276.【番外編】シーナのいない大祭 前編

 荷物のチェックなどといった面倒なことは御免被る。そのまま空を絨毯で行き、広場近くで飛び降りた。神官たちと荷物を降ろすと、絨毯はくるくると丸まりあとからついてくる。

 と、光が視界をよぎる。

「フェアリーナ! ああ、君の美しさは衰えることがない」

「相変わらず騒がしい。シシリアドの神官たちだ。部屋に連れて行ってくれ」

 エセルバートの後ろに控えるタムルへ言うと、彼は頷いた。多少傷跡は残ったものの、以前と同じように動けているようだ。

「フェアリーナは私が案内するよ。で、シーナは?」

「今回は来ない」

「えっ?」

 エセルバートだけではない。他のおつきの神官たちが総じて動きを止めた。

「フェアリーナ、私は幻聴を聞いたのか?」

「耳が遠くなったわけではない。シーナは今回連れてきていないよ」

 イェルムとなにやら相談して作ったらしいバスケットなるかごのような鞄のような物を片手に、荷物と絨毯を従えいつもの部屋に向かう。

「フェアリーナ……理由はあるんだろうね? リュウ様はかなり前から楽しみにしている」

 声を抑えて尋ねる様はなかなか面白い。

「もちろん。子どもができた。やっとつわりがおさまったところだ。流石に連れて来られん。リュウに説明するから落とし子ドゥーモを手配してくれ」

 理由が明らかになり、神官たちが少し落ち着いた。もっと焦らしても面白かったかもしれない。

 本人は頑張って行くと言っていたが、絨毯の上で吐かれでもしたらたまらない。アルバートも眉を吊り上げて行かせないと宣言していた。

「聖地付きの落とし子ドゥーモを配置したんだろ?」

「いや、それが……」

 どうも歯切れが悪い。足を止めて振り返る。

 フェナも背が高いが、エセルバートはさらに高い。バルと同じくらいある。少し見上げる形となるため、彼の金の瞳が真っ直ぐ視界に入る。

「どうした」

 フェナの瞳を真っ直ぐ見返すのはエセルバートくらいだ。誰もがじっとこちらが見つめると目をそらす。時には畏怖から、時には銀眼の美しさにあてられて。エセルバートは今もきちんと真っ向から、こちらの銀の瞳を覗き返してくる。

「実はリュウ様に怯えてしまってね……元いた神殿に帰ったところなんだ」

 情けない、といいたいところだが、あの姿を前にして平気で世間話ができるのはシーナくらいだろう。あのダンジョンの奥底で、フェナは生まれて初めて脱力感を味わった。

「なら別の落とし子ドゥーモを。大祭なんだからいくらでも来ているだろ。ほら、あれはどうだ。シーナと同郷の米の落とし子ドゥーモだ。とにかくさっさと説明せねば、アレは私の気配を察知しているぞ。同時に、シーナがいないのもわかっている」

 グズグズしていたらシーナのところまで飛び立ったなんてことになりそうだ。そうなればうまく動き出していることが全て無駄になる。

 シーナが気にしていた妊婦も、やはりどうしても冬生まれの子ができてしまい、今までなら堕ろす選択をとっていたものが、生き延びる希望が見えた。その時の母親の執念は凄まじいものだったらしい。

 結局、毎年八月末に聖地で妊婦を受け入れ、産み月が近くなってきたらディーラベルの神殿へ移動し、産んで二ヶ月でまた聖地に戻る。そして三月に皆まとめて送り届ける。

 今までに二回受け入れをし、少しずつ不便さを改善しているところだそうだ。

 王は律儀にシーナへ報告し、シーナはそれをフェナに報告する。

 別に興味はないのでどうでもいいのだが、機嫌よく話しているので好きにさせていた。

「祭壇にクッキーを置く時は何に入れている?」

 エセルバートの後ろについている神官が二人抜け、落とし子ドゥーモを呼びに行った。いつもの食堂に着くと、浮いていた荷物と絨毯を下ろす。残りの神官に荷物を部屋に入れるよう命じ、フェナは厨房へ。

 包丁を使ってバスケットの中のタルトと、領主の料理人が持ってきたシフォンケーキのクリームサンドとやらを取り出す。半分はリュウにやり、残りはフェナのものだとシーナから言われていた。

「モヌのタルトか。いいな」

 果物は総じて好きだったが、タルトと合わせたものは絶品だ。

「皿はこちらのものだ」

 金の縁取りがされた、白地に繊細な絵付けの随分と豪華なものだ。

「リュウにもったいない皿だな。ヤツは地べたに置いても気にせんぞ」

「そう言うわけにもいかないよ」

 四等分にしたタルトを二つ皿に並べ、シフォンケーキは六等分して三つをのせる。

 手についたクリームをぺろりと舐めたが、単なるクリームでなくルーロの香りがした。領主のところの料理人は流石と言おうか、シーナに与えられたレシピをさらに美味いものにする研究に余念がない。

 また何かあちらにも作らせよう。

「私にはないのかな?」

 耳元で囁くエセルバートに包丁を向けると彼はすっと後ろへ下がる。

「シーナのデザートと交換できるようなものはあるのか?」

「……少し考えよう」

 残りのタルトとケーキをバスケットに戻すと、残り少なくなってきたエセルバートの後ろの神官に命ずる。

「これごと冷やしておけ」

 フェナは皿を持つと広場へ向かった。

 そこにはすでにシーナと同郷の娘がいた。

「フェナ様! お久しぶりです。シーナは元気にしていますか?」

「ああ、米の落とし子ドゥーモよ。シーナはつわりもおさまって、腹が出てきた」

「わー、楽しみですね〜」

「楽しみ?」

 なぜ他人の子どもが楽しみなのだ?

「あ! リュウ様がいらっしゃいました」

 世界樹の足元に広がる樹海は広い。

 彼女の言葉に視線の先を追うと、黒い塊が羽を広げて飛んでくる。

「そなたは怖くはないのか?」

「そりゃ、あの大きさと存在感は恐ろしいですけど、まあどうにかするならもうされているでしょうし、シーナも話をしたと聞いてますから、まあ大丈夫かなと。フェナ様もいらっしゃいますしね!」

 肝が据わっているのは種族的な何かだろうか? 米の落とし子ドゥーモもシーナと同じく十四、五の娘のような顔立ちをしている。

 リュウは対岸に降り立つと同時に、さっそく何やら話している。

「シーナはどうしたと聞いています」

「シーナは妊娠中で、体調が思わしくない。子どもを産んでから安定したら一度連れてくるよ。これは詫びの品だそうだ」

 皿の上のタルトを一切れ浮かせて、ゆっくりとリュウの口元へ風に乗せて運ぶと、途中からこちらの操る風を奪い、素早くタルトを食べた。

 吠えている。

 まあだいたい意味はわかった。

「とても喜んでます」

 それはそうだ。シーナの作るものは美味い。

 次はシフォンケーキを風に乗せてやる。すぐに主導権を奪い取られた。

 また吠えている。

 そのたびに、大祭で多くなってきた者たちがビクついて少し面倒だ。

「リュウ! これしかないが、今食べ切ってしまうか、明日に残しておくか、どうする?」

 声は精霊に乗せて相手に響くようにしている。

 吠えるのをやめて唸りだした。

「すごく、悩んでますね」

「だろうな、これは通訳されずとも私でもわかる」

 

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