ダンジョン抗争1


 ダンジョンでスライムのスーちゃんを仲間に加えてから数日後、最近集合場所としてよく使われるバーの個室で俺達はのんびりと昼食を取っていた。


 毎日のようにダンジョンに潜っては金を稼いではいるものの、休息は大事である。今日は完全にオフの日として、ぶらりと街中で買い物をするのもいいかもしれない。


 ジルハードを仲間に加えたこともあってかバーテンダーとも随分と仲良くなり、こうして個室を使わせてくれるようになった。


 やはり、どこの世界に行っても人との繋がりというのは大事だな。俺の場合はチャカをぶっぱなして殺意むき出しで殺しにくる奴の方が圧倒的に多いが。


「あのダンジョンも飽きてきたな。オーク以外は特にめぼしい魔物もいないし、狩場を移すのもアリかもしれん」

「それはいいな。そろそろ豚どもの相手をするのも疲れてきたんだ。偶には気分転換に、ほかの魔物を狩るのもいいだろ。どこにするんだ?」


 真昼間から酒を飲むジルハードは、手に持ったグラスをグイッと飲み干すとオーク肉のステーキに豪快にかぶりつく。


 切り分けるようなナイフが用意されているというのに、それを使わないとは野蛮なことこの上ない。


 行儀は悪いがここはプライベート空間なんだし、俺がとやかく言う必要はないが。


「ナイフを使えよ。原始人かテメェは」

「あいにく、ちまちまと食べるのは好きじゃなくてね。それにここは高級料理店じゃなければ、俺達は貴族でもねぇ。そうだろ?ボス」

「まぁ、ジルハードがどう食おうが勝手だが、見ている側としては少し不快だな。GBR(イギリス)にでも行ってマナーを学んできたらどうだ?」

「ハッハッハ!!話す事と嘘を吐く事に舌の全てを使ってるヤツらの飯なんて、不味くて食えたもんじゃねぇよ!!スーですら嫌がって食わないだろうぜ。なぁ?」

(ポヨン?)


 ジルハードは豪快に笑うと、隣でオーク肉を貪るスーちゃんのプルプルボディーを人差し指で突く。


 食い意地の張っているスーちゃんは、大抵のものはなんでも食べる。もちろん、美味しい物の方が好きだが、元は魔物。暇な時は家のゴミすら食べている(消化してる)ようなヤツなのだ。


 お陰で家はピッカピカ。我が家の掃除機は今やル〇バ以上の有能さを持っている。


 それでいながら、この愛嬌のある可愛いボディーと仕草だ。


 最初こそ警戒していたリィズですら“スーちゃんスーちゃん”言ってるのだから、スーちゃんの魔性さは侮れない。


 そんなスーちゃんですら食べることを拒否するGBR料理。俺は前世で食べたことがないので少し食べてみたい気もするが、間違いなく後悔しそうだな。


「その汚らしい手でスーちゃんに触るな“三等兵アーミー”。スーちゃんが嫌がってるだろうが」

「それはお前の主観だろリーズヘルト。スーも嫌なら自分で逃げるさ」

「お前らスーちゃんを巻き込むな。困ってるだろうが」


 スーちゃんを挟んで軽口を叩き合う2人に注意をしつつ、俺もオーク肉のステーキを食べる。


 どこぞの蛮族とは違ってちゃんとナイフで肉を一口サイズに切り分けてから、口の中に運んでいった。


 やっぱりオーク肉は美味いな。塩コショウだけで食べるのも悪くないが、こうして下処理をしっかりとした上でソースをかけて食べるのも美味い。


 前の世界でならこの肉は天下を取れていた事だろう。


「それで、ダンジョンを変えるってどこにするんだ?この街には大小合わせて15個のダンジョンがあるんだぞ?」

「ここにしようと思ってる」


 俺はスマホを取り出してこの街の地図を見せると、街の中心部から少し逸れた場所のダンジョンを指さした。


 ここ最近は、エボラスファミリーとデックギャングの抗争が激しくなっている。噂では、何時全面戦争が起こってもおかしくないらしい。


 ギャングやマフィアが抗争をする場合、その抗争のやり方は大きくわけて2つ。


 1つは相手の拠点にカチコミを掛けて構成員を諸共ぶち殺すやり方。


 これは、ダンジョンを持たない者同士がやることが多く、大抵の場合は治安局などに介入されないように賄賂を渡してから仕掛けるものだ。


 一般市民にも被害が出やすく、中には何千人と死人が出た事なんかもある。


 今回抗争の主役となっているエボラスファミリーとデックギャングは、お互いにダンジョンを持っているのでこの方法を使うことは無いだろう。


 2つ目は、ダンジョン内での殺し合いだ。


 闇ダンジョンというのは、持っているだけでその組織のステータスとなる。


 重要な収入源になるだけでなく、ダンジョンとその近くは自分達のエリアだと主張できるのだ。


 そんなダンジョンの主権を取るのは割と簡単である。


“ここは俺たちのダンジョンだ”と主張すればいい。


 それだけ?と思うかもしれないが、そもそも政府以外がダンジョンの管理をする事は犯罪であり、どこかがダンジョンを所有しますなんて権利書を発行してくれる訳じゃない。


 そうなれば、勝手に主張するしか無いのだ。


 そして、その主張した者同士が殺し合う。最後に生き残った奴の勝ちバトルロワイヤルの始まりだ。


 手に入れた後も大変で“ここは自分達のダンジョンだ!!”と主張する奴が居なくなるまで、殺し合わなければならない。


 デックギャングはこの手法を使い、実に5つのダンジョンをエボラスファミリーから奪い取っている。


 本格的な抗争が起きればどこのダンジョンも混乱に乗じて殺し合いが始まるだろう。しかし、台風が過ぎ去るまでダンジョンに潜らないという選択肢は無い。


 五大ダンジョンに挑もうとしている奴らが、たかが人間相手にビビってられるかってんだ。


 ........俺はビビってるけど。


 でも、俺は彼らのボスである以上はやる気を見せなければならない。ジルハード、俺も人の上に立てる器じゃないんだが、さては人を見る目が無いな?そんなんだから裏切り者ユダが現れるんだよ。


 俺が指を指した場所を2人は覗き込む。スーちゃんもノリで覗き込んできた。


 どうだ、抗争が起きても大して戦闘が起こらないであろう小さなダンジョンを選んだぞ。


「おい、ここは........まぁいいや」

「おおー、次はここだね?楽しみだなー」

(ポヨン)


 何かを言いかけたジルハードと、楽しそうなリィズ。そして、何も分かってないけど取り敢えず合わせとけと言った感じで揺れるスーちゃん。


 後ほど、ジルハードの言いかけていたことをちゃんと聞けばよかったと後悔するのだが、この時の俺が知る由もない。




【GBR(イギリス)のクソマズ飯】

 こちらの世界線でもイギリスの料理は死ぬほど不味いことで有名。ダンジョンが出現し400年以上経った今でも、料理の不味さは変わることなく“GBRに行くなら料理本を持って行け”と言われる程。

 この世界で1番不味い料理としてギネスに乗っている料理は、GBRで作られた“ゴブリン肉のゼリー寄せ(カレー風味)”。

 一度食べれば、全ての料理が美味しいと感じられるようになるんだとか..........




 翌朝、俺達はデックギャングが治める小さなダンジョンに来ていた。


 デックギャングが治めている地域ではあるが、街の中心部からは随分と離れておりこのダンジョンは小さいため人気は薄い。と、思っていたのだが........


「結構な人が居るな。しかも全員ピリついてる」

「そりゃそうだろ。今はデックギャングとエボラスファミリーの抗争が激化してるんだ。気を抜いて背中を見せたが最後、自分テメェの頭に新たなケツの穴を拵える事になるぞ」

「糞の代わりに脳髄が撒き散らされるな。どちらにしろ、異臭が漂う事に違いは無さそうだ」


 ダンジョンを管理するデックギャングの面々は、かなり慎重な面持ちでダンジョン内に入って行く人たちを監視しており、怪しい動きを見せた奴は問答無用で引っ張られている。


 共産主義という名の一党独裁国家よりもやり方が酷いとなれば、ダンジョンに潜る人々も大人しくなりつつもピリつくだろう。


 恐らく、この場で俺ほどリラックスしているやつはいない。俺の場合は、引っ張られたらそれまでだと割り切っているのだ。


 ........悲しい事に、あの筋骨隆々の野郎どもに勝てる気がしないので諦めていると言った方が正しいが。


「グレイちゃんは落ち着いてるね。流石グレイちゃん」

「ボスは恐れ多くも、五大ダンジョンに挑む馬鹿だからな。キモの座り方が違ぇぜ」

「うんうんそうだね」


 実際は諦めの極地に居るのでどうしようもないのだが、毎度の如くリィズは俺を肯定的に見てくれる。


 やめて。俺の評判を上げないで。


 そう言いたいのは山々だが、言ったところでどうせ人の話を聞かないので、俺は諦めて適当に頷くだけだった。


「おい、三等兵アーミー。グレイちゃんがここに来た理由は分かってんだろうな?」

「もちろん分かってる........が、本当に今日起こるのか?」

「グレイちゃんが、なんの考えも無しに潜るダンジョンを変えるわけねぇだろうが。“飽きた”ってのは建前で真の目的は別だよ」

「ボスの反応見るに、何も考えてなさそうだがな........」


 後ろで2人が何か話しているが、声が小さすぎで何を言っているのか分からない。


 聞き返してもいいのだが、ダンジョンに潜る順番が来てしまった。


「行くか」

「おう。任せとけ」

「レッツゴーだね」

(ポヨン)


 ダンジョンのゲートを潜ると、そこは完全なる別世界。


 岩の山が幾つも存在し、木々の無い枯れ果てた土地となっていた。


「森のダンジョンとはまた違った世界だな。空気が乾いてるし、草木が一つも無い」

「山岳系のダンジョンだな。岩山があちこちにあって、その環境に適応したと思われる魔物が多く存在してる。代表的なのは、ゴーレムと呼ばれる種類の魔物だな」


 ゴーレム。


 数多くのゲームにも登場する魔物であり、この世界ではそれなりに強い魔物として知られている。


 基本は土を固めて出来た身体を、魔石から供給される魔力によって動かしている魔物であり、資源となるのはその土と魔石。


 土は魔力を豊富に含んでおり、これをレンガやコンクリートに加工するととてつもない強度を生み出せる様になる。


 その硬さはなんと、RPGの爆発にも耐えられるんだとか。


 物理攻撃に強く、魔法攻撃に弱い典型的な物理受けタンカータイプの魔物である。


「ゴーレムは私の能力が効かないから面倒なんだよねぇ。生きてたら楽に殺せるのに」

「その時は外装ごとぶち壊すだろ?リーズヘルトからしたら大して変わらんよ。ボスは怪しいが」

「大丈夫。俺にはスーちゃんが居るからな」

(ポヨン)


 スーちゃんは俺の首元から器用に身体を出すと、“任せろ”と言わんばかりに身体を震わせる。


 街中で魔物を見せびらかして歩く訳には行かないので、スーちゃんは俺の防弾ベスト代わりとして体に纏わり付いてもらっている。


 スライムは種族的特徴で衝撃に強い。斬撃相手はとても弱く、あっという間に殺られてしまうが、軍用でない銃弾程度ならば余裕で受け止められるのだ。


 これは、スーちゃんが身を持って実証してくれたので分かっている。


 少し前にダンジョンに潜る為にお留守番をさせようとしたら、物凄く嫌がってジェスチャーで“この銃をわたしに撃ってみろ”とやったのは驚いたものだ。


 最弱の魔物なんて言われているスライムではあるが、スーちゃんはそんじょそこらのスライムとは訳が違う。


 食い意地が張ってるし、俺達の言葉を理解できるだけの頭の良さもある。リィズ曰く、変異種なのではないかなんて言われているが、真実を知るのはスーちゃんだけである。


 やる気に満ち溢れるスーちゃんを見てジルハードは僅かに首を傾げると、スーちゃんを指先で突ついた。


「スーが何か出来るとは思えんがな........まぁ、防弾替わりにはなるか」

「馬鹿言え、スーちゃんはちゃんと戦えるぞ。後でスーちゃんの凄さを見せてやる」

「そいつは楽しみだが、ボスは戦わねぇのか?」

「必要になれば戦うさ。必要になれば」


 俺が戦っても足でまといになるので、できる限り戦わない方針で行きたいです。


 その為に、小さめの利益が少なそうなダンジョンを選んだんだから。


 この生活にも慣れたとはいえ、俺はオーク相手に苦戦する様な雑魚。対人ならばともかく、グレネードですらも余裕で耐えそうなゴーレムに勝てる気はしない。


三等兵アーミー、グレイちゃんを疑ってんのか?ぶち殺すぞ」

「疑ってはねぇよ。狂信者ファナティック野郎。ただ、偶にはボスの戦いも見てみたいと思っただけだ」

「なら今日中に見られる。テメェは大人しくグレイちゃんに従っとけや」

「はいはい分かりましたよ」


 うん、仲が良さそうで何よりだな!!(現実逃避)


 俺は心の中で現実逃避をしつつ、ぷにぷにのスーちゃんをぷにぷにするのだった。




【ゴーレム】

 魔導生命種ゴーレム科に属する魔物。

 ゴーレムにも数多くの種類が存在し、中には超希少金属で出来たゴーレムも存在する。

 基本は土を魔力で固めた者が多く、弱点は魔石と魔力を纏った攻撃(水魔法が最も有効)。

 体の内部から魔石を引っこ抜かれると生命活動を停止し、ただの土塊へと姿を戻す。

 見た目はダンジョンによって様々ではあるが、グレイたちがいるダンジョンでは某竜のクエストに出てくるような見た目をしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る