犬狩りの宴

暫く大人しくしたい


 どうしてこうなった。


 事ある毎にそう思っている気がするが、そう思わざるを得ない。


 異世界に来てから三日目でFRの4分の1を宇宙旅行にご招待したと濡れ衣を着せられ、今世紀最大のテロリストとして国際指名手配された挙句、逃亡中に通ったDEU(ドイツ)では嫌になるほどドンパチに巻き込まれ、今はわずか3人しか所属のいないマフィアのボスとしてこのクソッタレな街に根を下ろしている。


 どこの世界を探しても、俺ほどぶっ飛んだ人生を歩んでいる者もそうは居ないだろう。


 波乱万丈が待ち受ける異世界転生系の小説ですら、もう少しマシな展開を描いてくれるよ。


 どこの世界に僅か三ヶ月で望んでもないのにマフィアになる奴がいるんだ。


「はぁ、どうしてこうなっちまったんだろな?」

(ポヨン?)


 話せない事を聞いてくれるスライムのスーちゃんを人差し指で突きながら、俺は何度目かも分からない溜息を吐く。


 スーちゃんだけだよ。俺の癒しとなってくれる砂漠の湖オアシスは。


 この世界で初めて出会った命の恩人、ルーベルトは俺とリィズを逃がす為に還らぬ人となり、今の今まで俺を守ってくれているリーズヘルト事リィズは、沸点が低すぎてあちこちから面倒事を引っ張ってくる厄災の種ディザスター


 つい最近俺達の仲間となったジルハードは、俺の事を本格的に“ボス”として認めたらしくその行動や視線から敬意を感じられる。


 お前ら、俺をなんだと思ってんだ。


 三ヶ月前まで平和ボケした日本という国で学生やってたんだぞ。ただの学生がマフィアのボスに祭り上げられる気持ちを考えたことはあるか?


 胃に穴が開きそうだよ。


 しかもココは、悪を悪で煮詰めた腐れ野郎共しか集まらない死臭漂う極悪都市。


 大通りから少し外れた道を歩けば、死体がゴロゴロと転がっているような街である。


 不本意ながらテロリストとなってしまった俺が唯一身を隠せる場所ではあるものの、チャカを弾かれれば即死するような俺が1人で出歩けるような街では無い。


 もうヤダ。オウチカエリタイ。


 しかし、“五大ダンジョン”と呼ばれる難攻不落のダンジョンを攻略しなければ神の天罰が下る。


 やっぱ神様ってクソだわ。まだミサイルやら銃を売りさばきながら世界平和を唱える武器商人の方がマシに思えてくる。


 そんな事を思いながら、スーちゃんと戯れていると事務所の扉が勢いよく開かれた。


「ただいまー!!」

「おかえり、リィズ。お使いはちゃんとできたか?」

「うん!!この三日間で私達の偉大さが街に広まったのか、絡まれることも殆どなくてちょっと退屈だったけどね」

「絡まれないのが普通なんだよ。一体どれだけあちこちから恨みを買ってんだお前らは。大通りを歩いていたってのに、普通に襲われたぞ」


 頬に返り血を付けながら、楽しそうに笑う頭のネジがぶっ飛んだイカレ女リィズ


 偶に俺は彼女を助けない方が良かったのでは?と思ってしまうが、あの時はまだ世界の汚さを見たことがないペーペー。


 まず間違いなく、過去に戻っても同じ選択をしてしまうだろう。


 それに、彼女のおかげで今を生きている訳だしな。


「楽しそうでなによりだよ。んで、昼メシは?」

「ビックワッパーとダイエットコーク。ボスの好みが分からんかったから、無難なのを選んだ。嫌いだったか?」

「いや?570年もの間培われてきた歴史の味を嫌う程俺も偏食家じゃないんでな。その肉に使われているのがゴブリンのひき肉とかじゃなきゃ美味しく頂くさ」

「ハッハッハ。そりゃよかった。ちなみにコークは?」

「もちろん好きだぞ。燃やせる程の脂肪分もないのにそのチョイスは、俺をさらに痩せさせるためか?」

「ダイエットって言ってるだけで別に脂肪を燃やす健康飲料じゃないからな?あぁ、それと、丁度軍団の連絡員から資料を受け取ってきたぞ。ダンジョン抗争が終わってから1週間だと言うのに、既にかなりの収益が出てるらしい。その取り分を口座に入れたから確認してくれってさ」


 買ってきた昼食をテーブルの上に起き、軍団から受け取った資料を俺のデスクに放り投げる。


 俺はその資料を拾うと、とりあえず適当に中身を覗いて見てみた。


 うーん、不労所得バンザイ。


 僅か三日で300万ゴールドが振り込まれている。


 と言うか、この街やべぇな。血で血を洗う抗争がつい1週間前に行われたというのに、既に何事も無かったかのような平穏を取り戻しているんだけど。


 つくづくこの街は日本と違うのがよく分かる。


 治安もクソも無く、少しでも隙を見せたらファックされるような街は、この程度の抗争など気にも止めてないのだろう。


 すげぇよ。そのスルー能力。人が冷たいと言われる東京の街ですら、もう少し他人に興味を持ってくれるだろうに。


「1週間で300万ゴールドって凄いな。石油王オイルキングにでもなった気分だ」

「実際ダンジョンから得られる資源は石油とも言えるからな。だからこそ、こうして利権を求めた者ハエが群がる。糞の臭いが撒き散らされて寝るに寝れねぇよ」

「飯の前に糞とか言うな。ママに習わなかったか?ご飯の前に汚い言葉を使っては行けませんってな」

「ハハッ!!生憎生まれも育ちもスラムなんでな。お袋の顔なんざ覚えていねぇよ。物心着いた時には“ファックファック”言ってたクソガキだった」

「そいつは中々の英才教育だな。次いでに人の殺し方も学べたら立派なワルガキの出来上がりだ。警察だって手を焼くし、神の教えを説く神父様ですら両手を上げて更生を諦めるよ」

「そいつは違いねぇ」


 ジルハードは笑いながらそう言うと、ソファーに座り込んで人の顔位あるんじゃないかと思われる程のハンバーガーをパクパクを食べ始める。


 こんなにも相手を煽りまくる会話が俺達の日常。言う側も言われる側もこれが冗談ジョークと分かっているから成立する会話。


 これに心地良さを覚え始めている俺も大概この世界に染まってきたなと思いつつ、資料を置いて昼食を食べることにした。


「グレイちゃんグレイちゃん。この後はどうするつもりなの?三等兵アーミーが私達の手駒になったし、お金の目処も経ったけど流石にまだ“五大ダンジョン”には挑まないよね?」

「この戦力で五大ダンジョンに挑んだら自殺とそう大差無いな。五大ダンジョンの情報も集めなきゃならんし、何より人手が足りなさすぎる。たった3人のマフィアとか聞いた事ねぇぞ」

「5次団体のマフィアですらこの10倍は構成員がいるだろうな。リーズヘルトと俺だけで一個師団ディヴィジョンに相当するだけの戦力があるとは言えど、戦争ドンパチとは訳が違うのがダンジョンだ。もう3人ぐらいはまともに戦えるのがほしいぞ。ボスはお世辞にも強いとは言えんし」

「あ゛ぁ゛?グレイちゃんは強いだろうが!!」


 ダン!!と、床を強く踏み付けるリィズ。


 辞めなさい。せっかく新しく買った事務所の床を穴あきにしたくない。


 俺はリィズを落ち着かせるために軽く頭を撫でてやると、リィズはにへらと笑ってゴロゴロと喉を鳴らしながら下顎も撫でろと言わんばかりにくっ付いてきた。


 リィズは幼少期から人体実験をされていた為か、随分と精神年齢が幼い。それで居ながら化け物じみた戦力を持っているから、余計に手に負えないんだよな。


 俺に懐いてくれているのが唯一の救いだが、俺と言う首輪が無くなった時が怖い。


 もう少し人として成長してくれないかなぁ........


「落ち着け狂信者ファナティック。ボスは戦力として弱いってだけで、指揮官コマンダーとしては超有能だ。この街の情勢を読み取り、ダンジョン抗争が起きる時期を見極めたのは俺ですら出来なかったからな」

「むぅ、まぁ、確かにグレイちゃんの戦闘力はCランクハンター位しかないけど」

「ボスは俺達の頭脳だ。問題は、その頭脳を動かすだけの戦力が整ってないこと。パソコンのCPUだけが優秀でも意味が無い。全てを活かせる環境が整って初めて、ボスの頭脳が世界を回す」


 それ、偶然なんですけどね。


 俺がダンジョン抗争が始まる日を推測出来るわけないだろ。


 我、一介の高校生ぞ?平和ボケした世界で生きてきたただの人間ぞ?


 なぜジルハードもリィズも木偶情報屋も俺の事を全知全能の神ゼウスのように扱うのか。


 コレガワカラナイ。


 もちろん、“偶然だ”とリィズにもジルハードにも言った。


 が、彼らは俺の言葉を聞いても“お、そうだな”程度しか反応せず、まるでこの話を信じていない。


 だーかーらー、偶然だって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!


 何故コイツらは俺の話を聞かない?なぜ俺を百戦錬磨の知将のように扱う?


 俺は黒田官兵衛じゃねぇんだぞ。


 何とか化けの皮を剥がそうとするも、その化けの皮があまりにも分厚すぎる。


“ボスの頭脳が世界を回す”じゃねぇよ。世界は既に回ってんだよ。


 ちょっと格好付けようとして失敗してるよ。


 そして、盲信的なリィズもこのことに関して一切突っ込まない。


三等兵アーミーの癖に分かってんじゃん。グレイちゃんはいずれ世界の頂点に立って未来永劫語り継がれるんだよ!!それこそ、神のようにね!!」

「ハハハ、さしずめ俺達は神の尖兵デウス・ハスターってか?悪くないねぇ。もしくは天使エンジェルか。ラッパを吹く練習でもしておいた方がいいかもな」


 辞めろ辞めろ。ラッパを吹くな。


 審判のラッパが吹かれた時、世界は滅ぶぞ馬鹿野郎。


 と言うか、確か五大ダンジョンの1つは“黙示録”に似た性質を持っているとか何とか言ってたような気がするな。


 インド辺りにあるダンジョンで、今は人一人住む事すら許されない禁制地だとか言われていたはずである。


 もうそれは神というか邪神じゃん。俺を転生させたやつと同じじゃん。


 天使のラッパを吹く手下を従えるのは勘弁だと思いつつも、割と仲良さげに盛り上がる二人を見て意外と上手くやれているんだなと感心するのだった。


 ........それにしても、このビックワッパー。量が多すぎて食いきれないな。


 あ、スーちゃん食べる?俺の残りだけど。




【黒田官兵衛】

 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という3人の天下人に仕えた知将。 戦わず交渉で敵を降伏させるという希有な才能に長け、軍師として秀吉の天下統一に大きく貢献した。




 さて、昼食を食べ終えた俺達。


 俺は食後のデザートタバコを吸いながら、2人に向かって宣言した。


「えー、しばらくの間は大人しくします。二人とも、厄介事トラブルを起こさないように模範たる人間になれるように心がけましょう」

「先生!!絡んできたクズ共を豚の餌にするのは問題ありませんか?」

「この街では日常茶飯事だからヨシ。だけど、できる限り血風呂ブラッドバスにはしないでね」

「はーい」


 今後の方針を決める権利はボスである俺にあるらしいので、とりあえず“ほとぼりが冷めるまでは大人しくしましょう”と言っておくことにした。


 この街は今新たな支配者が出てきたばかりであり、自分達の利権を確保しようと画策している奴が多い。


 少なくとも、軍団がこの街のボスである確固たる地位を築き上げるまでは俺達で何らかの行動アクションを起こすことは辞める事とした。


 まぁ、暴れん坊のリィズも絡まれた時以外は大人しいし、普段通りにしましょうみたいな感じだな。


「ジルハードは面白そうな奴の話でも聞いてきてくれ。出来れば、強くて最低限常識があるやつで頼む。組織にとって1番重要なのは、裏切り者ユダを紛れ込ませない事だしな」

「そいつは俺が1番理解しているよ。とりあえず、バーにでも行くか。ボスも来るか?」

「あー、暇だし行くわ。リィズを一人にすると何やらかすか分からんし、全員で行くとしよう。ちょうど今日金も手に入ったしな」

「お、奢りか?」

「ウチはホワイトマフィアなんでな。福利厚生はしっかりやるつもりだよ」

「やってる事はこの上なくブラックだけどな」


 犯罪してんだからブラックに決まってるわな。


「グレイちゃんと飲みに行くの楽しみだなー。ココ最近は忙しかったし」

「そんなに楽しみか?」

「うん。機関にいた頃より断然楽しい。あの頃は全然楽しくなかった。テロまがいな命令を聞いて、何も考えもせずに実行する。何も楽しくないよ。私はTVゲームのキャラクターじゃないってのに」

「「........」」


 人体実験され続け、何とか生き残ったと思えば組織の駒として働かせられる。


 そんな生き方が楽しいかと言われれば、間違ってもYESとは言えないだろう。


 リィズの言葉は、あまりにも重すぎた。


「今は楽しいか?」

「すっごく楽しい!!グレイちゃんと出会ってからは、この世界に色が宿ったように楽しいよ!!........だからこそ、私はルーベルトを忘れない。いつか、ルーベルトの故郷にお墓を建ててあげたいぐらいにはね」

「........そうだな。いつの日か、アイツの墓の前にチキンを添えてやるとするか」


 しんみりとした空気の中、俺達の過去をあまり知らないジルハードとスーちゃんは........


「いいか、スー。こういう時は何も言わず、何も聞かずだ。詮索屋は長生き出来んし、何より俺達は英国紳士顔負けの紳士ナイスガイだ。静かに見守ろうぜ」

(ポヨン)


 聞こえてんぞ。


 それと、お前が英国紳士顔負けのナイスガイなら今頃世界は紳士淑女に溢れて世界平和を実現してるよ。


「ジルハード、今月の給料ペイは減額な」

「ファ?!そりゃねぇぜボス?!」

「アハハハハハ!!」


 ま、リィズが楽しいなら今はそれでいいか。







 ダンジョンが吹っ飛ぶ条件は、“クリア済みかつ、閉じかけたダンジョンの中から魔力系の攻撃をゲートに仕掛ける”です。そもそもダンジョンクリアが稀なので、まず起こりません。

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