257.溜め込みすぎて

 ポテサラならぬパテサラが好きな人が多いようだった。本当は食パンでホットサンドにするとおいしいのだが、とまで考えて、ホットサンドの存在を思い出した。

「頭のメモリに書き込めるか……忘れそうだ。アル、ホットサンドメーカーって覚えておいて?」

「ほっと……?」

 こちらの世界にないものは翻訳されずにそのまま音で伝えてしまうらしい。

「えーと、熱いサンドウィッチ」

「それはなんだ!」

 耳聡い人が多すぎる。身体強化使ってるのか? 騎士服着た人たち軒並み顔を上げたぞ。

「別に、サンドウィッチをあったかくして食べるための道具です」

「魔導具か?」

「いえー、鍛冶屋の仕事です。ようは、すでにあるパンの間に、チーズとハムとピーネか何かを入れて、ぎゅっと挟んで軽くまた焼くと、チーズがとろりの美味しい熱いサンドウィッチができあがります。クロックムッシュもその一つだけど、ホットサンドメーカーがあればパテラサラダを挟んだのとかも美味しいし……。まあシシリアドに帰ったらですね」

「シーナよ……神殿はいつでも寄付を受け付けている」

「受け付けていますよ、シーナ!!」

 【若葉】まで。

「しかし、寝不足は辛そうだな」

 シーナのドン引きした顔がまずいと思ったのかなんなのか、ダーバルクが話を変える。いや、戻した。

「あーでも私は特に何もしてないので、皆さんに比べればそこまで問題はないかと。というかこれだけ動き回ってるダーバルクさんたちの体力がすごい……冒険者ってすごい」

「騎士や冒険者は体力勝負のところがあるからなぁ。むしろ神官様の中の精霊使いがよく動くなと思うよ」

「聖地はわりと頻繁に狩りをしなければならないんですよ。ですから組み紐トゥトゥガを持つ者は定期的に狩りに出ます。私は趣味でさらに出るので体力は自然とついていますね」

 街住みからするとこうやって化け物が揃うわけだ。

「シーナは前も夢見にやられていたもんなぁ。目の下にクマ作って」

 ヤハトがニヤニヤしている。

「だって、血みどろ無理だし……正直角ウサギの解体も苦手」

「えっ!?」

「お肉、もう解体されてお店できれいにパッキングしてずらりと並んでるもん。頭とか見る機会はない。魚も全部切り身になって売ってるから」

 とは言え、魚は丸々買うこともあるし捌くのはそこまで嫌ではない。ウサギや鳥に抵抗がありまくるだけだ。

「日常生活で血を見るとか、怪我したときくらいだもん。お医者さんでもない限り」

「シーナ、軟弱過ぎ」

 ヤハトがまたケラケラと笑った。周りも軽く微笑んでる。

「仕方ないじゃん」

 口をとがらせる。

「もう少し鍛えないと。魔物に出くわすたんびに寝不足になってたらやってけない」

 やっていけないという言葉に今までにないイラつきを覚えた。

「だって、私の世界に魔物なんていない!」

 びっくりするほど大きな声が出て、皆が目を丸くしている。

「ぅあっ……その、ごめん」

 居たたまれなくてその場を逃げ出した。


 寝室に逃げ込む直前にアルバートに捕まる。

「シーナ」

「ご、めん」

 今は顔を見られたくない。

「シーナ、逃げないで」

 結局両手を掴まれ暴かれる。

「うー、ごめん、今はちょっと」

 目尻に溜まった涙がこぼれる。

 顔を背けると頬にキスされた。

「ひゃぁ」

「シーナはいつも平気そうな顔をしてるから、つい忘れてしまうんだ」

 そういって、アルバートはシーナを抱きかかえると寝室へ運び、投げ出される。

「ちょっと吐き出したほうがいいね」

 隣に座ったアルバートがさあと、ハグ受け入れ体制になっている。戸惑っていると強制的に頭を抱きしめられる。

「ここなら誰にも聞かれないから」

 そう言われて、涙腺が決壊した。

「怖い、あんなの知らない。怖くて怖くてたまらない。そこに、アルが戦いに行くのもすごく怖い。怖いの」

 あんなものに対峙するなんて、恐ろしくてたまらない。

 ボタボタ落ちる涙を、アルバートの服が全部吸ってしまっている。

「気持ち悪い。なんであんなことできるんだろ。あんな気持ち悪いもの、生まれて初めてだった」

 その後は気の済むまで泣いて、アルバートには悪いけど一人でスッキリしてしまった。

「ヤハト、絶対気にしてる。いつもならあれくらいの軽口、普通にしてるから……」

「あとで話せばいいよ」

「ちゃんとごめんねって言わないと。いきなりキレられたみたいになってる」

「あとでいいよ」

 ベッドに横になると軽い眠気には襲われる。

 アルバートも欠伸をしていた。やはりシーナのせいでぐっすり眠れなかったのだろう。

「明日の朝、総攻撃をかけるそうだ」

「総攻撃……」

「シーナが二倍の魔物が来ると聞いただろ? そうなる前に、その祠、ダンジョン内を一掃して打てる手をうちつつ、表にいる黒の組み紐トゥトゥガの破壊を目指す。ダンジョンにはフェナ様が絨毯で空から行くそうだ。他にも【暴君】が一緒に。飛行型の魔物はそれほどいるわけじゃないからね。地上を残りの者たちで攻める。指示するものがいなくなった魔物たちがどう動くかもよく見なければならない」

「アルは、どこにいるの?」

「私は聖地に近い場所だね。そこから少しでも向こうへ魔物を押しやるのが仕事だ。他の領地から来てる冒険者たちもとても強い人が多くてね。少しずつだけど土塀を向こう側へ広げてもいる」

「魔物は、いつまで攻めてくるんだろう」

「わからない……ただ、暗がりに魔物は自然と生まれる。倒しても、またやってくる。だから黒の組み紐トゥトゥガを持つ者を始末しないといけないんだ」

「でもさ、その黒の組み紐トゥトゥガの作り方を、知ってる人が生きているわけでしょ? 終わらない……」

「そうだね……ただ、こちらも考える隙が欲しい。一度この魔物たちを退けたい」

「……みんなに祝福があると楽かな?」

 十の力も十五になる。それが十人いたら三人プラスされるようなものだ。

「ここに来てるのは各領地から集められた精鋭だからね。ぜんぜん違うと思うよ」

 うううう、と唸る。

「ただ、私はこれ以上、シーナが奪われる要因を作っては欲しくないんだ」

「私も、シシリアドから、アルから離れたくない。でも祝福したら王都か聖地に囲われる……この状況が続くなら聖地に常駐することになる」

 だが、魔物に押し負けてしまっては元も子もないのだ。

「せめてダーバルクさんたちにはしようかな」

「シーナの思うようにしたらいい」

 だが、シーナの髪を撫でる手がそうは言っていない気がした。

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