255.黒の組み紐

「言いたいことがあるなら共通語で話してみろや!」

 ダーバルクだ。

 対して若い男も激昂していた。

『手首を落とすとか、人の考えることではない! お前らこそ魔物のようだ! あれを作るには年月がいるんだぞ! 一つに五人では足りない。なんてことをしてくれたんだ!!』

 察するに、男の組み紐トゥトゥガを取り上げるのに、フェナがまたやったということだろう。

『あれを作るには育てる必要がある! 貴様ら、絶対に許さない! 皆滅んでしまえ! この世は闇に還るべきなのだ!!』

「何言ってるかわからねぇなぁ。気味の悪い組み紐トゥトゥガを燃やしただけでギャーギャーうるせぇやつめ」

 ダーバルクの煽りに男の言葉は支離滅裂となった。怒りが極まりすぎて口先に意味のある言葉が乗ってない。許さないとだけ、何度も聞こえた。

 そのまま次のドアの前へ。

 中からは割合冷静な男の声がする。

『なんとも罰当たりな。あれは崇高な命がいくつも寄り集まってできたもの。それを燃すなどとは……これすらも世界樹様のお導きである。すべては世界樹様と闇の意志のもとに……』

「こちらの言葉はわかるのか? わからぬのか……」

『人の力など限界がある。やがて世界は闇に飲み込まれるのだ。そなたらの力など、闇の前には塵芥に等しい』

「ではこれはわかるか?」

 ジェラルドの言葉とともに、男の悲鳴が耳を突く。驚いて叫びそうになる口を押さえる。

『野蛮な! 野蛮な生き物め! もうすぐだ、あと少しで北の地よりさらに魔物が押し寄せる。あの祠の魔物の子らも完成する! さすれば今の倍の火力だ! お前らの力ごときで抑えきれると思うな!』

「まだわからないなぁ」

 そして男の悲鳴。

 ちょっと無理です。拷問とかはパス。

 よろよろと後退りすると、アルバートが支えてくれる。

 別室へ連れて行かれ、ソファに座る。

「……悲鳴で頭の中全部飛んだ」

 シーナを取り囲んでいた全員が、ああと困った顔をする。

「ジェラルドに、シーナが来ることを言ってなかったからな……申し訳ない」

 エセルバートが額に手をやりながらため息をつく。

「えーと、一言一句同じのは無理なんですが……何か、燃やしました?」

「奴らがしていた真っ黒の組み紐トゥトゥガを燃やした」

 フェナの言葉に、王都直前の出来事を思い出す。手首を落として組み紐トゥトゥガを取ったやつだ。

「つまり、それが私の気持ち悪いの原因ですね……あ゛ぁ〜なんか絶対やなやつだ……燃やしたことをすごく怒っていて、それか作るのが大変そうで、育てるとか、作るのに年月がかかるとか、五人以上とか、崇高な命がいくつも寄り集まったものと話していました」

 合わせると結論が嫌な感じだ。

「あとはやっぱり闇と世界樹信仰なのかなという発言と、あと、あの祠の魔物の子が完成するし、北からもっとたくさんの魔物が来るから覚悟しろみたいなこと、を?」

 シーナの発言にフェナや他の面々の顔色が変わる。

 わかっていないのはヤハトくらいだ。

「祠って何ですか?」

「闇の精霊信仰の奴らは、ダンジョンのことを祠と呼ぶ。あの祠と確かに言っていたか?」

「たぶん……単なる祠とは言ってなかったし、近いなと感じたの覚えているので、確か、あのと言っていたかと」

「ならばやはり一番近くの、今たくさんの魔物が溢れてきているダンジョンだな」

「魔物の子と言うのは? 完成って言ってたけど……」

 眉間にシワを寄せ心底嫌そうな顔をするフェナ。エセルバートが息を吐く。

「陽の光の届かぬところで子どもを育てると、魔の子ができると言われている」

「おぞましい」

 吐き捨てるフェナの台詞に、それぞれが不快感を表す。

「燃やしたときの匂いで察してはいたが……髪の毛だな……見たことのない魔物は、成れの果てだろう。どうりで見たことのない魔物なわけだ」

 フェナの言葉でパズルが一つずつ合わさり、シーナにもその全容が解る。解ってしまった。

「それが魔物を操る組み紐トゥトゥガってことですかね」

 バルの問いに、フェナとエセルバートが頷いた。

「結局なんなのかわかんねぇんだけど?」

 ヤハトが首を傾げているが、誰も説明する気になれないのだろう。

 シーナも、言葉にするのはごめんだ。

「完成するというのは、組み紐トゥトゥガが編み上がるということだろうな。またはその材料が揃う」

「北から魔物を追い立ててくるということかな? あちらはもともと魔物の多い土地だ」

 だからこそ、南の帝国や王国を奪いたいのだろう。そう思っていたが、そこからの闇の精霊信仰は、もうなんというか病んでる。みんな一緒に死のうみたいな闇を感じる。

「魔物が倍になると言っていました」

 皆の顔が険しくなる。

「早急に対策を講じよう」

「そろそろ私が表に出る。方向性を決めておけ。黒の組み紐トゥトゥガを持つ者は優先的に始末しておく」

 フェナの言葉にその場が動き出した。

 だが、先に言っておかねばならないことがある。

「あの、スープを作ってあるので……」

「ああ、まず腹ごしらえだな。奴らを拘束具で封じてジェラルドを呼ばねば。あいつが一番シーナの食事を期待していたぞ」

 エセルバートの言葉に騎士の一人が走る。

「アル、シーナの顔色が悪い。部屋に連れて行きなさい」

 ヴィルヘルム言われてアルバートが手を差し出す。

「それともまた抱えていこうか?」

「大丈夫、歩けるよ」

 ただ、差し出された手は掴む。立ち上がるのに少し気合が必要だった。

 

 後のことは任せて、そのまま部屋に向かおうとするアルバートを止める。

「アルもご飯食べて。たくさん作ったから」

「シーナを先に寝かせないと」

「でも、アルも疲れた顔をしてるよ。食べてからにしよう」

 シーナの提案に逆らうことはしなかった。再びスープを温め直し、例の固いパンを添える。

 食べ始めると、アルバートの勢いはなかなかのものだった。

「お腹空いてた?」

「……シーナのご飯が美味しいだけ」

 少し頬を染めて言う姿は年齢よりずっと若く見える。

「アルのお仕事邪魔してない?」

「正直今の指揮系統はエセルバート様とジェラルド様、そしてフェナ様の三系統になってる。私はもちろんヴィルヘルム様もその傘下だ。命が下るまでは比較的余裕があるんだ」

「なら……また甘えようかな」

 睡眠って大切だ。

 あのグッスリ感を味わってしまうと、一人寝は不安だ。

 それに、今日は悪夢を見そうだった。




  

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