今日からマフィア
ダンジョン抗争が始まってから3日後、グダニクスの街にある小さなオフィスでこの抗争の行く末を見守っていたある組織が頭を抱えていた。
「まさかあの
「つい先日までオークがのさばるダンジョンに居たと報告があったのですが、どうやら狩場を変えたみたいでして。ちょうど抗争が始まったその日に来ていたようです」
葉巻を吹かしながら苦虫を噛み潰したような顔をする女、シュルカは広げた地図に駒を起きながらどうしたものかと考える。
彼女達は元テロリスト。セルビアの極左テロリスト“
その昔、彼女が20代だった頃にセルビアで起きた大統領暗殺計画が失敗し、仕方がなく部下達を連れてこの街に流れてきた過激派の人間だ。
その隣で顔色1つ変えることなく佇む大男は、元セルビア軍人。セルビア軍のスパイとして“
彼も指名手配されており、4級指名手配犯となっていた。懸賞金は150万ゴールド。今は、シュルカの右腕としてこの最悪の街グダニクスで活動をしている。
彼らは現在、自身を“
「グレイ........だったか?彼らの戦力は?」
「報告によれば僅か3名です。その中でも
「化け物か?ソイツは。私が現場に行ったとしても制圧は厳しそうだな。殉職した同志はどのぐらいいる?」
「この3日で約100人程。あのダンジョンで殉職した同志は60名以上かと。中には、ヴェイン軍曹等もおりました」
「........ヴェインも死んだのか。あのテロ失敗以降最大の損害だな」
「はい。しかし、あのダンジョン以外の制圧は終わっております。デックギャングのボスとエボラスファミリーのボスも既に確保済みであり、14のダンジョンを手中に収めました」
今回の抗争を引き起こしたデックギャングとエボラスファミリー。本来ならば彼らのどちらかが殲滅されるまで続くはずの抗争だったが、横槍を入れたシュルカ達によってどちらも全滅してしまっている。
もちろん、逃げ延びた者達も多く存在しているが、再建は不可能であった。
さらに、両陣営のボスを捕縛し地下牢に監禁してある。再建をするにしても、誰がボスになるのかで醜い内部抗争が起きるだろう。
ここまではシュルカの計画通りであったが、グレイ達が最も重要なダンジョンを抑えたことにより計画が狂ってしまっている。
彼女は小さく舌打ちをすると、イライラを吐き捨てるかのように言葉を吐く。
「クソッタレが。あの
「どういたしますか?」
「どうもこうも無い。少尉。我々の軍は有限だ。畑から人が取れるSUN(ソ連)とは訳が違うのだよ。撤退だ。これ以上無理に戦う必要は無い」
「ですが、あのダンジョンの価値は計り知れませんよ?」
「彼らはたったの3人だ。ダンジョンを管理するには人手がいる。我々の交渉に応じてくれるだろうさ。賢い頭があればな」
シュルカはそう言うと吸い終わった葉巻を灰皿に押付け、新しい葉巻を吸い始める。
1度大きく吸い込んだ煙を吐き出して、シュルカは小さく呟いた。
「この借りはいつか返す。死んだ同志達の為にもな」
しかし、彼女は理解していなかった。たった三人でダンジョンを制圧した化け物達が、どれほどイカれているのかを。
彼女がその片鱗を見ることになるのは、ダンジョン抗争を終えてから4日後の事だった。
【
セルビアを拠点とする極左テロリスト集団。大セルビア主義を掲げてはいるが、真の目的は旧ユーゴスラビアの再建であり、保守派の現大統領を暗殺して革新派の要人を大統領の座につけようとした時代錯誤な連中。
現在では大統領暗殺計画が失敗に終わった事によって、国内のテロリスト達を狩る“テロ狩り”が行われており、それに伴い旧制人民解放軍も半ば解散状態となっている。しかし、幹部の者達はしぶとく生き残っているため、いつの日かユーゴスラビアを再建するのかもしれない。
ダンジョン抗争に巻き込まれてから3日後、ロクな休憩も取れずに戦い続けたおれの身体と精神はズタボロだった。
目立った怪我こそないが、寝不足による頭痛が物凄い。
判断力もかなり落ちており、戦いの最後の方では何をしていたかあまり覚えていなかった。
しかし、ほぼ休憩を取らずに戦い続けた成果はしっかりと上がっている。目の前に広がる
「ようやく終わったのか........?流石に疲れた」
「最後まで抵抗していた連中も引き上げたみたいだな。やったぞボス。これでここのダンジョンは俺達の物だ。これからはダンジョンに潜らずとも金が湧いて出てくる。不労所得万歳だな」
「不労所得を手に入れるための労力だけで過労死しそうだけどな。生命保険も手に入って万々歳ってか?ついでに労働保険にも入っておくか」
「何言ってんだボス。この街で生命保険を掛けるなんて、そいつを殺す目的がなきゃやらねぇよ。保険が掛けられた3日後には不幸な事故が起きてるぞ」
「今も不幸な事故が起きてる最中なんだがな........ジルハードもリィズも元気すぎる」
ほぼ三徹状態だと言うのに、ジルハードもリィズも普段通り過ぎる。
ついでに言えば、スーちゃんも元気だった。
魔物であるスーちゃんや、人間と言う枠組みで捉えていいのか若干怪しいリィズはまだ分かる。だが、ジルハード。お前は人間だろ。どうしてそんなに元気なんだ?
俺は眠たい瞼を気合いで持ち上げながら、手に入れたダンジョンを見渡す。
ゴーレムが蔓延るだけのクソみたいなダンジョンとは言え、これで俺達もダンジョン持ちの組織か。
しかも、リィズやジルハードが“グレイファミリー”なんて言うもんだから、途中から敵も俺たちをマフィアと認識していた。
やったね!!今日からマフィアだよ!!
........どうしてこうなった?
神に五大ダンジョンの攻略を指示され、ゆっくりと、されど着実に力をつけていこうと思った三ヶ月後にはマフィアになってるんですけど。
神様も困惑してるよ。コイツ何やってんの?って。
「グレイちゃんグレイちゃん。これで私達も立派なマフィアだね!!」
「うんうんそうだね........」
満面の笑みで俺に抱きつくリィズの下顎を軽く撫でてやりながら、俺は今後の事を考える。
なってしまったものは仕方が無い。こういう時、諦めが肝心なのはもう何度も経験してきて理解している。
が、俺はマフィアの運営なんてしたことないし、僅か3人のマフィアなんて聞いたことがない。
たった三人でダンジョンの管理とか出来るものなのか?
たぶん無理だ。
となれば人員を増やさなくてはならない。
採用面接でもやるか。
そんなことを考えていると、干し肉を齧っていたジルハードがポツリと呟く。
「それにしても、最後まで抵抗していた連中は面倒だったな。ありゃ確か“
「コー?」
「あぁ、聞いた話じゃ、セルビアの元極左テロリスト集団だ。大統領暗殺計画が失敗に終わって、去年あたりからこの街に流れてきた奴らだな。軍人の様に統率の取れた行動と容赦のなさで一時期この街で暴れていた連中だ。ボスほどじゃないがな」
「あー、だからやりずらかったのかぁ。距離をしっかりと取って近づけさせない様に弾幕を張られたの、本当にウザかったもんねぇ」
「ウザイだけで、ソイツらを挽肉にできるんだからお前も相当ヤベーぞ。相手は軍用魔弾まで持ち出してたってのに」
「はん!!所詮は雑魚の浅知恵なんだから、殺れて当然でしょ。極左テロリスト集団だかなんだか知らないけど、こちとらFRを吹っ飛ばしたグレイちゃんが居るっての。大統領すらも殺せない雑魚に、私は殺せないよ」
そう言って俺にもたれ掛かるリィズは、機嫌良さそうに俺に頬擦りをしながらゴロゴロと喉を鳴らす。
毎度俺への評価が高すぎるが、もうこれも諦めた。
どうせリィズに言っても聞いてくれないし。
それにしても、セルビアの極左テロリスト集団か。第一次世界大戦をもう一度起こす気なのかね?
かつて世界中を巻き込んだ戦争、第一次世界大戦は、セルビアでオーストリア・ハンガリー帝国の帝位継承者フランツ何とか大公を暗殺した事件(サラエヴォ事件)が引き金となっている。
もしかしたら大統領を暗殺した後、他国からの介入があったと偽装して戦争を起こそうとしたのかもしれない。
流石はテロリスト。やっている事が関東軍と変わらない。
真実は分からないが、少なくともロクな連中では無いのは確かだ。
誠に不本意ながら、俺持ちその碌でもない連中の仲間入りを果たしているのだが。
FR国内では、未だに俺が史上最悪のテロリストとして報道されている。1000万人以上を殺した史上最悪のテロリストであるとPOLのワイドショーで見た時は、お茶を吹きかけた。
幸い、このグダニクスの街は政府ですら手を出せない非合法な地域であるし、木偶情報屋が色々と裏で手を回してくれているため日中堂々と街中を歩けるが、もし今FRに戻ったらありとあらゆる手段を使って俺を捕まえに来るだろう。
こんな腐り切ったゴミの吐き溜めのような街だが、俺にとっては外敵が入ってこない
尚、内側からやってくる敵には目を瞑るしかないが。
俺は深くため息をつくと、戦闘の余波でぐしゃぐしゃになったタバコの箱を取り出す。
幸い、箱だけがぐしゃぐしゃになっただけで、中身は無事だった。
タバコを加え、火をつける。
メンソールのスーッとした爽快さが鼻を突き抜けて、気分が少し落ち着いた。
(ポヨン?)
「スーちゃんもお疲れ様。帰ったら美味しい物を食べような」
(ポヨン!!ボヨ、ポヨン?)
「え?あそこに転がってる死体を食べていいかって?食べたきゃ食べていいけど、価値のありそうなものは溶かさないでくれよ?」
(ポヨン!!)
足元でポヨポヨと跳ねていたスーちゃんは、俺から許可を貰うとそこら辺に転がっていた死体を食べ始める。
魔物なんだから、人間ぐらい食べるのは当たり前だが、実際に見ると少し引くな。
半透明のスライムだから、身体の中で人間が溶かされていく様子が分かりたくなくても分かってしまう。
これが普通の飯ならば“可愛いな”で済むが、こうして見ると軽いホラーだった。
「スーちゃん、すっごく強かったねぇ。チラチラ見てたけど、グレイちゃんの頭の上で酸を飛ばしまくってたよね?」
「仕込んだ甲斐があったな。スーちゃん、かなり賢いし自分で判断して戦ってくれるから、俺は足止めをするだけだ敵がどんどん溶けていくんだよ。頑張ったご褒美をなにかあげないとな」
「なぁ、ボス。スライムってあんな攻撃できたのか?」
「知らん。スーちゃんに教えたらできたから、できるんじゃね?」
「えぇ........」
俺の頭の上で固定砲台と化していたスーちゃんの活躍は凄まじかった。俺に付いてくるようになったあの日から、スーちゃんが少しでも戦えるように酸を飛ばして攻撃すると言う方法を教えたのだが、頭のいいスーちゃんはこれを即理解して実行。
魔物相手の場合は素材がダメになる可能性があるので控えさせたが、人間相手にはぶっ刺さりまくった凶悪攻撃である。
レーザービームのように放たれる酸は的確に相手の顔を溶かし、激痛によってじわじわと苦しめられて死に至る。
リィズが殺した相手の死体も酷い有様だったが、顔が溶けて誰だか判別の付かない死体を作り出したスーちゃんの方が悪質だろう。
まだ、少しだけ苦しまされて死ねるリィズの方が温情がある気がする。
「ボスは、テイマーの中でも上位に入る天才だったのか?」
「そもそもテイマーじゃないって何回言えば分かるんだよ。俺が凄いんじゃなくて、スーちゃんが凄いの。さも当然のように人の言葉を理解してるんだし........食い意地は張ってるけど」
「そこがスーちゃんの可愛いところだよ。家のゴミすら食べ始めたのは予想外だったけど」
人間を美味しそうに溶かすスーちゃんを見ながら、俺達は念の為もう一日だけダンジョンに残った。
そして翌日、このダンジョンは完全に俺たちの手中に収まるのだった。
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