職場体験(マフィア)


 やられ役のヒーローのように吹っ飛んできたジルハード。


 ジルハードは俺達の中でも二番目に強い戦闘員だ。


 そんな彼を吹っ飛ばせる程にまで強い相手となると、正直勝てる気がしない。


 相手が生物である限り、リィズの敵では無いのだがジルハードがここまでボコられているとなると不安になるな。


「大丈夫か?」

「幸い、急所は避けたからな........一応は問題ない。だがヤベェのあの両性カマ野郎。あまりにも強すぎる。俺の能力を貫通して、体の内部までダメージが通ってきてやがるからな。今すぐに逃げた方が────」


 ジルハードはここまで言い終えてから、ようやくアリカと麻薬カルテルの男達に気づく。


 察しのいいジルハードは麻薬カルテルの連中の事は理解したが、場違いなアリカに関しては不思議そうに眺めていた。


「────その可愛らしい少女ロリっ子は誰だ?」

「この怖い麻薬カルテルのおじさん達に追われていた、可哀想な子供だよ。名前はアリカ・シュトラトス。なんでもかの有名なオックスフィード大学を僅か10歳で卒業した天才児だ」

「おうおう、諜報機関所属の元軍人よりもエリートじゃないか。っと、そんなこと話している場合じゃねぇ。今すぐにでも移動しないと────」


 ジルハードがそう言いかけたその時、ドゴォォォォン!!と、地面が揺れるほどの轟音が鳴り響く。


 確認せずともわかる。


 この音は、レイズがその化け物とやらに追われている音だ。


 とんでもねぇな。一体何を殴ったらこんな馬鹿げた音が鳴り響くんだ?


「やべ、こっちに来てやがる。あのオカマ野郎、どうも俺達が標的ターゲットらしい。下手をせずとも、このビルをぶち壊して俺達を生き埋めにできるぐらい強いぞ」

「それは怖いな。麻薬カルテルの連中か?これはレイズの冥福をお祈りしながら逃げるしか無さそうだな」

「........なぁ、お話の途中で悪いが、そのオカマ野郎は巨神兵タイタンの様にでかくて服だけは可愛らしいやつだったか?」

「あ、あぁ。なんなら、かの有名な“鉤十字ハーケンクロイツ”を背負ったちょび髭ヒトラーの様な髭を生やしてたな。見た目がおぞましいと言われる“パブル・マガジンクルトゥフ”よりも精神が削られる見た目をしていたぞ」

「あぁ、なら間違いないな。そいつは私のツレだ。多分、誤解を招いてしまったみたいだな」


 クルトゥフ神話に出てくる怪物よりもおぞましい見た目をしたオカマとか、会いたくねぇな。


 俺はそう思いつつも、アリカがこの街には2人で来たという話を思い出す。


 アリカの相方は、この街で用事があるといって一瞬間ほど別行動を取っていたらしいし、恐らくだがアリカが攫われたと勘違いしたのだろう。


 一応、アリカの話によればその相方は護衛らしいからな。


 護衛が主人をほっぽり出して単独行動するとは、プロ意識の無いやつだ。


 さてどうしたものか。ここで逃げても構わないが、出来ればアリカを俺たちの仲間にしたい。


 ポーションを作れる人材は結構少ないし、彼女は俺達が誠実である限り俺達を裏切らない性格であると考えている。


 きっと彼女は富谷名声に興味もなく、自分の好奇心が満たせればそれでいいというタイプ。


 俺達がその環境を用意し続ける限り、裏切る可能性は低い。


 レイズの契約で縛り付けられるが、契約の隙間をすり抜けようとするやつを仲間に加えたくないしな。


「どうするの?」

「取り敢えずその化け物とやらと話し合ってみよう。きっと話せば分かってくれるさ」

「私が無傷なら、ローズも話を聞いてくれると思う」

「ちなみに、先程の答えを聞いてもいいかい?」

「仲間云々の話か?その裏切りが起きない契約を見てから決める。きっと誰かの能力なんだろう?」


 俺の話を少し聞いただけで、レイズの能力をある程度絞っているとはさすがだ。


 頭の回転の速さはかなりのものだな。アリカ、俺の代わりにボスをやらないか?多分、俺よりも的確な判断が下せると思うんだけど。


 そんなやり取りをしている間にも、戦闘の音は徐々に徐々に大きくなっていく。


 ジルハードですら吹っ飛ばされたような相手だが、レイズも決して弱い訳では無い。


 逃げるだけなら、なんとなるんだろうな。俺と同じで。


「ぼ、ボスゥ!!助けてくだい!!」


 廃ビルの中でしばらく待っていると、汗をびっしょりの掻いたレイズがやってくる。


 その影の中にはナーちゃんの気配もあり、2人はこの鬼ごっこを上手く逃げきれたようだった。


「おつかれレイズ。汗臭いから水でも被っとけ」

「ぶへっ」


 命かながら逃げ、俺たちをみて安心したのか、ハグをしてこようとするレイズに向かって水を具現化して冷静にさせる。


 その汗臭い身体でハグを求めるな。と言うか、俺にハグした瞬間にリィズに殺されるぞ。


 リィズの事をよく理解していない新入りルーキーは、水を被って冷静になったのか一度呼吸を整えてから外からやってくる巨大な女........男?に人差し指を向ける。


 確かに、ビルに入ってきたその巨大なオカマは、そういう系が苦手な人からしたらSAN値が削られそうな見た目をしていた。


 パンパンに膨れ上がった筋肉と、それに全く似合わないゴスロリの様な服。


 正直可愛い女の子が着ていてもちょっとキツイ代物であり、レイズやジルハードはその姿を見て顔を歪めていた。


 リィズは興味が無いのか欠伸をしながら俺の後ろに抱きつき、レミヤは万が一のために動けるようにしている。


 俺は、HENTAIの国日本で生まれ育ったからか“まぁそういう奴もいるよな”程度にしか思わなかった。


「あ、アイツやばいっすよ!!滅茶苦茶強いですって!!パンチ1発で地面がバキバキになってましたよ!!」

「そんなパンチ食らったら、頭が弾け飛びそうだな。怖い怖い」

「頭が弾ける所じゃないっすよ!!壁に脳髄撒き散らして、ピカソもびっくりな前衛的な芸術アートが出来上がりますよ!!」


 やめろよ。想像しちゃうから。


 グチャグチャの脳髄が壁に飛び散り、シミとなっている様子を想像してしまって若干気分が悪くなってしまう。


 死体をごまんと見てきたからこそ、鮮明に想像出来てしまった。


「あらん?こんなにもお仲間がいたとはねん。アリカちゃん、少し待ってて欲しいわん。今すぐにこの糞共を消してあげるわよん」

「1週間ぶりだなローズ。だが、私を助け出す必要は無い。彼等は麻薬カルテルに追われたわたしを助けてくれて保護してくれた側の人間だ。戦う理由がないよ」

「........あら?そうだったのん?それは申し訳ないことをしてしまったわねん」

「殺すのであれば、私の後ろで手足のない豚になっているコイツらを殺すべきだよ。ま、既に死ぬよりも辛い目にあっているから、私としてはどうでもいいけどね」


 アリカはそう言うと、ローズと呼ばれたオカマの元へとトテトテと走っていき、その横に立つ。


 ローズもアリカがこんな所で嘘をつく人間では無いと理解しているのか、俺たちに向けていた殺気を収めていた。


「私の護衛が失礼をしたね。グレイ」

「それはお互い様さ。悪かったな。成り行きで助けたとはいえ、かってに連れ回すべきではなかった」

「あら、随分と話の通じそうな子ねん。この街に住む人間なのだから、自分の非を認めない連中だと思ってしまったわん」

「少なくともこちらにも非があるなら謝るさ。で、アリカ、ローズ。改めて君たちに提案してよう」


 ジルハードすらも凌ぐ戦闘力を持ったオカマと、貴重なポーションを作れるであろう天才少女。


 五大ダンジョンを攻略するのは是非とも欲しい人材であり、人格も見た感じそこまで酷くはない。


 いや、ローズの方は見た目が酷いのだが、オカマとは基本的に良い奴が多いのだ。勝手な想像だけど。


「俺たちの仲間にならないか?この世界をひっくり返し、人類がなし得なかった五大ダンジョン攻略を目指してみようじゃないか。今なら、職場体験受付中だよ」


 さて、彼女達はこの悪魔の手を握ってくれるのだろうか?




鉤十字ハーケンクロイツ

 鉤十字またはまんじの図案は、古代よりヒンドゥー教や仏教、また西洋でも幸運の印として使用されており、キリスト教では十字の図案の1種でもあり、日本では家紋や寺を示す地図記号などで「卍」が多く使われている。また逆向きの図案は逆鉤十字、逆まんじ、右まんじとも呼ばれている。

 しかし20世紀以降にドイツで民族主義運動のシンボルとされ、1920年にナチスが党のシンボルに、1935年にはドイツ国旗に採用した影響により、ナチズムやネオナチのシンボルとも見なされる事が多い。今となっては欧州アメリカなどでタブーマークとされている。




 優秀な天才児とバカ強いオカマ野郎にスカウトを持ちかけた俺だが、俺たちの間にはまだ信頼関係がない。


 アリカは“話が聞きたい”と言い、ローズもローズで何やら考え事をしたあと“私もよん”と言ったので俺たちの事務所へとご招待してあげた。


 手足を切り落とされた豚共は、教会への土産としてジルハードとレミヤに処理をお願いし事務所には俺とリィズそしてレイズとスーちゃんナーちゃんの五人が戻ってきた。


 尚、昼飯をまだ食べてなかったので、帰りタコス屋によって適当なものをお持ち帰り。


 今日はメキシコタコス野郎に絡まれて、タコスを昼飯として食べる。タコス尽くしだな。


「意外と普通に事務所を構えてるんだな。てっきり地下の薄暗い場所にでも拠点があるのかと思ったよ」

「生憎、この街は悪党が白昼堂々と街中を歩けるクソッタレた街だ。史上最悪のテロリストがこんなに堂々と事務所を構えても誰も文句を言わないほどには、この街は悪に慣れている」

「その顔と名前。やはりグレイはあのマルセイユテロを起こした張本人なんだね」

「実に不本意ながら、その張本人とされているよ。あれは狙った訳じゃないってのに、懸賞金を掛けられて追われる奴の気持ちがわかるか?」

「多少は。私も似たようなものだしね」


 そういえば、この子もこの子で苦労してたんだよな。


 俺は11歳の子供がする顔じゃないと思いつつも、話を続ける。


「俺達が望むのは1つ。五大ダンジョンの攻略を手伝う事だ。それ以外は基本的に自由。どこで何をしようが勝手だが、面倒事を引き起こすのは勘弁して欲しい」

「私は正直戦闘力に関しては使い物にならないよ?それでもいいのかい?」

「安心しな。俺の方が使い物にならないから。その対価として、金と身の安全を提供しよう。とは言えど、身の安全に関してはこんなクソッタレな街だ。俺の名前を使っていいぐらいしかできないのは理解してくれ」

「適当に街を歩くだけで絡まれますからね........やってられないですよこの街は」

「そうぼやくなよレイズ。一応、ファミリーに入ってからは絡まれる回数も減っただろ?」

「少しは減りましたよ。少しは」


 強調するように2回言うレイズ。


 俺達は割と色んな組織から恨みを買ってるから、絡まれる時は絡まれる。


 だが、それでも多少はマシになるはずだ。少なくとも、この街では。


 この街から1歩でも出たらヤバそうだよな。特に、POL(ポーランド)から出た時がやばそう。


 FRにCH、更にはアジア諸国や欧州諸国から命を狙われてるんだがら。


 やべぇよ。引きこもりになっちまうよ。


 この国から出たら、あの世へと望まずとも行けそうだよ。


「ちなみに、職場体験とやらはどんな感じなんだ?」

「あー、ウチに1週間入って人となりを見てみるといい。それで信用出来なければはいさよなら。気に入ってくれれば入ればいいよ。その間はポーションの作成やダンジョン攻略はしないし、もし面倒事に巻き込まれれば受け持ってあげよう。どうせ、麻薬カルテルとは揉めるだろうしな。その間の避難場所シェルターとして使ってくれいていいぞ」


 まずは信頼関係から築き上げるのが最優。彼女たちに気に入られてから、初めて仕事の話が出来る。


 そう思った俺は、割と口からでまかせで適当に話していた。


 出来れば欲しい人材ではある。だが、どんな手を使ってでも欲しい訳では無い。


 割とウマが合いそうな子だったので誘った程度なのだ。ダメならダメで仕方がないと割り切ってる。


「契約については?」

「ウチの手下の能力で契約を結べる。そちらが出した条件はできる限り飲もう。効果が不安なら、ちょっと試してみるか?例えば、その契約書に名前を書いたら、三回回って“わん!!”と鳴くとか」

「いいなそれ。やってみるか。それで強制力のある能力かどうかが分かるしな」

「え、アリカちゃんマジでやるのん?」

「ん?効果を確かめるには効果的だと思うが?」


 その後、2人はレイズの能力の効果を確認するために三回回って“わん!!”をやる羽目となった。


 アリカは結構可愛らしかったが、流石にローズはSAN値が削られたな........


 こうして、偶々助けた恩からなのか分からないが、アリカとローズの2人がこの事務所に職場体験をする事となったのである。

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