世界最強の実験体


 ドラゴンブレスさえ気をつければ死ぬ事は無いと気づいた俺達であったが、頭の弱いドラゴンとは言えどそこまで馬鹿ではない。


 息を大きく吸えないのであれば、普通に殺しに行く。


 そんな脳筋思考のドラゴンに、俺達は追いかけ回されていた。


「ぜぇぜぇ........遠距離攻撃の手段がドラゴンブレスしかないのが救いだな。とは言えど、これ程の持久戦をされると死ぬほど疲れるが」

「フゥフゥ........スーちゃんが牽制してくれるお陰で助かってますが、地面に尻尾を叩きつけて石を飛ばしてくるのも厄介ッスね。肉体をどれほど魔力で覆ったとしても、所詮俺達は人間。銃弾のように飛んでくる石に当たれば、多少なりともダメージを喰らいますよ」

「特に俺やレイズはほか三人と比べて弱いからなぁ........こうして生きていられるだけでも、神の御加護に感謝するべきかもしれん」

「神の御加護があるなら、そもそもドラゴンと遭遇してないっすよ!!」


 それもそうだな。


 神の御加護があれば、そもそもこんなところでマフィア稼業なんてやってねぇよ。


 俺はそう思いながら、地面に思いっきり尻尾を叩きつけて砕いた地面の破片を砕くドラゴンを見て即座に対応する。


 幸い、俺の能力は消費魔力が少なく持久戦に向いている。


 ドラゴンの攻撃を牽制しつつ逃げるだけなら、なんとでもなった。


 俺は素早く鉄パイプを纏めて具現化すると同時に、ワイヤーで固定して即席の盾を作り上げる。


 そして、それをスーちゃんが僅かに溶かした地面に固定し身を屈めた。


 スーちゃんは賢い。俺が望んだことを察知して、素早く行動に移してくれる。


 お陰で俺とスーちゃんは、今までにないほどのコンビネーションが生まれていた。


「ナイススーちゃん。帰ったら好きなもん買ってやるぞ」

(ポヨン!!)


 俺はスーちゃんをほめつつ、ドラゴンブレスを吐かせないようにドラゴンの視界に入るように素早く水を具現化。


 頭の弱いドラゴンだが、一度軽い驚異になれば必要以上にそれを恐れる。


 水が視界に入った瞬間、ドラゴンは大きく翼を広げて空へと逃げていった。


「また最初からだな。何度やり直せばいいんだか。俺だって永遠に集中できる訳じゃないんだぞ?そのうち絶対ミスが出る」

「でも、今の所上手くいってるじゃないっすか。俺の出番がなくて寂しいっすよ」

「そうか。ならドラゴンの胃の中に入って銃でも乱射してくれない?そしたらきっとドラゴンは内部から死んでくれると思うんだけど」

「俺は寄生虫アニサキスじゃないんっすよ。胃の中に入る前にバリバリ食われてあの世行きですよ。そういうボスこそ、グレネードとかを飲ませられないんすか?」

「無理。水を飲ませられたのは、何も無い空間から出てきたからだ。目に見えてヤバそうなもんを投げられても、ドラゴンは口を閉じるだろうよ」


 出来るのは精々爆竹程度。しかし、ドラゴンの口の中に爆竹を入れて何になるというのだ。


 口から炎を吐いていると言うことは、ドラゴンの口の中は熱に強い。


 爆竹程度の衝撃じゃ、どうしようもないよ。


 そんなことを言いつつ逃げ回っていたのだが、遂に終わりが訪れる。


 それにいち早く気づいたのは、ナーちゃんであった。


「ナー!!」

「あ、こら、ナーちゃん。危ないぞ」

「ナーナー!!」


 俺の忠告を無視して、影の中から顔を出すナーちゃん。


 そういえば、2回目のドラゴンブレスを封じた辺りからナーちゃん全く出てこなかったよな。


 まさか、影の中を渡ってリィズ達を呼んでくれたのか?


 だとしたらナイスである。流石にそろそろ体力的に限界が来ていたのだ。


 影の中から飛び出し、先頭を走るナーちゃんについて行くと暗い洞窟の中で光り輝く白い髪を靡かせる俺の相方が1人。


 その横には、ジルハードとレミヤも一緒であった。


「ね?だから言ったでしょ?グレイちゃんは絶対に死なないって」

「その割にボスが消えた瞬間は滅茶苦茶焦ってたよな........初めて見たぞ、あそこまでキレてたリーズヘルトは」

「機械である私にすら恐怖を感じさせるほどの殺気は、正直やばかったですね。怖すぎでオイルが漏れそうでした」

「え、お前石油オイルで動いてんの?」

「んなわけないでしょ馬鹿脳筋。シャレだよシャレ」


 俺達グレイファミリーのメイン戦力。


 俺やレイズとは比べ物にならないほど強く、その強さはSランクとまで言われるほどの俺の相方。


「グレイちゃん。お疲れ様」

「まだドラゴンの始末が終わってねぇ。さっさと殺ってくれ。俺は今休息を必要としている」

「はいはーい。私のグレイちゃんのケツを追っかけ回したクソトカゲには、神の鉄槌を食らわせなきゃね」


 その瞬間、リィズの姿が掻き消える。


 風だけを残し俺とすれ違ったリィズは空高く飛び上がると、ドラゴンの頭上まで上がって握り拳を作って振りかぶった。


「私のグレイちゃんを殺そうとしてんじゃねぇよ、この腐れファックトカゲ野郎!!とっとと死んで詫びろや!!」


 ドゴォォォォォォォン!!


 と洞窟全体が揺れるほどの爆音がしたかと思えば、次の瞬間空を飛んでいた覇者は地上へと落ちてその生命の活動に終わりを迎えていた。


 嘘だろおい。


 俺とレイズが死ぬ気で逃げ回っていたあのドラゴンが、パンチ一発であの世へ行っちまったぞ。


 しかも、どんな威力で殴ったらそうなるのか、ドラゴンの頭は消し飛んでいた。


 能力を使う訳でも無く、ただ本気で殴っただけでドラゴンって死ぬんだな........リィズの事を“強い強い”とは思っていたが、正直ここまで強いとは全く思っていなかった。


 これが、Sランクハンター相当の戦力。


 あまりにも一方的すぎる結末に、その場にいた誰もが固まっていた。


「グレイちゃん大丈夫?死ぬ事は無いと思っていたけど、怪我とかしてない?」

「あ、あぁ。俺は大丈夫だ。スーちゃんも頑張ってくれたしな」

(ポ、ポヨン)


 あのノー天気なスーちゃんすら軽く引いている。


 それ程までに、リィズは強すぎたのだ。


 スーちゃんの活躍を聞いたリィズは、頭の上でポヨポヨしていたスーちゃんを抱き抱えると優しく撫でる。


 リィズと仲のいいスーちゃんは、結構嬉しそうであった。


「偉いよスーちゃん。それに比べて、この役立たずルーキーは。テメェ、その身を盾にしてでもグレイちゃんを守れよカスが。ナーちゃんも私達の道案内をしてくれたと言うのに、一体お前は何をやってたんだ?えぇ?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよリーズヘルトの姐さん!!俺は事務員として雇われたんでしょ?!元軍人として最低限の実力はありますけど、流石にドラゴンは無理ですって!!」

「それでもやるんだよ!!万が一グレイちゃんに傷一つでも着いたら、お前をあのドラゴンと同じ目に合わせるからな」

「んな理不尽な........」


 まぁ、レイズは今回のドラゴンから逃げろでは全く役に立ってなかったが、流石に理不尽がすぎる。


 でも悪いけど慣れてくれ。ウチの最高戦力リィズの方がこのファミリーでは権力強いから。


 とは言えど、俺も多少はフォローする。


 何事にも適材適所と言うのがあるのだ。


「まぁまぁ、リィズ。そう言ってやるな。レイズの言う通り、彼は交渉事や事務関連の仕事をしてもらうために仲間にしたんだ。最低限身を守れる強さがあるんだし、及第点だよ」

「む、それもそうだね。そもそもあの負け犬ルーザードッグ共が無駄に足掻くからこうなっただけだし」

「ハッハッハ!!それに、リィズ。レイズは頑張った方だと思うぜ?逃げる時はボスにおんぶに抱っこだっただろうが、それでも自分のやるべき事はやってただろうしな。役に立ってたかは知らんが」


 レイズも頑張ってはいたのだ。


 できる限り俺から気を逸らすために軍用魔弾を撃ちまくってたし。まぁ、役に立ってたかと言われればNOだが。


 少なくとも足は引っ張ってない。


 今回は相手が悪すぎたし、誰一人として欠けることなく生きているだけ上等だろう。


「それで、このクソッタレな素晴らしい鬼ごっこにご招待してくれた奴らは?」

「軍団の手土産にするつもりだと分かってたから、三人ほど生かしてある。そこに魔物が来たら知らんが、少なくとも逃げも隠れもできねぇよ」

「ならいいか。んで、このドラゴンはどうする?」

「ドラゴンは金の成る木だ。血の1滴すらも金になる。上手くバラして持って帰ろうぜ。次いでにボーナスもあるとなお良しだ」

「なら、売った金で肉でも食いに行くか」


 俺はそう言うと、ドラゴンの解体及び運び出しの作業に入るのだった。


 尚、ドラゴンの中でも最も価値のある魔石はリィズが欲しいと言ったので討伐者ボーナスとして上げた。


 アレ、魔石1つで数千万するものらしいが、今回討伐で1番活躍したのはリィズなので誰も文句は言わない。


 血は幾つか容器に入れて保存し、残りはスーちゃんが全部飲んだ。


 このスライム、ドラゴンの血すら飲んでるんだけど急成長とかしないよな?


 ともかく、こうして俺達の二泊三日(帰りに1日かかった)のダンジョン攻略は終わりを告げるのであった。


 どうやらこのダンジョンのボスがドラゴンだったららしく、ダンジョン消えちゃったけど誰も管理してないから問題ないよね!!




【アニサキス】

 アニサキスは鮮魚介類にいることがある寄生虫。 ヒトの体内で成長することはないが、魚にいるアニサキスを生きたまま食べてしまうとまれに胃や腸壁に侵入し、激しい腹痛やおう吐、じんましんなどの食中毒症状を引き起こす。滅多に起こらないが、生魚を食べる時は注意しよう。




 世界最悪とまで言われるPOL(ポーランド)の街グダニスク。


 そんな地獄ですごした方が穏やかに生きれるとまで噂されるこの街にも、形だけの神の救いというのはあるものだ。


「未だにこの街の教会に挨拶に来ないどころか、我々に釘を刺してくるとはな........随分と生意気なガキだ。ジルハードが横に着く気持ちも、分からなくは無いほどにな」


 グダニスクの街から僅かに外れたとある教会。


 そこの教会の神父、ガレイストは机の上に置かれたドラゴンの鱗を見て呟いた。


 今朝、フラッとやってきたジルハードが“ボスから手土産だ”と言って置いていかれたドラゴンの鱗。


 これ一つ売るだけで数百万近くは下らない高級素材なのだが、それをポンと渡してくるには何か裏があるに決まっている。


「昨日、放棄されていたダンジョンが攻略されたと聞く。奴は我々に“何時でもお前らの利権を奪えるのだぞ”と警告してきたのだ。我々の麻薬はダンジョンの中でしか取れない。つまり、ダンジョンを攻略されればこの教会の威厳も地に落ちる」


 このグダニスクの街にある教会は、薬物を売っている。


 しかも、ダンジョンでしか取れない特殊な薬草を加工し裏で流して金を得ているのだ。


 その金を使い、政府や役人とも仲良くしている。


 薬の毒はこの国の中枢まで蔓延していた。が、彼はどのような意図かは知らないがそれに釘を指しに来ている。


“何時でもダンジョンは攻略できるんだぞ”と。


 尚、このドラゴンの鱗を渡した本人は全くそんな事など考えておらず、普通に“挨拶行けてないしこれでご機嫌取れないかな?”とか考えていたりする。


 彼は、未だに裏社会の人間の疑り深さと勘違いのしやすさを理解していなかった。


 と言うか、いつもタイミングが絶妙に悪い。


 今、この街では新しい薬が売られ始めているのだ。ダンジョン産の薬物よりも依存度が少なく、それでいて気持ちよくなれる薬が。


 出処はわかっていない。売人は随分と上手くこの街で逃げていた。


 そんな最中に潰したダンジョンの手土産を持ってこられれば、いやでも疑ってしまうだろう。


 その薬屋との関わりと、この街の覇権を。


「クックック。既に軍団長シュルカはやつの手駒。我々すらも手駒に収めたいのか?神の御加護を受ける我々聖職者にすら首輪をかけようとするとは、随分と罰当たりなガキだ。ベテシメシの連中と同じ目に合わされたいのか?」

「神父様。礼拝のお時間です」


 神父は見習いにそう言われると、ゆっくりと席を立つ。


 そして、タバコを咥えようとして、辞めた。


「いけねぇいねけぇ。神は天へと登らんとする煙が嫌いだからな。神聖なる礼拝堂でタバコを吸った日にゃ、俺が砂漠のど真ん中でダンスを踊る羽目になる。全く、ついでに礼拝堂に来るバカ共にも聖なる裁きが下されてくれないかねぇ。アイツらも好きだろ。高いところ」


 ガレイストはそう言うと、欠伸をしながら静かに礼拝堂へと足を運ぶのだった。




【ベテシメシ】

 旧約聖書サムエル記 上6章19節より

 神をも畏れぬ罰当たりの代名詞。

 ペリシテ人から聖櫃を奪還し、イェルサレムに運ぶ途中一向はベテシメシの村に立ち寄った際、祭司アビナダブの息子エルアザルだけが触れることを許された契約の箱を、70人のもの村人が物見遊山で開いて覗き込み、全員天罰にあたり死んだ事から。

 天地の創造主たる主を畏れない、主の名を呼んだり主に唾棄するというのは、キリスト教圏内において最大の罪である。

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