抗争開幕(不本意)
年齢という足枷を嵌められた天才少女アリカ・シュトラトスと、見る人によってはSAN値が削られるであろう怪物マリー・ローズ・ゴリアテが職場体験に来てから2日後。
俺達は特に変わりのない日常を過しつつ、二人との仲を深めていた。
レイズの契約により安全地帯となったこの事務所では、アリカとローズ、そしていつもの面々が楽しそうに遊んでいる。
俺の能力で作り出した玩具は、人々の間を繋ぐには持ってこいの物だ。
共通の話題を作り出し、皆でわいわい楽しく遊ぶ。
大人も子供も、心の底から仲良くなる方法はそう変わらない。
最初の取っ掛りさえ掴めれば、頭のイカれた殺人鬼とかが相手でもない限りは仲良くできる。
「ほー、面白いな。グレイの能力で作り出されたこのゲーム。言語こそ分からないが敵を倒してその素材を使って強くなる事ぐらいは分かる。操作も分かりやすいし、結構楽しいぞ」
「敵の動きをよく見て、隙ができた時に的確に殴ると言うのは分かりやすいわねん。あぁ!!今のちゃんと避けたでしょう?!」
「ははは!!どうやらローズの奴も俺と同じく下手な部類らしいな!!そうなんだよ。このゲーム、モンスターの攻撃を避けるのがかなり難しいんだ........ボスやリーズヘルトは当たり前のように回避するけどな」
「そりゃ、俺は年季が違うからな。リィズに関しては、単純に慣れが早いんだろ」
ゲームという共通の話題を作り出し、その中で多種多様なコミュニケーションを取る。
そしてそのコミュニケーションは徐々に相手の心を開かせ、最初のような警戒心など既にどこにもない。
お袋がよく言っていたっけ。
“ゲームは人の心を繋ぐ道具。使い方次第では殺しに来た相手とも仲良くなれる”って。
俺はその言葉を教わる前に親父にイカサマを習わされ、子供達の遊びの中で使いまくってたからちょっと嫌われてたけど。
親父、自分の子供にイカサマを教える前に、もっと重要なものを教えるのが先なんじゃないか?
例えば、友達の作り方とか。
これは明確な親父の教育不足だったなと、懐かしい事を思っていると討伐完了のメッセージが流れる。
今回はまだ始めたての2人がいるので、全員下位装備でわちゃわちゃ楽しんでいた。
未だに足を引っ張るはジルハードと、一応ソロで全てのクエストを終えた俺。
そして初心者二人。
ちょうどいい塩梅のパーティーバランスと言えるだろう。
その中でもアリカはかなり覚えが早く操作が上手い。やはり、子供ほどこう言う吸収能力は高いのかな?
「なぁ、これはなんて読むんだ?」
「これは雌〇竜の逆鱗だな。序盤では滅茶苦茶レアな素材だぞ」
「へぇ。確か、CH(中国)辺りでこのような字を使っているのは知っているけど、この中にある丸々とした文字は見たことがない。グレイは秘密が多いんだな」
「人間、話せないことの一つや二つはあるものさ。俺の場合は特に話しちゃならん事が多い。そこら辺は理解してくれると嬉しいよ」
「あはは。理解はしているつもりさ。グレイが私を利用しようとしているのではなく、本当に対等な立場でありたいという気持ちがこの2日間でよく分かったよ。それに──────」
アリカはそう言ってギャーギャー騒ぐジルハードとローズを見る。
最初の出会いこそ割と最悪であった二人だったが、ジルハードもローズの見た目になれたのか意外と仲が良さそうであった。
筋肉ムキムキ同士、波長が合うのかもしれない。
「────こうして誰かと騒ぎながら遊ぶ経験は初めてだ。私は物心ついた時から、薬草に興味を持って1人で研究ばかりしていたからな。大学に入った時も企業に入った時も一人ぼっちだった。仕事の都合上話してくれる人はいても、遊んでくれる人はいなかった。こうして誰かと共にテーブルを囲んで騒ぐと言うのは、悪くないものだね」
「........そうか。そいつは良かった。俺の“ゲームで共通の話題を作って仲良くなろう作戦”は上手くいってるみたいだな」
「ははは!!ネーミングセンスが皆無じゃないか。グレイは服もやることもセンスはあるが、シャレのセンスはてんでダメらしいな!!」
そう言いながら、満面の笑みで笑うアリカ。
彼女もきっと、リィズと同じような生い立ちなのだろう。
自分で選択した道な分、少々自業自得感は否めないが、彼女はようやく子供らしい人生を歩み始めたのだ。
やはり、子供は笑顔に限る。俺は
度が過ぎる悪ガキは嫌いだが、それでも多少お痛する子供ぐらいなら許せてしまう。
俺も似たようなものだったしな。
残念ながら、世界中の子供が笑顔で暮らせますようにと流れ星に願い事を唱えることは無いが。
俺は楽しそうにするアリカに向かって肩をすくめる。
「今度はシャレのセンスも磨いておくよ」
「あはは。是非ともそうしてくれ。そしたらもっと楽しくなる。ところで、リーズヘルトやレイズ達はどうしたんだ?朝来た時には既に居なかったようだけど」
今日は朝からレイズやリィズそしてレミヤが居ない。
彼女達には、とある仕事を任せている。
「神のお膝元で天へと上るお薬を売りさばく罰当たりな教会が、昨日ウチの事務所に電話をかけてきてな。どこから聞き付けたのか、アリカが麻薬カルテルが売ってた薬物を作っている本人だとバレたらしい。それで、会わせろと言ってきたから“穏便に”お断りを告に行ったのさ」
「........いいのか?助けられた借りもあるし、そのぐらいは私も付き合うぞ?」
「アホか。考えても見ろ。自分たちの商売を邪魔するようなやつを、教会が快く思うはずも無いだろう?アリカを連れていけば、まず間違いなくお前を攫う。そして、薬の情報を聞き出して監禁しながら薬を作らせるだろうよ。仮にも神に仕える聖職者が子供相手に大人気ない話だが、この街じゃ当たり前のようにある話だしな」
昨日、教会から“アリカを連れてきて挨拶しに来い”と言う留守電が入っていた。
もちろん俺達はそんな要求を飲むわけが無い。
今言ったとおり、奴らがアリカを攫うのが目に見えているなら尚更だ。
そして今、俺はアリカとローズの身の保護を約束している。わざわざワニが口を開けて待っている場所に飛び込むほど、俺も馬鹿ではない。
なので、お断りの旨をレイズ達に頼んである。
万が一戦闘になっても問題ないように足でまといの俺は待機。そして、レイズ1人では囲まれた時が大変なので戦闘力に優れたリィズと何かと万能なレミヤを連れていかせた。
ついでに、“これで手を引け”という意味も込めてドラゴンの鱗をレイズに渡している。
“できる限り穏便に済ませてね”とは言ってあるし、俺達が教会の麻薬ルートを奪う気は無いと言っておくように伝えたのであとは上手くやってくれるだろう。
「すまない。私の軽率な行動のせいで、更に面倒事を引き起こしてしまったな」
「気にすんな。この街じゃ日常茶飯事だ。つい1ヶ月前にはこの街全体を巻き込んだ抗争もあったし、2週間ほど前にはこの事務所の壁と天井が吹き飛びやがった。野良のダンジョンに潜れば構想の生き残りと戦う羽目になるし、今回は麻薬カルテルと既に揉めつつある。な?日常茶飯事だろ?」
「........この街は魔境だな。命が幾つあっても生きていける気がしないよ」
「全くだ。両手両足じゃ数え切れないほどに死にかけたしな」
これでさらに教会と敵対とかシャレにならないんだけど、レイズは上手くやってくれているだろうか?
【ルイス・キャロル】
イギリスの数学者、論理学者、写真家、作家、詩人。童話「不思議の国のアリス」の作者として知られており、この作品はお気に入りの少女「アリス(10歳)」の気を引くために書かれたものだとされている。
定説では少女性愛者と言われていたが(少女ヌードの写真を数多く持っていた為)、現在では否定されている。その理由は当時の少女の裸体は無垢・清浄というイメージであり、大人の女性のヌードはポルノグラフィとされていて、親たちも娘のヌードを取らせたがっていたという背景があるためである。が、真相は当時を生き、ルイス・キャロルを見た者しか知らないだろう。
最悪の街グダニスクに聳え立つ教会。
普段から様々な人がこの教会を訪れるのだが、今日の来客は教会にとってとても重要な客人であった。
この街の中では規模が小さいものの、しっかりとした権力を持つマフィア。
ダンジョン抗争の最中で最も価値の高いダンジョンを抑え、あの軍団相手に僅か3人で勝ち越し警察組織すらも借りがあるグレイファミリー。
その使いが今、この教会の神父ガレイスト・アッシードの前に座っている。
彼は確か、レイズと呼ばれる新入りだ。ボス自ら出てくることなく、三下の彼を寄越している時点で完全なる挑発行為である。
「初めましてミスタ、ガレイスト。敬虔なる信徒のあなたに会えて、私はとても感激しています」
「それは良かったミスタ、レイズ。出来れば、貴方々のボスに直接挨拶がしたかったのだがね」
「ボスはお忙しい方です。申し訳ありませんが、私でご勘弁ください」
嘘をつけ。お前らのボスは事務所の中に引きこもってるだろうが。
そう言いたい気持ちをグッと堪え、ガレイストは交渉の席に着く。
相手はたった三人であの軍団を叩きのめした化け物たち。下手に出るのは悪手だが、だからといって最初から喧嘩腰でもダメである。
ガレイストは出来ればアリカを教会の手元に起きたかった。勝手に麻薬を売りさばかれるのは、かなり面倒になるし小さな組織にとっては大きな金となる。
そうなれば、教会の足元に噛み付く事だってあるだろう。今回の麻薬カルテルの一件は、正しくそれが原因だ。
「では、早速本題に入ろう。君たちのボス、ミスタグレイの応えは?」
「........彼女は既に我々の同志であります。同志を売り捌くほど、我々も愚か者ではありません」
「なるほど。連れてくる事すら拒否をすると。私達はあくまでも話が聞きたいだけだ。麻薬のルートを潰されたくないだけであって、彼女自身が欲しい訳では無い。彼女が麻薬を作らないというのであれば、我々も手を出さない。もう一度、ミスタグレイにそう伝えてもらえるかな?」
これは本心である。
教会としては、麻薬さえ売りさばかなければどうでもいいのだ。
出来れば手元に置いて管理したいが、それが出来ずとも神の名のもとに誓わせればアリカは麻薬を作れなくなる。
その弊害で能力の一部がしよう出来なくなるかもしれないが、それは教会の知ったところででは無い。
が、相手もそれは理解していた。
彼らの答えは断固として“
グレイは“できる限り穏便に断ってね。あ、交渉材料としてドラゴンの鱗をもう1個タダであげていいよ”と言ったのだが、彼らは素直に言葉を受け取らなかった。
普段から賢く頭のいいボスの事だ。
あの言葉の真意は“できる限りこちらに有りになるように交渉しろ。そのドラゴンの鱗をチラつかせて「お前らのダンジョンはいつでも潰せるんだぞ」と脅せ。一切の譲歩を許すな”。
そう捉えてしまったのだ。
グレイ本人が聞いたら“なんでだよ”と言いたくなるかもしれないが、肥大に膨れ上がったグレイへの評価がこの食い違いを引き起こす。
自分達のボスはこれを機に、何らかの手段で教会を潰すか下に置く気だ。
ならば徹底的に煽ってやるのが配下と言うもの。
レイズはそう考えると、ドラゴンのウロコを取り出してテーブルに置く。
急にドラゴンの鱗を見せられたガレイストは、その真意が分からず眉を顰めるだけだった。
「これは?」
「以前、お渡ししましたよね。
「........」
流石にここまで強調されて言われれば、ガレイストもレイズが何を言いたいのか理解出来る。
要は、“あまり舐めた真似してると、お前らの管理しているダンジョンを潰してこのドラゴンのように皮を剥ぐぞ”というわけだ。
もちろん、ガレイストの顔は険しいものとなる。
「その意味、分かっているのだろうな?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。ミスタ、ガレイスト。我々のボスがどのようにしてこと街に流れ着き、どのようにしてこの街の頂点に立ったのかをお忘れなく。あぁ、それとその鱗はボスからのプレゼントだそうです。では、さようなら」
もう話すことは無いと言わんばかりに席を立つレイズと、つまらなさそうに交渉を見ていたリーズヘルトとレミヤが部屋を出ていく。
その様子を最後まで眺めたガレイストは、ニッと笑うと小さく呟いた。
「生意気なガキ共が。面白い。正面切って喧嘩を吹っかけてくるなら、買ってやるとしよう」
そう言って携帯を取り出すと、ガレイストはある場所に電話をかける。
「私だ........あぁ、あぁ。ではやってしまえ。間違っても教会の中で襲うなよ。外に出たら始めろ」
こうして、過大評価されすぎたボスの言葉を裏読みしてしまった部下達による勘違いにより、グレイファミリーと教会の抗争が始まった。
そして、麻薬カルテルもその混乱に乗じて動き始める。
街は再び、戦場と化す。
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