264.シーナの消失

 アルバートは前線でヴィルヘルムとともに行動していた。学生時代からよく組んでいたので、アルバートが前衛を務め、ヴィルヘルムがそのサポートをしながら強い攻撃を繰り出す連携に迷いはなかった。

 聖地に来てから何度も戦いの場に参加し、二人の戦い方は淀みないものになっていっていた。

 待機場に戻り、ふと違和感を覚える。座って休んでいたところを急に立ち上がったアルバートに周囲の人間が驚いた。

「アル?」

 ヴィルヘルムに呼ばれるが、辺りをぐるりと、聖地の方を向くが、本来あるはずのものがない。

「シーナが」

 つぶやくと同時に待機場を飛び出していた。

「アル! 待て!」

 追いかけてくる声に振り向きもせず、身体強化を使い待機場の屋根の上に飛び乗った。

 やはり、見つからない。どこを見ても、緑色の光が見えない。

 それは聖地でシーナを見失ったときの恐ろしさに、帰ったあとフェナと共謀しこっそりと作った物だ。

 「私が受信機を持っていたらまた何か言われる」と、フェナが言い、シーナの位置がわかる受信機をアルバートが持っている。シーナには新しい防御用の魔導具だと言った。

 シーナ側の発信機は、フェナの家のチャームと同じ場所につけられるように作った。そして彼女にも新しい防御の魔導具だと偽って渡した。

 騙すようで悪いが、これで後で罵られようとも後悔は絶対にしないと思った。

 アルバートの受信機は、小さな石のついた指輪にした。シーナはそれを見てとても満足そうだったのを覚えている。

 製作者であるフェナは、手順さえ踏めば発信機を辿れるそうだ。それもまた安心だった。

 屋根から飛び降りる。

「アルバート、どうした?」

 前線から一度引いてきたジェラルドがそこにいた。隣にはヴィルヘルムもいる。たぶん呼んだのだ。

「聖地の中へ戻ります。シーナがいない」

「何!?」

「シーナに、場所がわかるよう魔導具を腕につけているのですが、その光が消えています。何かあったに違いません」

 ジェラルドを取り囲む騎士たちから、えっ? と戸惑いの気配がする。

 アルバートは何と思われようとも気にしない。シーナの居場所さえわかっていれば安心なのだから。

「わかった。ヴィルヘルムも一緒に。すぐ結果を知らせてくれ。そなたらが抜けたあとにはこちらの騎士を補充する」

 アルバートを先頭に、全力で走る。初めて訪れたとき、シーナを気遣いながら降りた階段も、一段ずつはもどかしくて一気に飛び降りる。【緑陰】のエリアに飛び込むと、まっすぐシーナの部屋を目指した。

 もちろん鍵がかかっていた。何度かノックするが反応はない。索敵を使うが、部屋の中に人の反応はなかった。

「アル、早すぎる」

「部屋にはいないようです、食堂へ」

 だが、そこで金臭い匂いが鼻をつく。

「血の匂いがしますね」

 索敵で人の位置を把握する。

 すぐ近くの部屋でまったく動かず床に倒れているような人の影をいくつも見つけた。

「こっちです」

「アル! とにかく先々行くのをやめろ! 落ち着け!」

 ヴィルヘルムが怒鳴るが、待つつもりはない。

 その部屋のドアは簡単に開いた。

 よく見知った顔がいくつも倒れている。入った瞬間頭がくらりとした。襟を掴まれ思い切り後へ引かれる。

「闇よ!」

 一瞬部屋の中が真っ暗になるがすぐ戻った。

「眠りの術だ」

 倒れていた面々が身じろぎを始める。

「タムル!」

 血の匂いはエセルバートの腹心からだった。辺りに広がる血の海は、すべてタムルのものらしい。

「治癒士を呼ぶ。ハーナーシェは今日は聖地に詰めていたな」

 ヴィルヘルムが腕を振るうと精霊が舞った。

「オズワールド様!」

 床に伏せていたオズワールドがゆっくり身体を動かし始める。

 部屋の中央には丸台と椅子が二脚置かれていた。

ヴィルヘルムとアルバートは駆け寄り支える。

「……シーナは?」

「姿が見えません」

 額に手を当て呻く。

「どのくらい経ったか……」

「今は陽動作戦を始めてから半日経過したくらいです」

「七の鐘のあとあたりからだ……かなり経ってしまったな」

 オズワールドは立ち上がると頭を何度か振る。

「七の鐘のあとシーナは、組み紐トゥトゥガを戦闘中に無くした予備や色見本の入っていた鞄も落としてしまったビアという女性の精霊使いの色が合うかを確かめた。彼女はシーナに聞く前に聖地の組み紐トゥトゥガ師はもちろん、各地からやってきた組み紐トゥトゥガ師全てに色味が合うか先に試してもらっている。しかも、その組み紐トゥトゥガを無くしたのも、同じ冒険者を庇ってのことだったとの話も真実だった。そこまで確認したうえで、色を見るだけ見てみようと、部屋を用意し、精霊使いをなるべく集めた。それがこのザマだ」

「ビア、ですね。どこの領地の者でしょうか」

「ボーシェルハの精霊使いだと聞いている」

「というか、この時間まで誰もやってきていないのがおかしい。総力戦ではあるから、聖地内に人が少ないのはわかる。だが、私やタムルがこれだけいなくても誰も探しに来ないというのがおかしい。そちらの安否確認もしなければ」

 歩き出そうとするオズワールドをアルバートが支えた。小さく、すまないというつぶやきが聞こえた。

「待ちなさいアルバート。まずジェラルド様へ連絡だ」

 少しずつ動き出す周囲の者たちを見ながら、短く状況をジェラルドへ送る。

 と、ドアが勢いよく開かれハーナーシェが現れた。そして、瞬時に状況を確認し、タムルに駆け寄る。

「こちらは任せてください」

「頼んだ。行こう、アル。オズワールド様は休んでいただきたいが……」

「単に眠っていただけだ。君たちは私の側近をそこまで把握していないだろう」

 仕方なしに三人でまず近くのエドワールの食堂へ。そこで、厨房の奥にこれまた眠らされている神官が五人ほど。ヴィルヘルムが眠りを解き、縄を切る。

「【緑陰】は、話し合いの場になっていた。総攻撃が決まった今、他の神官たちは入ってくる必要がないから、発見が遅れているな」

 【緑陰】の食堂、さらにはオズワールドの専用の食堂にも精霊使いでない神官たちが眠らされて縛られていた。

「オズワールド!」

 ジェラルドと騎士、そして【若葉】が【緑陰】の食堂へやってきた。

「シーナは!?」

 【若葉】の問いにオズワールドが首を振る。

「あらかた炙り出したはずなのに、誰だ?」

「ビアという名の冒険者だ。あの場に彼女を連れてきた神官もいなかったからグルだろう」

「トップは囚えたはずだったのに……!」

 クソッと、貴族に似つかわない汚い言葉を吐く【若葉】に皆が面食らう。

「囚えたと言うのは……」

「ああ、私は五葉ではあるが、王家の手足でね。ずっと内部の掃除をしていたんだ。ジェラルドも承知しているよ」

 ニコリと笑う【若葉】と、無表情で頷くジェラルドがいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る