交渉


 ダンジョン抗争が終結してから4日後、俺達は手に入れたダンジョンの近くに事務所を構えることとなった。


 ダンジョンから出た翌日に情報を聞き付けた“木偶情報屋”が、俺達のために手配してくれたらしい。


 三階建てのそこそこ綺麗な事務所では俺とリィズが住むことになり、ジルハードも事務所の近くの家に引っ越してきた。


 尚、コンタクトを取ってきた木偶情報屋は、俺達がダンジョン持ちのマフィアになった事を知ると大爆笑していたようで、俺達と顔を合わせた時も声が震えていた。


 笑いをこらえてんじゃねぇぞ。こちとらマフィア(非常に不本意)だぞ?


“流石にFRを吹っ飛ばした時よりはインパクトが欠けるが、それでも笑えるな”と木偶情報屋は言いつつ、今後必要となるであろう情報を渡してくれる。


 リィズが気に入られているからほぼタダ同然で情報を受け取ってはいるが、今度なにかお礼の品でも持っていくとしよう。


 笑われるのはムカつくが、この木偶の坊に助けられているのも事実。


 好意に甘えるのは結構だが、甘えすぎるのは良くない。


 そんなこんなで、ようやく落ち着いたこの街の騒動は、14のダンジョンを“軍団コー”と呼ばれるマフィアが治めることとなり、残り1つを俺達が管理することとなった。


 俺は、事務所の椅子に腰を下ろして天井を見ながら煙草の煙を吐く。


 どうしてこうなった?


 ダンジョンを制圧した時にも思ったが、毎度毎度何かとタイミングが悪い。


 俺は首からぶら下げた髑髏のネックレスを持ち上げながら、もうここには居ないルーベルトに語りかける。


「なぁ、俺は知らない間にマフィアになっちまったよ。しかも、ダンジョン持ちの。誠に不本意なんだがな........」


 髑髏のネックレスは何も答えない。


 だが、何かを言ってくれているような気がした。


「俺は今後どうなるのかね?仲間は1人と一匹増えたんだけど、どうしたらいいかさっぱりだ。一介の高校生だった俺からすれば、胃に穴が開きそうだよ」


 もしこの場にルーベルトが居たら、何を言ってくれたのだろうか。


 俺は見えないはずの幻覚を僅かに見ながら、髑髏のネックレスを服の中にしまう。


 多分、ルーベルトは“知らねぇよ。自分てめぇの頭で考えろ”と言うだろう。


 あぁ、クソッタレ。考えてもどうにもならないって話だよ。闇の中で生きてきたことの無いやつが、急にテロリストになって今度はマフィアのボスだぞ?


 今時の漫画でもこんな展開はねぇよ。


 事務所のテーブルに足を乗せて、上に向かって再び煙草の煙を吐き出した俺は開き直るしか無かった。


 ここまで来たら、もうどうにでもなれである。多分、神様も楽しんではくれているだろう。


 ........もしかして、楽しんでないからこう言うイベントを起こしているのか?いやいや、そんなことは無い........はず。無いに違いない。無かったらいいな。あって欲しくない。


 俺は気づいては行けない可能性に気づいてしまい、若干顔を青くする。


 アレか?イエス・キリストを史上最大の詐欺師と言ったのが悪かったか?それならムハンマドが史上最大の詐欺師です。イスラム教とかいう過激派が世界を壊す宗教こそが詐欺師でゴミでクソなんです!!


「........どっちも敵に回してそうだな」


 俺がストレスのあまり色々な所へ喧嘩を売ってそうな思考をしていると、事務所の扉が勢いよく開かれる。


 白色のポニーテールと深紅の赤い目をしたリィズが、その頬に返り血を付けて帰ってきたのだ。


 後ろで死にそうな顔をしているジルハードは知らない。何があったのかはだいたい予想が着くが。


「ただいま!!」

「おかえりリィズ。買い出しお疲れ様」

「いっぱい買ってきたよ!!あ、お昼はピザね。グレイちゃんが好きなベーコンピザ」

「お、それはいいな。早速食べるか。幾らぐらい使った?」

「二万ぐらい?でも、絡んできたチンピラから金を巻き上げたから、プラスなったよ。大体6万ぐらいのプラスだね」


 リィズはそう言うと接客用のテーブルにピザを広げ、テキパキと昼飯の準備を始める。


 買ってきた物は冷蔵庫や食器棚に仕舞い、サクサクと準備を進めていた。


「なぁ、ボス。それよりも先に触れることがあるんじゃねぇか?」

「おかえりジルハード。何の話?」

「ボスは、リーズベルトの頬や手に着いた返り血を見て何も思わないのか?少しは気になるだろ」

「いや、さっき言ってたじゃん。チンピラを叩きのめしたって」

「叩きのめしたって言うか、裏道で生ゴミに変わっちまったけどな........リーズヘルトの野郎、手が早すぎるだろ。ビビったぞ。少しリーズヘルトを脅そうとした瞬間に、目の前でチンピラの1人がミンチになりやがった。まだクレメンタイン・バーナベトの方が慈悲深いね」

「誰だよそれ」

「USA(アメリカ合衆国)の殺人鬼さ。アフリカ系アメリカ人の家族を皆殺しにした生贄教会のイカれたアマだ。殺害件数は35人。当時の基準で言えば充分シリアルキラーだな........どこぞの狂犬には遠く及ばんが」


 ジルハードはそう言って、ウキウキで昼飯の準備をするリィズに目を向ける。


 そう言えば、ジルハードは仕事の時以外に会うことはあまり無かったな。


 俺は四六時中リィズと一緒にいるので彼女の手の速さには慣れてしまったが、ジルハードはまだ慣れていないだろう。


 こればかりは慣れろとしか言いようがない。俺が止めるよりも早く相手が死んでいるのだから、止めようがないのだ。


 俺は吸えるところが無くなったタバコの火を消すと、ジルハードに近づいて肩に手を置く。


「慣れろ。そして、諦めろ。リィズに“待て”はできないんだ」

「飼い主以外はな。全く、話気は聞いていたが実際に見ると戦慄ものだ。これで相手が“軍団コー”の連中だったどうするんだよ」

「その尻拭いをするのが俺たちの役目さ。ペットのやらかした事は、飼い主の責任ってな」

「........ボス、アンタも苦労してんだな」


 俺の全てを諦めた目を見て、ジルハードは同情の視線を向けてくる。


 分かってくれるかジルハード。この世界で生きるには穏便な終わらせ方を必要とはしないが、だからと言って過激すぎる方法はもっとダメだ。


 何度もリィズには言っているはずなのだが、この狂犬は頭で考えるよりも先に手が出る。


 俺は、初めてあった頃の弱々しい女の子はどこへ行ったんだと思いつつも、昼飯のピザを三人で摘むのだった。




【クレメンタイン・バーナベト】

 1894年に生まれたと言われている殺人鬼。

 生贄教会の司祭がバーナベトと彼女の友人達に超自然的な力を与え、当局に見つからないようにする「魔法の袋」を与えられた。彼女は、これが本当かどうかを確かめるために最初の殺人を決行。最終的に35人の殺人を自白。

 1912年、僅か18歳であったバーナベトは終身刑を言い渡されたが、1923念に釈放。その後の行方は記録がない。




 昼食のピザを食べ終え、暇つぶしにスーちゃんとチェスをしていた。


 スーちゃんはかなり賢く、1度チェスのルールを教えただけでいとも簡単にチェスを楽しんでいる。


 ちなみに、チェス盤は俺の能力によって具現化された物だ。


 暇つぶし道具は腐るほど具現化できるので、こういう時は役に立つ。逆に言えば、こういう時にしか役に立たないので悲しくなるが。


「チェックメイト」

(ポヨン?........ポヨン........)


 自分ののキングが詰んだことを察したスーちゃんは、悔しそうに体をポヨポヨと動かす。


 俺はその仕草を可愛く思いながら、もう1局やろうかと準備をし始めたその時だった。


 俺の後ろでベタベタとしていたリィズが、何かを感知して俺から離れる。


 どうやら、待っていたお客さんが来たようだ。


「グレイちゃん」

「分かってる。ジルハード、おで迎えしてやれ」

「YESボス。ボスは出来るだけ格好つけとけよ。見栄を張るのは大事だからな」


 ジルハードはそう言うと、事務所を出て行った。


“格好つけとけ”か。取り敢えずこのチェス盤は片付けておかないとな。


 俺はスーちゃんに“また後でやろう”とだけ言って、具現化したチェス盤を消し去るとタバコに火をつけてそれっぽく雰囲気を出しておく。


 ベタベタとしていたリィズを俺の後ろに立たせ、念の為にスーちゃんを防弾チョッキ代わりに服の中に仕込めば準備完了だ。


 お茶の用意?相手はマフィアなんだからそんなもの要らない。向こうが交渉に来るんだからな。


 あぁ、俺の代わりにジルハードがやってくれればいいのに。


 俺はそう思いつつも、投げられてしまった賽を止めることは出来ないと諦める。


 少し待てば、ジルハードがお客さんを連れて来た。


 態々、それっぽいのを演出するために、扉をノックして“失礼しますボス”と言ったには驚いたが。


「ようこそ。ミス、シュルカ。そちらにお掛けになってくれ」

「これはこれは、ミスター、グレイ。手厚い歓迎感謝する」


 某黒い港に出てくるソ連マフィアの幹部のような見た目のシュルカは、そう言うと静かにソファーに腰をかける。


 元セルビアの極左テロリスト幹部。自らを“軍団コー”と名乗るマフィアのボスがそこにはいた。


 金髪の髪を纏め上げ、青く光る鋭い目付きと頬に刻まれた十字の傷。


 明らかに表の人間では無いその見た目は、高校生のペーペーからすれば十分に恐ろしい見た目だった。


 そしてその裏には2人の護衛。1人はゴリラのような見た目をした強者の風格を漂わせる者であり、もう1人は動きからして明らかに軍人。恐らく、軍人の方がドリエスとかいう男のはずである。


 彼女達は、俺の持っているダンジョンについて話し合いがしたいと昨日アポを取ってきた。


 断る理由もなかったのでOKしたのだが、実際に交渉の場となると緊張感が半端じゃない。


 こちとら社会経験ゼロの元高校生だっつーの。


「それで?なんの御用で?」


 俺はできる限り威厳(自分の中では)を出しつつ、シュルカに鋭い視線を送る。


 木偶情報屋曰く、交渉事では弱さを見せたらいけないそうなので、ふんぞり返りながらでの交渉だ。


「昨日話が行っているとは思うが、先日起こったダンジョン抗争にて、我々とグレイファミリーがこの街のダンジョン全てを抑える形となった。我々としては、貴殿らと対等な関係を結びたい」

「それはいい。俺たちとしても、貴方達と対等な関係になれるのは願ってもない話だ」

「それは嬉しい言葉だな。そこで提案がある。貴殿らはたった三人しか構成員がいないと聞いた。それではダンジョンの管理も難しいだろう。我々が人を出すというのはどうだろうか」


 やはり、それが狙いか。


 既にこの街の実権を握っていると言っても過言では無い彼女たちだが、どうも俺の持っているダンジョンがこの街の中で最も価値のあるダンジョンらしい。


 ダンジョン抗争前は知らなかったが、希少鉱石であるミスリルが取れるんだとか。


 その利益を少しでも啜りたい。そして、軍団の人間がダンジョンの管理をしている姿を見せて、この街の地盤を磐石にしたいと言うのが彼女達の狙いだ。


 正直、ダンジョンの管理云々は死ぬほど面倒なので人を送ってくれるのは有難い。では、どれだけ利益を啜ろうとしているのだろうか。


「俺達としてもその提案は有難い。たった三人でダンジョンの管理は面倒だからな。それで、利益の配分は?」

「我々が7.5貴殿らが2.5でどうだろうか」


 舐めてんのか。


 と言いたくなる配分ではあるが、実はかなり譲歩してくれている。


 闇ダンジョンを手に入れたからと言って皆が皆管理できる人手を持っている訳では無い。そんな時、大きな組織に管理を委託することがあるのだが、そのような場合は1.5:8.5が標準だと言われている。


 もちろん、委託する側が1.5だ。


 管理するには人材が必要だし、何かあればすべての責任を持つことになる。そのリスクを天秤にかけると、このぐらいが妥当なのだとか。


 委託する側としても、不労所得分だけでかなりの利益が出るので問題ない。


 そう考えれば、2.5という数字は相当こちらに配慮してくれている。


 が、木偶情報屋から俺はこう言われていた。


『吹っかけれるだけ吹っかけな。大丈夫、向こうは意地でも乗ってくるから』


 信じるぞ木偶情報屋。違ったらその木偶人形をプレス機でぶっ潰すからな。


 俺は1度大きくタバコを吸いこみ、深く煙を吐き出す。


 そして吹っかけた。


「対等と言うなら、5:5が妥当なんじゃないのか?」

「........」


 怖ぇぇぇ!!顔が怖すぎる!!


 俺を睨みつけるシュルカの目は、その視線だけで人を殺せそうなほど鋭かった。


 吹っかけすぎたか?いや、木偶情報屋は釣り上げれるだけ釣り上ろと言っていたのだ。


 俺は俺を信じる俺を信じるぞ!!(錯乱)


 こうして、俺は俺のメンタルと戦う交渉を進めるのだった。


 ........あぁ、ジルハード。今からでもいいから変わってくれない?







 次回、神様掲示板回。

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