277.【番外編】シーナのいない大祭 後編
結局耐えきれずに全部食べていた。まあ、わかるし、何度も来ることを考えたら楽だ。
「お前、おいで」
役目を終えた米の
バスケットからタルトをそれぞれの皿に。シフォンケーキも一つずつ取り出す。
「ご苦労だったね、お食べ」
さすがのフェナもこの量を全部平らげることはできない。リュウを前に動じなかった娘に褒美をやってもいいだろう。
「フェアリーナ! わ、私の分は……」
何やら神官たちに命じていたエセルバートが目を見開いてこちらへやってくる。
「対価は?」
「少し待っていなさい!」
自室に引っ込んだと思ったら随分手の込んだ装飾の瓶を持ってきた。
「秘蔵の酒だ」
「ふむ」
たぶん、ヤヤガラの古酒だ。瓶の装飾にも価値があり、空き瓶も取引されていると聞いたことがある。
「君と一緒に呑もうと――」
「シーナが喜びそうだ。子どもを産んでしばらくしたら呑めるだろう。ほら、シフォンケーキだ」
前にも食べたことがあるが、シフォンケーキはふわふわで、食べても食べても食べた気がしない。シーナ曰く、その軽さがよいのたそうだ。まあ確かに、食感が面白い。
「そちらのモヌは?」
「もうないから、仕方ないだろ」
シフォンケーキは六等分。モヌのタルトは四等分に切ったのだから。
ショックを受けた顔が面白い。顔が整っている分なおさら面白い。
「さあ、食べなさい」
米の
「どうした。遠慮するな」
「あの……私まだ手を付けていませんし、モヌのケーキを半分【緑陰】様に……」
「だそうだが?」
チラリとエセルバートを見やれば、大の大人が目をキラキラさせて米の娘を見ている。
神官がナイフを持ってきて、彼女に断りを入れ、切り分ける。
「ああ、そなたの心は世界樹様の裳裾に広がる樹海より広く深い……そなたの行く末に世界樹様の加護がありますように」
そうしてようやく食べだすと、二人は感動に打ち震えていた。フェナはもう何度も食べているのでそこまでではない。だが、美味かった。
初めてシーナに出会ったとき食べたパスタは、衝撃的だった。以降、シーナに作らせた食べ物はどれも本当に美味い。良い拾いものをしたというのは本心だ。
「シーナの赤ちゃんは何月ごろ産まれるんですか?」
「冬だな、十二月頃だろうと言っていた」
「楽しみですね〜うわー、会いたいなあ。お母さんになったシーナさんに」
「楽しみなのか?」
「はい! だって、シーナの旦那様って、以前聖地にいらしてた金髪の方ですよね。いつもエスコートしていた」
「そうだな」
「めちゃくちゃかっこよかったから、シーナさんもここでは童顔て言われるけど割と可愛い顔してるし、子ども間違いなく可愛い顔! 楽しみすぎますよ〜」
たしかにアルバートの顔は整っている。
だがフェナからしてみれば貴族の顔はほぼ整っていて、あとは単なる好みだ。
「可愛いと良いのか……」
「可愛いとよいですよ〜見てて微笑ましいし癒されるし……この間も話していたんですけど、貴族の方々皆様カッコよくてキレイで、見ているだけで癒し効果があります」
ふふと笑いながら米の
普通は平民は貴族には関わらないよう生きようとするが、
「フェナ様もとてもお綺麗だから、フェナ様の赤ちゃんとか、もう眺めてるだけで一日が終わりそう! あ、……失礼しました」
「フェアリーナと私の子は間違いなくこの世界で一番の美しさと愛らしさだろうさ」
エセルバートがなにやら言っているが、フェナはそれよりも彼女の言葉に心囚われた。
子ども。
改めて考えてみるとそう悪くないのかもしれない。
ごちそうさまでしたと、米の娘は去っていった。
シーナへ土鍋とやらを持ってきていたらしく、後で受け取りの約束をする。
神官たちは忙しなく動き、エセルバートも何やら指示をしていた。しばらく頭の中の考えをまとめ上げるため、ぼーっとそれらの動きを追っていた。
「私は夕飯まで眠る。時間になったら知らせてくれ」
立ち上がろうとすると、エセルバートが椅子を引き、フェナの手を取る。
「部屋まで送るよ。もしよかったら添い寝もしようか」
何度も断っても諦めない金目にはぁ、とため息を付く。
差し出された手をぐっと引くと、エセルバートが前のめりになり慌てて逆の手をテーブルについた。
「するか? 添い寝」
ガタッとそこら中で神官が挙動不審になる。
「えっ? や、もちろん喜んで、え?」
そうない反応に面白くなってくる。今まで見たことのない彼にニヤリと笑う。
私の勝ちだ。
「子種を寄越せ、エセル」
耳元で囁く。
「ま、待ってくれ、何が起きた……フェアリーナ……君の思考経路が掴めないのは初めてだ」
動揺しすぎているエセルバートに笑う。
「私とお前の子どもならそれはもう世界一の愛らしさなのだろ?」
「そりゃもう、誰にも違うとは言わせない」
「それだけ可愛けりゃ二人一緒に育てられるだろ」
「は?」
「五十年後はさすがに私も動くのが面倒くさくなりそうだ」
「え、突然五十年?」
「それでもシーナはリュウのもとに通うのだろ? 絨毯で移動がなぁ。あやつは弱い。聖地への旅路はかなり負担だろう。日数的にもかなりかかる。……ということで、今から精霊使いを育てようと思う。どうせなら能力的に高い方がいい。風の得意なヤハトも絨毯を操るのはまだ難しそうだ。エセルと私の子なら、たぶん全属性持ちだろう。子の色味は親に似る。私に似ればシーナが編める」
「まあそうだろうね」
金目銀目の子は金目銀目になるとは限らない。でも他よりは可能性が高い。フェナとエセルバートが婚約したのもそのせいだ。
「シーナに子どもが産まれるんだ」
「そうだね、それはわかった」
「一人育てるも二人育てるも同じだろ?」
「間違いなく同じではない。が、何か? つまり、シーナのために子を産むのか?」
そう言われると少し違う気がする。
「うーん、ヤハトは面白い弟子だ。弟子を育てるのは面白い。……自分の子なら何をやっても平気だろ」
「平気じゃないからな!?」
「鼻先でそんなに叫ぶな。私の子なら多少の無理もきくだろ」
「幼児虐待はやめてくれ!」
「ぐだぐだと煩いな、私とヤるのは嫌なのか?」
ぐっと何かを我慢した顔をしたと思うと、フェナの首筋に顔を埋めた。
「嫌な訳が無い」
絞り出すような声が面白い。
私の勝ちだ。
ガバっと起き上がるとエセルバートはフェナを抱き上げた。
「しばらく部屋に近づくな」
神官たちが頭を下げる。
「ちなみに、今回できなかったら王都に行く。ジェラルドでも同じだろ」
「呼ぶまで下がっていろ!」
焦ったように言うエセルバートに腹の底から笑った。
「私の勝ちだ、エセル」
「今も昔も、君に勝てると思ったことはないよ」
了
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長い間お付き合いいただきありがとうございまし た。
また番外編が書きたくなったらこの続きで投稿すると思います。
いくつか考えてる番外編は一応あったりします。
もしよろしければ★評価いただけると嬉しいです。
次は流行りの(もう遅い?)悪役令嬢物を書こうと思ったらいつの間にか主人公が楽しい学園ライフを過ごすお話になっちゃった、
『逆行令嬢リリアンヌの二度目はもっと楽しい学園生活〜悪役令嬢を幸せにしてみせます〜』
https://kakuyomu.jp/works/16818093078594168978
をお送りします。
一回の文字数が少し多めになったので、毎日更新は難しいかもしれませんがもしよければお付き合いください。
悪役令嬢ものではなくなりました……
2024.9.28 鈴埜
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