266.地下の道

 アルバートは身体強化耳飾りを外す。騎士服の内ポケットから身体強化の組み紐トゥトゥガを取り出し、水の組み紐トゥトゥガといっしょにつける。そしてさらにがごめ結びの耳飾りをつけた。

 一瞬世界が明るくなる。

「ラコ、シーナの位置はわからないのか?」

 するとラコはくるくると頭上を旋回したあと、小首をかしげて、さらに両手を上に上げた。

「それはどういった意味なんだ……」

 首をふりふりしながら辺りをさまよっている。

「……使えない毛皮だな」

 ラコには個人的に恨みがあるのでつい、そんなことを言ってしまう。

「ラコ、毛皮にされたくないならシーナの下へ行きなさい」

 フェナにもそう命じられるが、くるくるっと回って両手を自分の頬肉に当てて、クイッと寄せている。

 妙にイライラさせられた。

 ラコに焦りが見えないのはまだ希望があるということだろうか?

「これからどうする? 本当にシーナの居所を掴む手段はないのか?」

 ジェラルドの問いに、フェナは考え込んでいる。

 いつもならタムルあたりがお茶を準備でもするのだろうが、今は食堂に誰もいない。

 アルバートは一人茶器を用意した。湯を沸かして茶葉を準備する。

 たまたま手に取ったものはソワーズのもので、しかもシーナが最近好んで飲んでいたものだった。

 アルバートはヴィルヘルムの側近だ。シシリアドの精霊使い代表としてきたヴィルヘルムは戦場に当然出る。アルバートも、かならず出ることになる。こんなことになるのなら、シーナ専属の精霊使いを連れてくるべきだった。一介の組み紐トゥトゥガ師にそこまではとシーナ本人が言った。それよりも早く帰れるよう、事を収めるために少しでも魔物を減らしてくださいと言われてこのザマだ。

 シーナはあのフェナの組み紐トゥトゥガ師なのだともっと強く押すべきだった。

 公私混同と言われそうで、見誤った。それこそが公私混同だった。

 打開策を望めなくて、つい過去の己を罵る行為にひた走る。

 淹れた紅茶を運んでテーブルに並べると、ずっと立っていた面々が大人しく座る。アルバートはヴィルヘルムの後ろで控えている。

「結局、シーナ拉致は私の無力化を狙ってだろう。とすればやはり、早々に今押し寄せてきている魔物を始末したほうがいい。追加が来ると言っていたしな」

 ジェラルドも頷く。

「ダンジョンを潰したこともすぐに気づくだろう。フェナも交えて総力戦だ。フェナの組み紐トゥトゥガがあるうちに前線を一気に押し上げよう」

「その前線押し上げ、注意してやらないとダメだ」

 もう少し話をしてくると女性の後を追った【若葉】が帰ってきた。

「私にもお茶を」

 アルバートは厨房へ向かいつつ、【若葉】の言葉に耳を傾ける。

「どうやら地下に道が作られているらしい」

 【若葉】が割れた指の爪をいじりながら言うと、フェナが首をかしげる。

「壁を作るとき、そこは注意したから聖地に繋がる道はないはずだ。よっぽど深くない限り」

「よっぽど深いのかもしれないし、そこら辺は警戒して少し手前なのかもしれない」

「ならば、今度は地上に注意を引き付けて、地下道を探ろう」

「その地下道を探す役目、俺に任せてもらえますか?」

 ダーバルクが手を挙げる。

「土は得意です」

「そうだな、私やフェナは目立つから、殲滅班で目立っていたほうがそなたの仕事が捗るだろう。何人か騎士を連れて行くか?」

 ジェラルドの提案を【若葉】が止める。

「連れて行くならシシリアドの人間にしておいて。冒険者や、騎士の中ももうわからない。この部屋の人間は大丈夫だろうけど、情報はなるべく漏らさないほうがいい」

「ならばシシリアドの者中心に」

 それを合図に皆が立ち上がる。

「ジェラルド、遠慮はいらない。あの黒の組み紐トゥトゥガのことは早々にバレる。地上の人間を徹底的に狙うぞ。先に行く。ダーバルクたちは準備ができたら知らせを寄越せ。派手にやる。魔物の波が引いたら壁を立ち上げる。どちらにしろ地上の防波堤にはなる」

 歩きながら交わされる会話に各々が自分の役割のために散っていく。

「ラコ! 皆に祝福を。アルバートについていけ」

 祝福の光があふれる。

 シシリアドの精霊使いたちを回収し、騎士を補充すると一番北側の待機場を通り過ぎるとき、ふと視線を感じた。目が合いそうになるとすっと逸らされたが、気になって目の端に捉えているとやはりこちらを見ている。

「ヴィル、そこの二人を拘束」

 すっと耳元で囁くと、何も聞き返さずヴィルヘルムが腕を振るった。

 闇の精霊による拘束は、影あるところならばいくらでもできる。

「何を!?」

 驚きの中に焦りの色を見て、当たりだと確信した。

「一つだけ質問する」

 地を這うような低い声に、我ながら怒りを隠しきれていないと反省する。

「シーナを見たか?」

 相手の男の髪を掴み、間近で瞳の奥を見る。揺れるそれに、答えを聞かずともわかった。

「当たりのようです」

「じゃあそいつ等は埋めておこう」

 ダーバルクが地面に手をつくと、顔と組み紐トゥトゥガがある腕以外が土の中に埋まる。

組み紐トゥトゥガ切っておくか?」

「そうですね。下手に連絡をされたら困りますから」

 アルバートはナイフを取り出し手首と組み紐トゥトゥガの間に刃を入れ迷わず切った。

 二人は叫んでいるが、まったく耳に入ってこない。

 落ちた組み紐トゥトゥガは炎を上げる。ヴィルヘルムの仕業だ。

「よく気づいたな」

「私たちを見過ぎでした」

 目をそらしたあと再度見てくるのはこの状況下で異常に思えた。

「まあ、こいつらだけじゃないだろうからとっととやるか」

 ダーバルクが、背中から大剣を降ろす。そして、地面に突き刺した。

「周りは頼んだ」

 そう言って動かなくなった。

 あちこちで火柱が上がって、ドォンと地響きがする。

「向こうから魔物が来てますね」

 同僚の精霊使いの進言に、ヴィルヘルムが頷いた。

 ダーバルクを取り囲むように魔物の襲来に構える。

 そうやって何度かやり過ごしたあと、ダーバルクは剣を背に戻した。

「この周囲には特に問題はない。少し、先へ進みたい」

 そうやって地下を探り、何もなければ前線を押し上げてもらってを繰り返す。二度目の前進をしたところで、ダーバルクが、カッと目を見開いた。

「地下に道を見つけた。今つなげる」

「フェナ様に知らせよう」

 ヴィルヘルムの知らせでフェナはすぐやってきた。

「下と上と両方から進みたいな」

「私がラコを連れて地下を進めば場所はわかりますよね?」

 アルバートの提案に、フェナが頷いた。

「それで行こう」

「ラコ、はぐれるなよ?」

 そう、ラコに向かって言った瞬間、消えた。

 ふわふわうろうろ、淡く輝きながら、それでも離れなかったラコが、すっと消えた。

 そして、ずっと先に待ち望んだ緑色の光が見える。

「フェナ様!?」

 アルバートの指差す先をフェナも驚きながら見つめる。

「地下をアルバートとダーバルクが行け。ヴィルヘルムたちは入口を守れ。ジェラルドにも伝えておけ! アル、お前に目印をつけるぞ? 辿り着く頃こちらも上から攻撃を仕掛ける。急げ!」




 

 

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