275.エピローグ
火の精霊石が切れそうで、補充的できそうな人を思い浮かべる。フェナとヤハトは今いない。となるとズシェか。
昨日作ったモヌのタルトを持って、家を出た。
八月になり、夏の盛りだ。大きなつばの帽子が必須で、ゆっくり無理せず歩き続ける。
ニの鐘を過ぎたあたりなので大丈夫だとは思うが、遠慮がちにノックした。
場所は海の方に下っていったところ。ギルド広場から海への通り、そこから少し入った住居地区だ。白い壁に黄色の屋根。ここら辺の家の作りはどれも同じで、二人から四人家族用だ。
「はぁい、シーナ!? 大丈夫なの?」
「うん。もうだいぶ落ち着いたよ。今日から店を開けるんだけど、火の精霊石が切れてしまって」
「ズシェ、玄関先じゃなくて中に入ってもらえ」
奥からバルが現れる。
そう、シシリアドでシーナと同じくらい行く末が注目されていたバルとズシェは、聖地での騒ぎのあと、バルからのお誘いで一緒に暮らす事となったのだ。
ズシェの定宿に可愛い簪を持って現れたバルに、宿屋の女将さんが泣き出したという逸話つき。
新しく家を借りて一緒に暮らしだしたのが冬。
とは言え、フェナの招集には飛んでいくので、一緒に暮らしているのは一年のうち半分くらいだそうだ。
「こっちで座っていて。すぐやるわ」
「果実酢は?」
氷の入ったグラスを持ってきてくれたバルに礼を言う。お母さん健在。
「ヤハトは上手く行ってますかね〜」
「あれで器用だ。大丈夫だろう」
ヤハトは、護衛任務についた新人の見守り任務を請け負っている。王都へ行く商人の護衛なのだが、たまに冒険ギルドからそういった新人育成依頼が入るらしい。その新人冒険者に、ダーバルクの娘ネリアも含まれていた。
出発前日、ダーバルクがよろしく頼むと念を押しに来たという。
「そうそう、タルトを持ってきたので食べてください」
お皿に二切れ乗ったものを渡すと、家の皿に移し替えた。
「ありがとう、後でいただくよ」
「お待たせ、火だけでよかったの? 何か切れたら言付けを頼んで? 私の方から向かうわ」
「ありがとう」
「バル、送ってあげて」
「え、いいよ。このあと
「それなら尚更よ。バル、お願い」
ズシェが眉をキリッと上げて宣言するが、元が儚い系美女なので全然怖くなかった。
「そうだな。何かあったら困る」
「シシリアドで何かなんてそうそう起こらないけどなぁ」
見守り隊が増員されている気がする。
それでもお言葉に甘えて、バルについてきてもらうことになった。
「そろそろフェナ様着いてますかね」
「そうだな。途中一泊すると言っていたが、どこでかは聞いていないんだ」
階段をゆっくりゆっくり歩いていると、バルが、手を差し伸べてくれた。悪いけど今回は頼ることにする。
バスケットはすでに持ってくれている。気遣いの塊。
「この二ヶ月ですっかり体力落ちてしまって」
「ほぼ食べていないと聞いた」
「ポーション効果すごかった……ポーションなかったら干からびてた気がする」
初めて飲んだポーションは、スポドリの味でした。元気な時はちょっと濃い気がするやつ。
「少しずつ歩いて体力回復します」
シシリアド、体力筋力ないと生きていけない。
ガラの店の扉を開けると、シャラランとかわいい音色が響く。
「シーナじゃない! いらっしゃい」
「だいぶやつれたね」
「歩けるくらいになってよかったな」
兄姉弟子から次々と声をかけられる。
「おかげさまで〜先生は?」
「奥で客の相手してるよ。もうすぐ終わると思う」
「なら、またせてもらおうかなぁ」
キッチンの椅子で座っていることにする。バルも一緒に入っていけば、ワハルがお湯を沸かしていた。
「シーナさん! お加減はどうですか?」
「久しぶり。もうだいぶ平気になったよ〜今日からまた店を開けるの。予約が入ってるんだ」
「大事になさってくださいね。お茶はどうです?」
「ううん、
「もう編み上がって、最後にお茶をお出しするので、声をかけてきますね」
すっかり大人びた対応のワハルに、この世界の子どもの精神年齢の高さを実感する。本来は小学生なのに!!
ガラはすぐやってきた。
「やだ、ボロボロじゃない。そんなんで店開くの?」
「たぶんこのあと食べてけばすぐ取り戻せるんで、大丈夫ですよ」
ガラは相変わらずキレイだ。
「これ、モヌのタルトです」
「嬉しい。これホント好きなのよね〜ありがと。糸染めどうする? 糸の残りは?」
「うぁ……まだあの匂いはキツイ気がする……でも糸足しておかないとそろそろ不安」
「あなたが小屋代だすなら、本当に素材入れて混ぜるとこだけやればいいように弟子たちに協力してもらうけど? 小屋二つ使えばかなり余裕あるし。魔除けとかはもうこっちで作ったやつ使いなさい。ギリギリまで店開けるんでしょ?」
「そうですね。新しい宿増えたし、冬の流れの冒険者は積極的に獲得していきたい……」
「ならまたこちらで段取り考えて、短い時間で終わるようにするわ」
「助かります〜」
兄姉弟子用クッキーも渡して、お暇する。
「開店準備は?」
「それは、朝アルが出勤前にだいたい終わらせてくれたの」
あとはカーテンを開けて、看板を立てるだけだ。
「今日は【暴君】のローダさんだけだしね」
石畳の階段を上りきると、ギルド広場だ。そしてシーナの家がある。
二年前に分店をした。以前姉弟子たちと話していたように、応接間を改造して外側をガラス張りにし、扉を付けた。夏は日よけを追加でしないといけないが、なかなか良い店構えになった。
街なかで一番治安の良い場所だ。しかも完全予約制にした。
新規の色合わせは
毎月の帳簿はアルバートに頼むし、表の看板には本日のお客様の名前を書いておく。そうすれば、それ以外の者がうろついていると、シシリアドセキュリティが発動するというわけだ。
感謝しかない。
と、家の中からイケメンが現れる。
「アル!? 仕事は?」
ちょうどこれから出すはずの看板を抱えていた。
「終わらせてきた」
笑顔だけど、これは本人だけじゃなく周りにも影響が出てるやつだ。
バルは笑ってバスケットをアルバートに渡した。
「じゃあ俺はこれで」
「送ってくださってありがとうございます」
「もー、アルってば」
「だって久し振りに開けるし、途中で気分が悪くななるかもしれない」
最近ちょっと過保護が過ぎる。
部屋に促され、まだ言いたいことはたくさんあるが飲み込んだ。心配してくれているのはわかるのだ。
「あんまりお休みしてたら馘首になるよ?」
「そしたらシーナとたくさん居られるからいいな」
ダメだ。これは何を言っても無駄なやつだ。
「今日だけにしてね」
眉尻を下げて不満そうにしているが、絆されてはいけない。
「父親が無職はどうかと思う!」
それは、効果テキメンで、アルバートの顔がへにゃりと崩れた。甘顔のへにゃ顔ヤバイ。
「そうだね、子どものためにしっかり稼がないと」
後ろからそっと抱き締められ、まだそんなにでていない腹を撫でられる。
「楽しみだ」
「楽しみだね」
「どっちかな」
「アルはどっちがいいの?」
「シーナは?」
「アル似ならどっちでもいい」
髪と目の色は、遺伝子的なあれこれが通用するなら、黒一択。ただ、青とかある世界なのでわからない。
「私もどちらでもいい。シーナと家族を持てることが幸せだから」
見上げたアルバートにキスをする。
「私も、幸せ」
落ちた世界に生まれた喜びを、産まれる喜びを、分かち合えることを、世界樹に感謝しよう。
これからの未来に、精霊樹の導きがありますように。
了
長い間お付き合いありがとうございました。
このあと、本当は少し入れようと思っていたフェナ様パートが5000文字超えたので、番外編にしました。お楽しみください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます