254.持ち込まれたもの
言われたとおりにきちんと鍵を閉めて部屋のソファに身を投げる。
爆睡したとは言え、それまでの超寝不足が改善されただけだ。人は寝溜めができない。起きてからずっと調理していたので少し疲れているが、ねむれる気はしなかった。一人になって何もせずにしんとしていると、皮膚の上を這うようなゾワゾワとした感覚に苛まれる。
目を閉じてみるが、そこから先にいけない。
ため息を付いてソファに座り直す。
「ラコちゃん」
呼びかけるとシーナの膝の上に乗って、さあ撫でろと言わんばかりにこちらを見つめてきた。
エセルバートとジェラルド以外が目で追っているのは見ていないので、やはり金目銀目にしか見えないのだろう。
すると、ノックがして声がかかる。
「シーナ、私だよ。開けてくれるかい?」
名を名乗れと思うがまあ、別れたばかりの【若葉】だ。
ドアを開けるとそこにはまたもや見知った顔があった。
「お久しぶりですミモリさん!」
祈りの
「お久しぶり。【若葉】の君から聞いたわ。暇を持て余してるって」
二人が部屋に入り、籠をテーブルに置く。
「索敵や身体強化を必要とすることが増えてね、しかも身体強化はもしものために神官が皆持つよう言われて大忙しなのよ。手伝ってもらえると助かるわ」
「もちろん!」
予定外の仕事に、祈りの
「祈りに集中したいから、助かるわ。一応希望数を書いてきたんだけど……字がわからないのよね?」
「あ、いえ、
「あら、勤勉ね。それじゃあお願いします」
耳飾りの金具をも置いて、【若葉】とミモリは退出する。
「鍵をきちんと掛けること」
遮断液は自前のものがあるので取り出し、指先を青く染めた。
こういった作業は何も考えずに没頭できるのがいい。ただ、目をきれいに編むことだけに集中する。
そうしてどれくらい経ったかわからないが、ふと、漠然とした不安と気持ち悪さが押し寄せてきた。なんだろうと辺りを見回すが、何があるわけでもない。
ただ、もう集中して
広げていた道具を片付けると、テーブルの上にまとめておいて、部屋を出る。
不安はどんどん増していった。
いや、不安というよりも不快感が迫ってくる。
ずっと空中を漂っていたラコが、シーナの腕に体を擦り付ける。それを抱きかかえると、エセルバートの食堂へ向かった。
「シーナさん、皆さん帰っていらっしゃいましたよ。もう少ししたら食事を摂りに来られるかもしれません」
紙の束を持ったタムルと出会い、そう言われる。
「あ……はい」
「皆あちらに行っているので、食堂にいてくださいね」
ならばまたスープを温めるかと鍋をかき回していたが、いつまでたっても誰も食堂に来ない。
何かあったのだろうかと心配になり始めた頃、フェナが現れた。
「フェナ様、皆さんは? もう来るなら準備しておきますけど……」
「悪いが少し手を貸してくれ。あまりお前にこういったことをさせるのは嫌なのだが……捕まえた奴らが何を言っているか聞いてほしいんだ。部屋は分けてあって、相手からこちらは見えないようになっている。精霊を使って音だけしっかりと聞こえるようにしてあるから」
「わかりました。前のときみたいな感じですよね」
「そう言うことだ」
そうして部屋を出て、案内されるがままに進み出すが、先ほどから感じていた不安と不快感がどんどん増していく。
フェナはいつも通りスタスタと前を行く。だが、やがてシーナはそれ以上足を踏み出すことができなくなった。
「シーナ?」
「……り」
「どうした?」
「むり、無理無理、絶対そっちには行きたくない!」
腐ったヘドロの中を進むような、胃の中を全部吐き戻したい感覚に、後退りする。
「そっちは、……ぐっぅ」
本当に吐きそうになって口元を押さえると、フェナがシーナを担ぎ上げる。そしてもと来た道を引き返し、泊まっている部屋へ連れて行かれた。
「ちょっと、ごめ……」
そのままシーナはトイレに駆け込み、胃の中の物を全部ぶちまける。
「シーナ、大丈夫か?」
外から声をかけられ、かろうじてハイとだけ返事をした。ラコが頭の上に乗って祝福を振りまいている。
「水を持ってくる」
よろよろとトイレから這い出して力尽きていると、フェナが戻ってきてグラスを差し出す。
お礼を言いたいが口の中が気持ち悪い。グラスの水で口をすすいでそのままトイレにまた吐いた。
「ありがとうございます……」
フェナはぐったりと床に伸びているシーナを、ソファへ運ぶ。風の精霊は本当に便利だ。
「ここなら平気なんだな?」
「はい、あっちのほうが気持ち悪いのは気持ち悪いんですけど……何を持って帰ってきたんですか? 皆は平気ですか?」
「そこまでの拒絶を示したのはシーナだけだが、誰もが薄気味悪く不快感を感じているものはある……ここで待っていなさい」
言われなくても今は動くのが億劫で辛い。
ソファに横になってぐったりしているとふっと、不快感が消えた。
やがて、フェナとアルバートが現れる。
「シーナ、大丈夫? 顔色が悪いな」
「まだ気持ち悪いか?」
「いいえ、それが、気持ち悪いのがさっき消えて……」
フェナとアルバートは顔を見合わせ、シーナはアルバートに抱き上げられた。
「気分が悪くなったらすぐに言ってね」
そのまま先ほどと同じ道を辿るが、気持ち悪くなることはなかった。そして皆が勢揃いしている部屋に連れて行かれる。視線が集まる。
「降ろしてぇ」
お嬢様抱っこされているのを見られるのが恥ずかしくて暴れると、笑いながらそっと降ろされる。
「立てる?」
「大丈夫」
そのやりとりをエセルバートがジト目で見ていた。この人だけは通常運行だ。
「そこのドアの前に行けば中の声が聞こえるようにしてある。こちらと、そちらの二部屋だ。内容を話すときはドアの前から離れてからに」
中からまず聞こえたのは、男の怒声だった。
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