初めてのダンジョン
懐かしきチキンを食べ終え、人生初タバコの味を知った俺はルーベルトに連れられて“管理ダンジョン”と呼ばれる国が管理しているダンジョンへとやってきた。
本来ダンジョンに潜るにはかなりの準備が必要なのだが、今回は見学と簡単な戦闘しか行わないので軽装で来ている。他のハンターがこの姿を見たら“死ぬ気か?”と言われる程ラフな格好だった。
だって普通のジャージ服だもん。モンスター討伐は運動じゃねぇんだぞ。
「ダンジョンについてどのぐらい知ってる?」
「基本は知ってるつもりだ。管理ダンジョンってのが国が管理しているダンジョンで、それ以外の管理されていないダンジョンが“野良ダンジョン”って呼ばれている。んで、ダンジョンってのは基本ボスがいて、それを倒すとダンジョンが閉じるぐらいだな」
「基礎中の基礎だな。ちなみに、管理ダンジョンのボスを倒してダンジョンを閉じさせるのは犯罪だから気をつけろよ。否応なしにも死刑が確定するからな」
怖い世界ですわぁ。
とはいえ、言っていることは分かる。国が管理するダンジョンと言うのは、周囲への被害が殆ど出ない安全なダンジョンと言う場合が多い。そして、半永久的にダンジョンの資源を取るのだ。
ダンジョンはこの世界とは別世界と考えられている為、環境保全なんて言う綺麗事が適用されない。
むしろ、枯れるまで狩り尽くせと言うのがこの世界の常識である(狩り尽くされた事は無いらしいが)。
吐いて腐るほどあるからね。ダンジョンってのは。
野良ダンジョンと言うのは、管理されていないダンジョンの事だ。管理できないダンジョンや、攻略が難しいダンジョン、資源の旨みが少ないダンジョン等理由は様々だが、どれもが国家の支配下に置かれていない。
管理ダンジョンと野良ダンジョンの違いを簡単に述べると、ルーベルトは“それだけじゃない”と俺の話に補足を入れた。
「あとは、闇ダンジョンなんてのがある。基本的にマフィアなんかが管理するダンジョンだ。国が管理しきれなかったダンジョンなんかを勝手に管理してるのさ。そして、その素材を国やらどこぞの組織やらに売りつける。本来は犯罪なんだが、国としても資源が増えることには万々歳だから、見て見ぬふりをしている事が多いのさ」
「へぇ、ギャングなんかもそこに潜ったりするのか?」
「察しがいいな。腕の良い奴はそこに潜る。まぁ、手に入れた素材の幾らかを取られるがそれでも稼げるらしいからな。他にも、ギャングなんかに属さないならず者なんかが闇ダンジョンに潜る。だからマフィアは一般人に手をかけることは少ないのさ。それでも弱みを見せればつけ込まれるが」
「大変な世の中だな」
「全くだ。いつの時代も生きるのは大変よ」
闇ダンジョン。俺には関係ないが、覚えてはおこう。もしかしたら、そこに強い奴がいて“五大ダンジョン”を目指すアホがいるかもしれないしな。
俺がそう考えていると、ルーベルトはふと思い出したかのように言葉を続けた。
「あぁ、“五大ダンジョン”を目指すなら嫌でもマフィアや後暗い組織と関わることになるかもな」
「は?なんで?」
「五大ダンジョンって攻略するのは禁止されてるんだよ。昔、五大ダンジョンの1つを攻略しようとして地図から消えた国があってな。各国がそれを見て馬鹿が何かやらかさない様に法律で定めようって決めたらしい。だから、そこに行くための準備云々は裏組織に頼んだりすることになるかもしれないぞ」
そんな法律あるのか。
俺は知識として“五大ダンジョン”と言う存在を知っているだけであり、法律なんて殆ど知らない。そんな法律があるのなら、真っ当な方法で攻略に赴くのは無理だ。
そうか、嫌でも裏組織と絡むことになるのか........
俺は少し難しい顔をするルーベルトの肩を軽く叩くと、ニッコリと笑う。
「その時は、ルーベルトに頼むとしよう。上手くやってくれよ?」
「馬鹿言え。俺だって命は惜しいんだ。精々五大ダンジョンの事を一緒に調べてやるぐらいしか手伝えねぇよ」
逆に言えば、五大ダンジョンを調べたりするのは手伝ってくれるのか。
ルーベルト。やはり良い奴である。
【管理ダンジョン】
国家によって管理されているダンジョン。余程想定外なことが起こらない限り周囲に被害を撒き散らさないダンジョンであり、半永久的にダンジョンから資源を得られるため、ダンジョンボスの討伐は禁じられている。ボスを討伐してしまった場合、それが故意的でなくとも死刑となる。
ダンジョンの入口は、想像通りの入口だった。
青と白の混じった綺麗な丸の形。大きさは相当なもので、大型トラックが3台並んでも余裕があるだろう。
人生で初めて見るダンジョンの入口に圧倒され思わず立ち止まってしまったが、ルーベルトに背中を押されてその円の中に俺は入り込んだ。
「........すげぇ」
「ハッハッハ!!皆ダンジョンに初めて潜った時はそんな顔をするな!!まるっきり別世界だろう?」
つい先程まで現代的な街並みをしていた光景はどこへやら。俺の視界には大きな平野が広がっていた。
青々とした草は足首を隠す程度まで長く、指先で触れてみれば明らかにこの世界では感じられないなんとも言えない感触が襲ってくる。
空を見上げれば雲ひとつない空と、燦々と照りつける太陽。
肺に入り込んで来る空気は淀みがなく、自然に満ちた汚れのない空気だと感じ取ることが出来た。
ルーベルトは一々全てに感動する俺を邪魔することなく、静かに俺の反応を見て楽しんでいるようだが、俺はルーベルトに何か言うことは無い。
それほどにまで世界が違ったのだ。
正に別世界。
なるほど、ダンジョンが別名“異界”と呼ばれるわけだ。
ひとしきり驚いた俺の様子を見ていたルーベルトは、俺が落ち着くのを見計らって声をかけてくる。
「驚いたか?」
「あぁ、本当に別世界なんだな。全てが違う」
「このダンジョンは森やら平原やら緑が多いダンジョンだが、そのダンジョンごとに世界が違う。白銀の雪に覆われた極寒の世界もあれば、真っ赤に染まった灼熱の世界もある。グレイ。お前もいつか、そんな世界を見に行けるといいな」
「そう........だな」
「さて、新人がダンジョンの素晴らしさを肌で感じとったところで、ベテラン様がルーキーに色々と教えてやろう」
ルーベルトはそう言って平野を歩き始める。
俺は、慌ててルーベルトの後ろを追った。
ルーベルトは平原の左側にあった森に入ると、スルスルと木々を避けながら歩いて行く。
流石はベテラン。森を歩きなれていない俺は、ついて行くのに精一杯だ。
しばらく歩くとルーベルトは急に立ち止まり、勝手に話し始めた。肩で息をする俺を見てニヤニヤするその姿は、少しイラッとする。
「ダンジョンに潜るにあたって最も大事なのは、自分の位置を見失わない事だ。このダンジョンは偉大なる先人達によって地図が作られているが、それでも立ち入られてない場所も多くある。そんな時、ダンジョンの出口を見つける方法を教えてやろう」
「?魔道具を使えば分かるだろ」
400年以上もダンジョンと付き合ってきたこの世界では、ダンジョンに潜る上で便利な機能が付いた魔道具が数多く作られている。
もちろん、ダンジョンの出入口となる場所をどの場所からでも把握出来る魔道具も発明されており、ダンジョンに潜るにあたって絶対に欠かせない必需品となっていた。
俺も神様から支給された“初心者向けダンジョンセット”なるバックパックの横に、それらしきコンパスのようなものが付いていたのを覚えている。中身はまだ見てないから何が入ってるか知らんけど。
首を傾げながら答える俺に、ルーベルトは軽く頷く。
「そうだ。基本は魔道具があればダンジョンの出口は分かる........が、中には魔道具が狂う場所もあるんだ。ここみたいにな」
ルーベルトはそう言うと、ポケットからコンパスのような形をした魔道具を取りだした。
俺がチラッと見かけた魔道具と同じものであり、至る所に傷が入っているのが見受けられる。相当年期の入った魔道具だ。
ルーベルトは、俺にダンジョンを示す針の部分を見せつける。
「針が狂いまくってるな。ブレイクダンスを踊ってるみたいだ」
「中々イカしてるだろ?コイツは壊れているわけじゃねぇ。この森の一部は磁場と魔力波が滅茶苦茶なんだ。俺は専門家じゃないから詳しくは知らんが、要はコンパスが樹海で狂うのと同じだと思えばいいさ」
壊れた車のメーターのような挙動をする針は、一向に定まることなく愉快なダンスを踊り続ける。
一度狂ったコンパスって直るのか?いや、直るんだろうな。異世界だし。
「それで?こんな状況に陥った場合はどうすればいいんだ?ベテランハンター」
「答えは簡単。“空を見ろ”だ。このダンジョンみたいに、開けたダンジョンなら基本的に太陽や星を見て位置を知れってことだな」
「一昔前の航海士みたいなことを言うな」
「いい例えだ。だが、そこまで必要な知識は無い。太陽はダンジョンの出口にしか上がらないし、月も同じだ。不思議だぞ。徐々に光をなくしていく太陽が完全に消えると、今度は徐々に星々と月が姿を表すんだ。その時、地球の常識がこの世界では通用しねぇんだなって思ったよ」
それは既に実感してるよ。平行世界の地球でね。
海外に行けばそこは別世界なんて言う話を聞いたことはあったが、まさか平行世界でそれを実感するとは思っていなかった。その点で言えば、三度、俺は別世界を体験している事になる。
流石に口に出す事は無いが。
ルーベルトの話や神に植え付けられた知識を見るに、この世界では非人道的な研究を繰り返す組織もあるそうだ。もし、俺が神によって転生してきた存在だと世間にバレれば、間違いなくヤバい組織に追われ解剖されるに違いない。
前の世界ですらその可能性は有り得たのだ。魔物の解剖や実験が常識化しているこの世界では、本当に気をつけた方がいい。心の底から信頼出来る相手にも話さない方が得策だろう。
それにしても、簡単な把握方法である。とてつもなく難しく、面倒なことを覚えるのだと思っていた俺にとっては少し拍子抜けだった。
「拍子抜けって顔をしてるな」
「まぁ、そうだな」
サラッと表情を読むルーベルトは、昔を思い出すように空を見上げた。その表情はどこか寂しげであり、悲しそうである。
「拍子抜けかもしれないが、知っておいて損は無い。それに、洞窟系のダンジョンや特殊なダンジョンとなるとまた違ってくるからな」
「そこに潜った事もあるのか?」
「もちろんあるさ。特に洞窟系のダンジョンは自分の場所を見失うと最悪だぞ。太陽のような印もないから、記憶頼りだ。その代わり、この魔道具は壊れないがな」
「無くすと最悪って訳か。持ち物はしっかり持っておくとするよ」
「そうしておけ。それが原因でダンジョン内で行方不明になった奴も多くいるからな」
そう言ったルーベルトの顔は、今まで見てきた中でも一番真剣だった。
【魔道羅針】
ダンジョンの出口だけを指し続けるコンパスのような見た目の魔道具。ダンジョンが出現してから約100年程たった頃に発明され、当時は画期的な技術として話題になった。それ以降ダンジョン内で迷子になり、死に至るような事故が激減している。現在では、耐久性正確性などが求められ、中にはデザインを重視したものまであり女性ハンターからは評判が良い。
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