カーチェイス


 後を付けてきた2人の頭をぶち抜いたのを確認したルーベルトは、勢いよくアクセルを踏んでスピードを上げる。


 慣性の法則に従って、俺は僅かに後ろへと引っ張られた。


「スピードを上げるなら言ってくれよ」

「その程度でどうこうなるほど弱くはねぇだろ?文句を言うな。それに、今からカーチェイスだぞ。多少は我慢しろ」


 ルーベルトがそう言って車の後ろを指さすと、頭をぶち抜いたはずの2人がいつの間にか車に乗って追いかけていている。


 銃弾を頭にぶち込まれて平然としている辺り、あのクソオーガと並ぶものがあるな。


「安全運転で頼むぜ」

「任せろ。フランク・ブリット並の安全運転をしてやるさ」


 安心できねぇ........かの有名なカーチェイス映画である“ブリット”の名前を出されて、どこが安全運転なのやら。


 俺は、シートベルトをしておいた方がいいかもしれないと本気で思う。ガソリンスタンドに突っ込まないことを祈るか。


 FRの夜を照らす二台の車は、他の車の走行を邪魔しながら映画さながらのカーチェイスを繰り広げた。


 いつの間にか街を抜け、山の中に入っていく。


 自分の体のように車を操るルーベルトは、だんだん楽しくなってきたのか俺に無茶を振ってくるようになる。


「グレイ!!そいつで奴らの車をぶっ壊せ!!」

「無茶言うんじゃねぇ!!こんな揺れまくってる車から身を乗り出せると思ってんのか!!」

「男だろ!!玉着いてんだろ!!行ける出来る!!殺れ!!」

「グレイちゃん。心配なら私が後ろを抑えてあげる」

「だァァァァ!!クソッタレが!!逃げ切ったら覚えとけよ!!」


 世界ラリーをやっているのかと錯覚するような速さで山道を駆け抜ける車から落ちないように気をつけながら、俺はリィズに支えられながら身を乗り出して銃を構える。


 うをぉ、揺れすぎて狙いが付けられねぇ。


 さっきは撃ちやすいように、車を大人しくさせてくれていたことがよく分かる。


 中々狙いを定められずにいると、山道特有の急カーブに差し掛かったようで車が大きく傾いた。


 慣性の法則に従って俺の体が窓から飛び出す。


 やべ、死ぬ。


「おっと」


 リィズが俺を引っ張って車内に引き戻してくれた為、俺は車から投げ出されずに済んだ。


「おい、ルーベルト!!俺をアスファルトのシミにする気か?!髪の毛が地面に擦れたぞ!!」

「あぁ?玉無しの言ってることは聞こえねぇな!!」

「ふざけんじゃねぇぞ!!玉があろうがなかろうが死ぬ時は死ぬんだよ!!」


 ダメだ。コイツ、こ〇亀の本田みたいに性格が変わってやがる。


 車でキマったちゃてるよ。


 俺は身を乗り出して相手の車をぶち壊すことを諦め、大人しく座った。


「ルーベルトの奴、ヤクでもやってんのか。頭にウジが湧いてやがる」

「カーチェイスでちょっとテンション上がっちゃってるねぇ。冷静な判断ができてない」

「そんな奴の運転する車に乗ってるんだがな」


 死ぬぞ。冗談抜きに。


 後ろの追ってきている車を見るが、やはりピッタリくっついて来ている。時速200km以上は確実に出ているこの車に、付かず離れずの位置をキープしていた。


「んー、なんで向こうは能力使ってこないんだろ?」

「能力?」

「そう。あの兄弟は魔導師系ウィザードの能力者。1人は氷属性系魔導師アイスウィザード。もう1人は炎属性系魔導師フレイムウィザード。あの二人の実力なら車の中から攻撃を仕掛けてもこっちまで届く上に、吹き飛ばせる」


 魔導師系ウィザード能力者。確か、魔力を自然現象に変えて行使することが出来る魔法系に属する能力だ。魔法系という大まかな括りの中に魔導師系ウィザードと言う分類があるんだとか。


 紛らわしいな。


 ともかく、相手の能力は炎と氷関連という訳だ。えぇと、それに対抗できる玩具とかあったかな?


「グレイちゃんの使う能力じゃ多分無理。私の能力が使えればいいんだけど........」


 俺が少し黙ったのを見て、考えを読み経ったのか残酷にもリィズが現実を告げる。


 俺も薄々勘づいていましたよ。えぇ。悲しきかな。ただの玩具では自然現象には勝てないのだ。


 いや、自然現象には人間も勝てねぇわ。


「魔力回路は、まだ戻らないのか」

「うん。抗体を持ってた毒じゃないから、完治か遅い。予想よりもだいぶ遅れてる」


 そもそも毒を食らって平然としているのが可笑しいのだが、そこに突っ込む時間は既にすぎている。


 なんでも“アリス機関”とやらのうんぬんかんぬんらしいが、話を聞いていなかったのもので........


 話を戻そう。


 向こうはこちらを攻撃する手段があると言うのに、攻撃してこない。


 つまり、攻撃しないことによって生まれるメリット、もしくは攻撃をすることによるデメリットがあるはずだ。


 街中で能力を使わなかったのは恐らく人目があるからだと思うが、今は人気のない森の中。攻撃には絶好のチャンスなんだかな........ん?森の中?


「おい、リィズ。運転してるのはどっちの能力者だ?」

「んー、多分氷属性の方かな」

「なるほど。森林火災を起こすのは向こうも望んでないってことか」

「おー、グレイちゃん頭いいね。森林火災は目立つからね」

「そういうこった。おいルーベルトジャンキー!!山を下りるのにかかる時間は?!」

「誰がヤク中ジャンキーだ!!後10分もないぞ!!」


 山道は既に下り坂に入っている。ルーベルトの言っていることも間違いではないだろう。


 車で頭がキマってはいるが、ちゃんと会話できるようで何よりだ。


「今の内に何らかの対策を立てておこう。このカーチェイスにも体が慣れてきたしな」


 さて、どうしたものかな。幾つか既に手を考えてはあるが、上手くいくとは考えない方がいい。


 俺は揺れる車内でタバコを取り出すと、火をつけるのだった。




【ブリット】

 1968年に公開されたアメリカの映画。

 マックイーンが運転する1968年型フォード・マスタングGT390と敵の1968年型ダッジ・チャージャーによる、サンフランシスコの急斜面を利用したカーアクションやクライマックスの空港での追跡劇が描かれる。

 カーチェイスの映画と言えばブリットと言われるぐらいには有名な映画であり、10分にも及ぶカーチェイスは臨場感溢れた素晴らしいものである。

 2007年には「文化的・歴史的・芸術的に極めて高い価値を持つ」とみなされ、アメリカ国立フィルム登録簿に登録された。




 グレイ達の乗る車を追いかける兄弟。その兄であるフレイ・ブレイブは、苛立ちを隠そうともせずに車のダッシュボードに足を乗せる。


 ドン、と乱暴に置かれた兄の足を見て、弟のアイス・ブレイブは小さく溜息をつきながらハンドルを切った。


「兄さん。車が壊れるから乱暴は止してくれ」

「あぁ?だってよぉ、あの売女アバズレが目の前にいるのに戦闘許可が降りてねぇんだぞ。上の連中は何やってんだ」

「しょうがないよ。彼女が巻き込んだ人の中に重要人物が居ないか調べる時間が必要なんだから。左翼の議員の関係者を巻き込んだ日には、今度は僕たちが狙われる」

「チッ、連中が未だに俺らを殺せると思ってるのが不思議だ。頭の中はお花畑ってか?」

「いつもそんなもんでしょ。馬鹿だよねぇ、僕達は先生がいるから組織にいるってのに、それに気づいていないなんて」


 彼らが組織の命令に従っているのは、恩のある人が居るからだ。“先生”がいなければ、この兄弟は今頃“アリス機関”の研究者達を殺して逃げている。


 彼らは、既に組織によってコントロール出来る限界を超えていた。


「それにしても運転が上手いな」

「ありがとう兄さん」

「お前じゃねぇよ。逃げてる奴だよ。リーズヘルトのビッチが運転してんのか?」

「いや、彼女は後ろの席に乗ってる。運転してるのは男だね」

「それはすげぇ。レーサー並の腕前だ」


 フレイは純粋に相手を褒める。自分では出来ないことをできる人間には、素直に褒めれるのが彼のいい所であった。


 もちろん、非人道的実験を繰り返す“アリス機関”の研究者や数少ない“成功例”の中でもさらに貴重なリィズを除いてだが。


「それともう1人、兄さんの頭を撃ち抜いたやつが後ろに乗ってる」

「あぁ、さっき窓から顔を出して落ちそうになってた奴な。リヤガラスを割ってそこから撃ちゃァいいのに。1発で俺の頭に弾丸当てれるだけの腕があるなら、あそこから車をぶっ壊せるだろ」

「多分、防弾仕様なんだよ。壊すより、守りとして使った方がいいと判断したんじゃない?それにしてもすごい腕だよね。偶然当たっただけかもしれないけど」

「偶然じゃねぇな。ちゃんと狙って狙った場所に飛んできてた。どうせ当たんねぇだろってタカをくくってたから、当たっちまったぜ」


 フレイはそう言うと、撃たれた頭を触る。


 あれ程の腕を持った射撃の名手ならば、さぞ名高い人物なのかもしれない。そんな人材を殺すことになるとは残念だと、内心落胆していた。


「結構面白そうなやつなんだがなぁ」

「........兄さん。上から命令。山を降りてからしばらく一本道だから、そこで仕留めろってさ。どうやら組織も人員を動かしたらしい」

「となると、この楽しいドライブも10分あるかないかぐらいか。残念だ」


 グレイにとってこちらの世界に来ての分岐点。数多くある分岐点の中で、彼の生き方を決める大事なイベントが迫る。




【先生】

 ブレイブ兄弟の恩人であり、彼がいるから二人は組織の犬になっている。“先生”は組織の中でも一般的倫理観を持っており、多くの実験体から好かれていた。が、逆に言えば一般的な倫理観を持っていながら非人道的実験を行える狂人でもある。




 某Dの漫画に描かれるような山道のカーチェイスは、終盤を迎えていた。


 既に残りは緩やかなカーブ1つになっており、ここで仕掛けないと後がない。


「チャンスは1度きり。上手くやらないとカーチェイスが続くことになるな」

「大丈夫だよグレイちゃん。あの時みたいにやれば、グレイちゃんなら行けるはず」


 少し不安そうな俺を見て、リィズは安心させるように耳元で囁く。


 リィズと話している内に分かった事だが、どうやらこの子は俺への評価が高すぎる気がする。


 俺が弱いという事は分かっているっぽいが、俺が天才的な策略家だと信じて疑っていないようだ。一体いつ何処でそんな評価が着いたのやら。


 まぁ、心当たりは1つしかないが。


 きっと、あのオーガから逃げ切った時の事を高く評価してくれているのだろう。だが、少し評価しすぎだ。


 つい三日前まで日本の学生をやっていた俺に、一体何を求めているだろうか。


 俺はリィズの評価を修正させなければいけないと思いつつも、今は目の前のことに集中する。


 勝負は一瞬。リィズ曰く、車をぶっ壊したところで相手は死なないらしいので遠慮なくやらせてもらうとしよう。


 お互いの車が最終カーブに差しかかる。


 車の慣性がいちばん大きくなったその瞬間、俺は即座に能力を使用した。


「“昔懐かしの玩具箱トイボックス”」


 具現化したのは、太古から使われてきた玩具である“石”。


 相手の車の進路を塞ぐように具現化された石は、狙い通り車を覆い隠した。


 しかし、この程度では車は止まらない。相手の運転する車は、石の壁をふっ飛ばしながら綺麗にカーブを曲がってきている。


 想定通りだ。


「足元注意ってな」


 石は意識を向けるためのダミー。真の狙いは、アスファルトにぶち撒かれた油である。


 水ですら摩擦を奪い、事故を引き起こすとなれば水より滑る油はさらに事故を引き起こしやすい。


 相手の車は狙い通りスリップを引き起こし、回転しながらガードレールに突進していく。


 だが、それだけでは足りない。ガードレールにぶつかるだけでは、彼らを撒いたとは言わないだろう。


「映画のスタントになった気分はどうだ?」


 回転する車をよく見て、ガードレールに当たる前にガードレールを壊す........のは無理なので車がガードレールを越えられるようにジャンプ台を設置してやった。


 使う玩具はプラレールのレールと石と鉄パイプとワイヤー。石を下に敷いて、その上に鉄パイプを乗せ、それだけだと車が激突するだろうからレールを敷いた上でワイヤーを操作して固定する。


 あのオーガ戦とこのカーチェイスの間に練習した為か、能力の操作範囲と操作できるものが増えている。


 さらに、滑りを良くするためにお手製ジャンプ台の上にご丁寧に油も撒いてあげた。


 ぶつけ本番だったので、正直失敗する可能性の方が高かったのだが、神が味方してくれたのか車はベイブレードのようにスピンしながら森の中に飛んでいく。


 あまりの綺麗さに思わず拍手を送りたくなるな。


「凄い!!さすがグレイちゃん!!」

「運が良かったな。失敗した時のために他の手も考えてあったが、上手くいって良かった」


 俺を持ち上げるリィズは、キラキラと目を輝かせながら俺を褒める。


 少し感情が高ぶって俺に抱きついてきたのだが、残念ながら柔らかい感触は味わえなかった。


 こんな事を考えられている内はまだ余裕だな。


 俺はそう思いながら、具現化した玩具たちを即撤去。これで、彼らは能力によって攻撃されたことはわかっても、どんな能力なのか推測はできないだろう。


 されたとしても、石を具現化する能力だと勘違いしてくれるはずだ。


「ルーベルト、カーチェイスは終わりだ。さっさと逃げよう」

「いい能力じゃねぇか。面白い使い方だ」


 ルームミラーから映るルーベルトの口元は、少し笑っていた。

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