ファックしてやるよ
あまりにも激しすぎたカーチェイスが終わりを迎え、俺たちを乗せた車は一本道を爆走する。
この道の法定速度なんて知らないが、これだけは言える。この速さは違法だ。
時速250km近くも出ているこの車は、ぐんぐんと進んでDEUの国境を目指す。追手は既に見えなくなっていた。
「この調子なら日が空ける前にはDEUに入れるな。その後は........まぁその時決めればいいか」
「せめて首都観光ぐらいはしたかったな。エッフェル塔とかノートルダム大聖堂とか見てみたかった」
「そいつは残念だ。写真でも舐め回すように見ておくんだな」
転生してまだ二日だと言うのに、国を追われる羽目になるとは流石に思ってないんでね。少しも観光出来なかったのは本当に残念である。
唯一観光できたのがダンジョンと言うのは何とも悲しい。
この世界にはルーブル美術館とかもあったから、是非とも寄ってみたかった。
前世は日本から外の世界を見た事が無かったから、結構楽しみだったんだけどなぁ........
そう思いつつも、命があればいつかは見れるかと投げやりな思考になっていると、いきなりリィズが俺の頭を押さえつけて下を向かせる。
何事かと思うと同時に、ルーベルトから悲鳴が聞こえた。
「伏せろ!!」
ルーベルトの声がすると同時に、車は急ブレーキをかけてハンドルを切る。
俺とリィズは慣性の法則に従って身体を前の座席に打ち付けられ、痛みに顔を若干歪める。
ドドドドドドと、聞きなれない音が響くと共に、車のフロントガラスとドアガラスが粉々に砕け散り、車に何度も衝撃が走る。
急ブレーキをかけ横に向いた車は横転し、車内を何度も回転している中俺は何とか自分と身とリィズを守った。
ようやく車が止まり、射撃音らしき音も止まる。
痛む体を抑えながら、ひっくり返った車の窓から出ると、ルーベルトが苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ていた。
「
「おい、ルーベルト。この車、防弾仕様じゃ無かったのか?」
この車に乗る前に、ルーベルトは自分の車は防弾仕様だと自慢していた。もちろんガラスも防弾仕様であり、弾丸を受け止めてくれるはずなのだが、俺の目の前には粉々に砕け散った残骸だけが残っている。
思いっきりガラスぶち破ってたもんな。防弾?ナニソレオイシイノ状態だ。
「防弾仕様さ。少なくとも、お前の持つピストルじゃ傷つく程度で中まで弾丸は届かねぇ。だが、軍用魔弾は違う。あれは1発で厚さ19mmの装甲をぶち抜けるレベルの威力なんだ。それでいながら反動が小さいからアホみたいに連射してくるぞ」
「対物ライフル並の火力かよ。連射速度はライフル並ってか?」
「その認識で間違ってない」
火力イカれてんだろ。対物ライフルを連射するのか許されるのは漫画の世界だけだよ。
対物ライフル並の火力を持った銃弾は、今も尚破壊された車に降り注いでいる。
俺達は車を盾にしている為何とか銃弾に当たらなくて済んでいるが、ちょいちょい弾が車を貫通しているのを見るに長くは持たないだろう。
「どうするんだ?足が無くなるのは痛いぞ」
「幸い、向こうは車を用意してくれてる。奪うぞ」
ルーベルトはそういうと、どこから取りだしたのかその手には
これを相手陣地に投げ込んで怯んだ隙に、相手の車を奪う算段なのだろう。
「グレイ、リーズヘルト、ここで一旦お別れだ」
「........は?急に何を言うんだよ。一緒に逃げるんだろ?」
唐突に告げられた別れ。俺は銃弾の飛び交う音が聞こえなくなる程にまで混乱しながら、言葉を縛り出す。
一体急に何を言い出すんだ。ルーベルトも一緒に逃げるんだろ。
感情が俺の顔に現れたのだろう。ルーベルトは小さく鼻で笑うと、優しく俺の頭を撫でた。
「車を奪っても奴らは追ってくる。足止めが必要だろ?」
「なら全員で殺ればいい。俺は弱いが、死ぬ気は無いぞ」
「俺だって死ぬ気は無いさ。だが、時間をかけすぎるのは良くない。リーズヘルトの同僚が近くまで来ているだろうからな」
ルーベルトがリィズの方を見ると、リィズは何も言わずにただ静かに頷いた。
あのスタントのような吹っ飛び方をしても、まだ生きているのか。確かに頭に銃弾を食らっても生きているような連中だから、あれしきのことでは死なないのかもしれない。
「時間をかけずに殺ればいいだろ?ルーベルトが残る必要はない」
「いや、ここでリーズヘルトの同僚も足止めする。あのカーチェスを見ただろ。誰かが足止めしなきゃ逃げきれない」
「でも──────────」
「“でも”じゃねぇよ。これは決定事項だ。ベテランの判断は間違わねぇ」
何かいい方法があるかもしれないじゃないか。そう言いたかったが、俺とルーベルトでは経験が違う。
修羅場を何度も潜ってきたベテランと、1度しか修羅場を潜らなかった
俺が思いつくような事は、既に考えついており無理だと判断したのだろう。
ルーベルトはニヤリと笑うと、首にかけていた髑髏のペンダントを外して俺に手渡す。
「嫁が結婚記念日に買ってくれた物だ。一旦お前に預ける。必ず取りに帰るから、それまではコレを俺だと思うんだな」
「おい待て、それは──────────」
それは死亡フラグだ。
俺がそう言う前に、ルーベルトは俺の言葉を遮って話を続けた。
「いいか。グレイ。成り行きとはいえ、男が女を守ると決めたんだ。たとえ死んでも守り通せ。いいな?」
「おい、人の話を聞け。お前は死ぬ気か?」
「馬鹿言え。例え魂だけになったとしても生きてやるさ。俺は諦めが悪いんでね」
それは死ぬと同意義だ。俺がルーベルトに手を伸ばしたが、ルーベルトを掴む前に彼は動き始めてしまう。
リィズにルーベルトを止めてくれと視線を向けたが、リィズは申し訳なさそうな顔をしながら首を横に振った。
「グレイちゃん。ルーベルトの意見に従うべき。私達が生き残るには、これが最善」
「だが、それじゃルーベルトが........」
「グレイちゃん。酷いようだけどこれが現実。弱きが淘汰され、強き者が生き残る。この世界は弱肉強食なんだよ」
ギリッと、歯を食いしばる。
俺が弱いから。俺の経験が足りてないから、今はこれが最善。
ルーベルトは、ここで命に変えても俺達を逃がす時間を稼ぐ気だ。
生まれて初めて、俺は自分の無力さを感じる。
だが、その無力さに浸る時間も無かった。
「行くぞ!!」
ルーベルトは手に持っていた
「グレイちゃん。GO」
「........クソっ」
今ここで動かなければ、ルーベルトのやった事が全て意味を無くしてしまう。
俺は受け取った髑髏のペンダントをポッケにしまうと、目元を隠しながらルーベルトの後を追った。
パーンと激しい閃光と共に、鼓膜を破る程の爆音が響き渡る。
目元を隠していたというのに、眩しさが貫通してきた。
「オラァ!!退け!!」
1番に突っ込んだルーベルトは、敵に肉薄すると容赦なしに首の骨をへし折る。
顎が空を向いた敵は、膝から崩れ落ちて死に至った。
「凄いね。Bランクなんて言ってたけど、実力だけで見ればAランクはありそう」
「乗る車はどれだ?!」
ルーベルトの暴れっぷりを見て感心するリィズと、余裕のない俺。こんな所でも経験の差を感じつつ、ルーベルトが確保した車に乗り込んだ。
「それじゃ、逃げ切ってこい。俺も後で追う」
「........必ず帰ってこいよ」
「あぁ、もちろんだ。リィズ、あとは頼んだぞ」
「分かってる」
運転席に乗り込んだリィズは、車のエンジンをかけると直ぐにその場を離れた。
もちろん、俺もその車に乗りこんでいるので、ルーベルトからはぐんぐんと離れていく。
「........ルーベルト、死なねぇよな?」
「........グレイちゃんには悪いけど、ルーベルトは間違いなく死ぬ。それを想定して動かないと、今度は私たちが死ぬよ」
「........少しは気を使ったらどうだ?嘘でもルーベルトは死なないと言うべきだろ」
「悪いけど、私はグレイちゃんを守る義務がある。それに、嘘は時として真実よりも残酷。希望は持たない方がいい。車は次の街で乗り換える。グレイちゃん。酷いようだけど、今を見ないと死ぬ。私たちが死ねば、ルーベルトが足止めした意味もなくなる。冷静になって」
「分かってる。分かってるさ........だが、感情はそうもいかないんだ」
俺は、ポケットから取りだしたペンダントを握りしめ、ルーベルトの無事を信仰もしない神に祈るしか出来なかった。
その頬を伝って落ちた涙の味は、おそらく生涯忘れることは無いだろう。
【軍用魔弾】
軍でしか使用許可が降りない特殊な弾丸。魔弾式自動拳銃で使われる魔弾よりも威力が高い代わりに、消費魔力が大きくなっている。
威力は火薬を使った対物ライフル並。容易に19mmの装甲を貫けるほどではあるが、ダンジョンの攻略ではまるで役に立たなかったりする。
要因は、普通に魔弾を弾く魔物がゴロゴロ居るから。グレイが遭遇した変異種オーガも余裕で耐えるので、対人用としてがメインの武器。
燃え盛る炎。垂れたガソリンに火がつき、爆発を撒き散らしながら兵士の1人が息絶える。
「ケッ、そこそこ訓練はしてたみたいだが、所詮は雑魚だな」
数十人いたはずの敵は既に全て屍となっており、近くにころがっていたタイヤに腰を下ろしたルーベルトはタバコを取りだして火をつけた。
息を大きく吸い込み、煙を吐く。
一服着いたルーベルトは、3日前に出会った少年の事を考えていた。
「アイツらは今頃街に入ったぐらいか?全く、俺も歳をとったな。嫁との間にガキが出来たらあんな感じなのかと思っちまう辺り、歳を感じる」
ルーベルトには妻が
既に泣き故人になっているが、彼女との生活は決して悪いものでは無かった。むしろ、独り身だった頃に比べれば何倍も楽しかっただろう。
妻は体が弱く、子供を作れるような状態では無かった。
だからこそ、グレイに感情移入してしまう。
“自分達に子供が出来たらあんな感じだったのだろうか”と。
たった三日。されど三日。
短い時間を過ごした仲だが、ルーベルトがグレイを特別視するには十分な時間。
ルーベルトにとって、グレイは我が子に匹敵する可愛さだったのだ。
「アイツにも見せてやりたかったぜ。きっとアイツは、昔の俺に似てるって言うだろうけどな。全く、俺もヤキがまわったな。出会って3日のガキにここまで肩入れするとは........」
昔の自分に似ている。これもルーベルトがグレイを気に入った理由だ。
そして、彼も1度守られたことがある。そこまで一緒にならなくてもいいのにとは心の中で思っているが、これもまた神が定めた運命なのかもしれない。
「悪いなグレイ。一緒に“五大ダンジョン”を調べるのは無理そうだ。まぁ、俺としては最後に格好つけれて満足だけどな。やってみたかったんだよ。大事なもん渡して取りに行くって奴と、たとえ死んでも守り通せってセリフ言うの。リィズにも格好つけれたし、割と満足してる」
ルーベルトはそう言うと、吸いきったタバコを投げ捨て、もう一本取り出す。
火をつけると同時に、ルーベルトの前に追手である兄弟が現れた。
(強いな。気配だけで分かる。俺よりも格上。恐らくAランクハンターどころかSランクレベルだ)
ルーベルトはタバコの煙を深く肺に入れて吐き出した後、なるべく時間を稼ぐために話しかける。
「よう。ストーカーさん達。女のケツを追いかける奴が嫌われるのは当然って知らないのか?」
「うるせぇよ。こっちは仕事なんだ........それにしてもすげぇな。あの人数を1人で殺ったのか?」
「これでも一応Bランクのハンターなんでね。このぐらいの芸当はできないと困るのさ」
「Bランクとは言え、ここまで出来るのは凄いですねぇ。それで、私達を足止めですか」
兄弟もルーベルトの目的を分かっている。だが、馬鹿正直に乗ってやる義務はない。
兄のフレイは、全身を魔力で覆うと到底人では出せない速度でルーベルトの横を通り過ぎようとする。
第一目標はリーズヘルトであり、彼らは後でも問題ないのだ。
「おいおい。俺は無視か?残念だねぇ。だが、行かせねぇよ?」
突如としてフレイの身体が止まる。
何が起きたか分かっていないフレイとアイスに向かって、ルーベルトは口角を大きく上げると、中指をつけ立てながら“かかってこい”とジャスチャーをした。
「
「オッサン、そういう趣味か?悪いがファックされるんなら弟がいいな」
「兄さん。さすがにそれはキモすぎ」
その後、ルーベルトがどうなったかは言うまでもない。
【
三つまでを対象として、自分と戦わせることが出来る能力。
対象者はこの能力を拒否することは出来ず、彼を倒す事のみが解放条件となる。
対象と戦う際にかなりのバフが付与され、本来の実力以上に力が湧いて出てくる。さらに、対象が多ければ多いほどこのバフは大きくなる。
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