タバコの味


 ルーベルトのおっさんは、上京してきたばかり(という設定になっている)俺に色々と街を案内してくれた。


 いやまぁ、俺のいるこの街では首都では無いので上京と言うと少しおかしいかもしれないが、田舎から大都市出てきたんだから上京みたいなもんだろ。


 Cランク以下のハンター専門の武器屋や、掘り出し物が数多くある中古屋の防具店。更に、ポーションと言われるダンジョンの薬草を使った治癒薬を扱っている店まで。


 ハンターとして生きていく上で必要な物を扱っている店を案内し、そのオススメ度まで教えてくれる。


 更に、ルーベルトは顔が広いのか行く先々で店員やら客やらと仲良く話していた。


 そのおかげで俺も多少ハンターの顔見知りができ、中には“困ったことがあれば頼れよ”と言って安いポーションを渡してくる者もいる。少なくとも、顔を合わせた人の殆どは俺の事を気に入ったのか、かなり優しかった。


 この世界の成人年齢はかなり引き下げられており、15歳となっている。


 成人したばかりに見える俺は、他のハンター達の同情を買いやすかったのも色々な人に気に入られた原因の1つだろう。1番大きい理由は、ルーベルトがいたからだと思うが。


 そんな暖かい人情に触れる一方で、後暗い世界の事も教えられる。


 この世界ではトップクラスに治安のいい国であるFRだが、やはり国を回すには裏社会なる存在が多少なりとも必要だ。


 比較的治安のいい国である日本でも、ヤクザという名の自営業がいるのだからどの世界に行ってもどの国に行ってもならず者の組織は存在するのだろう。こちらの場合はマフィアだが。


 基本、普通に暮らしていれば一般人やハンターに危害を加えることは無いのだが、彼らのシマを荒らすような真似をするとマムシの如くしつこく追い回され、見せしめとして殺される。


 間違っても喧嘩を売るなと言われたが、売るわけねぇだろ。俺だって命が惜しいよ。


 更に、マフィアはギャングのケツ持ちをやることが多いそうな。


 ギャングは日本で言う“暴走族(現在では珍走族?)”のような連中であり、彼らはマフィアのシマで悪さをすると代わりに上納金を収めている。ギャングの場合は、一般市民にすら平気で被害を加えるので注意が必要とのこと。


 なので関わり合いたく無くても、関わってしまうことがあるそうだ。事実、ルーベルトは何回か絡まれたことがあるそうで、その時はフルボッコにしてダンジョンに埋めたとか。怖すぎ。


 ギャングを潰せばマフィアが出張ってくるのでは?とは思うが、どうもここら辺は結構ドライな関係性のようで、面子を潰したとはならない。マフィアは、自分たちに実害がない限りは無干渉を貫くことが多いと言う。


 絡まれた際は、容赦なく叩きのめせがハンターの中では常識らしく、ギャングも余程のアホでない限りはハンターを敵に回したくないので襲わない。それでもルーベルトが絡まれているのを見ると、安心は出来ない。


「まぁ、こんな感じだな。ハンターとしてこの街で暮らすならこれぐらいで問題ないだろ。午前中に終われてよかったぜ」

「助かったよ。俺一人だったら間違いなく困ってた」

「ふはは、いいってことよ。この街は上京してきた若者1人で生きてくには大変だからな。特に、上京したての奴はギャングやマフィアのカモだ。厄介事に巻き込まれることが多い。気をつけろよ。最悪、俺の名前を出してもいいから。それより、腹減ったか?」

「減ってるな」


 今は昼時。太陽が天高く登る現在は、誰しもが腹の虫を鳴らす時間帯だろう。


 もちろん、俺も腹が減っている。


 朝は現状の把握とか色々していて朝飯を食べていない。毎日3食きっちり食べていた身からすると、朝飯抜きは意外と堪えるものがあった。


「よし、それじゃ俺のおすすめの店に行くとしよう。目が飛び出るほど美味いぞ」

「へぇ、それは楽しみだ。値段は?」

「安いし、料理ができるのは早いし、何より美味い。ボリュームも多いから、ハンターや他の一般市民からも好かれる皆のヒーロー的な店だ」


 あぁ、つまりジャンクフードね。


 もしかしたら立ち食い蕎麦とかかもしれないが、ボリュームがあるのかと言われればNoと答えるだろう。


 俺は、先を歩き出すルーベルトの後について行くのだった。さて、この世界のジャンクフードはどんな物なのだろうか。




【マフィア】

 ありとあらゆる犯罪に手を染め、金を稼ぐ裏組織。基本的に一般人には手を出すことは無いものの、弱みを握ればそれを題材に揺すって犯罪に手を染めさせることもしばしばある。大きい組織だと政府とのパイプを持っている組織もあり、権力者を動かすだけの影響力を持っている場合も。ギャングのケツ持ちをやることも多いが、ギャングがやられたからと言って彼らが出張ってくる事はごく稀であり、ケツ持ちと言うには少々語弊があるのかもしれない。




 ルーベルトに連れてこられたのは、某白髪の少し太り気味なオッサンが笑っているチキン屋だった。つまるところ、K〇C(ケン〇ッキーフライドチキン)である。


 その赤く目立つ店には多くの人が並んでおり、子供から大人まで。ハンターのような格好をした者から、サラリーマンのようなスーツを着たビジネスマンや主婦まで様々な人が並んでいる。


 いやまぁ、確かにあのオッサンが生まれたのは1890年代だったはずだからこの世界にあっても不思議では無いのだが、なんと言うか、知っている建造物が出てくると異世界感がグッと無くなってしまう。


 確かに現代ファンタジーの方がしっくりくる。俺は今まで異世界の気分でいたが、知っている店があると一気に現代ファンタジーに寄るな。


 なんとも言えない表情で店を見つめる俺を見て、ルーベルトは何を勘違いしたのか俺の方を叩きながら盛大に笑う。


「ふはははは!!驚いたか?!こんなに人が並んでるのは壮観だろ!!」

「え?あぁうん。人が多いな」

「田舎だとこんなに人はいないからな!!それに、この店のチキンは美味いぞ!!一度食ったらやみつきだ!!イエス様がこの時代にいたら、間違いなく聖典にこう書き足したね“このチキンは麻薬的なうまさを誇っている。これは抗えない美味さだから、食ってよし”ってな!!」


 絶対そんなこと書き足さねぇよ。


 これはあれか?もしかしてアメリカンジョーク的なアレか?なんか上手く乗った方がいい?ココFRだけど。


 俺がどう反応するのか困っていると、ルーベルトは俺の反応など知ったことかと言わんばかりに俺の肩を組んで列に並ぶ。


 列はかなり長かったが、カウンターは多いし人がはけていくのも早いから大して待つことは無いだろう。


「本当に美味いんだぜ。俺が上京してきて初めて食った時は本当に驚いた。今まで食ってたお袋の飯は、ケツの穴を舐めさせられてるんじゃないかって勘違いするほどにな」

「お袋さん泣いてるぞ、それ。後、飯の前にケツの穴とか言うな。汚いだろうが」

「おっとそうだったな」


 ガハハと笑うルーベルトは、そう言いながら俺の背中をバシバシと叩く。


 この人、飯の話になってから急に態度が変わったな。


 上京したての俺の反応を見たくて仕方がないって顔だ。


 でも、食ったことあるんだよなぁ........世界も国もが違うから味は違うかも知れないが、多分俺が想像している味と大差無いと思っている。


 歩き食いしている人達のチキンを見るに、どこかで見覚えのある形と色をしているし。


 ところで、ケンタがあるのならあの世界的ファーストフード店もこの世界はあるのでは無いのだろうか。


「ところでルーベルト。マク〇ナルドって店は知ってるか?」

「お?知ってるぞ。また今度連れて行ってやるか」


 あるんだ。この世界にマックが。


 あの店もできたのは1940年代のはずだから、この世界にあってもおかしくない。


 日本食は食えないが、前の世界で食べられていたものが食えるのは有難いな。


 ........もしかしたら米とか醤油もあるかも知れない。今度探してみるか。


 数分待てば俺達の番がやってくる。回転率が早いだけあって、あれだけ並んでいた人々は既に買い物を済ませていた。


 ルーベルトのおっさんは自分が普段食べているというオススメを二つ買うと、俺の分の料金も支払ってくれる。


「上京してきたって事は、金が無いだろ?毎度の如くたかられるのは困るが、昼飯一回分ぐらいは奢ってやるよ」


 とイケおじスマイルで言われた時は、心底カッコイイと思ってしまった。


 二年ぐらいは普通に生きていけるだけの金があるにはあるが、節約することに越したことはない。よくよく考えれば、初めての1人暮しを始めたのか俺は。


 ルーベルトもその口振りからして上京してきた口だろうし、昔の自分と俺を重ねているのかもしれないな。


 そう思いながら、有難くルーベルトのご好意を受け取ると運良く空いていたイートスペースに座ってこの世界では初めてのチキンを口にする。


 ........うん。日本で食ったケンタですわ。


 俺の反応を期待しているルーベルトには悪いが、何度も食べたことがある懐かしい味だった。


 そんな俺の反応を見て期待はずれだと言わんばかりに首を横に振ったルーベルトは、どこか落胆したように肩を落としてため息を着く。


「なんだ。期待外れの反応だな」

「懐かしい味でな。美味さに驚いたと言うよりは、その懐かしさに驚いた感じだ。それとも、目から涙を流して鼻水垂らしながらのたうち回り、聖書でも唱えた方が良かったか?」

「おう。是非とも実演してくれ。今すぐに」

「........」


 ニヤニヤしながら言うんじゃねぇ。


「それにしても、懐かしい味か。故郷の味に似てたか?」

「まぁ、な。二度と帰れない故郷の味だ」

「そいつは良かった。故郷を思い出したい時はここに来るといい。それで、グレイは夢とかあるのか?」


 俺がそう言うと、ルーベルトはこの話が地雷だと嗅ぎ取ったようですぐさま話題を変える。


 長年生きているだけあって、地雷察知能力は高いな。


 踏み抜いて良い地雷とダメだ地雷がよく分かっている。少し暗い演技をしたおかげで、重い過去でもあるのかと思わせれたので万々歳だ。


 これで、故郷の話はあまり振ってこないだろう。


 二度と帰れない故郷と言うのは間違いでは無いが。


「夢、というか目標かな。“五大ダンジョン”を攻略しようと思ってる」

「ほう?それは中々大それた目標だな。知っているのか?“五大ダンジョン”が攻略不可ダンジョンだと言われているのは」

「知っているさ。だが、やらないといけない。だからこそ、俺はここにいるんだよ」

「?」


 意味深な発言にルーベルトは首を傾げたが、深く聞いてくることは無い。先程同様、聞けば面倒になりそうだと感じ取ったようだ。


 ルーベルトは手に持ったチキンに豪快にかぶりつくと、あっという間に食べ終えて懐からタバコを二本取り出す。


 一本は自分が咥え、もう一本は俺に向けて差し出してきた。


「俺は吸わねぇぞ?まだ16だし」

「16なら成人してるじゃねぇか。法律的には吸えるぞ。恐れ知らずにも“五大ダンジョン”に挑む若者に教えてやろう。ダンジョンって所はな、とにかく不安を煽る場所だ。精神の安定やストレス軽減のためにも吸っておいた方がいい。娯楽が少ないからな。かさばらず、1人でも楽しめる物は必要だ」

「匂いはどうするんだよ。鼻の良い魔物もいるだろ?」

「居るにはいるが、タバコってのは基本魔物が嫌う匂いを発するんだ。長年の研究のおかげだな。中にはその匂いを覚えて人間を喰らう魔物もいるが、そんな奴は稀だし」

「随分と都合のいいタバコだこと」


 ベテランのルーベルトがそう言うのだから、なにか拠り所はあった方がいいのだろう。


 俺は大人しくルーベルトからタバコを受け取ると、ライターで火をつけてもらう。


 魔道具なんかが発展したこの世界で、原始的なライターを出されたのは驚いたが、そこは現代ファンタジーだしなと勝手に納得した。


 タバコを軽く吸うと、ミントのようなスーッとした感覚が鼻を突き抜ける。


 これがメンソール入りのタバコって奴か。誰しもがかかる中学2年生特有の病気にかかっていた頃に、そんな記事を読んだ覚えがある。........今でも厨二病だが。


「ふはは、タバコは初めてらしいな。チキン食った時よりもいい顔してるぜ?」

「余計なお世話だ」


 初めて吸うと噎せたりするらしいが、どうも俺の肺は対応力が高かったようで特に問題はなかった。


 ルーベルトは懐を漁ると、もう1つ新しいタバコの箱を取りだして俺に向かって放り投げる。


「タバコを買うなら、アパートを出て右に行くとタバコを専門に営んでるババァが居る。帰りに寄ってみるか。ライターも買わないとだしな」


 この日、俺はタバコの味を知った。




【タバコ】

 この世界では魔物避けとしても使われるハーブ。依存性はあるものの、実用性もあるため地球のタバコよりはマシかもしれない。

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