256.美人は三日で飽きる

 途中二回ほどアルバートを起こしてしまった。

「ごめんねアル〜」

「いや、正直私も夢見が悪くて」

 魔に寄った子どもの髪の毛で作る組み紐トゥトゥガとか、考え出したやつを殴り倒したい。発想が人のものではなかった。

「今後の話をしてくるから、シーナはもう少し眠っているといいよ。一の鐘が鳴ったばかりだ」

「うーん……悪夢もだけど、アルがいないとたぶんまた眠れないと思う。寒気の原因わかってしまったし」

 騎士服に着替えていたアルバートが手を止め眉尻を下げる。

「私がずっと一緒にいられればいいんだけど」

「アルにもやることがあるから。もうこの際、フェナ様と一緒に寝てようかなぁ」

 軽い気持ちでそう言う。悪夢も取り除いてくれるし一石二鳥な気がしてきた。

「えっ」

「えっ!?」

 アルバートのトーンが予想外に低くて聞き返してしまった。

「えっと、フェナ様だよ? えっ?」

 少し顔を背けたアルバートの耳が赤い。

「えっ!?」

 どんな感情?

「アル?」

「……フェナ様なら、何でもありそうで」

「ナイナイナイナイ!! えっと……一人で寝ます」

 手早く騎士服を着ると、アルはごめんねとだけ言って出て行った。

 まったくそんな気がないシーナにしてみればポカーンといった風なのだが、そういえばシシリアドでは男女構わずキャアキャア言われていた。

「これは、言葉を尽くさないといけないパターンだ!!」

 ガバっと起き上がり身支度を整えて後を追おうとするが、目眩がして布団に逆戻りする。

「ええ……ナニコレ」

 別に調子は悪くないし、風邪は引かない。ならこれは?

 そう思って昨日からのことを思い出すと、一つ心当たりが……と言うかそうでしかない。

 答えがわかった瞬間腹が鳴る。

 胃の中の物を全部バイバイしたのだ。低血糖あたりか。いきなり起き上がるのがいけないのだと、ゆっくり体を起こしてゆっくり身支度だ。

 すでにアルバートの姿は食堂になかった。


「ヤハト、このあとどうするの?」

 昨日のシチューの残りを少しずつ食べながら、テーブルで最後のお茶を飲んでいるヤハトに尋ねた。

「方針決まったらすぐ出られるように待機。もうたっぷり寝たから特にやることないや」

「じゃあ、私厨房でご飯作りするから近くにいてくれる?」

「俺も手伝うよ。バルはー?」

「フェナ様の様子を見てきてから俺も手伝おう。もうすぐ交代だろうから、フェナ様に美味しいものを作って差し上げよう」

「うーん、じゃあ……パスタ?」

「いーねー! 俺も食べる」

 ソースと麺だけ作っておけばあとは茹でてからめるだけだ。

 クリーム系パスタと悩んだが、ソースとしてたっぷり作って置いて置きやすいのはピーネ系なので、ミートソースにすることにした。パンはオープンサンド方式にしよう。さらに、スープをポトフタイプにするので、まずは鶏ガラをグツグツすることに決めた。

 やることがあれば気が紛れる。

 ミートパスタの準備と、オープンサンド用に、卵やパテラサラダ、ハムチーズを準備していると、食堂がガヤガヤと騒がしくなった。

 そちらを覗くと、フェナにエセルバートとジェラルド、数名の騎士、さらにシシリアドのメンバーが勢揃いしている。プラス【若葉】だ。

「シーナ、ご飯ちょうだい。とってもいい匂いがする」

「私もいただきたいな」

 とはエセルバート。

 ジェラルドは期待に満ち満ちた瞳でこちらを見ている。普通の女子ならノックアウトだろこれ。後ろで騎士がすまなそうにしていた。

「一気にできないので順番ですよ」

 薄切りにしたパンと具を神官たちに運んでもらい、スープとソースを温めなおす。パスタは湯を沸かすところからだ。

 そして、順番に悲鳴が漏れる。

「し、シーナこれは……」

「レシピは内緒です」

「酷いっ!!」

 エセルバートが涙目で打ちひしがれていた。

 聖地に教えたら全土に広まりそうなんで。ここ、あらゆるところから人が来ている。

「シーナ、シシリアドに帰ったらイヴにも食べさせてやりたいんだが……」

「ぐぬぅ……イヴさんを出されると弱い……」

「わーい、パテラのサンドウィッチ。ありがとうシーナ。私が好きだと言ったから作ってくれたんだね。ぜひこのレシピを――」

「これは絶対に駄目です」

 マヨは、マヨは卵が市場から消えるからだめっ! やるなら卵の安定供給の体制を整えてから!

 【若葉】が呆然としている。

 ダメなものはダメだ。

「アルはこれを毎日食べているのか……」

 ぐっと口を結ぶヴィルヘルム。

「パスタは作るのが面倒らしく、そんなに頻繁には食べていないよ」

「作るよぉ……アルが食べたいなら毎日だって作るよ……でもけっこう力仕事だから、もうこの際、一緒に作ろう。あとね!」

 ドンっとアルバートの隣に座る。

 誤解は早めに解いておくのがいい。

「私の故郷に、『美人は三日で飽きる』ということわざがあります。私もフェナ様の顔は三日で慣れました」

 本当はそのあとブスは三日で慣れるだが、あえて言わない! そして混ぜる! 飽きたは怒られるから。

「「なんだと失礼な!」」

 なぜか二人憤っているのがいるけど放置だ。

「でもね、アルはいつまでたっても慣れないから、つまり、そういうことよ!」

 毎日隣にいてもドキドキするのだ。つまりそういうことです。

「なんだ、お前ら喧嘩してたのか」

 ダーバルクがニヤついている。

「喧嘩じゃないですってー」

「私がくだらぬ嫉妬をしただけです」

 恥ずかしさからか、また顔というより首や耳が赤いアルバート。尊い。

「夢見が悪くて、何度も起きてしまって。今も眠いです。もうアルがいない間はフェナ様のところで寝て悪夢取り除いてもらおうかな〜と……」

「シーナそれはずるい! それは許せないよ!」

 もちろんエセルバート。

「何が許せないだ。というか、私とシーナはすでに同衾している」

「言い方ぁぁ!! 別の部屋から悪夢取り除くのめんどくさくて人のベッドに入ってきただけでしょ! それでそのまま寝ちゃったやつ」

「あー、シーナの家で同居してたときのか」

「朝起きたらフェナ様の顔が横にあるとか叫ぶしかないやつ」

「失礼な!」

 もうむちゃくちゃだが、アルバートが笑顔になっているからまあいいやと言うことで。

「私の恋敵ライバルはやはりシーナだったのかっ!」

 一人面倒な人が爆誕した。やはりってなんだろう。

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