらに大変な生き方だ。


 俺は思わずアリカの頭を撫でると、上級回復ポーションを受け取り飲み干す。


 怪我はみるみると直り、なんなら古傷までもが消えてなくなってしまった。


「すごいなこれ」

「えへへ。すごいでしょ」


 にっこりと可愛らしく笑うアリカ。


 だいぶ後になってから本人に聞かされた話だが、どうやらアリカはこの力をわざと見せて俺を試していたそうだ。


 もし欲を見せればさっさと行方を暗ますつもりだったが、俺が“他人に見せちゃダメだぞ”と注意したので合格を出されたらしい。


 全く、強かな子供だよ。アリカは。

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