259.聖地での待機

 どれくらいの間組み紐トゥトゥガを編んでいただろう。

 朝、二の鐘から進攻が開始された。四の鐘の頃に、タムルがドアの外から声をかけてくれて、昼の心配をしてくれた。部屋に入る前にサンドウィッチを持ち込んでいたので、とりあえずは平気だと返した。

 そして今、またドアがノックされる。

「シーナさん、いらっしゃいますか?」

 誰だろう、ただ、声は聞いたことがあるものだ。

「以前【深緑】の食堂でお話させていただいたユルルと申します」

 思い出した。

 あの、リュウがかっこいいと言っていた神官だ。

「実は、【深緑】所属領地の冒険者の組み紐トゥトゥガが切れてしまって、魔物と対峙したときに予備の組み紐トゥトゥガも落としてしまったそうなんです。聖地の組み紐トゥトゥガ師や、今聖地に来てくれている組み紐トゥトゥガ師に色が合うか確認したのですがどれも相性がわるかったんです。色見本も落としてしまって、実際魔力を溜めて合うか試してもらわなくてはならなくて……もしできるなら、シーナさんにも試していただきたく。ただ、シーナさんがこの部屋に籠もっている意味もわかっているつもりです。誰よりも守られなければならない組み紐トゥトゥガ師ということも」

 そこで一度言葉を切る。

「ただ、彼女も遠くから聖地に来て、ここ一番というときに働きを見せられないことをとても悔しく思っているので、どうにかならないかと来ました。誰か信頼できる人を一緒に伴って、どこか、それこそエセルバート様の食堂でもいいですし、こちらの用意した部屋に来てくださるなら誰か信頼おける方を伴ってくださっても構いません」

 この状況で組み紐トゥトゥガがないのはかなり心苦しく悔しいだろう。色見くらいはしてあげたいと思うが、【若葉】は、聖地内にも潜り込んでいると言っていた。

 正直自分では判断ができない。

「エセルバート様の側近の、タムル様に聞いていただけますか?」

「わかりました! すぐに行って参ります!」

 嬉しそうに駆け出す足音が聞こえる。

 疑心暗鬼になりすぎな気がしてくる。ただ、力のある精霊使いはほぼ出払っている今、警戒してもし過ぎることはないと言われていた。

 しばらくすると、タムルを伴ってムルルが帰ってきた。

「確認しましたが、確かに組み紐トゥトゥガ師に色見をしてもらって、誰とも合ってはいないそうです。むしろ相性が悪い方ばかりだそうで。どうされますか?」

 タムルがこちらに委ねてくるので少し困った。

 だが、動きたいのに動けないのはさぞかし辛いだろう。

「タムルさんはどう思われます?」

「……力があるのに、組み紐トゥトゥガがないために力を振るえないのは、もどかしかろうとは思います」

「……どこか部屋を用意していただいて、タムル様が安全だと思うようにしていただけますか?」

「人数を多く揃えるようなことしか出来ませんが、すぐ手配して参ります。もう少々お待ち下さい」

 そう言って準備されたのは、わりと近い部屋だった。

 シーナはフェナ専用の糸を寝室に置き、丸台と糸を持って部屋を出る。

 何もない部屋で、中央に椅子が二つ置いてあった。部屋の広さは小学校の教室くらいだ。

「オズワールド様……」

「一応私も精霊は扱える。まあ、表に参加しないレベルだが、気休めだ」

 他にも、何人かエセルバートの食堂で見かけた人がいた。

 席について丸台とコマを準備していると、ユルルと女性がやってきた。袖のふんわりした衣装を着た、精霊使いだ。長い黒髪を後ろでゆるくまとめている、可愛らしい女性だった。

「も、申し訳ございません。お手数おかけします」 

 緊張しているのか少し震えながら席につく。

「風、火、土、闇の四色です」

 用意していた中からその四色の糸をコマに括り付ける。糸を垂らし、準備できたところで促す。

「では、魔力溜まりへお願いします」

 丸台の中央の穴へ、彼女が指を浸した。

 試すのでそこまで魔力は流さなくて良い。糸を繰り、魔力で覆っていこうとするが、どうにも上手くいかない。それ以上に何か変な、阻害されているような気分に陥る。

「やはりだめですか……」

 がっくりと肩を落とした精霊使いに、シーナは首を振った。

「色見が合わないというより、なんかこう……うまく表現できないんですけど、なんか……壁があるような、邪魔をされている感じがして」

「邪魔……」

「すみません、なんか嫌な言い方――」

 

 視界がぐらりと揺れる。


「すごいですね、さすが落とし子ドゥーモといったところかしら。この勘が怖いわ。深淵の組み紐トゥトゥガを一度つけるとね、それ以降新しい組み紐トゥトゥガを作れなくなってしまうのよ。たぶん魔力を内側から変えられてしまう」

「世界樹様が選んだ者だからね、落とし子ドゥーモは特別さ」

 椅子から滑り落ちそうになるところを、この場にふさわしくないウキウキとした様子のユルルが受け止めた。たまたま向いた方向の、オズワールドが床に倒れている。

「な、にを……」

「まだ話せるの? 眠り慣れしてる?」

落とし子ドゥーモだからか? ビアの眠りを不意打ちで防げるようなやつなどいないだろ。何もかも特別だね」

 ユルルが嬉しそうに呟き、シーナの手足を紐で縛る。

「早く移動しましょう」

 ビアと呼ばれた精霊使いに急かされ、どこから出したのかわからない真っ黒の袋にシーナを詰め込もうとする。

「待、て!」

「これは驚いた! 今度こそ闇の眠りの常用者かしら。でも今は相手をしている暇はないのよ」

 立ち上がり短剣を握りしめるタムルを、ビアは湾曲した短い刀で薙いだ。赤い血しぶきが宙に舞い、タムルの身体が傾ぐ。

 どさりと大きな音が床を伝わり、血が池を作る。

「あまり血を流すな。匂いでばれる」

「ならとっとといきましょう。案内を」

 袋の口を塞がれ、視界が闇に閉ざされる。同時に、意識も失った。

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