ダンジョン抗争2
順調なゴーレム狩りに暗雲が立ち込め始めたのは、昼過ぎの頃だった。
味気ない昼食を取り、胃が物を消化し始めて眠りを誘い始めた時の事である。
ドーンと、迫撃砲が撃ち込まれたような轟音がダンジョンゲート付近で鳴り響き、何事かと視線を向ければそこからは煙が上がっていた。
「おいおい、マジかよ。マジで言ってた通り、始まりやがった」
「ほら、だから言っただろ。グレイちゃんは分かってたんだよ」
煙が上がった方向を見て唖然とするジルハードと、ウキウキし始めるリィズ。
そして、何一つとして状況を理解出来ていない俺。
リィズは俺が全て分かってたみたいな事を言っているが、何の話なのかすらさっぱり検討がついてなかった。
何を言っているんだお前は。
「どうするボス。このまま機会を伺うか?」
「え?」
「ンなわけねぇだろ。皆殺しだよ!!ね?グレイちゃん」
「え?うん」
「ほら見ろ。それじゃ、私は行ってくるね!!グレイちゃんの計画を成功させるために、ここに居るやつら全員のケツの穴をファックしてくる!!」
何が起きたかを理解している2人と、急に判断を迫られて困惑する俺。
リィズにはいつもの癖で適当に返事をしてしまった為、リィズは汚い言葉を吐き捨てて爆発音が響いた場所へと走って行ってしまった。
待って、せめて俺に状況を説明して!!
俺の心の声も虚しく、リィズの姿はあっという間に消えていく。残された俺とジルハードとスーちゃん。この中で状況を理解しているのはジルハードだけである。
「リーズヘルトに言われた時は半信半疑だったが、まさか本当に起こるとはな。ピンポイントで日にちを当てるなんて、ボスはイエスの生まれ変わりか何かか?」
「誰が
「アッハッハッハ!!それもそうか。ボスはアジア系の顔なんだから、どちらかと言えば釈迦だな」
「あれも詐欺師と変わんねぇよ。それより、リィズを追うぞ」
「へいへい。あの狂人にいい所を全部持ってかれるのは不本意だしな」
とりあえず適当に話を合わせておきつつ、俺はリィズの向かった煙の立ち上がる場所へと向かう。
そこにたどり着ければ、何が起きているのか把握できるだろう........何となく察しが付いてきてはいるが。
よく考えれば小学生でも分かる問題だ。今の情勢の中で、ダンジョン内で起こる事件なんて1つしかない。
“ダンジョン抗争”
最初、爆発が起こった時は直ぐに察することが出来なかったが、冷静に考える時間を設ければ答えに辿り着くのは簡単。
何も考えずにリィズを送り出してしまったが、リィズは一対多の戦いにおいて負ける
むしろ、俺自身がどうやって身の安全を守りつつ、リィズ達の足を引っ張らないようにするかを考えた方がいいかもしれん。
他人の心配をする前に、自分の心配をしないとな。
リィズが辿った道を追えば、次第に銃声やら怒号やらが飛び交う戦場へと導かれる。
各々が能力を使い、それぞれの強みを活かしながら殺し合いをしている様は正しく異世界。
炎やら雷やらが飛び交うこの地にて、明らかに実力が劣るものは即座に死に至るだろう。俺とか俺とか俺とか。
「やってんな。これを見るに、デックギャングとエボラスファミリーだけじゃねぇ。他の組織も多数決仕掛けてきてるぞ」
「
「そんな感じだ。パッと見だけで6組織、俺達のようにどこの組織にも属さない
中には巻き込まれた人達もいるんだろうな。俺もその1人だが。
しかし、こうなってしまった以上は仕方ない。この二ヶ月で色々なことに巻き込まれすぎて、悲しくも慣れてしまった俺は愛銃を取り出しつつ先ずは距離を取る事を最優先にした。
もう少し離れておいた方がいい。でないと死ねる。
「おいボス、俺達も突っ込まないのか?」
「死にたきゃ勝手に突っ込めよ。だが、オススメはしないぜ。今頃リィズが暴れてるだろうからな」
「は?それはどう言う──────────」
ジルハードが何かを言いかけたその時、聞き覚えのある凛としつつもドスの聞いた声が耳に入った。
「このダンジョンはグレイファミリーのもんだ!!邪魔すんなら全員死ね!!」
リィズだ。場所的に俺達とそこそこ近い。
急いで離れないと巻き込まれるぞ。
「離れるぞ。今のリィズに近づくのはヤバい」
「いや、加勢に行った方がいいんじゃ........」
「さっきも言ったろ。死にてぇなら勝手にすればいいが、死にたくなきゃ付いてこい。五大ダンジョンに行くんだろ?それとも、
「分かったよボス」
俺は、有無を言わさずジルハードを連れてリィズからできる限り距離を取る。既にリィズは能力を使用しているはずだ。射程距離的に問題は無いと思うし、こちら側には“胞子”を飛ばしてないとは思うが........
岩の影に隠れた俺とジルハードだが、ジルハードが若干不満そうにしている。
彼もクールに見えて、割と
「なぁ、なんで距離をとるんだ?」
「今に分かる。リィズの能力は敵味方お構い無しの
俺がそう言った直後、それは始まった。
先程まで能力を乱射していた男の1人が苦しみ始め、胸を押えながら倒れ込む。彼だけではない。リィズの近くに居た人間全てが、同じように胸を抑えながらもがき苦しんでいた。
そして、徐々に力を失っていき、そのまま動かなくなる。
「何が........」
「よく見てろ。あれがリーズヘルト・グリニアの能力。“
動かなくなった死体。だが、これだけで終わりでは無い。
真に恐ろしいのは、ここからである。
死体の首が1人出にコロリと落ちると、そこから人の頭程の蜂が姿を現す。全ての死体から現れた蜂は、皆死体の首を切り落として生まれてきた。
「チッ、雑魚どもじゃこの程度しか生まれないか。まぁいいか。使い潰しには丁度いいし」
声は聞こえないが、リィズは恐らくそんな事を言ったのだろう。無惨な姿に変わり果てた仲間を見て、怖気付いた者達に蜂を襲わせると戦場は一気に混乱を極め始めた。
術者であるリィズを殺そうとする者、蜂の駆除を優先する者、冷静に距離を取って状況を見つめようとする者。反応はそれぞれだが、“この女を放置するとヤバい”と言う認識だけは共通している。
さながらリィズは魔王だな。今までいがみ合っていた人類達が、強大な共通の敵を見つけて手を取り合うみたいな。
やってる事主人公かよ。
「なるほど........何が起きたかよくわからんが、アレに巻き込まれる可能性があったのか。そりゃ逃げるわな。体内から蜂が出てくるとか、今どきのB級映画でも中々お目にかかれない傑作だ。キラースノーマンとタメを張れるぞ」
「殺人鬼の雪だるまが出てくるよりかはマシだろ。シュール過ぎて全く怖くなかったぞ」
「それはそう」
ジルハードはそう言うと、次々に敵を殺していくリィズを見て引き気味に笑い、吐き捨てた。
「ハハッ。ありゃ勝てんわ」
でしょうね。俺もリィズの能力を初めて見た時にそう思ったよ。
俺はジルハードの感想に深く同意しつつ、リィズの射程範囲外に逃げるように再び移動するのだった。
まぁ、アレでもまだ本気じゃないらしいんですけどね。初見さん。
【
射程20メートル程。
具現化系の能力に思えるが、正確には魔法系に属する能力。具現化された女王蜂は胞子をばら撒き、その胞子を吸った者に寄生する。やがて胞子は羽化し、寄生した宿主を喰らい始める。やがて体内を食いつくし、成虫の蜂として生まれた働き蜂は女王のために身を粉にして働く。女王蜂本体はさほど強くないが、働き蜂は宿主の魔力の質や量によって強さが変わる。女王蜂が何らかの被害にあった場合、具現化された女王蜂は消える。この時、働き蜂は女王の巣に帰る。
尚、女王蜂を具現化せずとも胞子を使うことは可能であり、女王の具現化が必要なのは働き蜂を出す場合のみ。
再び具現化された際、働き蜂も一緒に具現化される。生物に対してバカ強い。もう、君一人でいいんじゃないかな。
ジルハードは半信半疑だった。
グレイが急にダンジョンを変えると言い出した時は、単純にオークがメインのダンジョンに飽きたからだと思っていた。
が、しかし、彼は狂犬に耳打ちされたのである。
“その日にダンジョン抗争が起きるから、準備してこい”と。
有り得ない。
ジルハードは先ずそう思った。この二週間近く一緒に行動して、ジルハードは自分のボスであるグレイという男がどれ程頼りないかを理解しているつもりだった。
戦闘能力は精々Cランク下位。何か突出している部分もなければ、頭の良さを感じる事もほとんど無い。
唯一、スライムをテイムした事には驚いたが、その程度であった。
仕方がなくこの街に流れてきた大量殺人鬼。それが、つい先程までのグレイへの評価である。
だから、この日ダンジョン抗争が起きるとは欠片も思っていなかった。
(念の為に準備しておいて良かったな。まさか本当に起こるとは........ボスは一体どうやってこの日と当たりをつけんだ?)
ジルハードも闇に生きる住人であり、毎日の情報収集は欠かさない。
情報は持っているだけで武器となり、時として自分の身を守ってくれる大事な戦力である。
そんな彼ですら、見抜けなかったこのダンジョン抗争。それをさも当然のように当て、顔色を一切変えないグレイへの評価は180度変わったのである。
(きっとFRを火星にまで吹っ飛ばしたのも何かの策だったんだろうな。聞かない方が身のためか)
ジルハードは少しだけ危険な好奇心に駆られながらも、リーズヘルトから逃げてきた敵を殴り殺す。
肉体を強化したジルハードの拳は、人間の頭蓋骨など木の板のように粉砕することができた。
「オラァ!!このダンジョンはグレイファミリーのもんだ!!殺されたくなけりゃサッサと失せろ!!この
声を張り上げ、ここのダンジョンが自分達のものだと主張をする。このダンジョンでは、希少金属であるミスリルが取れることが分かっている。採掘するのは大変だが、金以上に価値のある鉱石であり、この街にある15のダンジョンの中で最も価値を持ていた。
ここを抑えれば、金は吐いて捨てるほど入ってくる。
これも全て計算の内か。ジルハードはそう思いつつ目の前の敵を殴り殺しては、無造作に放り投げる。
金があれば、それだけでやれる事が広がる。一度は諦めた夢の果てに、大きく近づくことが出来るのだ。
(そう言えば、ボスは大丈夫なのか?頭が良いから大丈夫やろって思って置いてきたが........)
ふとそんなことを思いグレイがいる方向に視線を向ければ、彼は頭にスライムを乗せてノリノリで敵兵をなぎ倒していた。
........主に頭の上に乗っているスライムが。
「ハッハッハ!!頑張って練習をした甲斐があったな!!殺っちまえスーちゃん!!
(ポヨーン!!)
グレイの頭の上に乗ったスライムは、触れれば一瞬で溶けてしまう程の強力な酸を吐き出して迫り来る敵を溶かし殺す。
しかも、あまりに強力すぎる酸は地面をも溶かし始め、足場を悪くしていた。
そんな中でグレイは自身の能力を使用し、相手への嫌がらせを続ける。
ワイヤーで足を引っかけつつ、倒れた場所に釘を具現化。致命傷にはならないが、痛みで顔を歪め動きが鈍った敵にスライムが正確に酸を当てて溶かす。そして、敵が接近しようとすれば持っていた銃で牽制しつつ囲まれないように逃げる。
逃げつつ、一定距離からチクチクと相手をいたぶるやり方は、ある意味効果的だった。
明らかにイラッとして冷静さを欠いた敵から順に始末していくその姿は、
弱いなりの戦い方ではあるが、ジルハードから見れば自分の強みを最大限に活かした頭のいい戦い方である。
「あの変な能力で、あそこまで戦えるのか。と言うか、スーの奴はいつの間にあんなこと出来るようになったんだ?」
ジルハードはグレイの戦い方に感心しつつも少し呆れ、スライムがあそこまで有効的に使えるのかとスライムへの評価を改める。
普通のスライムではこうも上手くいかないが、知能が高く変異種であるこのスライムには朝飯前の芸当だった。
「俺も頑張らないとな。新参者こそ、戦果をあげるべきってな」
混沌を極めるダンジョン抗争の中で、ジルハードは自分を鼓舞するとリーズヘルトの居場所を確認しながら的確に敵を殺して回るのだった。
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