玩具と踊れ
時間は俺を待ってくれない。ルーベルトとの別れを惜しむ間もなく、俺とリィズはコルマールの街へと入った。
軍用車は目立つので車を乗り換え(そこら辺にあった車を盗んで)、DEUとの国境部を目指す。
FRとDEUの国境にある川、ライン川のどこかにその情報屋が居るそうなのでもう少しすれば辿り着けるだろう。
「車を探すのに手間取ったね。
「........そうだな」
気力のない返事を返す俺を見て、リィズは心配そうにこちらを見つめる。
たった三日とは言え、親しかった人が居なくなったとなれば気も滅入る。それが、恩人ならば尚更だ。
ルーベルトが死んだとは思ってない、いや、思いたくないが、相手がどれ程の強者かを知っているリィズ曰く、ルーベルトが生き残る可能性は天文学的数字に等しかった。
「グレイちゃん、車を探している間に色々してたけど何してたの?」
「........リィズが言っただろ?ルーベルトが死んだと想定して動くべきだと。ルーベルトを殺した奴らは間違いなくコルマールに来る。時間稼ぎはさせてもらうさ」
ルーベルトの事だ。まず間違いなく相手の足を封じてくれているだろう。車やバイクで俺達を追ってきた場合は少し厳しいが、徒歩で街に入ってきた時のことを想定して色々と玩具を仕掛けておいた。
遠隔でも多少の操作はできるし、相手の動向を見るために監視するとしてカメラも買った。20台近くもあるカメラを一括で管理できる奴だ。俺の世界では見た事ないタイプのやつだったが、説明書を少し読めば使えるレベルのものである。
まだ金が引き落とせて助かった。
値段は15万ゴールド程。安いのか高いのかは正直分からないが、前の世界では気軽に買えるようなものでは無い性能をしているので多分安い。
「あのカメラと能力で足止めできるの?」
「できるさ。人の心理ってのは意外と単純だし、なにより相手は俺の能力を知らないからな」
玩具を舐めるなよ。遊び方を知らない奴が見れば、玩具も立派な武器になるんだよ。
揺れる車の中、俺は監視カメラから送られてくる映像をじっと眺める。
見た目の特徴はリィズから聞いている。あとは、この街の人々と玩具を使って奴らを弄ぶだけだ。
「唯一の懸念は、監視カメラと俺が仕掛けた罠の場所に来ない事だな。そこだけは運頼りだ」
「大丈夫だよ。きっと来る。なんでったってグレイちゃんが仕掛けたんだもん」
理想を言えば、ここにルーベルトが映し出されて欲しい。だが、それが、甘い現実だということも理解している。
敵討ちはいつか必ずしてやる。だから今は、玩具と踊れ。
【コルマール】
ドイツ国境に近いフランス北東部にある町。旧市街の石畳の道沿いには、中世やルネサンス初期に建てられたハーフティンバー様式の建物が並んでいる。町の中心部に位置するカテドラル広場には、13 世紀に建てられたゴシック様式のサンマルタン教会が立っている。この町はアルザスワイン街道沿いにあり、地元のブドウ畑ではリースリングやゲヴュルツトラミネールが栽培されている(wiki引用)。
が、この世界では近未来的な建物が乱立し、人々が行き交う大きめの都市となっている。街の中心にある大通りは車の通行が禁止され、一日中人が溢れるマーケット街が設置されている。
コルマールの街に入ったブレイブ兄弟は、ここへ逃げ込んだと思われるリーズヘルトとグレイを追いかけるために着替えをしていた。
リーズヘルトを追っていた時の彼らは、所属が分からないようにするために私服だった。しかし、ルーベルトの戦闘で私服はボロボロ。軍服以上に目立つので、仕方がなく持っていた軍服に着替える。
「クソっ、強すぎだろあのオッサン。俺たち二人で戦ってんのに30分以上もかかったぞ」
「相手を舐めすぎたのと、時間稼ぎを徹底されたからね。それを差し引きしても強かったけど」
本人はBランクハンターと名乗っていたが、明らかにBランクハンターとは思えない戦闘力を持っていた。
その証拠に、兄であるフレイムは左腕を弟のアイスは右腕をへし折られていた。
しかし、そのへし折られた腕も既に治りかけている。人ならざる治癒力だ。
「骨折はすぐに治るからいいんだがな。まさか炎の中を突っ込んでくるとは........逃げてばかりだったから避けると思ったのに」
「その隙を突かれたね。全く。僕の氷を砕きながら突進してくるのは軽いホラーだよ」
着替え終えた2人は、軍服のまま街へ出る。コルマールのマーケット街。そこには、数多くの人が日夜行き交う不眠の街だ。
足となる車を用意しなければならないが、手配をするのに同じ組織の人間が必要となる。
アリス機関の人間はここにはいないが、軍人はいるのだ。同じ
「確か、こっちだったよな?」
「そうだね。軍用車を破壊されたのはかなりの時間ロスだ。僕達も車より早く走れるとは言え、持久力は車の方が上だから手配しないといけない。あのおじさんはそれも見越して車を全部破壊したんだろうね」
「頭が良く回ったオッサンだ。多分、同じような事を何度かやってるぞ」
「僕もそう思うよ。あそこで足止めする判断と言い、明らかに素人じゃない」
ブレイブ兄弟が、人混みをかき分けながら街の中心に向かっているその時だった。
パン!!パン!!と、銃声が幾つも響き渡る。
ブレイブ兄弟は、即座に臨戦態勢に入るが銃弾が襲ってくることは無かった。
「なんだ?今のは」
「僕達を狙ってた訳じゃない........この場で発砲するって事は、多分リーズヘルト達だと思うんだけどまさか──────────」
アイスが結論にたどり着く寸前、銃声に驚いた人々は銃声から逃げるように大通りを走っていく。
誰かが撃たれたのかなんて分からない。だが、この世界では治安が良いFRと言えども、街中で拳銃をぶっぱなす頭のネジが外れた快楽殺人犯が出てきてもおかしくなかった。
もし逃げ遅れれば次は自分達だ。
誰しもが銃声から逃げるように走る。そして、脇道に逃げ込もうとする者や大通りを直線で駆ける者、更には建物に登って逃げようとする者等、マーケット街は大混乱に陥った。
もちろん、マーケット街の人通りの中にいたブレイブ兄弟も巻き込まれる。
「やられた!!奴ら、ここの人たちを混乱させて僕達から逃げる気だ!!」
「今の銃声は奴らの物なのか?!」
「多分!!でも不味いよ!!僕たちの服装は今軍服だ!!協力を要請されるし、市民に助けを求められる!!」
「ほっときゃいいだろ?!」
「そんな事したら機関の評価を下げる!!僕達の事情なんて政府は知ったこっちゃない!!」
やられたと焦るブレイブ兄弟。一先ず、人目のつかないところに逃げようと、街灯も無い薄暗く不気味な路地に入り込んだ。
ブレイブ兄弟は急いで軍服を脱ぎ捨て、近くにいたチンピラ共から服を巻き上げる。
サイズは合わなかったが、今は贅沢を言っていられない。
「これからどうする?奴らはまだここにいるんだろ?」
「もちろん探す。だけど、
「........チッ、厄介だな」
「取りえず彼らが逃げる先に行ってみよう。なるべく人目につかないルートで」
「分かった」
ブレイブ兄弟は動き出し、人目につかない道を選んで街の中心を目指す。
だが、その先は玩具の巣の中だ。
しばらく歩いていると、アイスがなにかに気づき足を止める。フレイもそれに釣られて足を止めた。
「なんだ........アレ」
「分からない。ワイヤーがあちこちに張り巡らされてるのは分かるけど、アレはなんだろう?........シンバルを持った猿?」
月明かりが照らす一本道。薄暗く視界が悪い中、道の真ん中にぽつんと置かれていたのはシンバルを持った猿........の玩具だった。
その周りには多くのワイヤーが張り巡らされており、薄暗い道と相まって不気味さが増している。
わんぱくスージー。かつて某有名玩具映画で“怖い”と評判を貰った玩具が、その場に鎮座していた。
「不気味がすぎるな。ホラー映画に出てきそうなシーンだ」
「映画だとあの猿が襲ってくるパターンだね。それ。この道は諦めよう。少し遠回りになるけど、他の道から──────────」
そう言って後ろを振り向くが、アイスの足は動かない。
その視線の先には“KEEP_OUT”と書かれたテープがあちこちに張り巡らされ、道の真ん中にはシンバルを持った猿がブレイブ兄弟を見ている。
まさかと思い上を見上げれば、屋上にもワイヤーが張り巡らされており、その中にシンバルを持った猿が佇んでいた。
「これは........」
「どうするんだ?」
何が何だか分からないブレイブ兄弟。
それもそのはず、この猿達やワイヤーに深い意味は無い。ただ不気味さを醸し出す為だけに配置された“時間稼ぎ要因”なのだ。
攻撃力もなければ、防御力もないただの玩具。だが、グレイの能力を知らない2人からすれば、この不気味さは歴戦の戦士と対面しているに等しい。
「突っ切るか?」
「ダメだよ。相手の能力が分からない。発動条件が厳しい代わりに対象を即死させるような能力だった場合、僕達が死ぬことになるよ」
「ここにいる方が安全だと?」
「多分ね。相手の能力は設置型だ。あのワイヤー陣に足を踏み入れた方が危ない........気がする」
「なら、能力で牽制してみるか?」
「それもダメだよ兄さん。カウンター型だった場合は困る」
「じゃぁ、どうするんだよ」
慎重過ぎる弟と、動けないことに苛立ち始める兄。
喧嘩こそ起きないものの、二人の間にも少しだけ歪みが生じていた。
「なぁ、そういえば“石”を具現化してたよな。車に乗ってた時」
「あぁ、車ごと吹っ飛ばされた時ね。具現化系の能力なのは分かってるんだけど、肝心の能力が分からないよ」
「........やっぱり能力で燃やすか凍らせるのが1番だろ」
「兄さん、慎重になって。相手はリーズヘルトを匿ってるんだよ。さっきの足止めしてきたおじさんも強かった。もう1人も何かしらの強さを持っていると考えるべきだよ。下手に動くよりも、応援を呼ぼう」
「だが、そうしている間にも奴らは逃げるかもしれないんだぞ!!」
フレイは声を荒らげる。だが、アイスは冷静だった。
「それは無いと思うよ。能力から察するに、遠隔型では無いはずだし。具現化系統の能力は遠隔が苦手なのは兄さんも知っているでしょ?」
「前にであった奴は、銃を具現化した上で弾丸を曲げてきてたけどな」
「でも有効距離があるでしょ?前の奴も精々10メール程しかなかったし。奴らはついさっき僕らの後ろで具現化をした。まだそこまで逃げてないよ」
具現化系統の能力は基本的に遠隔操作ができない。何かしらの条件を付ければ自動操作される物もあるが、無条件というのは滅多になかった。
そして、グレイの能力である“
ブレイブ兄弟はそこを見誤った。
自分達を完全に出し抜くために時間稼ぎをしている。そう錯覚してしまったのだ。
グレイ達は既に街を出ており、情報屋を目指していると言うのに。
「先ずは連絡を取ろう。機関の方にね」
アイスはそう言って携帯を取り出す。その時だった。
カシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャン
それまで動かなかった猿達が一斉に動き始める。
両手を持ったシンバルは何度も何度も不気味な音を奏で、音がすると同時に猿の目は前へと飛び出し歯茎が見えるほどにまで口は開かれる。
連絡を取ろうとしていたアイスは、携帯を即座にしまうと何が起こってもいいように防御態勢を取った。兄のフレイも同じく防御態勢を取る。
カシャンカシャンカシャンカシャンカシャンカシャン
不気味な猿はただシンバルを鳴らし続け、5分もすればピタリと止まった。
そして、その場には何も無かったかのように彼らは消え去る。
残されたブレイブ兄弟は警戒態勢を維持しながらも、首を傾げた。
「........なんだったんだ?今のは?」
「分からない........本当に分からない」
一体何が罠で何がしたかったのか、その全てが不明に包まれたまま猿達は消え去った。
ブレイブ兄弟の頭の中は混乱し続けている。そして、それに追い打ちをかけるように、アイスの携帯に1本の電話が入った。
「はい、こちらアイス──────────は?え、ちょ、どういうことですか?!
声を荒らげるアイスが電話を終えるの見て、フレイはアイスに電話の内容を聞く。
それは耳を疑うものだった。
「内容は?随分と声を荒らげてたが........」
「........マルセイユを中心として約半径200kmが吹っ飛んだらしい。そのせいでアリス機関の本部と連絡が取れないんだとか」
「........は???意味がわからんぞ」
「僕も分からないよ。たまたま外に出てた上の1人がすぐに戻ってこいだって。もしかしたら、敵対組織が何らかの方法で攻撃してきたかもしれないからって」
「こっちの任務はどうするんだよ?」
「そんな事、後回しでしょ。不味いよ。下手をしなくても“先生”も巻き込まれてるかも」
突如として起きた“マルセイユ消滅事件”。これはFR国初のダンジョンを使ったテロ事件として歴史に残ることになるのだが、その犯人はまだそのことを知らない。
こうして、ブレイブ兄弟は任務を放棄し“アリス機関”へと戻るのだった。
これにより、グレイとリーズヘルトはFR国を脱出する事に成功する。これが世界にとって良い事なのか、悪いことなのか。神ですら判断することはできないだろう。
【わんぱくスージー】
シンバルを持った猿の玩具。
日本のDaishin C.K社から発売された玩具であり、1960年頃に出回っていた見た目の怖すぎる玩具。
子供向けとは思えないその見た目から数多くの映画に出演しており、中でも「トイストーリー3」の中で登場した際は強烈なインパクトを残していった。
画像を検索するのは自由だが、ホラー系が苦手な人にはおすすめしないと言っておこう。(私は後悔した)
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