265.ダンジョンの殲滅と連れてきたもの

「それで、その冒険者を連れてきた神官の名は?」

「確か……【深緑】の……」

「【深緑】なんだ。で、誰? 眠りすぎて頭錆びついた?」

 畳みかける【若葉】をジェラルドが制する。

「苛立ちはわかるが少し黙りなさい」

「煩い! 私が下手を打ったからこうなってるんだ。黙っていられるわけかないだろう」

「ユル……」

「はっ? ユルルか?」

「ああ、そうだ、確かそんな名だった……」

 再びクソッと漏らして椅子を蹴る。

「【若葉】よ……」

 ジェラルドが眉をひそめ咎めると、舌を打ち鳴らして踵を返した。

「ユルルの側にうろついてたリーダーだと思われたやつ、もう一度問い詰めてくる。何か状況変わったら知らせてくれ」

 いつも飄々としていた【若葉】の変わりようにオズワルドをはじめ皆が驚いていた。

「すまないな。ああ見えて一番現状に責任を感じているのだろう。なにせ、内に潜む奴らを探るのが【若葉】の任務だったからな。……しかし、どうしたものか」

「まずはフェナ様に知らせるべきかと」

 沈黙を守っていたアルバートの進言に、ヴィルヘルムがうなずき腕を振るう。

「私の魔導具でシーナの位置がわからないことも伝えてください」

 ヴィルヘルムがわかったと頷く。

「そちらの問題もあったな……普段はどのように見えているのだ?」

 この、と指輪の魔導具を見せる。嵌める魔石の色を選ばせてくれるというのでもちろん黒でお願いしたら、呆れたような顔をされた。

「石の部分に魔力を通すと、シーナにつけている石が緑色に光ります。光るのはこちらにしか見えません。壁も何もかもお構いなしにわかります。もしシーナから魔導具が外されれば、赤く光ります。光は半日以上続きます」

「外され壊されたと言うことは?」

「フェナ様の魔導具がそうやすやすと壊されるはずがありません。壊そうとすればひどい反撃を受けるらしいです」

「そうか……アルバート、少しいいか? 皆は待っていてくれ」

 部屋の隅に連れて行かれる。周りに音の遮断壁を張られた。

「シーナの精霊がいるだろ? アレは今、フェナのいるダンジョンの方に光って見えている。あちらにいるということはないか?」

 ああ、と頭を抱える。アレが、今は唯一の頼りだったのに。

「たぶんシーナは、フェナ様の身を案じて、フェナ様を助けるようラコに命じたんでしょうね……」

 あれだけ自身の側に置いておけと言ったのに。彼女は自分より人を気に掛ける。一番気遣って欲しいのは己自身なのに。あまりしつこいのも、と我慢したのが間違いだった。

「ラコ?」

「シーナがそう命名しました」

「そうか……残念だな。だが、フェナとあの、ラコはそれなりに意思疎通ができるのだろ? フェナに命じてシーナの位置を探ってもらうことができるかもしれない。……もう少し、我慢しろ。今は耐えてくれ」

 ぐっと唇を噛みしめ、頷く。

 今すぐ駆け出したい。だが、どこに向かえばいいかも分からない。もっと早くに気づいていれば、かなり違っていた。

 と、耳元で囁く声が聞こえる。

『殲滅は完了した。すぐそちらへ戻る。少し、荷物がある。女性の神官を用意してくれ。もう少し我慢しなさい』

 精霊の言伝は光となって周囲にもわかる。

 ジェラルドはすぐに悟り遮断壁を解き、皆の方へ移動する。

「殲滅が完了し、戻るそうです。荷物があるとかで、女性の神官を用意するよう言われています」

「女性? 悪い予感しかしないな」

 ヴィルヘルムが顔をしかめる。オズワールドが、では私がと部屋を出ていった。

 フェナは本当にすぐ帰ってきた。器用に通路を絨毯でそのまま移動し、食堂に入ってくる。行きと人数が変わっている。

 赤子がわぁわぁと泣いていた。

 女性の方はの目下に濃い隈を作っている。

「お帰りなさいませ。今オズワールド様が神官を呼びに行っております」

 順に飛び降り、女性と赤子になったところで器用に絨毯を折りたたみ床の空いている隙間に下ろした。女性は虚ろな瞳で子どもだけを見ていた。

「まだ魔に寄っていないのですね……」

「ああ。生後間もないようだな。言葉が通じないから、どのくらいかはわからんが。さすがに殺しはできないし、捨ててくることは反対された」

「まあ、それは……」

 ヴィルヘルムが言い淀む。

「そんなことよりシーナだ。私も見てみたが、確かにわからんな。だが、魔導具が捨てられたり、シーナ自体が死んでいるときの赤い発信もない。つまり、身につけて入いるが、隠されているということだ。体に直接隠蔽陣を刻まれたのだろう。そうなると、半永久的にシーナの魔力で陣の効力を発揮し続ける」

「なら、見つけることは?」

「ほぼ不可能だ。ラコに命じてみたが首を傾げるばかりだな。これ自身もシーナの居所を掴めないということだ」

 ぐっと手を握りしめる。食い込む爪の痛みで辛うじて闇雲に駆け出して行くことを抑えていた。

「お帰りなさいませ、フェナ様」

「ああ。神官にその女の準備をさせてくれ」

「準備?」

「【暴君】たちが赤子を陽の光を受けられるところまで連れて行くそうだ。面倒だからディーラベルに連絡する。そこまで送り届ける」

「俺はこっちに残るが、ザーズたち三人でな。本当は女性についてきてもらいたいが、それは強制できない。せめて衣服とマントを用意してやってくれ。赤子の用品なんかはわからんだろうが、布と食料も。で、馬車とは言わん、荷車と馬をお願いしたい。さすがに、赤子を見捨てることはできん。本当は言葉が通じるなら母親に陽の光に当てたいと説明したいんだが……シーナがなぁ」

 いないか、と呟く。

「ならば、【若葉】にさせるといい。簡単な言葉なら話せる」

 ジェラルドが腕を振るうと、すぐに【若葉】がやってきた。

「何? 忙しいんだけど」

「そこの母親に、これから赤子に陽の光を当てるため移動すると伝えて欲しい」

 部屋の隅で女性から服を渡されるが、赤子を抱きしめたまま首を振っている母親を見て目を見開く。

「まだ魔に寄ってない赤子がいたのか……」

「せっかくだから、どのくらいで魔に寄りだすか、猶予は何日か聞いてくれ。それによって送り届ける者たちも多少強引に動く必要が出る」

「わかった」

 初めは虚ろな瞳で話を聞いているのかもわからなかったが、【若葉】が言葉を重ねていくと、やがては泣き出し、女性の神官について部屋を出ていった。

「すぐ準備するって。一ヶ月で魔に寄り、半年で変化するそうだよ。猶予は十五日。……これで三人目だとか」

「クソ野郎どもだな」

 ダーバルクの吐き捨てるような言葉に、皆が同意する。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る