258.進攻開始
「ヤハトくん……昨日はいきなりキレてごめんなさい……」
柱の陰からそっと声をかける。
「シーナ! おはよう。いや、俺もちょっと調子のって――」
「お姉さんとしてもう少し余裕のある態度を取るべきだったと――」
「は!? 俺の方が上だし!」
「えっ! 何度でも言うけど私のほうが年上だから!! つまり、年上としての余裕を見せるべきところだった」
「シーナと俺となら誰がどう見ても俺の方が上だから」
「私の方が――」
「ほら、それくらいでやめておけ。ヤハトは出るだろ」
「あー、そうだった」
急いで目の前の食事を平らげ始める。
ラコにこっそり祝福を命じた。
今は夜。もう七の鐘を越えている。これからヤハトやバルたちは一度出撃するらしい。そして仮眠を取り、朝の進攻に加わるという。アルバートも一緒だ。
「エセルバート様とジェラルド様も出るの?」
「エセルバート様は出るけどジェラルド様は次はもう朝だ」
ならエセルバートにだけ祝福を。ラコがシーナの意図を読み取りふわふわと浮いて部屋を出ていった。
「ヤハトもバルさんも、気を付けて」
「うん。帰ってきたらまたなんか美味いもの作ろう」
「そうだね」
ヤハトがニカっと笑う。いつもの態度でいてくれてホッとした。
見送ると、フェナがサンドウィッチを要求するので作る。
マヨネーズを知る者がいないのが難点だ。
少しだけというので面倒だからクロックムッシュを提案したら喜んでのってきた。これもまたホットサンドの部類。
「シーナはこのまま起きていたら朝方寝そうだから、私とこのあと寝よう」
「アルがヤダって言ったのでやです」
「だが、アルもなかなか眠れていないだろ、シーナに起こされて」
それはその通りなのだ。
「そなたが今眠っておけば、アルが帰ってきたときに、アルは一人でゆっくり眠れる」
ド正論にぐぬぬと迷う。
総攻撃前にアルバートにはぐっすり眠ってもらいたい。最悪これを内緒に、一緒に眠ったふりで身動ぎせずに耐えるという手がある。
悩んで結論を出せずにいると、ふいに眠気に襲われる。
「ふあ?」
崩れ落ちるシーナの腕を掴んだフェナが、ニヤリと笑っていた。
「フェアリーナ、それは犯罪だ」
眠らされてベッドに連れ込まれるなどと!!
「フェナ様ぁ……犯罪ですぅ……」
「だがよく眠れただろ? 悪夢も取り除いてやったし?」
「ぐっすりばっちりですよ……は、早く部屋を出ないと!! アルに見つからないうちに!!」
「確かにそろそろ帰ってくる時間だな」
「お邪魔しましたっ!!」
食堂に向かい、食事を作る手伝いをする。是非サンドウィッチをと言われたので仕方ないからマヨネーズをこそこそ製造する。たぶん卵を使っているのは完全にバレているのだ。卵の使用料が半端ないから。ただ、乳化の作業が案外わかりにくいと思う。庶民の重要なタンパク源である卵はこのまま守り通す。
厨房で調理をしていると、ガヤガヤと食堂が騒がしくなる。皆が帰ってきたようだ。
出来上がった料理が全部運ばれ食べ終われば、仮眠を取り、進攻が始まる。
進攻は、聖地前が陽動で、彼らが祠と呼ぶダンジョンに向かうフェナたちが本体だ。
出発前にエセルバートとジェラルドにこっそり祝福をかけた。二人は見えるので説明の必要がない。
アルバートとヴィルヘルムにもかけた。ヴィルヘルムには、アルバートがこっそり説明してくれるそうだ。
ダーバルクたちはフェナの部屋に呼んだ。
「ちょっと精霊の塊のようなものに好かれまして、お願いすると祝福をしてくれるんです。祝福されるとだいたいいつもより五割増しの威力が出るそうです」
ダーバルク以外はポカンとして話を聞いている。
「一番最初に、シシリアドにあの魔物が出たとき。あの時からか?」
「あの時からです」
「どうりで、二人の視線の先がおかしいと思った。あと、あのときやりすぎたと思ったが、これのせいか」
「なんかお願いしてもないのに祝福しちゃってました」
アレは本当に予定外だった。
「まあ、頑張ってきてください! 帰ってきて美味しいご飯を食べましょう!」
同時に、ドォンと地響きとともに大きな音が響く。
「始まったな。ジェラルドだ」
「俺の大剣より大きなもん担いでるからなあ。魔物相手は得物の大きさはかなり有利だ。精霊を乗せれば一薙ぎで何十とやれる」
「では行くか」
フェナたち【消滅の銀】と、【暴君】が絨毯に乗りこっそり聖地を発った。
こっそりなのは、内側にも内通者がいるだろうからとのことだ。
【若葉】の言葉を思い出す。フェナの部屋か、エセルバートの食堂にいるようにというやつだ。はなからそのつもりなのだが、なにかと言動の怪しかった【若葉】の言葉だと、裏があるような気がしてきてしまう。とはいえ、本当に怪しかったら、フェナたちが【若葉】を伴ってエセルバートの食堂に現れもしないだろうと思いもした。
なのでフェナの部屋で大人しく
この部屋は特別製なのだそうだ。
もちろん、エセルバートがフェナのために作った。
内側から鍵をかけてしまえば、正規の鍵以外はこちらから開けるまで開かないし、無理やり開けようとすれば手ひどいしっぺ返しを食らうらしい。
もちろん各寝室も同じ構造だ。
そして正規の鍵を持っているのはフェナだけ。たぶん。きっと。エセルバートは持っていないはず。信用はできないが。
ときおり、ズンッと地響がする。
今までになく激しく攻め立てると言っていたが、それは本当のようだった。
びくっと
それをしなければならないほどで、その場にアルバートがいる。ため息をつく回数がどんどん増えている。
「ラコちゃん、フェナ様の所に行ってくれる?」
計画の肝であるフェナが危ない目に遭わないよう。
ラコは首を傾げながら名残惜しそうにしていたが、再度願うと部屋を出ていった。
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