スライムのスーちゃん


 このクソッタレな街に来てから一ヶ月が過ぎた頃。この街で毎日のように騒ぎを起こしていた俺達の生活も大分落ち着いてきた。


 俺達に絡んできた馬鹿どもが皆豚の餌になった事により、俺達には極力関わらない方が身のためだと彼らが学んだ事に加え、この街を治めるエボラスファミリーと最大のギャングであるデックギャングの抗争が激化している事。この2つが、俺達に安寧の日々をもたらしていた。


 それでも尚3日に1回程はどこぞの脳足らずに絡まれて可哀想な運命を辿ることになるのだが、それは自業自得なので同情もクソも無い。


 なんでこういう連中は学ばないんだ?街に来て即、名をあげるのに適しているのは間違いないが、少し情報を集めればその全てが殺されているか誰かの臓器の代わりになっている事ぐらい分かりそうなのに。


 彼らの頭の悪さは中学二年生よりも低い。きっと厨二病をこじらせた上で、学がないのだろう。


「お、オークだ」

「今日の昼飯は決まりだな。塩コショウは持ってるか?」

「持ってる。最初こそあの見た目は嫌だったが、今となってはただの肉塊にしか見えないな。高級豚肉だぜ」

「ハッハッハ!!違ぇねぇな。オークの肉は美味いんだ。なんせ星付きミシュランに乗ってる店の殆どはオーク肉が使われてる料理があるからな」


 森を主体としたダンジョンで見つけたのは、オークと呼ばれる魔物。


 2mを優に超える身長と、豚以上に丸々と太った腹。ゴブリンと同じ緑色の皮膚を持った醜い顔をしたこの魔物の肉は、高級豚肉ですら敵わない程の美味さを持っている。


 ジルハード曰く、体内に蓄積された魔力によって肉が美味くなるらしいが、そんなことはどうでもいい。


 今は昼飯時。一応、弁当代わりに干し肉を持ってきてはいるが、味気なさすぎるのでオーク肉を食べたい。


 最初こそ、その見た目も相まって食べることすら躊躇していたが、今となっては動く高級豚肉。


 魔力を含んだ肉は腐りにくく、それでいながらかなり良い値段で売れるので狩らないという選択肢はなかった。


「誰がやる?」

「私はパス。偶には役に立て三下」

「へいへい。兵士ソルジャーになるって言ったのは俺だし、やりますとも。ボスは火でも起こして周囲の安全確保でもしておいてくれ」

「分かった。気をつけろよ」

「はん!!あの程度の雑魚に殺られるようなら、五大ダンジョンになんて挑めないさ。20秒で殺してくる」


 ジルハードはそう言うと、全身を魔力で覆って身体強化を発動し、目にも止まらぬ早さでオークを倒しに行った。


 うん。俺はその雑魚にそこそこ苦戦するんですけどね。


 俺の実力は未だにCランクハンター下位程度。玩具(玩具かどうか怪しい)を使って相手を翻弄しつつ、グレネードを口の中に詰め込ればオークにも勝てるが、あそこまで気軽にオークを殺しに行くことはできない。


 補助向きな能力な上に、圧倒的火力不足。


 対人ならば多少は何とかなるのだが、魔物相手となるとゴブリンとかそこら辺のカーストの低い相手でなければ圧勝は難しかった。


「ジルハードは大丈夫だろうし、火を起こすか。“昔懐かしの玩具箱トイボックス”」


 俺は後ろでオークと戯れるジルハードの笑い声を聴きながら、自身の能力を発動。


 魔力によって具現化されたのは、何十本もの木の棒とマッチだ。


 木の棒が玩具判定は分かるが、マッチも玩具判定なんだよな。相変わらずこの能力の基準が分からない。


 俺はそう思いつつも、火種となる木のクズをナイフで作り出してマッチで火をつける。


 この手の作業も慣れたもので、火をつけるのに10秒もかからなかった。


「本当に便利だよねぇ。グレイちゃんの能力。無人島に何を持っていくかって聞かれたら、迷わずグレイちゃんって答えるよ」

「水も食料も火も出せるからな。木の板も出せるし、家も作れるぞ」

「やっぱり可笑しいよその能力」

「リィズに比べればマシだと思うがな........」


 俺は1度だけリィズの能力を見た事がある。リィズの能力は多対一に向いており、圧倒的な強さを誇っていた。


 たぶん生物が相手なら、ほぼ勝てるんじゃないかな?


 俺の能力がめずらしい言っている癖に、リィズの能力はもっと珍しい。少なくとも、俺はリィズと同タイプの能力者を見たことがない。


「その点、ジルハードの能力は分かりやすいな。“我が肉体は鋼の如しアイアンマン”、二つ名がそのまま能力名だとは思わなかったが」

「強化系の能力だね。強化倍率も相当高いし、本人の技量もかなりある。ハンター基準で言えば、Aランクハンターは固いかな?」

「Sでは無いんだな」

「Sは無いね。私やあのゴミ兄弟よりは明らかに弱いし。Aランク中位がAランク上位のどっちかって感じだね」

「へぇ、Sランクの壁は高いんだな。Aランクレベルの強さって時点でスゲェけど。俺は精々Cランクだぞ」

「グレイちゃんはその分、頭脳と補助があるから。直接的戦闘能力は確かに低いけど、能力による補助と頭の良さはピカイチだよー」


 リィズはそう言うと、俺の後ろからゆっくりと体重をかける。


 火を使っている時は危ないからやめて欲しいのだが、リィズに言ってもどうせ聞かないので諦める。


 ジルハードの能力“我が肉体は鋼の如しアイアンマン”は、その名の通り自身の肉体を鋼のように強固にする能力だ。


 実銃の弾丸はもちろんの事、軍用魔弾ですらも当然ののように耐える。本人曰く、核爆発の衝撃すらも耐えられるんだとか(尚、放射能や酸欠で死ぬ模様)。


 ジルハードは語っていなかったが、恐らく体内までは強化できてないだろう。中に浸透する衝撃を与える手段があれば、簡単に崩せそうだ(やらないけど)。


「ジルハードにとってリィズは相性最悪だな。どう足掻いても勝てん」

「私に相性のいい相手なんてそうそう居ないよ。人間なら尚更ね」

「おーい、戻ったぞー」


 2人でのんびりと会話をしていると、ジルハードが戻ってくる。


 その手には既に事切れた頭を鷲掴みされたオークが引きずられており、よく見ると頭の一部が陥没している。


 拳の跡があるし、殴り殺したのか。


 ゴリラか?コイツ。


「おかえりジルハード。さっさと捌こう。腐りにくいとは言え、血抜きをしないと不味いからな」

「間違いねぇ。ボス、水を貰えるか?」

「ほい」


 俺は水を具現化させると、それ操作してジルハードに近づける。


 能力を得てから約二ヶ月。俺の能力はかなり応用が効くようになり、様々なものを具現化、操作させることができるようになっている。


 しかし、限度もあるようで、水をレーザーのように強く細く使うのは無理だ。


 物を投げつけるぐらいの速さまでは射出できるが、魔力を含まない水では威力は出ない。


 ワンチャン魔法のように使えないかと思ったが、どうやら俺はとことん攻撃面では火力がないらしい。


「ボスは器用だな。お陰でダンジョンに潜る時の荷物が少なくて済む。ハンターやってれば引っ張りだこだぜ?」

「1パーティーに1台グレイをどうですかってか?テレビショッピングで大特価価格で売られてそうだ」

「ハッハッハ!!マジで欲しいなそれ。こういう補助系の能力を持ってるやつは確かにいるが、ボスのように日常生活に役立つヤツって少ないんだよ。大抵は傷の回復ヒール攻撃・防御強化バフだからな」

「そっちの方が戦闘面では役に立つだろうな。さて、首を落とすから獲物を抑えておけ。ついでに魔石も取っちまうか」

了解アイサーボス」


 そうして、俺は死んだオークの首を切り落とし、血抜きをするのだった。




我が肉体は鋼の如しアイアンマン

 込めた魔力量に応じて身体が硬くなる。銃弾程度ならどれだけ撃たれても無傷であり、核兵器ですら、その衝撃を受けきることは可能(放射線や酸欠は免れないが)。

 能力発動中でも問題なく動くことが出来るが、体内までは鋼鉄化出来ないので内部への衝撃波等には弱い。




 パチパチと乾いた木が弾ける焚き火の音を聞きつつ、ジルハードが狩ってきたオークの肉を焼く。


 肉の焼ける香ばしい匂いを嗅ぎつつ、俺は煙草の煙を吐いていた。


 この世界の煙草は、魔物の嫌う匂いを出している。しかし、肉の焼ける匂いには敵わない。


 肉の焼ける匂いに連れられて知能の低いゴブリンが何度か襲撃してきたが、彼らはリィズによって土へと還った。


 このダンジョンに俺達が敵わない魔物は居ない。魔物を誘き寄せる餌としてオークの肉は死んでも尚役に立って貰うのだ。


「そろそろコレは良いんじゃないか?ボス、先に食う?」

「いや、俺はこれを吸ってからにするよ」

「じゃぁ、リーズヘルトから食べるか。レディーファーストってな」

「あ?毒味しろってか?ぶち殺すぞ」

「何をどう解釈したらそうなるかは知らんが、食べないなら俺が食うぞ」


 ジルハードはそう言うと、焼いたオーク肉に更に塩と胡椒を振りかけて豪快にかぶりつく。


 地面に滴る肉汁と、肉の繊維が噛みちぎられる音が俺の腹をさらに空かせた。


「やっぱり肉はいいな。食べ応えがある」

「あまり食い過ぎるなよ?動けなくなられると困るからな」

「安心しろよボス。このダンジョン程度なら、どんなに舐めプしてもケツをファックされることは無いさ」


 ジルハードはそう言いつつ、モグモグと肉を食べて行く。あっという間に肉を食べ終えたその時、何かを感じて後ろを振り返った。


 リィズも気づいたようで、ジルハードと同じ方向に視線を向けている。


 気づいていないのは俺だけだった。


「スライムだ。視線を感じるから何かと思えば、雑魚か」

「襲ってくる気配がないね。ただ見てるだけって感じ?」


 水色のゼリー状の魔物“スライム”。強い酸を持っている魔物であるが、その体液は加工すると美容液に早変わりする。


 女性から人気な魔物であり、打撃に強く斬撃に弱い。核となる魔石を壊されればあっという間に死んでしまう最弱の魔物の一つだ。


 個人的には結構見た目が可愛いのだが、リィズやジルハードからすれば小銭にしか見えない可哀想な魔物である。


「まぁ、襲ってこないなら放置でいいか。近づかれなきゃどうとでもなる魔物だし」

「狩らなくていいの?金になるけど」

「ボスがそう言うならいいんじゃないか?確かに液体を採取するのは面倒だしな」

「そういう事だ。リィズ、この肉焼けてるけど食うか?」

「食べるー!!」


 焼けた肉をリィズに渡し、俺も焼けた肉を口の中に入れ........なかった。


 何かあのスライム、俺をガン見してね?


 スライムに目があるかどうかは知らないが、どうも手元に持っている肉に視線を感じる。


 おれは肉を食べるのを辞めると、持っている肉を少し動かしてみた。


「........(肉を動かす)」

(じー)

「........(肉を動かす)」

(じーー)

「........(肉を動かす)」

(じーーー)


 うん。ガン見してますねコレは。


 こちらを見ているスライムの視線は、完全に俺の持っている肉に注がれている。


 もしかしたら勘違いかもしれないが、多分間違いないだろう。


 だって、手を動かす度にスライムの体がその方向に少し動いてるもん。


 もしかして食べたいのかな?


 一歩どころか半歩間違えれば死んでいると言うのに、なんと食い意地の張ったスライムなのだろうか。


 俺は感心しつつ、その勇気ある行動に答えてあげるべく席を立つ。


「どうしたボス?やっぱりそのスライムを狩るのか?」

「いや、この子、肉食べたそうにしてるからさ」

「は?何言ってんだ?」


 キョトンとするジルハードを無視して、俺はスライムの目の前まで来ると皿に乗った肉をスライムの前に差し出した。


 オークの肉はまだまだある。焼く手間が増えるだけで、別に困ることは無い。


「食べるか?」

(ポヨンポヨン!!)


 目の前に差し出された肉を見たスライムは俺が肉をくれると理解したようで、体をポヨンポヨンと弾ませながら皿ごと肉にかぶりつく(正確にはのしかかる?)。


 スライムはあっという間に肉だけを平らげると、皿を器用に頭の上に乗せて俺に返却してきた。


「美味かったか?」

(コクコク)

「まだ肉はあるけど、良かったら一緒に食うか?」

(ポヨンポヨン!!)


 可愛い。めっちゃ可愛い。


 愛玩動物ならぬ愛玩魔物だなこれ。


 どうやらこちらの言葉は完璧に理解しているようだし、俺はスライムに“溶かさないでくれよ”とだけ言うと、両手で持ち上げて自分の席に戻った。


「........おい、ボス。アンタ、テイマーだったのか?」

「流石グレイちゃん!!スライムとは言え、魔物を手懐けるなんて流石だね!!」


 ジルハードはどこか納得しつつも呆れかえり、リィズは目を輝かせながら俺を肯定する。


 正直、直感でしか無かったが、このスライムに俺は懐かれたようだ。


「あ、俺の分も残しておいてくれよ」

(ポヨン)


 俺の膝の上で肉を頬張るスライムは、1度だけ小さく跳ねる。


 その後、このスライムは俺の頭の上に乗ると、そのまま家まで着いてきた。


 こうして、新たな仲間(?)、スライムのスーちゃんが加わったのであった。




【スライム】

 半透明の水色の粘液を纏った魔物。打撃に強く斬撃や刺突には弱いが、核となる魔石を壊さない限りは死なない。

 粘液に酸が含まれており、大体人間を溶かせる程の酸性である。

 しかし、その粘液を加工すると高級保湿液に変わるので女性ハンターからは人気が高い。が、粘液の回収はかなり面倒であり、男性ハンターからはあまり好かれていない。

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